191話 夜、想いを馳せる
よろしくお願い致します。
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フォリーとクリスが精霊界から無事生還し、それにより衝撃となる事実を知る事となった俺とノエル。
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そんな話を終えたレオンが渇いた喉を潤す為、グラスの水。残り全て飲み干すと、音を立て空になったそれをテーブルの上へと置く。
先程までのレオンの話しで提供される事となった膨大な情報量に、俺はもうどうにも思考が追い付かず、しばらくボーッとしていた時にグラスをコトリと置く音が響いた。
同時にはっと、俺は我に帰るのだった。
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『なんかすっげーっ色々と分かった訳だけど、取りあえずはだな。ノエル──』
その問いに、彼女は当たり前の如く俺の意図を汲み取ってくれる。
『うん、そうだね。勿論分かってるよ、アル』
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両腕を胸の下辺りで組み、切れ長の目で静かに視線をこちらへと向け、返答を伺っているレオンに、俺は少し興奮気味に話し始めた。
「レオン。私、地の大精霊を『守護する者』、テラマテルの事。もうすっごく良く知ってる!」
その一声に彼は。
「ん? ああ、それはどういう事だ?」
「─っていうか、今日、偶然にも街で出会ったんだ。ちょっとしたイザコザがあって、それが切っ掛けでさ。そしたら一緒に行動する事になって、そんなこんなで結局結構上手く解決してさ。気付いたら最終的に友達になってたんだ!」
興奮気味に一方的に捲し立てる俺。
「……だから、それは一体どういう事かと俺は聞いているのだがな」
──あ~っ!……え、え~っと……。
『……レオンさんて存外バカなのかな?』
………。
……かつての戦王レオンハルトに向かって、バカって……。
──命知らずだな! おいっ!!
『ん? どうかしたの。アル』
『いや、天然ってやっぱ怖ぇーって、改めて思いましてです……ね?』
『──は・い・?? おや? また“天然”って言いましたね? まあ、天然って世間に無駄に穢れてなくて、純粋って意味とも取れる訳だけれども──』
………。
だから、そういうとこが天然なんだってばさっ! それにやたらとポジティブ思考だな! すげーよっ!!
……って、だーーっ! 話が一向に進まねえぇーーっ!!
『いや、まあ、取りあえずはさっきのは俺が悪かった。あれじゃ何も情報は得られない。つまりは説明になってないって事だよ』
『……よく分かんないけど、要は私達デュオがテラちゃんと急に仲良くなった事に対して、レオンさんが嫉妬を覚えてイライラしてるって訳だね。それで今、私達デュオにキツく当たってるんだ。いわゆるこれってなんだっけ……ヤンデレ?』
『ちげーーよっ! それを言うんだったらツンデレだろーが! それにレオンはどっちかっていうとイメージ的にはクーデレだろ! ヤンデレなレオンってヤバ過ぎるわっ!!』
『ふ~ん、そうなんだ。ところでアル。クーデレってどういうデレ? やっぱあれかな? お腹がいっぱいになるっていうやつなのかな?』
『……ほ~、ノエル。お前の頭の中ではクーデレって字は“食うデレ”になってる訳だ?』
『──ええぇっ! 違うのっ!?』
『ちげーーわっ!!』
『またまた~っ、アルってばやり手なんだからっ。“俺のハートを食ってくれ”! キリッ──成る程、デレでお腹もお胸もいっぱいって訳ですねっ!?』
……はああぁぁ~~。
……ダメだノエル。こいつを悪ノリさせるときりがねーーっ!
さっきから全く話しが進んでねーじゃん!
─っていうか、正直ちょっとウザい……。
『それはそうと今のアルも結構イライラしてるよね?』
『誰のせーーだよっ!!』
『それでさ。話は変わるんだけど、アル。ちなみにいうとツンデレは──デレを積むって事で、本当はツンツンしてる様な気の短い人は向いていないっていうのが、私の中での定説なのですっ! これがホントの“積んデレ”。な~んちゃってっ!』
……新しい遊具か何かみたいなニュアンスになってんな……マジでかんべんしてくれ……。
もういい! これ以上の深みにハマる前に、そろそろ止めさせなければ。
『ノエル!……次の食事にトマト2個だあああぁぁ!! さあ、返答は如何に!?』
『アル、その申し入れ。やぶさかではない。いつもありがとうございまーーすっ!!』
………。
……俺達は一体何処に向かっているのか?
