190話 願わくはまた会いましょう
よろしくお願い致します。
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──黒の魔導士──
!!………。
地の大精霊から発せられる予想通りの“名詞”となる言葉に、私は思わず興奮の声を上げる。
「“黒の魔導士アノニム”。いえ、“黒の使者”とは、『滅びの時』に於いて、一体どういった役割を担う存在なのですか!?」
その問いに、彼女はこちらに向けた瞳はそのままに、今度は顔自体を私の方へと向けてきた。
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『“黒の使者”──その言葉の通り、黒の精霊の使いとなる者。そして『滅びの時』を発現させる為の『滅ぼす者』の導き手でもあります──』
「……『滅ぼす者』を導く者……や、やはり……」
『そう、彼の存在も、本来ならば、感情も自我もなく、ただ黒の精霊の命……いえ、例えるなら無意識に発する理に沿う“念となるもの”──でしょうか? ただそれを受け、その役割だけを忠実に執り行う、まさに無機質となる存在でした。ですが、今回の彼の存在も、黒の精霊。即ち“レイ”の影響を受けてか、いつもとはかなり様相が異なっている──わたくしは、そう感じ受けました。それはフォステリア・ラエテティア。貴女にも思い当たる節があるのでは?』
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……確かに、“黒の魔導士アノニム”。奴は事あるごとに“何かを考察している”と口にしていたのを耳にした記憶がある。それに、あれは明らかに自らの“自我”、“思考”を持ち、それに基づいて行動していた……。
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「はい。“黒の魔導士”。彼の存在は、確かに自らの“意思”を持つ者。私もその様に感じました」
私は力強く頷きながら断言してみせる。
『確かにそうです。“黒の魔導士”──即ち、今アースティアの世界に於ける“黒の使者”は、確実に人格を保有している。その事が、現にレイとテラマテルの存在。それと、どう関わっているのか?……それまでにまだ考えが及んでいませんが、少なくともその者の手によって、“それ”は始まりの兆しをみせた──』
私は地の大精霊の言葉を補則する様に声を発っした。
「それは『審判の決戦』を行わずしての『滅びの時』の発動──ですね?」
その答えに、地の少女は静かに頷く。
『はい、その通りです。後は貴女方もご存知の筈──まずはアストレイアの祭壇にて、風の精霊石が破壊されました。次にティーシーズの神殿にて、水の精霊石がその効力を失いました。そしてノースデイの地にて『守護する者』の心臓と同一化していた火の精霊石までも破壊されてしまいました──風、水、火。既にわたくしの分身ともいえる同胞。三体までもが、この現世アースティアから去る事態となった……残るはわたくし、“地”。一体のみ……』
──その言葉に、風の祭壇での死闘。水の神殿での厳しい共同戦。ノースデイ首都バールでの分断しての激しい戦い──
『わたくし達は過去に於いて『審判の決戦』に敗北を喫し、迎い入れる事となった“理”となるもの──『滅ぼす者』による『滅びの時』、即ち人の世の滅亡。それに対しては、『守護する者』を含め、わたくし達、四大精霊はその運命となる“理”を無駄に足掻く事なく、今まで甘んじて受け入れてきました。ですが──』
──そんな数々の戦いが、私の頭の中に走馬灯となって甦る。そして──
『今回のアースティア──それは、人間自ら創り出した最も人間に近しき存在。大いなる可能性を秘めた、“テラマテル”──今回に至って初めて“自我”を得た零の精霊。幼子の容姿を持つ“レイ”──自らの意志で、己の目的。それに自ら画策、算段を以て模索する黒の精霊の使いたる者、黒の使者……いや、“黒の魔導士”──そう。今までとは相違たる要素が多々あります』
──その場には必ず、“彼の者の姿”があった。出会ってからずっと私の支えとなり、皆を引っ張っていってくれた人物。
──おそらくこの世界の定律、法則、運命、つまりは理。それに何らかの変化をもたらす為に現れた“存在”。
それが──
『そして更に、アースティアとは違う異端の力。この世界の“理”さえ干渉せず、むしろそれを覆す事ができる可能さえ感じる唯一の“存在“。それが──』
──私と地の少女の言葉が重なる。
「『漆黒の剣を持つ少女──デュオ・エタニティ』」
