181話 失われた文明
よろしくお願い致します。
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──まずはわたくしの話に、暫しの間耳を傾けて頂きましょうか──
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丁重な言葉使いだったが、毅然とした。かつ、何故か冷徹とも感じる取れる女性の澄み渡った声。
そんな声が、音として心に直接響く様に届いてきた。
咄嗟に武器を構えていた私とクリスは、それに応じる様に、それぞれ手にしていた自身の武器を納める。
そして宙に浮く黄色い光球──“地の大精霊”に答えた。
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「風の大精霊を『守護する者』、ハイエルフのフォステリア・ラエテティアです。地の大精霊様。この度は私達を交渉するに値する者と認めて頂き、誠に感謝致します」
「同じく火の大精霊を『守護する者』、竜人のクリスティーナ・ソレイユや……て、あーっ、そうやのうて……で、です。そして地の大精霊様。僕達にお話とは如何なる内容なのでしょうか?」
すると、黄色い光を放っていた光球は、その光量を目も開けられない程の強烈な閃光と変え、それを放った。
空中を漂う光が、白刃一閃の如き裂波となって周囲に広がる。
「──!! つぅっ……」
「──うわっ! 眩しっ!!」
やがて目映いばかりの閃光が収まると、私達の目の前には、周囲を囲っていた森林は全て姿を消し、辺りはボンヤリとした僅かな輝きの、薄い暗い空間となっていた。
そして、光を放っていた宙を浮かぶ光球から変化し、黄色い光を帯びたひとりの小さな女性。
そんなシルエットを象った者が、私の目に映るのだった。
──簡素な作りの白いワンピースを纏った少女。
足元にまで届く長い髪を左右両端耳の上で結い、大きなそれを重力に任せ、下へと垂らしている。
そう、いわゆるツインテールという髪型だった。
その髪は基本、緑となる翡翠色と伺えるが、分けられて下がった髪は、黄金の輝きによって色が混じり、ユラユラと揺らめいている。
その“少女”の姿を象った地の大精霊と思われる者が、私達ふたりの目前で宙に浮き、緩やかに上下に漂っていた。
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『『守護する者』そのふたつ属性に従事る者よ。よくぞ試練に打ち勝ち、わたくしと対談する機会を得ました。まずはその事を嬉しく感じると共に、わたくしはあなた方に、称賛の心を送らさせて頂きます』
少女の柔らかくも凛とした声。そしてその威厳を醸し出す雰囲気の圧に、思わず息を呑む。
「──いえ。こちらこそ応じて頂き、誠に感謝致します」
「感謝します」
片膝をつき、畏まりながら私の上げる声に、クリスも頭を垂れ素直に順ずる。
それを見ていた地の大精霊となる少女は、そんな態度は不要とばかりに、無言で手を上げ、私達ふたりに立つよう指示を出した。
それに呼応し、私達は片膝をつくのを止め、立ち上がる。
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『そうですね。まずはこのアースティアを取り巻く現状。そしてそれに至った経緯をお話しましょう──』
少女を象った、まだ微かに光を放っている少女が、宙を浮きながら静かにその両目を閉じた。
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『あなた方を含め、この世界に於ける全ての生きとし生けるもの。それらの在るべくして在る。さも当然の事となる日常の時間──それは、その存在によってそれぞれに異なります。温かさに満たされた幸福の時間、または苦痛に耐え忍ぶ絶望の時間、あるいは感情もなく、ただ三大欲求のみを満たすが為だけの存在意義。そんな存在の欲望の時間──』
黄色い光を帯びた少女の姿の地の大精霊は、目を閉じたまま静かに。だが、毅然とした雰囲気を常に醸し出していた。
