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一心同体の魔人 ─魔剣と少女、Duoが奏でる冒険譚─  作者: Ayuwan
8章 地の精霊編 彷徨のマリオネット
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179話 そして精霊界へ──

よろしくお願い致します。


 ───


 白魚の様な手が金色の髪を掬い上げ、サラリと撫で付ける


 そして美しいハイエルフであるフォステリアが語り始めた。





                   ◇◇◇





 私とクリスはそれぞれ召喚した精霊に、自らの意識。即ち精神を移し宿す──


 というのも常世、幽世かくりよたる精霊界に生身のまま立ち入るすべはなく、自我の思考を保ちつつその空間に侵入するには、他に方法がなかったからだ。


 私は風の精霊シルフ。クリスは火の精霊サラマンデルを呼び出し、その者達の精霊としての身体と存在を借り受ける。


 それにしても……


「クリス。相変わらずお前が呼び出す火トカゲは不恰好だな……」


「……って、そんなん言わんとって! フォス姉、何でやねん! メッチャッカワイイやんっ!!」


『キュイ??』


 クリスによって呼び出された小型のサンショウウオの様な火トカゲが、テーブルの上で小首を傾げていた。


「ふふっ、まあ、そういう事にしておこう。それよりも準備はいいか?」


 ジットリとした目を私に向けながら、クリスがさも不機嫌そうに小さく声を上げる。


「……たく、もう……分かっとるわい。フォス姉の方こそ大丈夫なん?」


 そのクリスの言葉に、私はテーブル上で指示を待つシルフへと目をやった。


『何なりと我がしゅ様──』


 黄緑色のワンピースを纏った可憐な少女が、にこやかな表情で畏まる。


「……そうだな。ここからは気を引き締めなければならん。私もまだまだ未熟者ではあるが、クリス。お互いにあちらではくれぐれも注意し、先程の様な激しい起伏を伴う感情は極力控えねばな?」


 その言葉にコクンと力強く頷くクリス。


「うん、心配せんとって。普段はいっつもふざけてる様に見えてるかも知れへんけど、こう見えても僕も『守護する者』のひとりなんや! 決める時はバシッと決めれる男の中の男ってトコを見せ付けたるわ!」


「ああ、確かにお前はそういうやつだったな……だが、あまり気負うのも禁物だ。あくまで慎重にな。では始めるぞ」


「合点! いつでもええでっ!!」


 次に私は自らが召喚した風の精霊である、小人の少女に静かに声を掛けた。


「しばらくの間、そなたの身体を借り受ける。悪いが協力してくれ」


『とんでもないです。しゅ様のお力になるのが召喚されたる者の役目。如何なるご命令であろうと従います。どうぞご自由にお使い下さりませ──』


「ありがとう」


 次に私は彼女に向かい、その小さな身体を覆う様にして両手のひらをかざした。


「──意識(カンシャスネス)憑依(・ポゼッション)──」 


 私とクリス。ふたりがそれぞれ呼び出した精霊に向けた両手のひらから、ヒュィィンと音を立て、光が溢れ出す。


 やがてそれは眩いばかりの閃光となっていく。


 私はその状態のまま、レオンに向かい最後となる言葉を発した。


「では行ってくる。私達ふたりの事。よろしく頼む」


「ああ、任せておけ。汝がふたりに四精霊のご加護があらん事を──フッ、らしくはないがな」


 少し口元を緩めるレオンに。


「ふふ、本当にらしくないな。まさか、そなたからそんな言葉が聞けるとは……」


「ふん。まあ、とにかく健闘を祈る。吉報を期待している──ふたり共、無事に帰ってこい。ではな──」


 切れ長の目をこちらに向けてくるレオン。


「ありがとう。必ず良い知らせを持ち帰ってくる。それでは──」


「ほな、行ってくるで! レオ兄ぃ!!」


 私は意識を行っている行使の方に集中させる。


 更に目映い閃光となって光が溢れ、辺りが霞んでいく。


 遂には、私達ふたりとふたつの精霊の存在を包み込んだ。


 そして。


 意識が遠退く──



 ─────



 次に気が付くと、私は己という“自覚”を失っていた。


「……ううっ」


 ただ突き刺さる様な激しい光を感じた気がして、目を開けようと試みる。


 ──!!