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「ぬおおおおぉ~~っ! ビシッとピッタリや! メッチャカッコええやんっ!!」
クリスの感嘆の声に。私と地の少女は目を見合せた。
『ふふっ、綺麗に揃いましたね?』
「はい。いや、本当に……」
そして私達三人は声に出さずに、ひとしきり笑い合った。
───
『ふふ、そうなのです。今回のアースティアは実に様々な可能性を秘めています。その結果が如何になろうとも──だから、わたくしは今回決して最後まで諦めたりはしない! 力の続く限り、足掻いて足掻いて足掻いて足掻き切ってみせます!!』
そう叫んだ地の大精霊の少女は、右手を拳にして天に向かい突きかざしながら、黄金の光に揺らめく大きな翡翠色のツインテールを揺らし、勢いよく跳び跳ねた。
『負っけるもんかあああぁぁーーっ! わたくしは今回のアースティアの顛末。それを最後まで見届けたい! その為に。いつもの様におとなしくやられる訳にはいかないんだ! よーーっし、黒の精霊め。絶対に一泡吹かせてやるぞおおおぉぉーーっ!!』
今だけは地の大精霊ではなく、ただのひとりの可愛らしい少女が、無邪気な笑顔を浮かべながら、大きな声を張り上げる。
『えい! えい! おおおおおぉぉーーっ!!』
そんな彼女の様子に、クリスと顔を見合せ、私達はニコリと頷いた。
そしてふたり利き腕を振り上げ、少女に応じる。
「「えい! えい! おおおおおぉぉーーーっ!!」」
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地の大精霊。そのあどけない少女が、舌をチロッと出しながら悪戯っぽい笑みを溢す。
『ふふふっ、あ~~、すっきりしました。役目も立場も本来の自分さえも忘れての、思いっきりさらけ出した本音の大きな掛け声……ふぅ~~。本当、わたくしの与えられた自我は、本来12歳のただの女の子なんですよ。だから、一度こういうのもやってみたかったのです』
「うんうん、メチャクチャええ掛け声やったで! もう、元気いーーっぱいっていう女の子の感じやったわ!」
「地の大精霊様……いいえ、地様。良い息抜きとなりましたか?」
地の少女。その顔には満面の笑み──
『──はいっ!』
そして彼女は、そろそろこの対談の場を納める準備を始める。
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『それではおふた方、今に陥っている現状。それに相対する知識も力も、おそらくはわたくしを含め、このアースティアの世界の存在に於いては、持ち合わせる者はいないでしょう。ですが、罪枷の審器エクスピアシオンは現に具現化し、世界は確実に『滅びの時』へと迫っています。だけど、今回はテラマテルが、レイが、黒の魔導士が、そして何より異端の剣士、デュオ・エタニティが──それら、いつもとは異なる複数の要素が、きっと今までとは違う行き着く先の顛末に、新しい可能性の未来へと導いてくれる。いえ、そう信じています。だから──』
地の少女は私達に手を差し伸べる。
『異端の剣士、デュオ・エタニティを伴い、この地に再び訪れてください。その時、わたくしの精霊石の欠片を預けましょう。そしてデュオ・エタニティは契約者となり、真の審器エクスピアシオンを手に取るのです──』
私とクリスは差し出された彼女の手に、それぞれの手を重ねた。
『きっと、約束です』
「うん。約束やな」
「はい。約束致します」
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しばらく手を重ねた後、私達はそれぞれ手を戻した。
それを機に、地の少女が話し始める。
『それでは少し長くなりましたが、これより貴女方の本来の目的である願いを叶えましょう。迷いの森についてはフォステリア・ラエテティア。貴女が手を触れれば迷う事なくわたくしの元へと辿り着き、導く様、手配しておきましょう。次にロッズ・デイクに於ける桃源郷と呼称される地。その位置についてですが──』
会話の途中──
ツインテールの少女。その小さな身体が一度びくんと震えると、突然、あっ─という声と共に意識を失う様に呆然と立ち尽くす。
次に声が絶叫へと変わった。
『──あああああああああぁぁぁーーっっ!!』
瞬間。周囲を取り囲む森から、まるで意志を持った者の様に、無数の太い蔦が、辺りを埋め尽くさんばかりに伸びてくる。
「おわっ! 一体なんやっなんやっ、これはっ!?」
……こ、これは?
