177話 三つの知らせ
よろしくお願い致します。
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「はーーいっっ! 大変長らくお待たせしましたぁ~~っ! びっくら二段重ねステーキをご注文のお客様はどちら様でしょうかぁ~~っ!?」
料理が盛られた皿を、それぞれ両手に持った若くて元気の良い女の子の声が、明快に店内で響く。
「はい! それ、私ですっ!」
既に腹が減って限界な俺は、その声に待ってました! と言わんばかりにガバッと立ち上がり、手を上げてブンブンと振りながら答えた。
「は~~いっ! どうもお待たせ致しました~! こちらが当店の一番人気&名物料理、びっくら二段重ねステーキになりまーーすっ!! あっ、ちなみに総重量は999グラムとなっておりますので、食べごたえも十二分となっておりますよーーっ!!」
──ドガッ!!
嬉々として、そう言う女給の手によって、俺とレオン。ふたりが座るテーブル上の俺達デュオの前に、豪快な音と共に料理が盛られた大皿が置かれた。
見れば猛水牛の分厚い二枚の巨大ステーキ肉の間に、これまた大きな大鋏海老のフライを挟んだ超ボリューミィ。かつ、豪快! それは全く以て大胆不敵となる逸品だった!
ニンニクと香辛料の臭いが一気にモワッと漂ってき、口内に唾液がジワッと滲み出てくる。
──美味そうだっ!……確かにメチャクチャに美味そうではある!……美味そうではあるのだが……。
ある……の……だが──
………。
『……これだけの量。俺達─っていうか、デュオだけで食えんの? これって、絶対にノエルの食える量じゃねぇーぞっ!……全く、いつもより増して食い意地張りやがって……言われた通りに注文したけど、これ。ホントに全部食えんのかよっ!?』
『へへんっ!──勿論、食べ切れる訳ないじゃないっ! だけど、どうしても食べたかったんだもんっ! だって、しょうがないじゃない? 名店の一番人気で名物とされてるんだよ。このノエルさんが我慢できる筈がないでしょ~っ!』
『……いや、だからって、それって、そんなに自慢気に言う事じゃ──』
『えっへんっ!!』
『……って、だーーっ! いつものやつ言っちゃってるしーーっ!!』
ノエルのふんぞり返ったドヤ顔が、頭の中に浮かんでくる。
「は~い。そしてこちらが猛水牛、頬肉の煮込みになりまーーすっ!」
もうひとつの方はコトリと比較的静かに、料理が盛られた皿がレオンの前に置かれる。
ふと目をやると、量はさほどではないが、目で見ただけででもフォークで押さえ付けるのみでホロホロと身が崩れそうな、いかにも柔らかくなるまで煮込まれたであろう、さも美味しそうな肉料理の姿が確認できた。
……何か、あっちもすっごく美味そうだな……。
『……ゴクリッ……た、確かに、ひっ! じょっ~~に!……そっ、そうだねっっ!』
そうか、やっぱノエルもそう思うのか……って、なんで分かったの? 俺、さっきの思っただけで、言葉として念話にしてないんですけどっ!?
……それと後、“非常に”に、妙なニュアンスを付けるのはやめてくれ……。
『──そうだ!! いい事思い付いちゃった!……くふふっ、アル。ちょっといい?』
『な……何だよ……?』
───
そして数秒後。レオンにある提示を試みる俺達、即ちデュオの姿があった。
「あっと、え~っと、レオンが注文したやつもメチャクチャ美味しそうだよねっ?──そうだ! 今、スッゴく良い妙案を思い付いたんだけど、私一人じゃこの量はとてもじゃないけど食べ切れないし、レオンさえよかったらお互いの料理をシェアし合って楽しまない!?」
………。
……うっわ~~っ!……自分で言っててメッチャッ引くわ~~っ!
