186話 子供だった“地(わたし)”
よろしくお願い致します。
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テーブルに打ち据えた拳をそのままに、ギリリと歯を鳴らし、しかめた表情で下を睨み付ける。
ずっと無言で立ち続けている、そんな姿の火。
『………』
その間、誰も言葉を発する者はいない。
やがて、ガタッと椅子の音だけが白い空間に響き、火が席に着いたのだった。
そして暫くの後──
───
『それでは、最後にわたくし、地の管理地。ロッズ・デイク自治国に於ける報告を致します。皆さんもご存じの通り、今アースティアに於いては早い段階で、ロッズ・デイクとなる国家は、体制を王による独裁制ではなく、国民自体が治める民主制の国家へと形を変える様、わたくしは導き、そして成り得ました。それはやはり、自らの行動。もしくはそれに伴う自らの責。それらのものは自らが決め、自ら担うのが、我々四大精霊の宿願でもある“滅び”と“再生”。いわゆる“輪廻転生”による“答えの模索”──それにいち早く繋がると、わたくしはそう考え、信じたからです』
『知ってる。それがおめぇのいつものやり方だからな……』
応じる火の声に、風、水も静かに頷く。
『そして目には目を、歯には歯を、命には命を以て。“対価の断罪”──犯した罪を裁くは同等の重さの断罪を。それを徹底し、また、それに関して、一切の“感情”を関与させてはならない。わたくしはその事を徹底し、今まで断罪を執り行ってきました。勿論、それはこれからもです』
『……それも知ってる。その為に、おめぇ……お前。地の大精霊は“純潔”な心を持つ、子供としての自我を与えられ、その姿を象ったんだからな。まあ、いわゆる感情に流されない断罪を行う為に。な……』
またも応じる火。
他のふたりは、真剣な面持ちでその様子見守っていた。
『はい。徹底した“対価の断罪”。そしてその先に、人は罪の重さとそれが成す代価とを知識として認識し、最終的には、全ての感情を持つ者にその考えを浸透させ、いずれの時か、その模索となる自らに課せられた答えを、人は必ず自ら見つけ出す──わたくしはそう信じています』
『……おめぇ、報告会の時、毎回それから始めるよな?─ったく、子供のくせによ。あたし達よりよっぽどめんどくせぇ業を背負わらせられちまってよ……辛くはねぇのかよ……?』
そんな火の言葉に──
『はい。辛いと感じた事はありません。それを成す為に、わたくしは子供として定義付けられ、自我を与えられたのですから──だけど、そうですね。様々な記憶の蓄積によって、“心”は限りなく既に“子供”ではなくなった。純粋無垢。無邪気。無知識。自身の好奇心となる物以外への全くの無関心。そして、少しばかりの残酷さ──その心が、積み重ねられていく“感情”という概念によって染められ、どんよりと濁ってしまった。そう、私の心はもう透明ではないのです。その事実が断罪執行時──その時に……時折、悲しく寂しいと、そう感じる時もなくはないですね……』
地はそう言って、小さく微笑むのだった。
『…………』
他の三名は、寂し気にも感じるその微笑みに対し、ただ何も言わず見つめる事しかできなかった。
───
『──ロッズ・デイク自治国は現状、隣国である大国、アストレイア王国と名実共に真の同盟国になった事により、争乱からはかなり遠ざかる事となりました。それにより、彼の国は更に安定する事となるでしょう。また、他の国々より、技術の途上が目まぐるしく、経済の発展も大いに期待できます。わたくし管理者、地の大精霊としては、今までの定式を継続しつつ、今後の動向を、更に注意深く観察していく所存です。以上を以てわたくし地の報告は終了です』
『………』
地の報告が終わるのを、火は頬杖を着きながら、横目で見、風と水は、相変わらず真剣な面持ちを崩さないでいた。
地は席に着く事なく、立ったまま続ける。
『それでは、次に立案の方に移りたいのですが?』
その言葉に、火は頬杖を着いたまま、空いた方の手を上げた。
『あたしは別にねぇーよ』
彼女の言葉に、風と水も続く。
『私も特にないなぁ~』
『私も今は思い付きませんね』
その返事を確認し、軽くコクリと頷く地。
『そうですね。わたくしは──まあ、今は特に急く必要もありませんので、わたくしも立案の方は、今回はなしとします。それではこれを以て、今回の報告、立案会は終了としましょう。皆さま、お疲れ様で──』
『──ちょっと待てよっ!!』
突然上げられた大声によって、地の会合の終了。及び、労いの言葉が遮られる。
それは、火だった。
『地、おめぇよ。まだ終わりじゃねーだろうが。何かあたし達に言う……っていうか、報告すべき事があるんじゃねーのか? なあ、風よう?』
『まあ、そうよねぇ。地。あんた、今回ドワーフから変更したっていう“新人類”って説明した、あの『守護する者』ってさぁ。あれ、“生き物”じゃないでしょ?』
