16話 一心同体としての考察
よろしくお願い致します。
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俺はゆっくりと目を開けて、今の自分の身体を見てみる。
確認できる、先程まで剣の視点で見ていた女の子の──“人間の身体”。
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……長かった。本当に長かった……やっと人に、『人間』になれた! いや、ここは戻れたと言うべきか。
取りあえずは最初の目的は達成する事ができた!
嬉しさのあまり、思わず大声で叫ぶ。
「俺はついにやったぞ!!」
へ? 何か妙に可愛らしい声だな。おい! 俺の今の声は、女の子の声ってか。
─って、うん? 何か忘れているような──あっ!
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「ノエル! 大丈夫か!?」
『アル、私の方は大丈夫だよ。何だかすっごく変な感じだけど……』
ノエルの発する言葉が、声ではなく直接、俺の心の中に響いてくる。
あっ、この感じが、ロッティが言ってた念話ってやつなんだな。
「変ってどんな感じに?」
『……そうだね、見た目っていうか、見えている視点は前と同じなんだけど、身体の感覚が全くない。それで、何て言ったらいいのかな? まるでフワフワと宙に浮かんでいるような─って、わあああーっ! これって凄い凄い! まるで妖精か精霊かにでもなったみたいっ!!』
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……何か妙に楽しそうだな。
「音を聞く事や、匂いを感じる事は?」
『うん、それは問題なく以前と同じにように感じ取れるよ─って、わはっ! この浮いてる状態、ホントに楽しい! あははははっ!』
……ふむふむ、身体の感覚がなくて、宙に浮かんでいるような状態になっている。
おそらく、それは今のこのノエルの身体を動かしているのが俺の精神だからだろう。今はそれに干渉しない彼女の精神はいわゆるそういう状態となっている訳だ。
そして俺の感じる触覚以外、視覚、聴覚、嗅覚が同時に彼女にも感じ取る事ができる。まあ、ざっとこんな感じかな?
それにしても──
『あはははっ! 凄い凄い! あ~~っ、楽しい~~っ!!』
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……ホントに楽しそうだな。
「ノエル?」
『あはははっ!』
「……お~い、ちょっとノエルさんや~い、俺にもそれをちょいと体験させてくれ~い」
『わあ、あははは─って、うん? ああ、ごめんごめん、アル、何か言った?』
「………」
……ノエルは夢中になると、人の言う事が耳に入らないタイプっと。
俺は自分の記憶にそう付け加えた……。
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「ノエル、一度、身体交替してくれる?」
『うん。でもどうやって?』
う~ん、そうだな、例えば──
「俺が交替してくれって言うので、それに応じて答えて」
『うん、分かった』
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その瞬間、俺とノエルの立場が逆転した。
急に身体の感覚が無くなり、代わりに感じる空中を漂うような浮遊感。
うげっ、何だこの感覚! ノエルは何か楽しんでたみたいだけど、俺にはこの状態は、とてもじゃないが耐えられそうにないっ!……うぷっ、酔いそうだ……だけど、と、取りあえずは、今の状況を確認しとかないとな。
え~っと、さっき、彼女に確認した通り、今の俺には身体の感覚が全くない。そして感じる事ができる視覚、聴覚、嗅覚は彼女と共有しているものだ。
なので、今は身体を支配しているノエルが感じているものを俺が同時に感じている訳だな。
でも、これって自分の意思に関係なく、見たくないものまで見る事になってしまうんじゃ。目を閉じたり、耳を塞ぐような事なんてできないのか?
そう思った俺は、一度自分の意識に対して目を閉じるような試みを試してみた。
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すると突然、目の前が真っ暗になり、他に感じる事ができた聴覚、嗅覚。そして、浮遊感さえも感じなくなった。
何もない暗闇の世界の中に、俺という意識だけが存在する。
──そんな不可思議な感覚。
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う~ん、何か、まだ良く理解できない事ばかりだけど、何となくは把握した。
まあ、取りあえずは、一旦戻ろう。
目を閉じるという行為をやめ、ノエルの視界へと意識を戻す。その俺の目に飛び込んでくる景色。それは──
「うっわあああぁ~~っ、すっごーーいっ!!」
天と地が逆転し、周りの風景がぐるぐると回転していた。再び、戻ってきた浮遊感も相まって俺に強烈な不快感が襲ってくる。
ぐ、ぐふっ……う、うえっぷ……酔うっ! 酔ううううぅぅーーっ!!
