188話 そして終わる会合。
よろしくお願い致します。
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再びテーブルを囲う事となり、それぞれの席に腰を掛けた四大精霊達。
やがて、地が風。火。水に順追って視線を送ると、最後に小さく頷いた。
それに応じる様に、他の三名もコクリと頷く。
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『それでは皆さん。これよりわたくしから、この四度目のアースティアに於けるひとつの試みを立案します。それに先立ち、あらかじめ申し上げますが、皆さんに相談せず、“それ”を既に独断で内密に進めていた事。まずは謝罪致します』
『そりゃー、今まで黙って放っておいた、あたし達も悪ぃけどよ。さっきので、何かすげー異常な事になってるってのだけは分かる……なんでもっと早く言ってくれなかったんだ?』
火が、軽く手を上げながら声を上げた。
『それについては本当に申し訳なく思っています。ですが、わたくしがその“試み”を思い付いた時。真に“それ”が、我々が模索を続ける“答えとなるもの”。それに繋がるに至る可能性が在るか否か? あまりにも信憑性に欠けていたからです……全くの徒労に終わるかも知れない。だから、極力皆さんにご迷惑を掛けたくはなかった……』
『だーかーらぁー、そもそもそういう所が水くさいって言ってるのよぉ。火も言ってたでしょぉ? 私達は姉妹みたいなもんだって。だからさぁ、何も遠慮する必要なんてなかったんだよぉ?』
少しふてくされ気味となって言う風に──
『そうでしたね。すみません。それにありがとう……』
それを聞き、水もうっすらと優しく微笑む。
『ですが、先程の零の精霊から現れた“レイ”という名の幼女の出現により、わたくしの“試み”は、信憑性を増すに至りました。その事実を以て、今ここで改めて立案させて頂こうと、そう思い至った訳です』
直ぐ様、地は両手を胸の前で広げ、ぐるりと皆を見渡しながら問い掛ける。
『皆さんは覚えていますか? 今あるアースティアよりひとつ前のアースティア。即ち『滅びの時』により、滅んだ三度目のアースティアの世界を──』
『ああ、よく覚えているぜ。過去もっとも栄え、人間自身が考察、開発し、創り出した超高度文明にまで上り詰め、発展したすげぇ世界だったもんな! 地面に立ち並ぶ鉄の柱を持った灰色の巨大な建築物や、天空を飛翔する鉄の鳥とか、中でもあたしが一番驚いたのは、人が操る鉄の巨人だったかっ!!』
『あはっ、あんたって、そういうの好きそうよねぇ~。私は夜でもすっごく明るくて、色とりどりのたくさんの光によって煌めいていた地表の夜景が、何よりも大好きだったなぁ~。とってもロマンチックでさぁ~!』
『それに、発達した文明の力によって創り出された色々な発明品や便利な器具。それにより、人はより豊かに、そして幸せとなってましたね!』
三名が当時を思い出してか、やや興奮気味にそれぞれの思いを口にする。
そしてそれを遮る様に──
『だけど、“滅びました”──人が人の為だけに全てを省みず、“人の為”だけの更なる文明の発展を望んだからです。繰り返される人の行動による罪枷の悲劇。そして無に帰り、再び始まる“輪廻転生による模索”──何も変わらず全ては振り出しに戻りました。結局、“人間”はその様な高文明に達しても、“答え”までには至らなかった──』
『……ふんっ……』
『……うっ……』
『……はい………』
突然、明るい話題に高揚していた気分を削がれる様なその言葉に、三名は思わず絶句する様に唸った。
『前回の世界は、そんな超高度文明を誇ったアースティアの世界でした。その当時、わたくしは管理地である今のロッズ・デイクがあった地で、彼の世界の国家。それの高度文明よって開発、製作されたある物と邂逅を得、そしてひとつの可能性を見い出だした。それが──』
地は目を見開きながら言い放つ。
『人間が自らだけの力で誕生させた“思考の存在”──単独思考機能。“人工知能”』
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そして地は他の三大精霊に事の経緯を説明する。
人工知能は経験、知識、そしてそれらがもたらした物の結果。それを記憶として蓄積していく仮定で人工的に創り出された人工知能に、“感情”の発生が成ったとして──つまりは仮にだが、その存在を“人間”まで昇華する事があり得るのではないのか?