──全く以て白々し過ぎるっ!……よ……トホホ。
レオンはそんな俺の顔を見て軽く失笑した。
「フッ……デュオ。相変わらずだな。ああ、俺は別に構わんぞ。まあ、いつもの事じゃないか。何を今更改めて言う必要がある?」
──ぐふっ!……確かにそうだった。
少食なくせに食いしんぼノエル。その少しでも色んな味をたくさん味わいたいという彼女のポリシーのおかげで、俺達デュオは、ほとんどそういう形での食事方法を、今まで皆に提案していたのだった。
今考えたら、まさに……“今更”なんだけど……。
メッチャクッチャはっずかしいいぃぃぃ~~~っっ!!
『……いや、特に私はそうは思わないけど?』
『いや、それはノエルが女の子だからなのっ!……男の俺が食べ切れないからシェアしよって、いつも皆に言ってたのって、よくよく考えたらすっげーっ恥ずかしい事だよなっ!?』
『そう……なのかな? でもまあ、デュオは女の子だよ?』
『──へ?』
『だから、私達デュオは女子なんだってば』
──あっ!
俺は左手のひらに右手拳を立て、ポンッと軽く打ち付けた。
『成る程、さもありなん。大いに納得致しました~~!』
『うむ。分かればよろしい──さあ!!』
ああっ──!!
『「──いっただっきま~~すっ!!!」』
─────
何やかんやで、俺達三人は美味しいお肉料理に舌づつみをうち、その味をそれぞれ堪能したのだった。
やがて。
「ううっ、美味いけど、もうお腹いっぱい……もうこれ以上は無~理~いぃ……」
『私も同じく……けふっ──し、失礼……おほほっ……』
「なんだ、もう食えんのか? 食い意地が強い割には相変わらずの少食だな」
レオンが皿から取り分けた分厚い猛水牛のステーキにナイフを入れながら、そう言ってくる。
……その言葉を俺じゃなくって、ノエルっていう女子にしてやってくれっ!──と思いながらも、俺は素直に彼に謝った。
「ご、ごめんなさい。私が少食なくせに、『食いしんぼで食事に意地汚い女の子』で……」
わざと“食いしんぼで食事に意地汚い”の所を強調してみる。
『……にゃ、にゃによおうぅぅっ!!』
『……噛んでるぞ……』
『……あっ……あううっ……』
───
結局の所、大鋏海老フライ半分と猛水牛の柔らか煮が少々。ステーキに至っては、一枚すら食い切れない有り様の俺達であった。
まあ、その代わりそれに至るまでのがっつき度はハンパじゃなかったのだが……。
特に皿をカチャカチャと騒がしく鳴り立てる様なんてきたら、とてもじゃないが、お年頃の女の子が食事を嗜んでるとは到底思えないってね──
『……って、食べてたのはあんたでしょーがっ!?』
──ぐふっ……確かにそうだった。
……ってかさ、なんで言葉にしてないのに、いつもノエルには分かっちゃう訳っ!?
『へへんっ、それが以心伝心ってやつだよ。まだまだ精進が足りませんな~、アルく~んっ!』
──ぐふっ! ぐふふっ!!
【胸に──グサッ! グササッ!!】
……ってな感じで、相変わらず俺達がバカな事をやっていると──
やがて、レオンも腹を充分に満たされたのか、フォークとナイフをテーブルに置き、横にあった果実水のグラスを手に取り口を付けた。
皿の上には、いくらかの料理が残っている。
さすがの彼も男とはいえ、それほど大食漢ではない。あれ全てを平らげるのは酷というものだろう。
『……ああ、なんか勿体ないな……』
聞こえてくるノエルの呟きに。
『ええ、非っ常に勿体ないですよねぇ~~っ!』
『……いじわる……』
──しまった! 少し、しつこく言い過ぎたか!?
