193話 “トモダチ”に会いに──
よろしくお願い致します。
───
◇◇◇
ロッズ・デイク自治国領内、ガーナハット街。冒険者宿──華山亭。
少し遅めとなる朝間刻──
────
「……うっ……ま、まぶしっ……!」
眠りからぼんやりと覚醒し、まず襲ってきたのは視覚への衝撃だった。
目に直接届く眩い閃光を遮る為、咄嗟に腕で目元を覆い隠す。
再度チラリと確認すると、部屋の窓半分のカーテンが全開で、朝の直射日光を直接浴びるはめになっていた様だ。
どうやら昨晩、カーテンの確認をおろそかにしていたらしい。
俺はそれから逃れる様に上半身を起こした。
ふと隣のベッドを見ると、綺麗に布団がたたまれた未使用の状態であるフォリーのベッドが確認できる。
───
……レオンは昨晩ここを使わなかったのか。一体何処で寝たんだ?……っていうか、今は何処にいるんだろう?
さて、どうしたもんかな……?
……やっぱ探しに行かなきゃな。
それにフォリーやクリスの様子も気になるしな。
ノエルの方は─っと……?
『──すぅー、すぅー、ん、んんっ……すぅー、すぅー、すぅー……』
………。
まだ寝ているみたいだな。
まあ、昨晩。俺より遅く眠ったみたいだし。それに子守唄も歌って貰ったしな。もうしばらく寝かせてやるか。
子守唄の事を可笑しく感じ、少し笑いながら俺はベッドから起き上がり、大きく伸びをした。
そして深呼吸。
「すぅーーっ、はーーっ、すぅーーっ、はーーっ……さて──」
俺はビシッと右手拳を上げる。
「行くかっ!」
さあ、次に……っていうか、俺、まだ寝間着のままじゃん!
そうだった。昨晩はベッドに入る前に、ノエルと交替して着替えて貰ったんだった。
交替したままで眠ってもよかったんだけど、事態が事態だけに、緊急時に迅速に対応できる様にって、再度入れ替わって、結局俺がベッドで寝たんだった。
さて、どうするよ?
着替えるか……。
──って、俺がっ??
俺は立ったままうつ向き、今の自分の身体を見る。
直後目に入ってくる女子のそれなりのふたつの膨らみ。そして寝間着の胸元からは、チラリと白い肌のその谷間も確認できた。
──ぐふっ!!
普段は特に意識した事はなかったが、いざ自分が着替えるとなると、つまりは寝間着を脱いで下着姿にならなければならないという訳で……。
俺は顔が赤くなっているっていう感覚はありながらも、もう一度下を見た。
やはり確認できるふたつの女性である象徴。
──ぐふっ……う、ううっ……う~~む……。
……い、いや、俺だって勿論“それ”に大いに興味はあるよ? 健全な男子だっていう自覚はあるし……。
……多分だけれども……。
でもさ。他の女性ならまだしも、これが一番身近な女の子、ノエルの“それ”ってなると……。
カァーーッと自分の頭に血が上り、更に顔が赤くなっていくのを感じる。
やっぱ──
無理無理無理無理無理無理無理いいいぃぃーーーっ!!!
直後、念話で彼女を起こすのだった。
『ノエル、頼む。助けてくれ~~っ』
『……んっ、んんっ……うん?……ほへ?』
すまん。お休みの所、ほんっとーーっに申し訳ない! でも、これは俺にとって非常事態なんだ!
