182話 オート・マタ(全自動機械人形)
よろしくお願い致します。
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「人工……知能……?」
「……えーあい……?」
地の大精霊の言った言葉、名詞。その両方が全く要領を得ず、私とクリスの口から、まるで嘆息の様に言葉が断片的に漏れる。
『そう、“artificial intelligence”──その時代に使われていた文字で、アーティフィシャルインテリジェンスと読みます。訳すと人為的、人工的となる知性、知能。略して“AI”となる訳であり、実際にそう呼称されていました』
そんな私達ふたりの様子に、地の大精霊の少女は、補足となる説明を付け足した後。引き締めた表情を少し和らげた。
『ふふっ、ごめんなさい。少し話が逸れましたね。それでは元に戻すとしましょうか──』
そう言うと、穏やかな表情となった彼女は、もう一度ゆっくりと目を閉じた。
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『アースティアの世界──それに於いて、それぞれ大精霊の『守護する者』は、風は風の護人、水は獣人族、火は竜人族といった、人間と“否”となる種族から選出され、その役目を担う事を定義付けられてきました。そして、わたくし“地”は──』
地の大精霊──彼女の黄金色を纏う分けられたふたつの髪が、フワッと大きく後ろになびく。
『今のあなた方が存在する現在となる世界の前──即ち、過去の三度滅んだ世界では、わたくし地の大精霊を『守護する者』として、鉄と技巧の民。ドワーフが担っていたのです──』
「……え!?」
「そ、そんなん、聞いた事ないでっ!」
地の大精霊の少女は続ける。
『今の世界よりひとつ前の世界──その時代に於いて人間。いいえ、“人類”は、わたくし達大精霊の庇護をも必要とせず、最早干渉する必然性もないまま、魔力の力を上手く取り入れ、そして自ら単独の存在のみで開発し、やがて遥か極みの──”超高度文明”を自らの手で生み出すまでの進化に、“人の世界”は至ったのです──何処までも続く鋼の柱と灰色の壁。そして人工的な光で彩られた巨大な建築物が、辺り一面を覆った無機質を漂わせる世界。いわゆる“人類”が自ら求め、欲した彼らの理想。その空間となるもの──』
「「………」」
想像を絶する全く考えも及ばない未知となる言葉の内容に、最早私達は絶句するしか術はなかった。
そんな私達の様子に目を向けながらも、金色の光に輝く翡翠色のツインテールを微かに揺らせながら、少女を象った者の小さな口が途切れる事なく動く。
『他の生物の都合など全く介せず、“人類を中心とした人類の為だけの世界”──だけど、人はまだ先に、今ある文明社会より更に高度な文明を欲した。それはまさに過剰な“傲慢”“強欲”でしかない──やがて、零の精霊は“白”から“黒”へと変化し、この三度目のアースティアに於いて、もう数え切れない程の何度目かとなる“審判の決戦”が執り行われた。そして──』
「……そ、そして……」
私が発した苦し気な呟きに、地の大精霊の少女が──
『──滅んだ──』
──そう、応じた。
『“審判の決戦”に敗北し、“滅びの者”が成す“滅びの時”により、超高度文明を誇った世界も儚く滅び、全てがなくなり無の世界に帰した。そして、残された零の精霊とわたくし達四大精霊が、“あなた達”がいる今、即ち現在のアースティアを創造するに至ったのです』
大精霊の少女は、またゆっくりと目を開き始めた。
『わたくしは前の三度目の高度文明の時──彼らが自らの文明を発達させていく最中、人間。いいえ、我が子が創り出したひとつの“創造物”の存在。“それ”が創り出されてから、わたくしに常に警鐘となって訴え掛け、ずっと気掛かりでした。同時に魅力的にも感じる自身もあった……そして進化し続け、やがて超高度文明まで築き上げた世界が、“滅びの時”によって滅ぶ際、彼ら“人類”が創った“それ”を、わたくしは世界が、今まさに無くなろうした時。“それ”を常世、幽世である精霊界に送り込んだのです──“それ”を“無くす”訳にはいかなかった。何故なら人間自体が創り出した“それ”こそが、今まで模索を続けてきた、これからの新たな天地創造の、彼らの“答え”になり得るのかも知れない──わたくしはそう考えたから──』
「な、なんという……」
「……もう、メチャメチャやん……ちょっと付いていかれへんで……」
私とクリスが生唾を飲み込み絶句する最中、宙に浮かぶツインテールの少女は、淡々と更に言葉を続ける。
