183話 精霊の象る姿
よろしくお願い致します。
───
──テラ・マテリアル──
───
地の大精霊が放った名詞となる言葉に、私は問い掛けた。
「テラ・マテリアル……では、今の種族不明の地の大精霊を『守護する者』、テラマテルという者は──?」
『はい。前世界アースティアの人間が創り出した、全自動機械人形となる者です。わたくしはテラ・マテリアルと名付けたのですが、いつの間にかテラマテルとなってましたね……まあ、かつての我が『守護竜』、ウィル・ダモスの仕業だとは思われますが──』
そう少しの笑みとなる表情を浮かべながら、地の大精霊の少女は答えた。
「不躾ながら申し訳ありません。疑問と感じたので、この際申し述べさせて頂きます。いくつかの質問なのですが、地の大精霊様。何故貴女様の象られたお姿は、人間としてのいわゆる少女なのでしょうか?……いえ、他は知り得ませんが、少なくとも私が仕えていた風の大精霊様のお姿は、成人の女性だったので……確か、そこにいるクリスティーナによれば、彼の者が仕えていた火の大精霊様も、成人女性のお姿をしていらしたとか──」
地の大精霊の言葉が終わるや否や、私は即、疑問に感じた事を口にした。
───
……そういえば、私は自分の主以外の姿を知らない。
大体、大精霊が人の形を象っているという概念でさえ、この世界にはない筈だ。自らの主とはいえ、風の大精霊という人としての形を、私が認識できたのは──
それは、自分がいわゆる特別な存在。風の大精霊を『守護する者』だからなのだろう。
そしてそれは、逆にいえばそれ以外の対象、即ち『守護する者』。そう選択された者達以外には、生涯に於いて、おそらくは目にする機会がないとものと思われる……。
─────
──『フォステリア。今回のお仕事。やり方は貴女の好きな様にしていいのよ。例え役目とはいえど、決めるのは──私、貴女も含め、生きとし生ける者、つまりは存在する全ての者の意思次第──そう、世界は限りなく“自由”であるべきなのよ。だから、もっと、もーっと、素直に、率直に、そして“素敵”に、心から楽しまなくっちゃね? さあ、全ては己の気の向くままに──それが私達のモットーなのだよ。分かったかね? フォステリアくん。うふふふっ──』──
─────
──ふふっ
頭に浮かぶは、今は精霊石を破壊され、このアースティアの世界とは直接干渉する事が不可能になった我が主、風の大精霊。
その姿は、淡い黄緑色の長い髪のひとつを、編み込んでそれを前へと下ろし、残りの全ての髪は、無造作に後ろへと自然のまま下に流していた。
少しタレ目気味の常時眠そうと感じる目。そうかと思えば時折見せる思慮深い鋭い瞳。
いつものほほんとしていて、どこか気だるそうな雰囲気を醸し出してはいるが、それを差し引いても、若く美しいと感じる成人女性の姿をしていた。
服装はいつも風にたなびくフリルの付いたレース調の薄い黄緑色のワンピース。
まさしく“風”の如く自由奔放で、常時何を考えておられるのか? 自分には、全く計りかねない性分のお方だった。
あっ……そういえば熱しやすく冷めやすい所もあったな……とにかく、全く以て、全てに於いて、真に“自由”な我が主だった。
───
「それは僕も気になるわ……ちなみにいうと我が主は、燃える様な赤髪で長いそれを、まるで燃え盛る炎みたく逆立たせていたわ。怒りっぽくて、いつも偉そうにしてた。『あぁ~~? クリスウゥゥ~~っ! てんめぇ、あたしに意見たぁ、いつからそんなに偉くなったんだい?……あ″あぁんっ!? こちとら、もうとっくにケツに火がついてんだっ!! グダグタ文句言ってねぇーでよ……黙って即そっこー特急で行ってこいやああああああああああっ!!!』……確かに綺麗やったけど、とにかくホンマ。メチャクチャ怖いネーチャンやったで……あと、キツいつり目な……」
……うん。前に聞いて知ってる。
私とクリスの問い掛けに、ツインテールの少女が口を開いた。
『ふふっ、特に意味はないのですよ。わたくし達四つの大精霊は、“零”の精霊によって“自我”を与えらた時。それぞれ異なった人としての女性の形を象る事となる──その時に、ただ子供の純粋な心の方が、余計な情や概念に捉われる事なく、“罪”に対して“的確で公正かつ厳粛な判断”を執り行えると考えたからなのでしょう。何故かわたくしひとりだけが少女の姿になりました。人格や気性から、その様に形を成したのかも知れませんね。それも刻が経てば意味を成しませんが……わたくし達の存在は、姿、形は固定されていても、“経験”や“記憶”は蓄積されていく。そう、見た目は子供でも、わたくしは既にその概念から外れているのですよ──』
そう僅かに微笑みながら彼女は答えるが、私にはかえってそれが少し不気味に感じた。
彼女の目だけが完全に笑ってはなかったのだ。
そして続けて質問を重ねる。
「先程、あなた様が仰られた全自動機械人形生成機関……でしたか? 黄金に煌めく閃光の中。地下にあった未知なる建造物。そこにチラリと垣間見た気がするのですが、全自動機械人形。つまりは今の地の大精霊を『守護する者』、テラマテルとは、姿、容姿はあなた様と全く同一の者ではございませぬか?」