もしも、それが実現するのならば。“それ”が──
──人が……我々が探し求めて止まない“先へと続く答え”に繋がるのではないか──
そう考えた地は、第三のアースティアが滅び消え去る際に、戦争兵器を目的に人工知能を搭載させた全自動機械人形の試作工場だった施設を、まるごと精霊界へと転移、隔離した。
そして始動するであろう、次なる新たなアースティアに於いて、その“試行”を成すが為に、自身の実体の分身ともいえる精霊石を、その試作工場となる施設に埋め込み、自らを新たな動力源とし、同化したのだ。
そして第四のアースティア。つまりは現世界に於いて、地は、実際“それ”を実行する為。自身の『守護する者』、鉄と技巧の民ドワーフから、人間が開発した全自動機械人形生成機関によって、自ら生成した一体の全自動機械人形へと変更したのだった。
そう、地の大精霊が計画を図り、実行した“試み”──
彼女、地と同じ姿、形を持つ機械仕掛けの少女、テラマテルの存在が関わる事によって、第四の新生アースティアの定義付けられた運命、即ち“理”に、何かの変化をもたらすきっかけになってくれる事を期待して──
その為に。
今まで“我が子”であるテラマテルと、“人間”の“断罪”を繰り返してきたのだ。
そしてそれは、これからも──
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『──で、さっきのあのちっこいやつが、おめぇーが期待してた、“変化”って訳だ──』
『そう……です……ね……』
火の問い掛けに、相づちを打つ地の声を聞き、何か様子がおかしいと、彼女を目にした皆は驚く。
『……地。おめぇ、また泣いているのか……?』
『……やだ……そんなつもりはなかったのに……ふふ、最近、本当に涙脆くなってしまいました……』
それは、無自覚に涙をポロポロ溢している地の姿が映るのだった。
『……地ってさぁ。私達、大四精霊の中では非常に厳粛かつ冷徹で、“断罪の執行者”なんて勝手に呼ばれるけど。人間って、全く自分勝手な生き物よねぇ。内面を全然知ろうともしないんだからぁ。ホントはこんなに泣き虫な子なのにさぁ……』
風が声を掛けながら、やさし気に目を細めた。
『本当に嫌になってしまいますよ。これでは断罪の執行者失格です……わたくしはおそらく既に、子供ではなくなってしまってたんですね……』
『……ですね。だけど、それは疾うに貴女には分かっていた筈じゃありませんか? 大分前から気付いていたのでしょう?……成長した大人の“心”での冷徹な断罪。今もさぞや辛い思いで行っているのでしょう。心情察し致します。地は、私達姉妹では一番末妹の女の子なのに、本当に良くがんばってると思いますよ』
水の慰めの言葉に、地は涙を拭いながらニッコリと微笑んだ。
『はい。ありがとうございます。お姉様方──』
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そして地が落ち着いたのを確認した火が、再度彼女に問い掛けた。
『いくつか疑問があるんだけどな。まず、さっきの説明だけで良く要領を得ねぇーで悪ぃんだけどもよ。そもそも人工知能って何なんだ? 簡潔かつ短絡に説明してくれ』
『そうですね。一文で表すと──“与えられ得た”。あるいは“自ら学習し得た”その知識を用いて考察する事のできる、人の手で作られた思考”──こんな所ですか。ちなみに、ここが最も重要事項なんですが、人工知能はいわゆる“感情”を持ち合わせてはいません』
『え、何故なのぉ?』
割って入る風に──
『その機能を創るのに、知識と技術が、未だそこにまで至ってなかったからです。それに、すべき事柄を遂行するだけの存在に、“それ”は必要ありませんからね。かえって邪魔となるだけ──』
『成る程。おめぇんとこの新参、『守護する者』が、なんで“殲滅のテラマテル”って呼ばれて、世間様をビビらせてるのか? その理由が良く分かったぜ』
『くすっ……口では火の方が、圧倒的に世間を震撼させるのにね? 少しはおしとやかにして下さいよ。ねぇ? お姉様?』
『──げあっ!!』
珍しく放った地の他愛もない冗談に、両手を振り上げ、顔を真っ赤に染め上げる火。
その様子を、鼻でふふっと笑うと、地は再び話し出す。
『それでわたくしは、人工知能を搭載した全自動機械人形、テラ・マテル。彼女に、今は例の全自動機械人形生成機関によって弱体化しているかつての『守護竜』と積極的に交流をさせ、また人間とも多く交わりを持つ様、わたくしの代理人として多々の断罪執行を行わさせました』
地は先程とは雰囲気をガラリと変え、ただ淡々と語り続ける。
『彼女はさすがに“感情”のない存在だけあって、業務に一切の無駄がなく、わたくしが指示した事だけを行う全くの優秀な者でした。そんな彼女に、わたくしは常に注視を怠りませんでした。そして時は過ぎて行きます。やがて、テラマテルに変化の兆しが──鳴地竜ウィル・ダモスと交流を深めていた彼女が、ウィルに「ココロっていうものを教えて欲しい」と乞われた──わたくしに彼の竜はそう話してきたのです』