『だけど、それでも明日という時間。即ち“未来”は、どのような境遇の者であろうと、種族を問わず、また動植物、全ての“命ある者”に隔たりなく、平等に訪れ、つまりは分け与えられ事となります。その末に生み出されるものがどんな“正”なるものか“負”となるものか──それはわたくし達とて予測し得ない事──』
地の大精霊の放つ言葉は相変わらず物静かだが、微かに悲壮感をも漂わさせていた。
『そのいく末となる先に何が残るのか──それを案じた我が母体となる“零の精霊”は、保全となる限界点突破防壁の設置。白から黒へと変わる──『滅びの時』。それを施しました。それが、それこそが、 わたくし達が創造したこの世界の原理であり摂理──『滅びの時』による世界の、洗浄と無帰化。そして繰り返される輪廻転生に於て、完全となる未来の世界創造。その“答え”となる物の模索を永遠に続ける──そう──』
少女は、少しだけ目を見開く。
『それが世界アースティアの、即ちこの世界の“理”なのだから──』
そして直ぐに、ふふと軽く笑みを溢した。
『ふふふっ──これは『守護する者』おふた方にとっては、既に明瞭となる事柄でしたね』
「それを唯一阻止する術。即ち『審判の決戦』を、主様方はご慈悲とし、我々に救済となる機会を与え、手を差し伸べて下さいました」
「はい。僕……やのうて……わ、私も聞く所によると、過去数百回ものそれが、行われたと聞き及んでおります。そして何とかそれに打ち勝つ事ができ、今もこの世界の現存が許されているんだとか……」
『確かにその通りです。では、わたくしから伝えるべき事がまずひとつ──』
地の大精霊の少女。彼女は再び目を閉じた。
『この世界アースティアは今に至るまで過去に三度、『滅びの時』によって、滅亡しています──』
「えっ! そ、それは……」
「う、うそやん!! まさかっ……それって、ホンマの事……なん……?」
思いも及ばない突然の言葉に、私とクリスは軽く混乱し、同時に驚愕した。
『ええ、全ては真実の事です。遠い遠い忘れ去られる程に遠い過去に──中には当時に於て、わたくし達、精霊の力。『魔法』さえも最早必要とされなくなった。あるいは彼らに都合よく利用される事となった遥かに発達した高度な文明。その時代には大空を飛ぶ鉄の鳥。“飛行機”や、海に浮かぶ自身で推進力を得る鉄の船。“鋼船”という様な物も人間の手によって作り出されていました。それに、悲しいかな……殺戮に優れた金属の礫を連続で打ち出す銃といった忌まわしき殺人兵器さえも──』
「空飛ぶ鉄の鳥?」
「それに自ら動く鉄の船にジュウって、一体……何の事なん??」
想像も付かない初めて聞く未知となる物の言葉に、私達は一瞬戸惑う。
『ふふっ、“人間”ってわたくし達が思っている以上に本当に賢く素晴らしい存在──だって、わたくし達でさえ思いも付かない事を、彼の者は自ら考え生み出すのだから──』
地の大精霊という名の少女は、宙を漂いながら再び薄く目を開いた。
『フォステリア・ラエテティア。貴方はドワーフといった種族をご存じかしら?』
「勿論の事。鉄と技巧の民……俗世では我々、風の護人と常に対比されている種族です」
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私は特に他意はなかったが、世間一般ではエルフとドワーフは、何故か相性が合わず仲が悪いとされていた。
実際そういう事実はないのだが……。
なので、自然に皮肉じみた物言いとなって、ふと自分でもおかしく感じてしまっていた。
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『ドワーフ──そう、創作知識や技術技能に特化したいわゆる創造の種族。そして遠い昔の世。それらは、エルフや竜人族といった種族と共に、人間と交じり合い、全ての種族、民族を含め、ひと括りの“人類”となった──やがて、それらはわたくし達精霊の力を必要とせず、自ら単独の力だけで“あるもの”を考案、考察し、創り出した。それが──』
私は少しの息苦しさを感じながら、思わず声を漏らす。
「……それが……?」
地の大精霊の少女は大きく目を見開いた。
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『膨大な知識を与えられ、それに基づき、単独で自ら思考する事ができる存在機能──人工知能、“AI”。そう呼称されるもの──』