ホント、時々切にそう思う。
まあ、ただ単純にノエルのやつがトマトが食いたくて、こういった手段に利用してるだけなんだろうけどさ。
そんじゃまあ、ようやくそいつは置いといて。さて──
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俺はテーブルを挟んでいるレオンと再び向き合った。
ちなみにテーブル上にあった食事の皿は、既に給仕によって取り下げられている。
ちょうど給仕が再び通り掛かったので、グラスに飲み水を注いで貰った。
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「すまないレオン。私とした事が少し興奮してしまっていたよ」
両腕を組んだレオンが、閉じた目の片方だけを開けそれに答える。
「まあ、無理もあるまいよ。まさかの渦中の者、テラマテルと対面したのならば尚更。致し方のない事だ」
「ありがとう。それじゃ説明するよ。私がこのガーナハットの街で地の大精霊を『守護する者』、テラマテルと関わった事を──」
「うむ」
そして再び開けた片目を閉じるレオン。
静かに聞きの体制に入った彼に、俺は今日の出来事をかいつまんで説明した。
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窃盗団ホビットクロウに持ち物を盗まれた事。
それを取り戻す為に、奴らを追跡中。街の路地裏でフードで顔を隠した“テラ”と名乗る少女に出会った事。
彼女も俺が追っている窃盗団に持ち物を盗られ、途方に暮れた様子だったので一緒に取り戻す為に行動を共にした事。
奴らを追いつめる時。彼女、テラの素顔を見た事。
彼女の姿が、翡翠色の大きなツインテールを結った10代前半のあどけない女の子だった事。
人間離れした術。長いツインテールの髪をまるで生きている物の様に自由自在に操り、空を縦横無尽に翔た事。
テラの目的が、友人“イオ”の為にある物を必要とするのに、とある女魔導士と接触を図るのが必須事項だった事。
そして“テラ”という人物。それが感情に乏しく、どこか不思議な雰囲気を醸し出していると感じた事。
最後に、彼女と“トモダチ”となって再会を誓い別れた事──
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「ふむ、成る程。デュオ、お前の話を鑑みるに、フォリーが語った内容と符合する点が多数見受けられるな。翡翠色のツインテールの少女。テラ──“テラマテル”。人間離れ。感情に乏しい──“全自動機械人形”。助力を必要とする彼女の友人イオ。その為に会う必要があった者が、“体液”を生成するのに必要な魔力の使い手、“魔導士だった事”──間違いないな。何者かが弄した策でもない限り、デュオ。お前が昼間接触した存在は『守護する者』、テラマテルに相違ないだろう。フフッ、お前に、たまには羽を伸ばさせるのが本来の目的の聞き込み調査だったが、まさか本命に当たるとはな。全く世の理とはまかり成らん事が実に多いものだ」
俺の説明を聞き終えたレオンは、再び片目を開け、両腕を組んだ体勢のまま、俺に向かい、少しだけニヤリと口の端を歪めた。
「うん。でも驚いたよ。まさかあのテラが地の大精霊を『守護する者』、テラマテルだったなんて。ましてや人じゃなく、機械仕掛けの人形だったなんて……未だに信じられない……」
『アル……大丈夫?』
少し沈んだ俺の声に、これもまた少し沈んだノエルの念話の声。
『ああ、大丈夫だ。ノエルの方こそ大丈夫か?』
『うん……平気って言ったら嘘になるかな? だけど、仕方がないもんね。受け入れないと……多分、それが真実だろうから──』
………。
『……うん。ノエルはホントに強くなったよな?』
思わずそう言葉にしてしまう。
『──えっ?』
『うん? ああ、そうだな。ノエルの言う通りだ。俺達は乗り越えて行かなきゃ……な?』
『うんっ!』
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腕を組んだまま体勢を崩さないレオンに、俺は問い掛ける。