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『ノ、ノエル……??』
「何これ、私の身体じゃないみたいっ! わはっ、凄い凄いっ!!」
どうやら、高く跳んでの宙返りを連続で実践しているみたいだ。多分、人間離れした自分の身体能力の高さに気付いて、そっちはそっちで色々と試していたのだろう。
「ねぇ、アル! すっごいの私! 身体がとても軽く感じて、凄く高くまで跳び跳ねられるし、何ていうのかな? 力がどんどん湧いてくる! とっても強くなったような気がするのっ!」
『まあ、そうだろうな』
ノエルは地面に足を着けると、自分の右手にある魔剣に目を向ける。
「この力は一体……?」
『その力は今、君が手にしている剣。まあ、俺なんだけど、その剣から強力な力が身体に向かって送り込まれている。多分、今の君の力じゃ、そこいらの魔物なんて素手でも倒せるよ』
「そ、そうなんだ……」
『右手にその黒い魔剣を持つ状態の君の力は、人のそれを遥かに凌駕している。例えるなら『魔人』と言ったところかな?』
「な、何だか怖いね……アル、そろそろ替わってくれない?」
『ああ、いいよ』
その応答と同時に、俺は再びノエルの身体の支配権を得る。
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「ノエル、え~っと、今後の身体の持ち主、いや、身体の支配権の事だけど、当面は俺っていう事でいいか?」
『うん、全然それでいいよ。何となくあの力怖いし……それに私、このフワフワとした感じの、こっちの方がいいっ!!』
どうやら、彼女は例の宙に浮いている状態の方が、お気に入りのようらしい。
俺に言わせれば、そっちの方がよっぽど恐怖なんだけど?
さて──
俺は近くの手頃な岩に腰掛けた。
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「ノエル、色々と話したい事があるんだ。今までの俺の事、そしてこれからの俺の目的……」
『うん、分かった。話して、私も聞きたい』
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俺はノエルにこれまでの事を簡単に説明するように話した。
暗闇から剣として目覚めて、あの孤島で体験した事。
この港街に辿り着く事になったその経緯。
そしておそらく俺が、この世界の者じゃなく、異なる世界の存在である事。
最後に自分が別世界であるこの世界での自身の存在意義、それと、生きて行く為の目的を探しているという事を──
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『うわあ、何だか凄く壮大だなぁ……アルって、やっぱり強い意志を持ってるんだね、心が強いんだ。いいな。羨ましい……私も、私も。もっと強くなりたい……』
「いや、俺もノエルが思ってる程強くないよ。これから強くなって行こう。ふたりで──」
『……うん、ありがとう』
……何だか、ちょっと照れくさい。
さて、まずはトレント様が言っていた四つの大精霊の事を探さないと。
「ノエルは四大精霊の事は知ってる? どの場所に向かえば会えるかなんて事は?」
『ごめんね、私、四大精霊っていう名前くらいしか知らないの。もちろんその居場所も。でも多分、えーっと、確か火の大精霊と水の大精霊は、何処かの国の寺院か、神殿みたいな所に祀られてるって聞いたような気がする……』
──という事は、まずは火か水の大精霊の寺院か神殿とやらを目指すか。
「ノエル、取りあえずこの街から出よう。ここでは君は既に顔が知られている。いずれ、脱走した奴隷として追っ手もくる筈だ。何処か近くに街か村はない?」
『んーっと、この街はロッズ・デイク自治国の港町ポートレイだから、東に向かえば直ぐアストレイア王国との国境の筈……確かその近くに街があった筈だよ』
「それじゃあ、取りあえずはその国境の街を目指そうか。東の方角だな? さっすがノエルさん、頼りになる!」
『へへん、もっと褒めて褒めて!』
ノエルのドヤ顔が頭の中で再現される。
「………」
……彼女はおだてれば、調子に乗るタイプっと。
自分の記憶に新しくそう付け加えた……。
俺はノエルのそれには答えず、辺りを見回しながら、ずっと気になっていた者の捜索をし始める。
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そして、やがてそれは見付かった。
胸を弓矢によって、突き抜かれた大鷲の亡骸──
「………」
俺は右手に持つ魔剣を外套衣の中の背中へと忍ばせ、触手によって身体に縛り付け固定した。
次にしゃがみ込んで、それを両手でやさしく抱くようにして持ち上げる。
『……友達だったの?』
「ああ、俺の身体だった……」
俺は右手のひらを地面に向けて魔法を発動する。
「──火球!」
手の先から浮かび上がる赤い魔法陣と共に火球が放たれ、轟音を立てながら地面に大穴が空く。
『……凄い。魔法も使えちゃうんだ……』
その穴に大鷲を埋葬した。
──そして静かに黙祷を捧げる。
「………」
『………』
どうやら彼女も黙祷を捧げてくれてるようだ。
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よし、これでもうこの街に用はない。
「ノエル、このまま夜が明けない内に、街を出た方がいいと思うんだけど、君の方は何か、この街でやり残した事はない?」
『うん、全然ないよ、早く出ちゃおう……まあ、贅沢を言えば、あの娼婦舘の主人にサヨナラの一発をぶん殴ってやりたいところだけど』
彼女の強がりの言葉に、思わず苦笑が漏れる。
「いや、それ、今の君の力でやったら、シャレになんないからっ!」
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そして俺達は夜が明けぬ内に、次の目的地となる国境の街へと目指して出発した。