───
なんやかんやで、結局ノエルと入れ替わって、彼女に着替えて貰った後。(その間。俺は彼女の頭の中で、ひたすら転命開悟に邁進していた。まあ、毎度の事なんだが……)俺は再び彼女と入れ替わった。
『ごめん。ノエル、起こしちゃって。まだ眠たかったか?』
『うん? 別に気にしなくていいよ。充分に眠れたし、それに“着替える時は私”って言い出したのも私だしね? それよりもアル。おはよーーっ!』
おっと、そう言えば朝の挨拶がまだだったな。
『おう! おはよう。ノエル!』
───
挨拶を終えた俺は、ベッドの脇に立て掛けていた己自身でもある漆黒の剣を手に取ると、背中に当てがい触手で装着する。
そして上からマントを羽織った。
『そんじゃ行くか?』
『うんっ!』
俺達デュオはフォリーとクリスが眠っている部屋へと向かった。
─────
「………」
『………』
結論から言おう。
クリスはもう目覚めていた。だが、フォリーはまだ眠ったままだった。
そして更に言うと、レオンの姿もそこにあったのだ。
───
ガツガツと騒がしい咀嚼音が聞こえ、ベッドの上で上半身を起こしたクリスが、すごい剣幕で食事をしていた。
両手にパンやら肉の腸詰めなどを持ち、がむしゃらに頬張っている。
そんな様子を目の当たりに、ただ呆然としていた俺の視線の中。クリスのベッドの傍に椅子で腰掛けているレオンの姿が目に入った。
彼は俺の視線に気付くと、組んだ両手を解き、やれやれといった感じで手を上げている。
おそらくこの食事の段取りをしたのはレオンなのだろう。
やがて、バクバクと両手に取った食べ物を全て口いっぱいに平らげると、モシャモシャと咀嚼を続けながら、クリスは次の獲物を求めてベッドの隣に置かれたテーブル上へギラリと視線を走らす。それはもう飢えた猛獣の様に──
……って、いやホント。
世界中でも希となる程に整った美少女の様な綺麗な顔が、最早だいなしだっつーーのっ!
そんな時、呆けていた俺達デュオと目があった。
瞬間、クリスの瞳が爛々と輝いた。
そして──って……。
おいおいっ! クリス! 今はマズイんじゃ──
「ふぬおっ! デュオ──ぶっ……」
『……デュオぶ??』
……ノエルさん。デュオぶって何なんだよ……?
それよりも、案の定……。
あ~あ、もう知~らないっと──
「ぶっ……ぶっふおおおおおおぉぉぉぉーーっっ!!!」
むせたクリスが、咀嚼中の物を盛大に撒き散らすのだった。
───
「こらっ、クリス。口いっぱいの時に喋るなって、いつも言ってるだろ?」
『アルもだけどね?』
『ノエルもだけどな?』
クリスに注意をしながら、頭ではノエルと突っ込み合うって……何なんだコレ。
「わはっ、いや~、疲れ果てて寝てしもうてから始めてデュオ姉と会ったんで、嬉しくて思わず叫んでしもうてたわ。にゃはは」
悪びれる様子もなく、クリスは俺に向かい無邪気な笑顔を振り撒いてくる。
「いや、そこはちょっとは反省しなよ─ったく。まあ、クリスらしいったらクリスらしいけどさ。とにかく元気そうで安心したよ」
『あははっ、全くそうだね~』
「おおきに、デュオ姉。次からは気を付けるわ。さっきのはかんにんやで~」
「まあ、私は大丈夫だったし、今回は特別な?」
俺は中腰になって、片目を閉じながらクリスを指差す。
「うんっ!」
クリスは綺麗なその容姿から、溢れる様な笑みを浮かべた。
俺達に和やかな空気が流れる。
そんな中──俺はある者の姿を確認して、思わずぞっとする。
……っていうか、背筋が凍り付いたんだよおおおおおぉーーーっ!!!
それはクリスの直ぐ傍で椅子に腰掛けているレオンだった。
彼は両手を胸元で組んだまま目を閉じ、微動だにしていなかった。
クリスによって放たれた物をモロに受け、吐瀉物まみれになっていたのにも関わらず……だ。
「ひっ──」
『うわっ! あわわわっ……』
クリスが小さく悲鳴を上げ、ノエルが慌てふためく。
そんな状況に、俺は咄嗟に部屋の中にあるタオルを手に取ると、それを差し出しながら、恐る恐るレオンへと声を掛けた。
「あ、あのー、何て言うか。そ、その……だ、大丈夫……です……か?」
彼は体勢を全く変えず、例によって片目だけを開く。
そして俺の青ざめた表情に──
「ああ、問題ない。至って平常だ。むしろ何故その様に粟立てる必要がある?」
そして俺が差し出したタオルを受けとり、それで静かな動作で顔を拭う。
「まあ、よく見てみろ。俺の腰にあるハバキリは、全くの無傷なのでな」
