175話 いざ、行ってらっしゃい! 新しい未知なる冒険へ──
よろしくお願い致します。
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人差し指を口元に立て、まるでナイショっていう様な仕草をするノエルの姿に、始めはキョトンとした表情を浮かべ、小首を傾げていたルッカ。
やがて、直ぐに顔を元に戻した彼女は、ノエルに向かってニカッと満面の笑みを浮かべるのだった。
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「うんっ! やっぱり。今のそのノーちゃんの右の赤い瞳……見覚えのある燃えるような赤い瞳──そっか。今現在のノーちゃん……デュオ・エタニティっていう存在が、何となく分かった様な気がするよ……」
「ん──ルッカ姉さん」
そして笑みを柔らかいものと変え、ノエルに優しく話し掛けてくる。
「どうやら今のノーちゃんには何か深い事情があるみたいだね。だから、もうこれ以上の詮索はしないでおくよ。今のあたしは、元気なノーちゃんの姿が確認できただけで、もう大満足なんだから!」
「うん……ありがとね。ルッカ姉さん」
すると、ルッカは再びノエルの右手を取り、そっと両手でやさしく包み込んだ。
「“デュオ・エタニティ”となった今のノーちゃんの『目的』──それをあたしは知らないし、多分。それはあたし……ううん。この世界で普通に暮らしている皆が、想像も付かないくらいに大変な事なんだって……それにおそらく、その『目的』を成し、達成させるのは、より一層すっごく困難な事なんだって……何となくだけどそう思った……」
「ルッカ姉さん?」
ルッカは両手で包み込んだノエルの手をスッと持ち上げる。
「だけど、いつの日かそれを成し遂げた時。“デュオ・エタニティ”があたしとパイクくんが待つ冒険倶楽部──そこに必ず帰ってくる……そう、絶対に必ず!……あたし達。ノーちゃん達─“ふたり”─の事。ずっと待ってるから──」
「……ルッカ姉さん……」
涙交じりの声で小さく呟いたノエルは、包み込まれた右手に自分自身の左手を添え、ギュッと力を込めた。
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そして次にノエルが思いも掛けない提案を、俺に対して仄めかしてきたのだった。
『そういえば、アル。せっかく思い掛けなくルッカ姉さんと出会えたんだし、いい機会なんだから、私と入れ替わって、一度。デュオとして……ううん。“人”として、ルッカさんと話したいってそうは思わない? ほら、アルも何となく思う事だってあるんじゃないの?』
へ?……なんで……俺が……?
全く意味が分かんない……思う事なんて特にないしさ。
『……ちょっと待て、ノエル。その行為に何か意味あんのかっ?─っていうか、俺は一体何を話したらいい訳っ!?』
『ふふっ、べっつに~~っ、まっ、敢えていうなら、私が昔にお世話になったお礼??……くすっ……まあ、難しく考えずに、今のアルの意気込みみたいなのを言ったらいいんじゃないのかな?──ふふふっ……』
……こ、こいつ微かに笑ってやがる……っていうか、絶対楽しんでやがるよな?
何故だか分からんが、何かこう、作為的な意図ってのを感じるのだが……。
でもまあ、さっき俺自身も既に剣として声出しちゃってるし、何よりもう魔剣とノエルが、実はデュオ・エタニティっていう正体は、もう明かしちゃってるしな。
そんなに深読みする必要もないだろうし、まあ、別にいいかな……?
『ノエル、分かった。替わるよ』
『やったっ! やっぱりそうこなくっちゃっね!』
そして俺達は入れ替わる。
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さ、さて──
「コホンッ、え、え~と──」
入れ替わった瞬間。まず俺は、目を閉じて口元に手を当てながら軽く咳払いをする。
「……???」
そんな俺を、ルッカが怪訝そうにジロジロと凝視してきた。
まあ、無理もないだろな。ノエルの身体。その主が俺となったデュオ・エタニティの姿は、彼女の時と比べて眉がつり上がり、目付きも鋭くなる。
いわゆる精悍な顔付きっていうやつになってしまうからだ。
そしてなんと言っても最大の相違点は、彼女曰く自身の最大のチャーミングポイントだと言い張っている一際目立つ大きなくせ毛。
これがノエルの時だと、前に弧を描く様に垂れ下がっているのだが、何故か俺の時はそれがシャキンッと後ろに流れる様に反り返るのだ。
という訳であって、今のルッカっていう人が何故、俺の事を不思議そうな目で見てくるのか? それは想像に難くない。
だから、ここはもう思い切って、開き直り──
俺は左手を腰に当てながら右手を前へと付き出す。
次に人差し指と中指を揃えて伸ばし、それをビシッと斜めに額へと押し当てた。
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「改めて初めまして! 俺─ってい、いや、私が漆黒の魔剣アル!──ノエルと同体になった、“魔人。デュオ・エタニティ”です! 昔にノエルがお世話になってたそうで……私共々どうぞ──コンゴトモヨロシクッ!!」
『──きらりんっ!』
───
……おうわっ! 勢いに任せて思わずやっちまったあああぁぁぁーーっ!!