激しく動じるクリスの声に。
「──しまった! これは“魔性の森”だ! 迷いの森が今、一切の存在を絶対的に拒否する“魔性の森”へと変化を遂げようとしている!」
「な、なんやてっ!」
クリスの声を確認したその時。私達の方へとその身を束縛し捕らえようと、既に複数の蔦がうねる様に伸びてきていた。
「くっ!」
「おわっ!」
武器を手に何とか抵抗をしようと試みる。
だが──
「うっ!──うああああああああーーっ!!」
「うおっ!──んんっ、うんんんんんんーーっ!!」
時は既に遅かった。
私はそれらに身体をがんじがらめとされて、ギリギリと締め付けられていた。
余りの圧迫感とそれに伴う痛みに襲われる。
「ああああああああああぁぁぁーーっ!!」
口からは叫ぶ声。
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……私とクリスは、精霊を介しての精神体の筈……こんな肉体的苦痛など……ただの幻覚……。
痛みと息苦しさに耐えながら、何とか思考を試みる。
……だが……しかし……例え精神体といえど……これ程の苦悶……耐え続けられるの……か……?
チラリと横目には、同じようにがんじがらめとなって苦しむクリスの姿と、生気のない目でただ、呆然と天を仰いでいるだけのツインテールの少女の姿が辛うじて確認できた。
だが、そんな少女の瞳に光が徐々に戻っていく。
……ん?……なんだ……あれは……?……地の少女の……瞳が輝い……ているのか……それに何だ?……彼女の足元から……現れているたくさんの……人影……みたいなものは……?
地の少女は完全に生気を戻した瞳で、前方をキッと見据えている。
そんな少女の後方には、彼女に付き従う様に、宙に浮く素朴なワンピース姿の少女。その複数の姿が確認できた。
そしてその全ての者の姿が、“それ”を従えている少女と、“姿、形”が全く同一の者だったのだ。
……あ、あれは……一体……。
そしてその複数のツインテールの少女達が見据えるその先には──
黒い法衣姿に、その上を覆う黒いマント。そして黒い鉄の仮面。
──“黒の魔導士アノニム”──
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──な、なんという……事……だ……。
……い、いや、そ、それよりも……だ……今は……ただ、まずい……このままでは……私と……クリスは肉体を残したまま……この空間で……生命を断たれてしま……うぞ……どうにか……せねば……。
……意識が……薄らい……でいく……。
──誰か──
──助け──
そんな時。誰かの声が頭の中に響いた様な気がした。
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───“昏睡より覚醒”──
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──こ、これは……。
──レオン……なのか……?
男性の力強い声が感じられる。
やがて意識は遠退き、辺りは再び真っ白な閃光に包まれ、そして身体の感覚もなくなっていく。
更には最早、ただの白い空間だけとなり、最後に“私”という意識の認識でさえ途切れ様としていた。
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──
──フォステリア・ラエテティア。
“桃源郷”の場所は───
……あっ……。
──“ーーーーーーーーーーーーー”──
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──
願わくは……。
──“また会いましょう”──
◇◇◇
「──以上がフォリーが俺に語った今回の試み。それに於ける自らの体験。全てとなるものだ」
最後にレオンは俺にそう言って話し終えるのだった。