 ──煌めく閃光──



「何?……これは……」


 辺りは地平線すらない。


 何も存在しない。ただ光だけが溢れているだけの真っ白な空間──


 ───


 ……ここは一体……そもそも私はどうしてこんな所にいる……の?


 私は……私は一体、誰なの……?


 混乱した頭の中で、私は自身の姿を確認しようとまず、両手を上げてみる。


 が、視覚には何も捉える事ができなかった。


 次に身体、下半身、足へと順に追っていくが、やはり何も映る事はなかった。


 ここで初めて気付く。私という今の存在は、実体のない存在なのだと……。


「……実体がない! という事は私は意識だけの存在なのっ!?──うっ、痛っ! あ……頭が痛い……」



 不意に襲ってきた頭が割れそうな激しい痛み。


 やがて痛みが収まると、朧気な思考の中。思い浮かぶボンヤリとした人の輪郭の姿が、徐々に明確になっていった。


 そして自身の頭の中で感じ取れるひとりの人物。


 ──漆黒の剣を背中に帯びた少女。


 ──!!


 私は全てを思い出す。


 ……そう、私はアースティアの世界。そこに於いて風の大精霊を『守護する者』とされた存在。ハイエルフのフォステリア。


 ──フォステリア・ラエテティア。


 ───


 この場所へは、同じ存在意義のクリスティーナ・ソレイユと共に、精霊界に通じているという迷いの森を探り、ロッズ・デイクにあるとされている桃源郷ザナドゥの場所を特定する為に、精霊を通じての意識憑依のすべを用いてこの場にきた──


 そう思い出した瞬間。私という存在は、形ある存在へとその形を象っていく。


 そして私は改めて自身の身体を確認する。


 透き通った半透明の手足。


 いつもの装備ではなく、これもまた半透明の身体には、若葉色の薄い衣を一枚覆う様に纏っているだけだった。


 そして心なしか少し視点が低くなった様な気もする……。


 ──はっ! そういえばクリス。あいつは無事なのか!?


 ───


「クリスティーナ! 大丈夫なの!? 返事をして!!」


 それはそうと……先程から、な、何だこの声。凄く若い。それに言葉使いがまるで私じゃない様だ……。


「大丈夫、フォステリア姉さん。ボクはここにいるよ」


 不意に聞こえてくるその声に、何か違和感を感じながらも、私はホッと胸を撫で下ろし、声がする方向へと振り返った。


 そこには──


「……クリス……ティーナ……???」


「え、どうかしたの? フォステリア姉さん」


 ──腰まで伸びた美しく瑞々しい藍色の髪。


 私と同じくクリスは、淡い薄紅色の薄い衣を纏っただけの姿だった。


 そしてその身体の線は明らかに男性のそれとは違い、緩やかな丸みを帯び、本来ならばある筈のない胸も、慎ましいながら、衣の上からでもふたつの膨らみが確認できた。


 ───


 ……こ、これは一体どういう事だ……?


 クリスが完全な女性になっている。


 それに、今の私もどうやらまだ年端もいかない年頃の様だし、何より互いに言葉使いが、かなりおかしい。


 こ、これは……もしかして……。


 私は今の私達ふたりの姿をかんがみてある結論に至った。


 それは──


 ───


「クリスティーナ。今のあなたの姿をご覧なさい。あっ! 言っておくけど、今は精霊界にいるっていう事だけは忘れないでね? 激しく驚いたり、怒ったりするのにも勿論絶対厳禁。くれぐれも注意してね?」