『ふふ……』
またも溢れる微笑みの声。
だが今度の笑みに不信感は感じられなかった。
本心から漏れた笑みなのだろう。
『それに関しても特別な意味などないのです。ただ四度目である今のアースティアが構築され、精霊界から全自動機械人形生成機関を現世に持ち出した時。完成品である全自動機械人形は全ては消え失せ、一体たりとて残ってはいなかった。なので、わたくしは自身の姿、形を反映させ、最初の一体を生成し、それに人工知能を搭載させた。それが、テラ・マテリアル。今に於いての地の大精霊を『守護する者』テラマテルなのです』
地の大精霊は目を細めて、ニッコリと静かに笑う。
成る程、この話題に関しては心底楽しく感じておられる様だな……。
「では、地の大精霊を『守護する者』は無限にいると──」
その私の言葉を聞いた瞬間。地の大精霊の少女から、少しばかりの笑顔が、サァーッと消え去った。
『……それはない──』
そして少女は冷徹な目を私に向ける。
『──『守護する者』。それは各大精霊に唯一絶対ひとつだけの存在。故に試験体となる人工知能を与えた全自動機械人形は一体のみ。それがあの子、テラマテル。わたくしの可愛らしい忠実なる断罪執行の代理人──後の無数にあるそれは、全てあの子の代替身体……いわゆる消耗品──』
……どうやら地雷に触れたらしい。
我が主もだったが、大精霊様は揃いも揃って、中々に個性がお強いようで……。
そう思いながら、私は次の質問を口にする。
「では、世界が三度滅んでいるのが事実として、何故、四度目であるこのアースティアに於いても『守護竜』たる存在を創造なされたのでしょうか? 彼の者達の持つ力は強大で、四大精霊様の力を以てしても、もて余された筈、それなのに何故に? 直ぐ後に『守護する者』が定義付けられるのが、既に分かっていた筈なのに……だからこそ、余計にその事が、私には理解できかねないのです」
「確かにそうやな。他の『守護竜』の事はようは分からんけど、エクスハティオの奴は、マジでメッチャヤバイで……そんなんあらかじめ分かっとって、なんでまた創り出したりする必要があるん?」
クリスも私に同調する。
地の大精霊の少女は、クリス、私へと射抜く様な視線を順に送ると、ゆっくりと答え始めた。
『天地創造により、創られたアースティアの世界。そこに生命の創造と引き換えに、わたくし達四大精霊が零の精霊に交わした盟約となるもの──即ち、わたくし達五つの精霊が“在る事を許された空間”。その崩壊を防ぐ為の、人間による世界の破滅。それの限界突破防御壁が突破され、もしも“粛清、浄化”が必要となった時。“それ”を発生させるのに、生命の最上位に位置する究極の生命体、竜の存在が必要不可欠だったと考えられます』
「……成る程、やはり──」
「それが理由で、毎回エクスハティオみたいなエグい奴を創ってるんや……なんか、メッチャデンジャラスやな……」
コクリと彼女が頷く事によって、金色の光を帯びたツインテールが、一度緩やかにしなる。
『おそらくはそういう事だと、わたくし達は考察しました。支配者である“人間”を抹殺するは、最強の生物である“竜”──“人”と“竜”。この相対するふたつの存在も、また、わたくし達が創造する世界に於いては、逃れる事ができない必然な“理”となるものなのでしょう。そして現世界に至っては、“四守護竜”の境遇は既にご存じの通りですが──』
そこまで言い終えると、地の大精霊は再び、私達ふたりへと視線を送った。
『他に問いたい事はありませんか?』
その言葉に、クリスが慌てた様子で声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってーーなっ!! 一番肝心な事を聞いてへん! 地の大精霊様。あなた様がいらっしゃる“桃源郷”って何処にあるん!? 僕達に行き方を教えてっ!!」
クリス……まだ早い。その問いは最後だ。
私がそう考えた通り、地の大精霊の少女はそれに答える。
『それは、わたくしが今。ここで語るべき話を全て話し終えてから教えてあげましょう。フォステリア・ラエテティア。貴女の方はまだありませんか?』
……色々と聞きたい事は山程にあるが、いくら精神だけの存在とはいえ、精霊界に長時間留まるのは、あまりよろしくない。むしろ危険と言っていいだろう。
「……いえ、お答え頂き誠にありがとうございました。それでは大精霊様。お話の続きを──」
『承知しました。では──』
すると、宙を浮いていた地の大精霊の少女が、スタンと両足を地面に着けた。
瞬間。彼女を中心に、私達の下の地面で広がっていた地下迷宮の様な巨大な建造物がその姿を消したのだった。
───
地面に足を着けたワンピース姿の少女は、大きなツインテールを揺らしながら、私とクリスの元へと歩み寄ってくる。
そして立ち止まり、私達を見上げた。
『そうですね。命ある者が精霊界に長時間いるのは好ましくない。なるべく手短に済ませましょう』
───
そして地の大精霊が語り出す、彼女が私達に伝えたかった事。
四度目にしてこのアースティア。そこに於ける“零”の精霊に変化が生じた事を──