そう低い声で言葉を発しながら、彼の切れ長の鋭い目が、ギロリとクリスの姿を捉える様に射抜いた。
「ひっ、ひいぃーーっ! レオお兄ぃ。かんにんっ!!」
「クリス。お前は実に運がいい。ハバキリが“無傷”で何よりだったな?」
「ひいいいいぃぃーーーっ!!!」
───
『クリス可哀想に……こりゃ一生のトラウマもんだな……』
『自業自得ですけどね……』
───
そうやって騒がしくしていると、サァーッと一陣の爽風を後ろから感じた。
それに気付いた俺は、後ろへと振り向く。
あっ──
───
「おはよう。デュオ──」
「フォリー!」
『フォリーさん!』
俺の目に映った光景。
それはもうひとつのベッドの上で上半身を起こしているフォリーだった。
今の彼女は肩紐仕様の緑色の服装に、金色の髪を微かになびかせながら、やわらかい笑みを浮かべていた。
「良かった。気が付いたんだな、フォリー!」
俺は彼女の元に寄り、その手を掴む様に自分の両手をガッチリと重ねた。
そんな俺の手の甲に、フワリとフォリーのもうひとつの手が乗せられる。
「ああ、おかげ様でな」
───
「フォス姉も気が付いたんっ?」
「ふむ、どうやら回復した様だな」
後ろからフォリーの姿を確認したクリスとレオンの声も聞こえてくる。
「ふたり共心配を掛けた。本当にすまなかった。だが、もう大丈夫だ」
そして彼女は俺に対して更に穏やかに目を細めた。
「デュオ。お前にもだ」
『「うん──」』
─────
互いの再開に、ひとしきり感慨深い雰囲気となり、しばらく間が空いた。
その後。静けさから脱する様に、突然フォリーが声を発した。
「では、早速だが話そう。正直、今がどの様な状況になってるのか? 詳しくまでは判断しかねるのだ」
「“桃源郷”──その場所だな?」
そのレオンの問いに。
「うむ。私は現世に戻り際、地の大精霊からその“場所”を承った」
「それは?」
俺の問いに。
「桃源郷。その場所は──」
フォリーはこの場、一同の顔を一度見回す。
「地の大精霊を『守護する者』、テラマテルが向かう場所だ」
──??
フォリーが発した言葉の意味が分からず、皆思案を巡らす。そんな中、まずレオンが話し掛ける。
「ふむぅ、あまり要領を得ぬ答えだな。実際、地の大精霊からはどの様に聞いたのだ?」
「ふふっ、すまないな。確かにそうだ。では詳しく話そう。私が地の大精霊の少女から授かった言葉を──」
◇◇◇
……これは一体どういう事だ?……確か先程まで私の意識は朦朧としていた筈だが……。
───
『すみません。貴女に約束となる言伝てをまだ伝えてなかったので、一時的ですが、精霊界の刻を止めました。とはいっても、ほんの一刻の時間ではありますが──』
「……そう……でしたか……」
『それでは──』
地の大精霊の少女は神妙な面持ちで私に告げる。
『桃源郷の場所。それは『守護する者』、テラマテル自身が、桃源郷と認識して向かう場所なのです』
「え? そ、それはどういう意味なのです!?」
『言葉通りの意味ですよ。わたくしと地の『守護竜』が常在する地。即ち、“桃源郷”と呼称される空間は、実質現世とは関さない精霊界に、アースティアの地として存在しています。そして伝承にある通りロッズ・デイクなる地にそれは“在る”というのも紛れもない事実です。次に桃源郷なる地は、“迷いの森によって隠匿されている”。そして現世、アースティアにあるロッズ・デイクの地には数え切れない程の“森がある”──』
「そ、それはつまり……」
「そう、わたくしが在る桃源郷は、不特定なる条件の元、成り立っている地です。ロッズ・デイクに点在する無数の森林、山岳、あるいは樹海など、“森”が在る地。それら全てが桃源郷に成り得るのです』
「……そして『守護する者』が……?」
「はい。桃源郷が現世アースティアに出現する条件。それは『守護する者』、テラマテルが、桃源郷に向かうという行動によって“発動”する。それによってわたくし達が在る地が、ロッズ・デイクの“何処かの森”に現れる事となるのです。つまりは──」
「テラマテルが向かう地が桃源郷となる……」
『はい──ですが、今。現世に於いてテラマテルは、ある諸事情により、一時的ではありますが存在していません。ですが、然る後直ぐに貴女達の前に、以前と変わらぬ象で姿を現す事となるでしょう』
「……承知致しました。地様」
