185話 創造主達の会合
よろしくお願い致します。
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そして始まった報告、立案会。
まず椅子から立った地が言葉を発する。
『では、各精霊の担当地の報告から始めます。まずは風から──』
その言葉を受け、風は立ち上がった。
『は~い。私、風に於ける管理地、アストレイア王国に現状、特に異常はありませんよぉ~。さすがはアースティアに存在する全ての国。その祖となる国家だけの事はあるよねぇ~~。今、現在でも軍事力、経済力。共に第一位の大国でもあるし、私の事を悠久の始祖って敬ってくれる風の護人達や、『守護する者』。フォステリアも非常に優秀だしねぇ~~。いや~、風さん。もうホントに楽ちん楽ちんなのですよぉ~~。という訳で以上を以て定期報告を終了しま~~す』
報告を終えた風が着席し、続けて地が発言する。
『了解しました。報告ありがとうございます。異常がない様でなにより。だけど、油断は禁物です。引き続きアストレイア王国の管理をお願い致します』
『は~い』
次に地は自身の左側の席に目をやった。
『それでは次に、水。報告をお願いします』
『承知しました』
そしてガタッと、席から水は立ち上がった。
『では、報告致します。我が管理地、私の力を貸し与えての元、建国されたティーシーズ教国は、過去は色々と因縁がありましたが、今現在、落ち着いた状態です。我が『守護する者』、エリゴルも曰く付きの種族でありながら、私によく仕えてくれてます。今後は封印から取り残された獣人族を主に、監視を続けていく所存です。ですが──』
言葉を濁した水に対して、地が──
『どうかしましたか? 何か問題点でも?』
『……いえ……私なんかが、このまま慈愛と恵みの女神だなんて、そんな大層に崇められていいものかと……って、いやいやいやいやいや!……女神アクアビィテ様だって……そんなの少し恥ずかしいっていうか、こっぱずかしいっていうか、穴があったら無理矢理身体をねじり込んで、ウネウネウネウネウネウネ羞恥心にひたすら悶絶したいっていうか……とにかく凄く恥ずかしいですの……』
顔を赤らめてうつ向く水。
『……だから知らねぇーーよっ!』
『あらあら、ここにきて水、天然本領発揮いぃ~~!』
火が突っ込み、風がニヤニヤとした表情を浮かべる。
『……火、水。貴女方に握り締められた手の中の、オケラの気持ちが分かりますかっ!?』
『オ、オケラあぁーーっ!? 気っ色悪りぃ! そんなの分かりたくもねーーわっ!!』
『……手、手の中のオケラって……確か、オケラって指と指との間に無理矢理入り込んでくるんだよねぇ……うっわあ~~。さすが水ちゃん。この風さんでも引くわぁ~~』
そんな皆の光景に、地は顔をしかめて今一度、はあぁ~~っと短くため息も漏らすと、コホンッと息を調え、直ぐに表情を引き締めた。
『あー、その件に関しては現状維持でいいと思いますよ。現に少し風変わりな所もありますが、水は実際、この場のどの精霊よりも心やさしい方ですからね。人も貴女を正当に評価し、信仰の対象として敬っているのでしょう。なので恥ずかしがる必要もないし、謙遜する必要もないと思います。堂々と胸を張っていればいいのですよ』
少し涙ぐんだ様な声で水は答える。
『はい……ありがとうございます……あっ、でも──』
『えっ、どうしました? まだ何か?』
『はい……いえ、そのなんていうか……私には、そんな“胸を張る”程の立派なものも持ち合わせてはないですの……』
『あーーっ! だ・か・ら・知らねーーってばよっ!!』
『水ちゃん。くすっ、ふふふっ、いいよぉ~、すっごくいいよぉ~~。はあぁ~、残念超可愛いっ!……やっぱり天然はいいねぇ。素直に、率直に──素の自分をさらけ出すのは“素敵”な事よぉ~~』
『………』
火と風、ふたりをキッと睨みつけると、地は、小さくため息をつきながら、水に着席を促す言葉を掛けた。
『はぁ~……了解しました。報告ご苦労様です。水に於かれましても、獣人族の動向を重点に、引き続きティーシーズ教国の管理をお願い致します』
『えっ? あ、はい。ありがとうございました』
水は地に向かって一度、ペコリとお辞儀をすると、そのまま着席した。
そして地は、正面の赤髪を逆立たせた女性に、少しきつめの視線を向ける。
それに感づいた彼女は、おっ? という様な表情を浮かべて、不敵な笑みで少し口元を歪ませた。
『それでは、次に火。報告をお願いします』
『……けっ、なんであたしがこのメンツでケツなんだよ! 最初に─っていうか、真っ先におめぇの目に入るのは、正面に座ってるあたしだろーがっ!……ったく、あーーっ、かったりぃ~なぁ……』
そう悪態をつきながら、火は面倒くさそうに席から立ち上がる。
『……これはあれか? 今回、集会の進行役を最初におめぇを名指しした、あたしへの当て付けかよ?』
食って掛かる火に──
『いいえ、特に他意はありません。たまたまです。ただ、今回のアースティアに於いて、あまりに貴女の様子が過去のそれより、変化が著しいとわたくしには感じ取れたので、貴女さえよければ、その辺りの説明もして頂ければ良いかと……だったら三名の中では一番最後にまわって貰ったら──そう判断したまでですよ』
その言葉に、火はあからさまに不機嫌な表情になった。
