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一心同体の魔人 ─魔剣と少女、Duoが奏でる冒険譚─  作者: Ayuwan
8章 地の精霊編 彷徨のマリオネット
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195話 操り糸を断ち切って

よろしくお願い致します。


 ───


 一心不乱に、ただ泣き叫ぶだけとなってしまった翡翠ひすい色のツインテールの少女。


「テラや、どうした! 一体どうしてしまったのじゃ? テラ! テラマテルや!!」


 ───


(オーサ──)


 自分の自我や意思とは関係なく、わんわんと泣き叫ぶテラ自身の耳に、オーサの必死の呼び掛けが聞こえてくる。


 それに何とか答えようと試みるが、今現状に於いて、泣き叫んでいるもうひとつの“レイという名の意識”によって──


 おそらく今のテラマテルの身体は、支配されてしまっているのだろう。


 声を出そうと身体を動かそうと、テラマテルという意識。その全ての指令となるものは届かず、全く身体はいう事を聞かない。


 ──が、それでもテラは足掻く。


(だって、自分の意識というものが“自分という存在”なのだから──)


 ───


 すると、泣き叫んでいたツインテールの少女が、突然泣く事を止めた。


「オーサ。テラに異常が発生。現状“レイ”と呼称する意識の発生によって、今のテラの身体には、ふたつの意識があると分析す──」


 その言葉が途中で切れると、テラは上を向き、再び号泣した。


「まま──び……びえええええええぇぇーーんっ!!」


 そして、また──


「よってオーサ。テラは現状、突発的不安定な状況下におちいっていると推測される。なので──」


 言葉は再び途切れ──


「びええええええぇぇーーんっ!! まま、まま、まま──」


 ツインテールの少女は泣く。


「これより、非常事態が起こり得る確率が高いと予測される。オーサ、気を付けて。イオをお願いする──いけない。レイの意識が強まってい──」


「──まま、まま、まま、まま、まま、まま、まま、まま、ままあああああああああああっ!!」


 ただ泣き叫ぶだけのテラと、置かれた状況の自己分析を冷静かつ的確に説明するテラ。


 それが交互に入れ替わる。


 最早その姿は、意識が混濁こんだくされた異常者の様だった。


「おおぉ! この光景は……テラや……お(ぬし)の身に、一体どの様な事が起こったというのだ……」


 ───


 やがて、不意に目まぐるしい様相ようそうだったテラマテルが、ドラゴンの幼体を抱き締めたまま、突然動かなくなった。


「キュイ?」


 小さな(ドラゴン)が心配そうに少女の顔を覗き込む。


 それに反応し、ツインテールの少女が、自身の腕の中にある(ドラゴン)の金色の瞳を見つめ返していた。


 ───


「テ、テラ……?」


 つぶやくオーサの方へと、彼女は振り向く。


「オーサ。地の大精霊(ママ)が、ママが何処にもいない。これからテラは……テラはどうすれば……そうだ。イオとウィルを守らなければ……だけど、どうやって……どうやって守ればいい? その方法がテラには分からない。だって──」