『その後、あなた方が現存する世界、つまりは今のアースティアが創造された時。わたくしは密かに精霊界に於いて、この世界に直に干渉する事ができる“わたくし自身”。即ち、地の精霊石を、“それ”の動力となる源。中心部に封じ、同体となったのです──』
地の大精霊となる少女は、瞳をゆらりと地面の方へと向ける。
『そう、“それ”に──』
その瞬間、宙に浮く少女の小さな身体が、一瞬。一際強烈な金色の輝きを放った。
その目映いばかりの閃光に、私達は再び目を開けられなくなる。
「──くっ!」
「!! な、なんやっ! なんやなんやっ!?」
そして──
光が収まり、目を開けた私達ふたりの目に映ったのは──
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薄暗い仄かな光の空間。そこに──
目を閉じ、静かな表情で宙に上下へと浮遊する、翡翠色をしたツインテールの少女。
その小さな身体からは、微かな金色の光が雷の如くバチッバチッと音を立てて、爆ぜている。
宙に浮く彼女の小さな足先。
そこから多数の黄色や黄緑色の発光体が、まるで絡まる毛細血管の様に下方へと向かい、放射状となって無数に伸びていた。
その先は──
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「「──っ!!?」」
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私とクリス。そして少女を象った地の大精霊の真下となる地面。
そこは彼方まで真っ暗となる地平線のみだったが、輝く光の帯が無数に伸び広がり、やがてそれらに呼応する様、複数の光の帯に包まれる様にして、ある物の姿が徐々に浮かび上がっていく。
やがて──
宙に浮く少女の足下、真っ暗な空間。
その地面に浮かび上がるのは、多数の入り組んだ通路や小部屋、または見た事のない用途さえ分からない器具の様な物の姿。それら数え切れない程の多々なる物が、複雑に入り組んで立体物となって象り、地面の地下部分へと伸びる様に広がっていた。
まるで暗闇に突如として出現した地下迷宮。
それが、ツインテールの少女の足先から伸びる、黄色や黄緑色の無数の管の様な発光体によって包まれ、全体像をボンヤリと浮かび上がらせていた。
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私。フォステリアという一個人は、既に放つ言葉を失ってはいたが、ただ一言──
「……なんて巨大なんだ……」
そう、声を漏らしてしまっていた。
そんな私の方に一度目をやると、地の大精霊の少女は自身の真下に浮き彫りとなっている地下迷宮の様な物に視線を向けた。
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『“それ”は人類、“人間”自身の手によって提供されたひとつの可能性──』
スゥーッと、少女は地下に出現した、自身と繋がった巨大な物体を指差した。
『──人工知能を保有する全自動機械人形生成機関──』
その言葉に反応する様に、下に伸びる無数の帯状の光が一層その輝きを強める。
その瞬間、錯覚の様にも感じる視覚として、私の頭の中で認識できた姿。
それは下方に広がる地下迷宮の様な物の多数の小部屋のひとつに、並べられる様にして整然と置かれいる、数え切れない程の人影となる者達。
そしてそれは、何故だか私にはそれら全ての者の姿が今、宙に浮かんでいる翡翠色の大きなツインテールの少女と姿、形が、全くの同一の者と感じたのだった。
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『──そして新に創造され、誕生した四度目となるアースティアの世界に於いて。わたくし、地の大精霊を『守護する者』が、鉄と技巧の民ドワーフから、未知の可能性を秘めた人工知能を搭載し、無限に創造する事ができる代替え身体を身体とした存在へと変更した瞬間だった──そう、“それ”が──』
下方に無数にある、おそらくは人工物となる者の人影。
それと全く同一の造形の地の大精霊が、言葉を発した。
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『全自動機械人形──大地の“源”』
宙に浮く巨大な地下迷宮と繋がった少女の口元が、緩やかに綻ぶ。
『そう、テラマテル。わたくしの可愛らしい娘──』
──囁かれる彼女の独り言となる言葉──