三名は地の話に聞き入っている。
『そしてその時がきました。人工知能であるテラマテルが、わたくしに“イオっていう友達ができた”と──実際の彼女の表情は全く動かずいつもの無表情でしたが、何故かわたくしには、そう言ったテラマテルの顔が笑って見えたのです──』
地は両手のひらをそっと胸に押し当てると、その時の事を思い出してか、静かに目を閉じた。
そしてゆっくりと開ける。
『そして今回のわたくし達、四大精霊の定期報告、立案会。つまりは今に至った訳です──』
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長い説明が終わり、しばらくの後、火が口を開いた。
『で、実際の所、おめぇの立案の見立てはどうなんだよ?』
『はあぁっ? ちょっとぉ、火。あんたってバッカなのぉっ!?』
『なんだとっ! 風、てめぇーーっ!!』
それを制止する様に、水が割って入る。
『ちょっと、おふたり共こんな時にやめて下さいな。それに火、さっきのアッシュブロンドの子、“レイ”ですよ。少しは察して下さい。そうですよね? 地──』
それを聞き、地は力強く頷いた。
『そう……わたくしの事を、“まま”と呼び、ウィルの事を“ピカピカに光った竜のおじちゃん”と呼んでいた。あとは罪を裁く。断罪。わたくしを護る……そして徹底的なのが、“イオという名の友達ができた”と、“レイ”。彼女はそう言った……』
『──え! つまり、それはどういう──』
火の疑問の声も途中に、地は続ける。
『“テラマテル”と“レイ”。ふたつの存在は記憶を共有している。それは──“レイ”という存在……先程あの子は、零の精霊となるあの水晶から出てき、そして帰って行った。彼女はおそらくは“零”の精霊なる者──そしてわたくしの『守護する者』。機械仕掛けのテラマテルと、わたくし達の母体である零の精霊の意識が繋がっているという事実──』
『……って、おいおいおいおいっ! それってまさかっ!!』
火が驚愕の表情を浮かべ、風と水の両名は神妙な面持ちで頷いた。
『はい。それは即ち、零の精霊が感情を──つまり、“自我”を持ったと推測されます──』
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静かに、それでも力強く断言する地に、一同は静寂の時間に陥る。
暫くして。
『……あたし達の基となる者。母体である零の精霊が自我を持ったってか……? 今までこんな事、一度たりっともなかったってのによっ! こ、これって、すげー事なんだよなっ!?』
再び騒ぎ立つ火の声に。
『じゃあ……じゃあさぁ。さっきの、さっきのあのちっちゃな女の子が、零の精霊って事なのよねぇ……状況から考えてそうなんだろうけどぉ、やっぱり何だか、とてもじゃないけど信じられないわぁ……だけど、それはきっと奇跡……なのよねぇ……』
風が戸惑い、やがて感心となる言葉を呟く。
『確かに、零の精霊は、彼の存在が分裂し、自我を与えられた四つの存在。つまりは我々がアースティアという世界を創り出した空間。そこに存在を初めてから、今に至るまで“自我”を持たぬ者と勝手に定義付けをしていた感は拭えません……ですが、まさか本当にこのような時がこようとは……いえ……いずれはこうなる時があったのかも知れません。そして今回、今の刻に、それは偶然にもそれを選択した──』
そして水は、困惑気味に震える声を漏らした。
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『はい、お姉様方。まさしくその通りです。“レイ”──ああ、なんて可愛らしい。そしてなんて純粋なのでしょう。まるで何も知らない赤子の様──』
地は少し恍惚とした表情を浮かべながら、天を仰ぐ。
『地。おめぇってやつはよ……』
『地。ふふ、そうねぇ……』
『地。はい。これで、もしかすれば、あるいは──』
そんな地の様子に、三つの大精霊達は、それぞれ応じるのだった。
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『さて、“零”……いいえ。“レイ”の動向を今後は皆で共に見守って参りましょう。さあ、その先に“何がある”のか?──それは“我々を創造した存在”とて分からないでしょう──以上これを以て、今回の定期報告、及び立案会を終了致します。皆さん。どうもお疲れ様でした。またお会いしましょう。それではご機嫌よう。お姉様方──』
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地は両手をワンピースの太股に着け、恭しく頭を下げてのお辞儀で、大精霊達の会合となる今集会を締め括るのだった。