「え? フォステリア姉さん。何か言葉使いがいつもと違ってすごくやさしい……って、ボクも何かおかしいな? いつもの訛りがなくなってるよ……」


 そう言いながら、クリスは自分の身体を見て……。


 少し間が空き、自らの身体をまさぐって……。


 ──固まった。


 再び少しの沈黙の後、真っ赤になって涙ぐんだ目で、私に向かって何かを叫ぼうとする。


「──クリスティーナ!!」


「ふ、ふぇっ……」


 今にも泣き出しそうなクリスに向かって、私は口元に人差し指を立てた。


「──しいいいぃぃぃーーーっ!!」


「!!──む、むぐっ……」


 ───


 ここは既に、常世、幽世かくりよとなる精霊界だ。


 しかも今からは“感情”といった概念に、最も過敏に反応する迷いの森に挑まなければならない。


 クリスとしても、その辺は咄嗟に理解したらしく、慌てて感情を押し殺す様にして、その完全な美少女と化した可愛らしい小さな口を両手で塞いでいた。


「良くがんばったわね、クリスティーナ。えらいえらい」


「フォステリア姉さん。これって、一体どういう事? どうしてボクが女の子に……言葉も全然訛ってないし……」


「……そうね……」


 本当に不思議そうに問い掛けてくるクリスに、私は予測となる解答を始めた。


「多分、今の私達のこの姿は、『守護する者』に選出される運命さだめではなかった、もうひとつの姿だと思うの。召喚で呼び出した精霊を依り代とし、実体を持たない意識だけの精神が、この精霊界に於いて再びその形を象った。おそらくは、このアースティアに在るべくして在ったもうひとつの可能性。そんな私達自身の姿じゃないのかしら?」


「……ボクのもうひとつの姿……」


 私の言葉に、クリスはもう一度薄衣一枚だけを纏った、完全な少女となった自身の身体を見下ろし、確認すると、くるりとその場で一回転した。


 男の子だったクリスも、稀に見る容姿端麗な姿だったが、今のクリスは更にその上をいく美しさだ。


「これが『守護する者』に選ばれなかったもうひとつの自分。在るべくしてあった可能性の女の子としての自分……そうなんだ。薄々感付いて無理に強がっては見せてたけど、やっぱりそうだったんだね。そして女の子である自分を完全に拒否して、『守護する者』に選ばれたくて男の子で在る事を望んだのは自分自身……それなのに──」


「……クリスティーナ」


「嫌いだなんて言ってごめん……ね。お母さん──」


 クリスは静かに目を閉じて、利き手である左手ひらをそっと胸に宛がい、そしてゆっくりと閉じた。


 その金色の瞳は既に迷いはなく、強い意志の光が宿っていた。


「うん! 女の子でも男の子でもボクはボク。フォステリア姉さん。心配掛けてごめんなさい。だけど、もう迷わないよ。今のボクも男の子の僕も、両方共自分自身。選ばれた『守護する者』だから──」


 ふふっ、やっぱりクリスは強いな。


 さて──


 私達は互いの手を取り合い、再び辺りの様子を見渡す。


 すると、あれほど溢れんばかりの光を放っていた、ただ真っ白なだけの空間が、いつの間にか光が収まり、今は限りがない地平線の彼方まで、一面星空を連想させる天。


 そこから虹色のオーロラが舞い降りる空間──


 いつかの精霊を通じて見た事がある、自分が見知っていた精霊界となっていた。


 ───


 ──精霊界の侵入はとどこおりなく完了した。


 今からは本来の目的である“桃源郷ザナドゥ”の場所の詮索だ。


 まずは迷いの森に──


 『迷いの森』。それは我が主、風の大精霊が創造したものとされている。


 ならば──


 ───


「我が主。私、風の『守護する者』たるフォステリア・ラエテティアとして、私の願い。どうか聞き届けて──」


 両手を組み、それを額に当てながら目を閉じ、ただひたすら懇願する様に念じた。


 すると──


「フォステリア姉さん。あれを見て?」


 最早完全に可愛らしい少女の声となったクリスが、そう言葉を上げながら前方を指し示す。


「あれは──」


 それは虹色の光が揺らめく空間に突如としてもやが掛かり、出現した何故だか朧気と感じる神秘的な森の姿だった。


「間違いないわ。あれこそ迷いの森──」


「これが迷いの森……なの?」


 ───


 如何なる侵入者も試練を以て試され、それに打ち勝ち、認められた者だけが通り抜ける事を許された森。


 ──迷いの森──


 その入り口となる開けた木々の大きな隙間は、まるで招き入れる様に妖しく揺らめていた。




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