『はんっ!──ああ、そうかい。そんじゃ取りあえず定期報告な? あたしの担当、ノースデイ王国は、まあ、隣辺国とたま~にイザコザを起こしちゃいるが、特に問題はねーぜ。戦争に至るまではいかねーだろーよ。あたし直轄の竜人族が擁する火の寺院の勢力が常に目を光らせてるしな。まあ、今ん所は問題なしってやつさ。以上、報告終わりだ。地、席に着いていいか?』
『了解しました。報告ありがとうございます。ですが、着席するのは少し待って頂けますか?』
『あ? なんでだよっ!』
ギロリと地を睨み付ける火に──
『先程も言った筈です。貴女の様子がおかしいと。これはわたくしだけではなく、風、水の両名も既に気付かれているとは思いますが──』
『あん? その事かよ。一体何がおかしいってのさ?』
地は再び、火をキッと見据える。
『火、貴女。何故、今回のアースティアでは、“常に怒っている”のですか?』
『んあっ? そんな事かよ。あたしは元々怒りっぽい気が短い性格だったじゃねーかよ。忘れたのか?』
その言葉に──
『まあ、そうだったけどねぇ~~、でも今回のあんたは、特にずっと怒ってばっかじゃないのぉ? 何事に対してもギャンギャン、イライラ、いっつも辺り構わず喚き散らしてさぁ~~』
『そうですね。まるで何かから気をまぎらわしてるかの様にも。見ていて時おり痛々しいとさえ感じます……どうか、ご無理はなさらぬ様。何だかとても心配です……』
席に着いた風と水が立っている火に視線を向ける。
そんな様子を見ながら、地は火に問い掛けた。
『火。それは劫火竜エクスハティオに関わる事ではないのですか?』
その言葉に、彼女は一瞬驚きの表情を浮かべると、直ぐに顔に片手のひらを押し当てながら、少し頭をうつ向かせた。
『はあああぁぁぁ~~。ずっと隠してたのによう。やっぱ地には全てお見通しって訳かよ……』
『話して頂けますね?』
すると、火は両手を広げ、しょうがないといった感じで話し始めた。
『知っての通り、今回火の守護竜は、竜人族の長の心臓を贄として、火の精霊石を以て封じた訳だ。それはつまりだな。奴は今、あたしの中にいるのさ──』
『………』
他の三名は彼女の言葉を待つ。
『奴は“創造主である五つ全ての精霊”を憎んでいやがる。そらぁ~もう、気が狂わんばかりにな? まあ、そうだわな。勝手に創っておいて、理由も訳も分からないまま、身動きできない様に一方的に封印された方はたまらんだろーぜ。でさ。そんな憎悪の塊である強大な力の持ち主が、今あたしの中にいやがるんだ……そんでよ──』
火は顔を完全にうつ向かせて、ゴスロリ姿の身体を自らの両腕で力いっぱいに抱き締める。
『“憎い”“憎い”って、ひたすら暴れまくりやがんだよっ! その度にあたしの身体中に激痛が走りやがる……まあ、とはいってもその痛みに絶える事に、大分慣れてはきたけどな──そんな訳で常に喚き散らして、痛みから気をまぎらわしてるって訳さ。いっつも怒って見えるのはそれが原因だろうよ』
少し辛そうな、そして悲しそうな表情を浮かべる火。
そんな彼女に──
『……やはりそうでしたか。すみません。今回のアースティアに於いては、至強の存在であるエクスハティオの処置の方法は、最早あれしか思い浮かばなかったのです。過去三度のアースティアに於いては風、水、地、全ての守護竜をエクスハティオと対峙させ、共倒れになった所を、まとめて四体共精霊界の片隅に封印していました。だけど、今回はそれを行う前に二体の守護竜を失ってしまった……貴女ひとりに常に伴う激痛などと……辛い境遇に至ってしまった事。誠に申し訳なく思っています』
『……そうだったのか……ごめん。私、全然気付いてあげられなかったよ……本当にごめんね……』
『火。誠に申し訳ありません。我が守護竜コーリエンテが邪竜と化してしまったばかりに、風の守護竜インテリペリを含め、二体の守護竜がなき者に……それが原因で貴女が今どんなに苦しい思いをしているか……ごめんなさい。本当にごめんなさい……』
地が謝罪の言葉を。
風が慰めの言葉を。
そして、水は謝り、ただひたすらに泣きじゃくる。
───
『……だあああああああーーっ!! だから、嫌だったんだよっ、この話をするのはさ! それに言っただろうよ。この激痛に“絶えるのにも大分慣れた”ってよ! それに他に方法がなかったのも事実だ。だから、もう気にすんじゃねーよ! まあ、そうだな。いつもより増して怒りっぽくなってるのは、こういう訳だから勘弁してくれや。さあ、もうこの話はこれで終わりだ。これ以上グダグダ口にすんじゃねーよっ!』
早口で捲し立てる火。
『……でも、でも、それではあまりにも貴女が……』
『だ・か・ら・言うなって言ってんだろがっ!』
まだ泣きじゃくる水に、火は声を張り上げる。
『……だって……だっ……てえぇぇ……』
『……だから、本当に“あたし”はもういいんだ。少しばかり痛みに絶えさえすりゃ、それでいいんだからよ。気晴らしに周りに八つ当たりだってできるしさ。だけどよ。“心臓”を提供した者の事を考えると、不憫でよ……最近、あたしの『守護する者』になったんだ。クリスティーナってさ。綺麗な女の顔をした男の子でよ。へんてこりんな言葉使いでさ。すっごくからかいがいのあるやつなんだ。そんなやつがよ……エクスハティオ……いや、あたし達のせいで、あんな羽目になってる。そんな現実が! 理不尽が! そして自分の不甲斐なさが許せねぇーだけなんだっ……!!』
火はダンッと音を立て、握り拳でテーブルを一度打ち付けた。
『……ちっ、くそっ! 全くおもしろくねーぜ……』
そして火が立ち上がりうつ向いた体勢のまま、しばらく静寂の時間が流れるのだった。