「で、今はどうするつもり?」
その問いに、彼は今度は両目を開けた。
「ふむ。確かに現在、何処かにある桃源郷に於いて、非常事態に陥っているのは最早間違いない。黒の魔導士アノニムの出現。そしてそれに相対するは、地の『守護竜』ウィル・ダモスと地の大精霊、地──」
切れ長の目。その鋭い瞳を俺へと向ける。
「それとおそらくは『守護する者』、テラマテルも……」
………。
昼間出会った、俺の事をトモダチと言ったあどけない少女の顔が思い浮かび、思わず今直ぐにでも動き出したい衝動に駆られる。
「事態は緊急を要するが、未だ桃源郷たる地の所在が不明だ。ましてや彼の地を囲い、覆い隠していた迷いの森が、最早何者の侵入も拒む“魔性の森”へと変貌を遂げてしまった。どうにかフォリーが精霊界から帰還する際に、地の大精霊から桃源郷の場所を聞いた様だったが、語らう途中で気を失い、今は深い眠りに陥ってしまっている。まあ、それも不確定ではあるがな。それよりも仮に場所が判明したとて、我々には問題が山積みだ。例えば如何にして魔性の森を突破するか?──とかな……」
「……くっ!!」
俺は思わず、テーブルに自身の握り拳を静かに打ち付けた。
『……アル』
「取りあえず、今はフォリーが目覚めるのを待つしかない。クリスも眠りにつき、未だに目覚めてないしな。はやる気持ちは分かるが、致し方ない事だ。明日になれば、おそらくふたり共目覚めるだろう。我らが動くのはそれからだ。その為にも今日は部屋に戻り、充分に身体を休めろ。俺達が今すべき事は早く眠る事だ──」
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俺は今、夜間着姿となって俺とフォリーに宛がわれた部屋。
その自分のベッドの上で布団にくるまっていた。
ちなみに隣のフォリーのベッドはレオン。彼自身のベッドは今、隣室でフォリーが使用しているので、今晩はレオンが使う様、俺が提案した。
……が、今は隣のベッドにレオンの姿はない。
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寝ようとするが、中々寝付けない夜──
『ねえ、もしかして眠れないの? アル』
寝返りを続ける俺に、ノエルが念話で静かに問い掛けてくる。
『……ああ』
『やっぱりそうだよね? だけど、がんばって眠らなくっちゃ……明日、全力で地さんと、テラちゃんを助ける為にも……ね?』
ノエルが俺の事を気遣ってくれるのが、逆に申し訳なくなってくる。
『ああ、そうだな……』
『大丈夫。きっと上手くいくよ。だから今日は何も考えず、もう寝よ?』
俺はゴロンと上向きになると、う~んと大きく伸びをひとつし、そのままの体勢で、頭の下に組んだ両手を差し入れる。
『うん、分かった。ありがとう。ノエルの方もちゃんと寝ろよ』
『は~い。もちろん寝ますよ-、あっそうだ。アルが眠くなるまで私が子守唄でも歌ってあげようか?……くすっ……』
『──ぐふっ。いや、俺もう子供じゃないからそんなの必要ないし!!』
それになんだか照れくさい……。
『──ね~んねんころ~りよ。おこ~ろ~り~よ~♪』
『ええっ、なんて安直な子守唄!─ってか、こんなメロディーよく知ってたなっ!』
『ア~ルはよい~こ~だ。ねんね~し~な~♪』
『……って、ホントいいのかよ。コレ……?』
少し疑惑の世界観に呆れ返りながらも、俺は静かにノエルの声に聞き入っていた。
『ね~んねんころ~りよ。おこ~ろ~り~よ~♪』
……って………あれ……ホント……に……眠く……なって……。
『ア~ルのお守~り~は。どこへ~行~た~♪』
……き……た……。
『ね~んねんころ~りよ♪』
…………。
『おこ~ろ~り~よ~♪』
そして──
まどろみが訪れる。
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『わ~たし~の、いと~しい~ひと。ねんね~し~な~──』
◇◇◇
「お客様。今晩はこれで店じまいにしようと──」
──!!