 そこには今まで見た事ない弱々しい姿となった、テラマテルの姿がオーサの目に映るのだった。


「だって、ママはもういない──」


 ───


「テラ。お(ぬし)……」


 自身がすべき行動の為の、“手段”を見失っている存在。


 弱き心の持ち主。言い換えるのなら幼子(おさなご)の様な存在。


 そう。それは、さながら操り手を失った操り人形(マリオネット)の様に──


「……テラ……」


 愕然がくぜんとする老婆オーサ。


 ───


 ──ガチャ、ギギイィ……


「──!!」


 突然、部屋の扉が開かれる音に、オーサは咄嗟とっさに振り向く。


 続いてギシッギシッと床がきしむ音と共に、ある者が姿を現した。


 ───


「地の大精霊、『守護する者』とその保護者、(くろがね)技巧ぎこうの民。ドワーフのオーサだな?」


 漆黒の鎧に、赤黒い髪の屈強そうな男。


 右手には長槍を手にしていた。


「で、そのふたつに分けた長い髪の少女。その腕の中にあるのが変化した『守護竜』の様だな」


ぬしは何者じゃ?」


 男はギロリとオーサへ視線を向ける。


「俺は黒の魔導士アノニムの従者。名をオルデガという。此度こたびは我が主人、アノニムの状況に不具合が生じ、それにより俺が代役をになってここへとやってきた。目的は言わずとも分かるだろう?」


 オーサの老いた小さな身体に、戦慄せんりつが走る。


(──い、如何(いかん)! 今のテラマテルでは……!!)


 オルデガという男の言葉に、今の全ての状況を悟ったオーサは、テラマテルへと声を上げた。


「テラ! お(ぬし)はその(ドラゴン)の幼体と共に、直ぐにここから逃げるのじゃ!」


 そして彼女の前へと、男からさえぎる様に移動する。


「オーサは? それにイオを放っては行けない」


 オーサは後ろを振り向かず、テラマテルに言い聞かす様に声を上げる。


「心配は不要じゃ。どうやら幸いにも“黒の使者”は今、こちらにはきていない様じゃからの。こやつひとりならば、この老骨ひとりにて、何とかなりそうじゃて。さあ、イオの事はわしが命に代えても必ず守ってみせるでの。ならば、テラマテル! 早く行くのじゃ! 地の『守護竜』を、奴らに絶対に渡してはならん!!」


「逃げ切れるとでも思っているのか?」


 長槍を構え、オーサへと一歩踏み出す黒い戦士オルデガ。


「でもオーサ。テラ、何処に逃げれば。何処に向かえばいいか分からない。最早どうやったらいいのかさえも──」


「自身で考え、判断し、そして──逃げろ!!」


 小柄こがらな老婆からの一喝いっかつ


「地の大精霊『守護する者』、テラマテル! 今はアースティアに無き、お(ぬし)あるじは、“お前という存在”に事を託された。ならば、テラマテルよ。今のお(ぬし)がすべき事は、地の『守護竜』を護る事じゃ! さあ、行け!!」


 そう声を上げるオーサの小さな後ろ姿に、テラは立ち上がり腕の中にある(ドラゴン)の幼体を見つめた。


「キュイ?」


 その視線に小首を傾げる黄色い小さなドラゴン


「……肯定こうてい──した!!」


 瞬間、テラマテルは振り返り、勢いよく走り出す。


「それでよい。テラよ。今は何も分からずとも、まず“行動を起こさねば、何も生じぬ”。さあテラマテルよ! 繋がれた糸を断ち切った意思よ! 今は操られた操り人形(マリオネット)ではなく、自らの“意思”で動くのだ!」


 ───


「自らの“心”で──」


 ───


 テラマテルの姿が、オルデガの前から消えようとする。


「老人。邪魔だ!」


 前に踏み出し、長槍を大きく振りかぶる。


 そして必殺となる突きを放った。


 ──ガギイィンッ!