『……後でトマト食べてやるから……』
………。
『ノエルの方こそ……いじわる……』
……っていうかさ。バカばっかやってないで、そろそろ本題に入ろうぜ──
俺はコホンとひとつ咳払いをしてからレオンに話し始めた。
「レオン。それじゃあ、フォリーとクリスがなんで今、あんな状態になっているのか? あれからのふたりの事を教えてくれる?」
その問いに、レオンはコトリと果実水のグラスをテーブル上に置いた。
「ふむ。腹も膨らんだ事だし、いいだろう──」
そう言うと、レオンは椅子に背を預ける様に大きく身体を仰け反らした。
次に両腕を組み、こちらに向けてくる切れ長の目を細めて、更に鋭いものとする。
───
「まず始めに言っておく。事態は我々にとって想定内ではあるが、芳しくはない。うむ、否──最悪の状況と言ってもいいだろう」
「ええっ! 最悪ってどんな感じにっ! それにだったら、なんでレオンはそんなに落ち着いているのさっ!!」
ずっと落ち着き払っていた様子の、レオンの口から発せられる思いもよらない言葉に、俺は思わず席を立ち、ダンッとテーブルに手を打ち付けてしまっていた。
「まあ、そう熱くなるな。取りあえずは落ち着けデュオ。迅速な行動を要して事態が好転する概要ならば、既に俺が動いている。今のこの現状を考察すれば、それが如何に必要のなく無駄な行為なるか。お前ならば分かる筈。俺はそう思ったのだがな?」
………。
……そう言えば確かにそうだ。
俺達デュオがこの“華山亭”に帰ってきた時。レオンは刃研ぎ作業を黙々と続けていた。
そしてあの時。レオンによって導かれ、垣間見たフォリーとクリス。ふたりの深い眠りに落ちている姿からして、“例の試み”を実施し、この場に帰還してから大分時間が経っている様にも感じた。
何より緊急を要する事態ならば、このレオンの事だ。深い眠りについてしまっているふたりの事は、放って置けないとしても、取りあえず何らかの手を打って早急に迅速な行動に移っている筈だ。
最悪でも俺達デュオが帰ってきた所で、次のすべき行動に移行してた筈。
にも関わらず、彼は「まず、腹ごしらえからだ」と俺を食事に誘ってきた。
成る程。今は急いでも仕方がない状況って訳か……。
「うん。ごめん、レオン。少し即急となってしまっていた……さあ、説明を続けてくれ」
俺は再び椅子に座り、真剣な面持ちで彼に問い掛けた。
「うむ。ではまず最初に結論から言っておこう。周囲を囲む“迷いの森”、その領域によって隠匿されているという“桃源郷”を常世、幽世なる精霊界を通じて、それなる場所を特定するという我々の“試み”は、思わぬ事態によって一応は終わる事となった」
「………」
『フォリーさん。クリス君……』
頭に聞こえてくるノエルの心配そうな呟きの声。
テーブル上で膝を立て、組んだ両手の上にあごを乗せながら、俺はレオンの次の言葉を待つ。
「デュオ。知らせる事が三つある。ふたつは悪い事で、残るひとつはおそらくは良い知らせ──さあ、どちらから聞くとする?」
………。
少し考えた後、俺は答える。
「それじゃ、悪い方から」
レオンは軽く頷いた。
「うむ。では、まずひとつ……帰還したフォリーから聞いた事になるのだが、“桃源郷”に、黒の魔導士。即ちアノニムが出現するに至ったそうだ。それにより守護竜ウィル・ダモス。及び地の大精霊の精霊石の安否が不明となったとの事。そしてもうひとつが、それを境に、桃源郷を隠蔽する為に施された迷いの森が暴走し、如何なる存在の侵入をも拒む完全なる“魔性の森”へと変貌を遂げたという事だ。おそらくは、これも奴の謀略、それに伴う所業なのかも知れんな……」
!?──黒の魔導士、アノニム!!
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やはりというか、予測していたその名に、俺は一度。頭を大きく振るったのだった。