突然頭に響いてきた男の声に、俺という意識は覚醒し、瞬間的に席から跳び退いた。
次に腰に帯びているハバキリの柄へと手を伸ばす。
「──ひぃ!!」
目の前には驚いた顔の店員。
ここにきて始めて自分の状況を把握した。
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ちっ……不覚にも瞬間的にだが眠ってしまっていたか──
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俺は柄に添えた手を戻すと、店員に声を掛けた。
「驚かせてすまん。どうやら少し寝ぼけていた様だ」
「……あっ……いえいえ、こちらこそ急いで不躾に声をお掛して、誠に申し訳ございませんでした」
俺の謝罪に恐縮する店員。
「で、先程は何を言い掛けていたのだ?」
「あっ、いえいえそんな大層な事ではないのですよ。ただ、もう閉店の時間なので、そろそろお客様にもお声を掛けに回っていた次第でして……」
そんな店員の応答に、俺は店内を視界だけで、サァと見回した。
天井や壁に取り付けられていた明かりは、既にいくつか消され、店内は仄かに薄暗く、俺以外に客となる者の姿は見当たらなかった。
あれから──即ち食事を終え対談を済ませたデュオと別れてから、かなりの時間が経った様だ。
成る程。俺は時間を忘れる程に思案に執着していたという訳か……。
そんな俺の視界の先に、ふとある物が映った。
それに目を向けたまま、俺は店員に声を掛ける。
「すまんがこの食堂の店主を呼んできてはくれないか?」
「ああ、それならば必要ありません。わたくしがこの食堂の主ですので──」
その答えに、俺は店の主人に非礼を詫びると、同時にある願い事を試みた。
「それは失礼した。それとこの店の肉料理。噂に違わぬ味だった。この宿を選んで正解だったよ」
店主は恐縮する。
「いえいえ。お誉めのお言葉を頂き、ありがとうございます。やはり料理の事を誉められるのは料理人とって一番の喜びでございますよ」
何度も会釈をし、顔に笑みの表情を浮かべる主人に、俺は続けた。
「時に主人。今日の営業は終わりなのか? であれば、俺の方からひとつばかり願い事があるのだが?」
主人は笑みを浮かべていた表情を、少しかたいものへと変える。
「……は、はあ。お客様は、我が宿。華山亭もご利用されていますし、わたくしができる事であれば……で、何をご所望なので」
少し訝しがる主人の声に、俺は彼の後方。その壁際にあるひとつのソファーを指差した。
「なに、特にたいした事ではない。今夜一晩だけあのソファーを借りれないか? それと、できれば毛布がひとつあればありがたいのだが──」
それを聞き、店主は少し拍子抜けの様相を見せると、直ぐにそれは安堵の表情へと変わった。
「ああ、なんだ。その様な事でしたか。ですが、如何様で?」
「別に特別な意味はない。俺が一晩あのソファーの上で眠るというだけだ。冒険者宿を借りた宿泊客が、借りた部屋のベッドを使用せず、食堂施設のソファーで就寝する。即ち、そういう事だ」
店主は直ぐに納得した様子だったが、思い付いたかの様に疑問となる言葉を問い掛けてきた。
「何故その様な状況に? もしやお客様のお部屋に何かご不具合でもありましたか?」
申し訳なさそうに言う店主に。
「いや、宿屋側に落ち目はない。こちら側の事情だ。まあ、今夜の俺が睡眠を取る為に用意されているベッドの隣に、今はうら若き乙女が眠っているのでな──否……フッ、魔人だったか?」
「……乙女?……魔人?……はあ……??」
◇◇◇
──そして深夜。
冒険者宿、華山亭の食堂。
そこの壁際にあるひとつの大きなソファー上で、上半身だけ武装を解いた身体の姿に、毛布一枚だけを掛け、両腕を腕枕にし、仰向けになっている男の姿があった。
男は一見。目を閉じ眠っている様だったが、足元に置かれたカンテラのみの薄暗い食堂の中。突然ムクリと上半身だけを起こした。
黒い長髪を首の後ろでひとつに結った男。
かつての戦国ミッドガ・ダルの王であり、かつてのミッドガ・ダル戦団の団長だった男。そして今は、志を同じとする仲間達と行動を共にする一介の傭兵。
そう、白銀の長剣。正確には刀と呼称される“銘刀ハバキリ”。その使い手、レオンハルトだった。
「………」
レオンハルトは、ぼんやりとした光の薄暗い空間の中。手探りで自身の腰にある愛剣の柄に手を伸ばしていた。
次に何か操作しているのか、手で柄の部分をまさぐり、やがて──カチャリと短く音が鳴る。
すると直後。レオンハルトが、何か人差し指と同じくらいの大きさの発光体を、自分の顔の前へと指で掴み、持っていく。
細くて小さく、そして透明な水晶の様な物体。
それが放つ微かで儚げな白い光が、仄かにレオンハルトの端正な顔と、切れ長の目を浮かび上がらせていた。
だが、それはほんの一時で、水晶から放つ微かな白い光は、瞬く間に淀んでいき、透明な水晶はどす黒く染まった──
それを見て、暗闇の中。レオンハルトは呟く。
───
「“レイ”。今、お前は“何処に在る”──」