「何っ──!」


 激しい金属音が鳴り響き、オルデガの放った槍をなしたオーサが、茶色の法衣(ローブ)(ひるがえ)しながら宙返りをし、後方へと跳んだ。


 そして着地する。


「……その俊敏しゅんびんな動き。お前は本当にドワーフなる者か? ドワーフとは、もっと鈍重どんじゅうなる者だと聞いていたが?」


 地に膝を着いた老婆が、自身の両手に持つ得物を口元に寄せ、それにペロリと舌をわせる。


「ふひゃはははっ、悪かったねぇ~。ドワーフよろしくごつい戦斧(バトルアックス)じゃなく、わしの得物が、暗殺御用達のククリでのう?」


「──ふっ、ふははははっ! 『守護する者』の保護者。そのドワーフなる者が、戦士や闘士といったたぐいの者ではなく、まさかの暗殺者(アサシン)だったとはな!」


 オルデガのその言葉に、両手にククリを持ったオーサが、ユラリとした動作で立ち上がった。


「ふひゃ、ひゃはははっ、まあ、そういう事じゃ。(くろがね)技巧ぎこうの民、ドワーフ全般が戦士という考え自体が、ぬしらの勝手な思い込みというものじゃて。さてさて、どうじゃのう。アサシンのドワーフ。意外と感じたかえ? じゃが、驚くのはまだ早いぞ。例えば──そうじゃの。こんなのはどうじゃ?」


 その言葉が終わると同時に、オーサは法衣(ローブ)の下から、何か瓶の様な物を取り出し、中身を周囲にぶちけた。


 おそらくは黄緑色い液体。それが飛散ひさんし、接した床からは、なんらかの気体の様なものが発生し、やがてそれは、部屋の中いっぱいに広がる緑色の濃霧のうむとなった。


「人為的に作られたきりだと! これはもしや──!」


 濃いきりの中。オルデガはかさず長槍を構える。


(はがね)生成──『ざん』。(かず)、弐!」


 そう、老婆オーサが口にした。


 ──バキンッバキンッ!


 瞬間。割れる様な金属音と共にオルデガの頭上に、突然、先端が鋭く尖った薄い鉄の板が出現する。


 その数ふたつ。


「──な、何だと!?」


 そして自身に向かい、立て続けに落下してくるそれを、オルデガはひとつは長槍で弾き、もうひとつは後ろに跳んでかわす。


(はがね)生成──『ざん』。(かず)、参!」


 ──バキンバキンバキン!


「くっ!!」


 最早、きりで視界はさえぎられ、濃霧のうむの空間となる奥からは、再び響く声。


 そして今度は三連続で鉄の板が降り注ぐ。


 ドカッドカッドカッと順に鉄の板が、床目掛けて落ちてきた。


 オルデガは長槍で防ぎ、跳んで床を転げ回る。


 そして最後の三つめをかろうじてかわした。


「──ぬうぅっ!?」


 そこへ間髪かんぱつ入れずに、両手に短刀を振りかざした茶色の法衣(ローブ)。オーサが、オルデガ目掛けて突攻を仕掛ける。


 ──ガギイィィンッ!


 再度打ち重なる剣撃音。


 オルデガが放たれたククリを打ち払うと同時に、オーサの身体へと回し蹴りを見舞った。


 しかし、それは空振りに終わり、宙返りをしながらスタンッと茶色いアサシンが着地する。


「在らざる物から、在る物へと変換。そして生成──ふっ、はははははっ! 正直驚いた。まさかその様な芸当までできようとはな。確か“錬金術”だったか?」


 オーサは両のククリを、一度大きく横へと振り払うと、またヌラリと立ち上がる。


「ほう。よく知ってるじゃないか? ちなみにこの部屋を濃霧のうむの空間へと変えたのに、使用した液体は『万物融解液』と呼ばれる物での。それによって、大気の成分中に存在する金属たる要素。微量に含まれる金属微粒子で多種多様の(くろがね)を生成している訳じゃ──」


 そして、ニタァとしわくちゃの顔に笑みを浮かべた。


「アースティアに於いて魔力(マナ)を要とせず、生じる変化と反応だけで“在らざる物”を“在る物”へと変換し、構築、生成する(すべ)──錬金術(アルケミー)。そう、わしは暗殺者(アサシン)でもあり、同時に錬金術士(アルケミスト)でもあるのじゃ。まあ、もっとも錬金術はその名の通り、あらゆる(くろがね)を精錬する。即ち“物を造る”(すべ)。あながち我ら(くろがね)技巧ぎこうの民、ドワーフとは縁が深い(すべ)となろう。そう意外でもなかろうが。ぬしもそうは思わぬか?」