『ふふっ、その名で呼ばれるのは、正直少し恥ずかしいですね。では最後に──現世アースティア。ロッズ・デイクの地に於いて、我が子。テラマテルが住まう地は、北西バラキアと呼ばれる山脈にあるコロッコ山、その麓にあるロロルという小さな農村です。わたくしの手の者、今世のわたくし。地の大精霊を『守護する者』に本来選らばれるべきだった者、名をオーサというドワーフがおります。どうぞ訪問時には頼りにされる様。それでは、我が姉、風を『守護する者』、フォステリア・ラエテティア。ご健闘を──』
「地様もご健闘を──」
願わくは……。
──また、会いましょう──
◇◇◇
「これが私が地様より承った言葉の全てだ」
───
「ふむ、成る程。桃源郷の所在、把握した。フォリー、苦労を掛けたな、感謝する。クリス、お前もだ。良くやってくれた」
レオンの労いの言葉に、フォリーは頭を小さく横に振りながら微笑み、そんな彼女の様子を見たクリスがコクリと頷く。
「いや、礼には及ばないよ。それが今回の私がすべき事だったからな。むしろ礼を言うのは私の方だ。あの時。レオンが精霊界から私達を現世に引き戻してくれなければ、今の私とクリスは存在していなかっただろう。正直、本当に助かった。ありがとう」
「うん。レオお兄ぃ、ホンマにありがとう」
ふたりの言葉にレオンは少し口元を緩める。
「フッ、まあ、お互い様といった所だな」
その言葉の後、表情を引き締めたレオンが、直ぐ様フォリーに問い掛けた。
「時に今、現在どの様な状況下に陥っていると考察する? 何か感じる事はあるか?」
その声にフォリーは、少しうつ向き、視線をあらぬ方向へと逸らした。
「今、精霊力から感じ取れる魔力から考えるに、地の大精霊。地様は、最早この現世と干渉せざる存在とされてしまった──と、思われる……おそらくは黒の魔導士に破れ、ご自身を司る精霊石を破壊されてしまったのだろう……」
「うん、僕にも感じる。地の大精霊。その地に属する魔力が弱まってる事に……そやな。考えたら四つとも、もうこのアースティアに、大精霊様はおらんのやな……」
フォリーの後をクリスが力なく続ける。
「……そうか。では、地の『守護竜』に関しては?」
それに対して、フォリーは目を閉じ、頭を小さく横に振った。
「すまない。その件に関しては、私には何も分からないのだ──」
「──ちょっと待って!」
フォリーの言葉が終わる前に、クリスが声を上げた。
「その件に関しては、僕には何となくやけど分かるねん。己が身に火の『守護竜』を封ぜられた身やったから……そやから多分、地の『守護竜』はまだ健在だと思う。大分気配は小さくなってしもうてるけど……そう“心臓”が感じ取ってんねん……」
「クリス、それは間違いないのか!?」
フォリーのその声に。
「うんっ、間違いあらへん。姿、形は変わってしもてるやろけど、アースティアの何処かにおる筈やと思う」
クリスが力強く答えた。
「ふむ。何らかの術を以て難を逃れたか、もしくは逃されたか? どちらにせよ最悪の事態は免れた事になるな。地の大精霊に関しては残念だったが。しかし、桃源郷へ我らが向かう意味を失った訳ではなさそうだ」
レオンがそう結論付けた。
───
……待てよ。確か地の大精霊は、今は“テラマテルが存在していない”。そう言ってなかったか?
確かに昨日。デュオは、彼女と会った筈なのに──
何故……?
なんで何だ……?
一体、何があった……?
───
──でお──
──トモダチ──
──アリガトウ──
………。
俺の頭の中で翡翠色の大きなツインテールの少女が、髪をなびかせている。
本来は無表情だったその顔が、何故かその時は“笑った”様に思い浮かんだんだ──
──テラ。
そんな子が、今“いなくなってる”だなんて……。
俺はフォリーの方へと向き直り、キッと顔を引き締めた。
「フォリーは、テラ・マテルはまた、“私達の前に姿を現す”。そう聞いたんだよね?」
「ああ──」
聞こえてくるフォリーの肯定の声。
そうか……。
だったら──
「じゃあ、会いに行こう。テラマテルの“いる”所へ──」
───
そして皆、俺に向かい、それぞれ視線を合わせると大きく頷いた。
─────
──それから数刻後。ロッズ・デイク自治国領内にあるガーナハットの街。冒険者宿華山亭から、俺達四人が搭乗した騎馬四頭が出発するのだった。
そしてひた駈ける。
同国内、北西の方向。バラキアと呼ばれる山脈にあるコロッコ山──その麓にあるロロルの村へと──