17話 鮮烈デビュー! 冒険者デュオ・エタニティ
よろしくお願い致します。
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「ああ、腹へった……」
『うん、お腹へったね……』
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あれから俺達は、港街ポートレイを出発して東に向かって歩き出し、国境の街、『オルライナ』に辿り着くのに、ほぼ丸々二日間の時間を要する事となってしまった。
幸いにもロッズ・デイク自治国とアストレイア王国とは友好国の関係にあったので、何のトラブルに巻き込まれる事もなく、無事に到着する事ができた。
その間、感じる睡眠欲に対しては何度か仮眠は取ったが、食欲に対してはろくな物しか口にしていない。
それというのもこれまでの道中で、何かの木の実か果物の類いしか確保できなかったのだ。
ただ、それらの体験を通して、新たに判明した事があった。
それは食欲と睡眠欲の方は、お互い共通に感じるらしい。
つまり、俺が腹がへればノエルも空腹を感じる事になるし、俺が食事を取れば彼女も食欲を満たされる事になる。睡眠欲の方に於いてもそれは同じ事が言えた。
……ただ、いまだに慣れないというか、違和感を感じる現象が俺達ふたりを大いに惑わさせていた。
それは食事の事だ。
例えばここにふたつの果物があったとする。
ひとつはリンゴで、もうひとつは木苺、俺がまずリンゴをかじり、その味を味わう。すると同時に俺の中にいるノエルもその味を感じる事になる。
次に木苺を食べてみる。それも同等に彼女もその味を味わえる。つまりは食事を楽しむ。その事をふたり共通に、しかも同時に感じる事ができるのだ。
ひとり分の食料でふたり分を賄える。なんて、お得なコストパフォーマンスなんだ!
身体を支配している者が食べる順番でしか、その味を味わえないけど。それが未だに馴染めないんだよなあ~。
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でも、待てよ。なんで身体の感覚さえ感じない精神体が、そんな『食欲』、『睡眠欲』なんてものを感じるんだ?
人間の『三大欲求』 もしかしてそれが必然的に残っているのかな? だけど、そうなると後、『性欲』なるものが残っているという事になる。
う~ん、性欲かぁ~、性欲ねぇ~。正直、今の俺はどうなんだろ? 確かに、俺には気付いてから自分は男だという自覚がある。
確証ではないが……。
それに男に対して何の欲求も感じないし、感じようとも思わない。だったら女に対してならどうだ?
例えばそうだな、今の俺の身体である女の子、ノエルに対してならどうだ?
………。
うん。それだったら、確かに興味がある。
次に彼女の裸体を想像してみる。
──ぐふっ。
─って、ダメだ! ダメッダメッ! 一体、な、何を考えてるんだ俺はっ? 全くやらしい! でも、まあ、その事に関しては今、そんなに重要視する事もないので、特に深く考える必要もないか。
それに、以前の俺という存在が、男か女かなんて、そんなの一概にいえないもんな……。
だって、世の中には女性にしか興味を持てない。そんな女の人だって実際にいる訳だし、男だと思ってたら、実は俺はそんな感性の女の子でした~って、事になる可能性が全くない訳ではない。
うん、やっぱり、あんまり深く考えるのはよそう。
─────
そして俺達は今、国境の街、オルライナの街門前で立ちながら会話をしていた。
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『取りあえず、やっと辿り着いたね』
「ああ、とにかく資金と。何より、まずは食料の確保だな」
『……そ、そうだね……』
「……まさか、ノエルが全くの一文無しだったとはなあ~~」
『え? 娼婦舘から逃げ出した奴隷の女の子が、お金なんて持ってる訳ないじゃないっ。えっへん!!』
両手を腰に当てながら胸を反らし、堂々としたノエルの姿が、頭の中に思い浮かんでくる。
「……それって、そんなに自慢気に言う事か?」
『あはっ、やっぱりそう思う?』
一応、その自覚があるみたいな俺の脳内ドヤ顔ノエルさん。
ここ数日間、彼女とずっと一緒にいるけど、やっぱりこの子、すっごく明るい子だな。何だか、俺まで楽しくなってくるよ。
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「とにかく、何か食料を調達しよう。仕方ない。一旦、山にでも狩りに入るか」
『えぇーーっ、せっかく街に辿り着いたのに? だったら、せめてもっと近場にしようよ。ほら、川辺で魚取りとか、草むらの中で野草摘みとか。私、食べ物に好き嫌いはないよ。わりと何でも食べれるし。だから、ね?』
「……じゃあさ、ノエル、君、ヘビとかカエルとかはいける?」
『……へ?』
一瞬、彼女の声が止まった。
まあ、次にくる言葉に大体の予想は付く。
『いやあああぁぁーっ! 絶対に無理いいいぃぃーっ!』
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「となると、向かう場所はひとつ」
アストレイア王国、オルライナの街。その街門を潜り、人混みの中を抜け、向かったその先は──
「資金調達の定番、冒険者ギルド!」
『ふむふむ──』
木製の観音開きの扉を開き、中へと入った。
中には数人の冒険者の姿が確認できる。その奥には受付のカウンターらしき所に、これもまた定番の三人の年齢が若そうな受付嬢の姿が見えた。
「……さて」
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今の俺、デュオ・エタニティの現在の外見は、茶色の外套衣を身に纏い、フードを目深に被って顔を覆い隠している。
そして例の魔剣を、外套衣の内側ではなく外側の背中に背負い、触手によって固定していた。
身体が小柄な為、その漆黒の異形な魔剣の姿が、一際目立っている。
はっきり言って、怪しさ全開だった……。
そう、わざと目立つようにしているのだ。自分の持つ力を誇示する事で、掛かるであろう獲物を待つようにして──
そして俺の思惑通りに掛かる獲物。それもご定番の、いわゆる『絡んでくる柄の悪い冒険者』─って奴だ。
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「おいっ、そこの茶色のコートの奴! お前、まだガキだろっ!」
「………」
次にそれとはまた別の冒険者が近付いて来る。
「ここはてめぇのような子供がくる場所じゃねぇぞ! 何か、これ見よがしに、気味の悪い剣なんぞいっちょ前に背負いやがって、何だそれは!?」
「………」
「このガキ! 黙ってねぇで、何か言ったらどうなんだ! ぶっ飛ばしてやろうかっ!?」
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そろそろ頃合いかな?