「そう……かも知れぬな……」


 そう応じ、オルデガは長槍をグルグルと一度回転させると、ピタッと制止させる様に構えた。


「お前、いや貴様は何者だ?『守護する者』の同居者とは聞いていたが、ただのドワーフではあるまい?」


 それにドワーフの老婆は答える。


「ただのドワーフじゃよ。職種はかなり特異だがねぇ。まあ、他によそのドワーフ達と違う点があるとすれば、わし。“オーサ・バロッサ”が、本来ならば、地の大精霊を『守護する者』に選ばれるべき存在だった。ただそれだけの事じゃよ」


「ふっ、成る程。得心した。では──」


 オルデガは構えた長槍ほさきの穂先をオーサへと向けた。


 そして疾走する。


「参る!」


魔鉱(ミスリル)生成──『(へき)』!」


 ほぼ同時に発動したオーサの錬金術。


 彼女の前方を囲う様に魔鉱(ミスリル)の黒光りする壁が構築され、鈍い音と共に、オルデガの長槍の一撃は防がれてしまうのだった。


 ──ギイイィィィンッ!──ィィン──


 魔鉱(ミスリル)の壁に穂先が食い込み、動きが止まるオルデガ。


「ぬうっ!」


硫化鉱(サルファイドゥ)生成──『(れつ)』!」


 続くオーサの錬金術。そして。


 オルデガの足元が目映まばゆい閃光を発し始める。


「むっ、しまった!!」


 瞬間、オルデガの足元から爆発が生じた。


 ───


 部屋中に立ち込める煙と、濃い緑色のきり。そしてむせかえる様な硫黄いおうの匂い。


 やがて、部屋の視界は緩やかに鮮明となっていく。


 そして、次にオーサの視界に映った光景。


 ───


「──ぐっ、があっ!……な、なんじゃ……これは……?」


 それは──


 自分の横腹辺りを貫いているオルデガが持つ穂先ほさき。そこから伸びる様に突き出た黒い刃先だったのだ。


 ──“自分が刺されている”──


 そう明確に自覚するオーサに、急速に激痛が走ってくる。


「がはっ!──ぐうっ、ぐぬぬっ……!」


 老婆は血を吐き出し、傷口を睨み付けながらうなった。


 ズブリと槍の黒い切っ先が引き抜かれる。


「ぐっ、ぐぬぬ……ぬしこそ只者ただものではないな……ぬしは、一体“何者”じゃ……?」


 ───


「ぬんっ!」という掛け声の元、オルデガの動きを止めていた魔鉱(ミスリル)の壁が、バラバラに砕かれる。


 あらわになるオルデガの精悍な顔と光をたたえた目。


「確かに俺は尋常ではない力を与えられた、最早この世界の(ことわり)にそぐわない。そんな存在なのかも知れん」


 オルデガはオーサに近付き、まず両足首のけんを、長槍を振るい切断した。


「ぐっ!──ぐああああああああぁぁっ!!」


 それにより床に伏すオーサ。


「例え他が俺の存在をどう定義付けようと、俺は“人間”──」


 次に拳を打ち付け、老婆の両腕の骨を砕く。


「ぐうっ、ぐおおおおおおおぉぉっ!!」


「俺はオルデガ。オルデガ・トラエクスという一個の“人間”だ──!!」


 最後に。


 破壊した椅子の足で、尖った先端の杭を作る。


 そしてそれを、オーサの既にできた横腹の傷口目掛けて打ち込み、床へとい付けた。


 老婆の口の中には近くにあった小さい布地を含ませ、上から口元を更に大きい布地でぐるぐる巻きにする。


 オーサは既に身動きする気配すら感じない。だが、かすかだが動いているので、まだ死んだ訳ではなさそうだ。


「さて──」


 ───


 そう漏らすと、オルデガはテラマテルが立ち去った方へと視線を向けるのだった。




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