『そうですね。それに今回のアースティアに於いて執り行われた、過去数回の『審判の決戦』の折り、貴女の『守護する者』を、私は興味があって観察した事があります。フードを目深に被って、顔を隠していましたが、明らかに地。貴女と全く同じ容姿をしていました。“あれ”は一体“何”なのです?』
火に触発されて続く怒涛の様な質問攻め。
『………』
それに対し、今、地。彼女は説明すべきかどうかを迷っていた。
そう、まだ可能性の段階で、その“事”すら自らの妄想に過ぎないかも知れないからだ。
いや、願望というべきか。とにかく彼女は今、どうすべきか迷っていたのだった。
───
『まあ、あれだ。他にもよ、あたし達大精霊はこの世界。アースティアに直接干渉するのに、“精霊石”っていう形を象った媒体となる物が必要となる──まあ、即ちそう“定義”付けられてるって訳だ。そんでそれを護るのが、かつての『守護竜』であって、今の『守護する者』。そういう事だよな?』
火の言葉に、風と水が続く。
『そう。今の私、つまり風の精霊石は、アストレイアの祭壇のひとつにあり、『守護する者』。フォステリアによって護られているわ』
『はい。今の私、つまり水の精霊石は、ティーシーズの聖都内、水の神殿にて、女神像の腕に抱かれ『守護する者』。エリゴルと、水の神官戦士達によって守護されています』
『………』
無言で風と水に視線を向ける地。
『まあ、あたしの場合は知っての通り訳ありでな。火の精霊石はノースデイ領内、火の寺院に奉ってはあるがよ、ありゃ真っ赤な偽物でよ。本物は……エクスハティオっていう災厄を中に放り込んで、今じゃ『守護する者』の心臓と同化してしまってる訳だ。はんっ! 皮肉なもんさ。あたしの精霊石は、最早『守護する者』クリスティーナと運命共同体。つまりはこれ以上ない程に、ガッツリ護られているっていう訳だ。でさ、ここで質問だ──』
火はテーブルからひとり立つ地を、キッと睨み付けた。
『──おめぇーの精霊石は、今。一体“何処”にあるんだ?』
得心する回答を申さねば一歩も引かじ。という三名の態度に、地は、若干戸惑った。
『………』
何も言えず、立ち尽くすだけの地。
そんな彼女に──
『地。お前があたし達四体の中で、最も知力に優れ、気転が効くってのも事実だ! それに、どれだけ情に流されない冷酷な断罪を行おうと、おめぇが他の誰よりも、“人間”が大好きだって思ってる事もよ!』
『そうよ。貴女は私の中で一番“人間”を愛している。だって、人を滅ばす黒の精霊が創り出した“黒い者”を激しく憎悪し、そして、こんなにも人の世界。その未来の模索に、いっつも必死になってかんばってるじゃないの!』
『頭の良い貴女の事だから、きっと何かの計画を既に立てているのでしょう……いえ。もしかすれば、それはもう現に進めていってるのかも知れません。けれど、それが真に人の世にとって間違った選択ではないか? そう。まだ確信が持てなくて不安なんですよね? だけど、ひとりで抱え込まないで下さいね。なんたって貴女はまだ子供なんですから──』
火の言葉に──
風の言葉に──
水の言葉に──
『そうだぜ。あたし達、四体は、零の精霊から生み出された言わば、姉妹みたいなもんなんだからさ』
『そうよ、地。だから──』
『ほんの些細な事でもいい。悩むなら、せめて私達四人で一緒に悩みましょ?』
そして席から立った火、風、水が、それぞれ地に手を差し伸べた。
(──あっ……)
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──“地”──
零の精霊によって、自我を与えられた私達、四つの精霊──
意識というものを自覚した地は、まず最初に疑問に思った。
他の三体とは違い、何故地だけ少女の姿をしているのだろう?
他の三名とは違い、何故地だけ人に対して特別何も感じないのだろう?
そして私が罪人の断罪を執り行う時。何故他の三人は、地の事をそんな冷めた哀れみの眼差しで見るのだろう?
……うん。多分、他の三人達は地の事を嫌ってるんだ──
ずっとそう思い、本心を晒す事なく、私は今までひとりでやってきた。
そして、やっていく中で自分の中で積み重なっていく“感情”という名の記憶の蓄積。
そう──“今の私”だったら分かる──
──“地は嫌われてなんかいない!”──
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『『『──さあ、地──』』』
重なる三体の声。
地の頬に一筋の涙が伝い、そして自分に差し出された皆の手に、自らの手を重ねようと差し出した。
──その時。
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『──ままあぁーーっ! やっと、やっと会えたぁ~。ずっと、ずっと会いたかったのぉーーっ!!』