「……面白くないよ」
「!?……え、何だって!」
「だから、面白くないんだってば、悪態の台詞がド定番過ぎて──ない頭使って、もうちょっと面白い事言いなよ」
「な、何だとっ! このくそガキがっ!!」
冒険者のひとりが激昂して、俺に殴り掛かってくる。
「おっと、それも『お決まり』だね」
その冒険者の男が繰り出す右ストレートをかわし、俺はその腕を掴んだ。
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さて、どうしよっかな~~っ?
何気なく上を見上げると、この建物の二階は吹き抜けになっていて、その天井はかなり高い。
くふっ……いい事思い付いちゃった。
「そんじゃ、あんたに、とっても楽しい体験をさせてあげるよ」
俺はそう言うと腕を掴んだまま、その男を上へと放り投げた。
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放り投げられた男の大きな身体が二階、天上すれすれの高さまで宙を舞う。そして落下してくる。それを片手で受け取り、再び上方へと放り投げた。
また宙に男の身体が舞う。そして落下。それを何度も何度も、両手で交互に繰り返す。
「ほいほい。ふふん~っと!」
そう、俺は今、男の身体を使って、お手玉をして見せていた。
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「ほぎゃぁぁあああああーーっ!!」
男はカエルのように、ジタバタしながら叫び声を上げている。
やがて最後に俺は、落下してくるその身体を受け取らず、それにより男は、尻から床に叩きつけられる事となった。
「むぎゅっ!!」
叩きつけられる大きな音と共に、男は変な声を漏らしながらそのまま気絶した。
その姿を見届けて俺は周囲を見回す。
このギルド内、全ての者が今の一連の騒動に、その視線を釘付けとなっていた。
目に入る全ての者が皆、何か信じられないようなものを目の当たりにしたように驚愕の表情を浮かべている者や、呆気に取られている者もいる。
そんな様子を確認する事ができた。
よし、これで予定通り!
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『アル、今のあなたは女の子なんだから、一人称に気をつけてね? 後、できたら、言葉遣いも──』
「─って、ノエル、いきなりムチャ言うなよ。でも、まあ、取りあえずは一人称くらいなら。後は、多分無理!」
彼女に小声でそう答えながら、俺はフードを外し、顔を顕にした。
そして、ニコリと微笑んでみせる。
「ここにお集まりの皆さん。俺……い、いや私は、冒険者のデュオ・エタニティって言います。見た目はまだ未熟な若い女剣士ですが、幸いにも私はとある迷宮にて、この漆黒の魔剣なる物を手にする事ができました!」
ここで俺は、背の魔剣を手に取り、天井に向けてわざと大袈裟に掲げて見せた。
「そして私はこの魔剣と契約を交わし、人外を超越した強大な力を得る事ができました! という訳で、手っ取り早く言うと、私は今、ものすっごく強いです! ですので、ギルドの関係者の方、冒険者の方、またそうでない方々も、何かお困りの事があれば、このデュオ・エタニティに是非、ご相談下さいっ!」
そして次に不本意だが、片眼を閉じ、ウィンクしながら悪戯っぽい微笑みを浮かべ、人差し指を口元に押し当てた。
「今ならお安くしておきますよ~~っ!」
自分で思い付く限りの女の子らしいアピールを、がんばってやってみる。
……ううっ、は、恥ずかしいっ!
『──きらりん!』
い、いや、ノエルさん。口に出しての効果音の演出なんて要らないからっ! どうせ誰にも聞こえやしないんだしっ!
ともあれ、つまりはこういう事である。
どのみち、このノエルという女の子の見た目のままでは、ギルドでの仕事どころか、取り合ってくれそうすらない。
それなら、最初から自分は強大な力を持つ『強者』である事を誇示しておけばいいんじゃないかと。
まあ、魔剣と契約しているっていうくだりは、あながち間違ってはいないし……。
─って……あ……あれ──??
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俺を取り囲む周囲の視線は皆、まだ依然としてポカンと呆けていた。そしてずっと続いている静寂。
こ、これは、もしかして……。
『どうやら、派手にやり過ぎちゃったようだね、アル……』
ノエルがボソッと呟く嘆息の声が、俺の中に響いてくるのであった。
──ぐふっ。