──コンゴトモヨロシクだってさ……しかもカタコトだぜっ!?
うっわあああぁぁぁ~~っ!! は、恥っずかし~~いいぃぃぃっ!!
─っていうかさ、ノエルさんっ! 口に出しての効果音は全く以ていらないってのっ!
─って……ん、んんんっ……?
───
そこにはやはり絶句したのだろう。
口をポカーンとして、唖然としているルッカの姿が目に映るのだった。
……ぐ、ぐふっ!
やがて──
───
「──ぷぷっ……あはっ、あはははははははははっ!!」
──へ?
お腹を抱えながら大爆笑し、俺の事を指差すルッカ。
「あははははははっ! はあはあ、あっはははははははっ!! うんうんっ……その口調と仕草。あんたってやっぱり──」
『ふふ──うんうん』
爆笑し続け、何かの言葉を呟くルッカと、それにコクッコクッという感じで、同意の相づちを打つノエル。
俺には……全く意味分からんのですけど……?
「あっははははははははっ! はあぁぁ~~、うんうんうんうんっ! はいはいはいはいっ! こちらこそ、どうぞこれからもノーちゃんの事。よろしくお願いね~~っ! “魔剣のアーくん“。それで、“ふたり”で必ず無事で帰ってきなよ~~っ! 約束だかんねっ!?──ぷっ、あはっ、あはははははははっ!!」
『あ……あは……あははは……』
口元を押さえながら豪快に笑うルッカと、少し気を使う様に苦笑いとなるノエル。そんな声を上げるふたりに、俺はただただ……。
──????──
──だった。
───
そしてまた俺達は入れ替わり、暫くの間。ノエルとルッカが談笑を続けていると──
「──あっ! いっけなーーいっ! もうこんなに時間なんだ? やっぱり楽しいって感じる時間はあっという間だねぇ~~」
そう言いながらテーブルの椅子に座っていたルッカが、自身の後ろにある大きな時計台に振り向き、目を配らせていた。
「ルッカ姉さん。どうかしたの?」
向かい合って座っているノエルに。
「いや~、この街へのお使いは元々、我が家近所の武具屋。バング爺さんが買い出しに行くからって、そのついでに馬車に乗せて貰ってきたんだ。今日の夕刻にハイラックに帰るって事になってるんだけど、もうこんな時間なんだね」
そう言うルッカの言葉に、ノエルが彼女の後ろに見える時計台を見てみると、成る程。ただ今午後4時半過ぎた頃。
「ごめんっ、ノーちゃん。あたしもう行かなきゃ、あの頑固爺さんに置いてかれちゃうよ!」
ガタッと椅子を鳴らし、ルッカは立ち上がる。
「うん、分かった。今日はルッカ姉さんに会えて、ホント嬉しかったよ」
「それはこっちの台詞だよ、ノーちゃん!」
立ち上がったふたりは、また手を取り合う。
そしてギュッと握り締め、互いに大きく上下に振った。
やがて、ルッカが手をほどき、振り返って歩き始めた。
「じゃあ、元気でね。必ず冒険倶楽部に帰ってくるんだよ! パイクくんとあたしはノーちゃんの事、いつまでも待ってるからね?」
「うん! ルッカ姉さん!」
歩きながらこちらへと振り向いたルッカに、ノエルが答える。
「私達、待ってるからっ、ずっと待ってるからっ! “ふたりで”必ず帰ってきなよっ! ノーちゃん……いや──デュオ・エタニティ!」
満面の笑顔で、俺達デュオに大きく手を振りながら立ち去って行くルッカ。
「うんっ、ありがとう。必ず“ふたりで”帰ってくる! ルッカ姉さん達も元気でね~~っ!」
小さくなって行くルッカの姿に、ノエルも両手を振って答えていた。
そして遠くに離れて、最早小さくなった姿のルッカは前を向いて歩いていたが、急に何かを思い出したかのように振り向いた。
「──お~~いっ! 黒い剣のアーくん! ノーちゃんの事。よろしくお願いね~~っ! 男の子なんだから、ちゃんと女の子の事は守ってやんなきゃだよ~~っ! それと──」
ルッカは口元に両手を広げて、大きな声で俺達に向かって叫んだ。
「いざ、行ってらっしゃい! 新しい未知なる冒険へ──!!」
───
……いや、なんであんたがその“台詞”知ってんの……??
『………』
『ん?……どうかしたのかな~。アル?』
ん……まっ、いいか。ありふれた台詞って言ったらありふれた台詞だしな……。
たまたま偶然が重なっただけなんだろう。う~~ん……だけどな。何かこう釈然としないっていうか、どっか引っ掛かるっていうか……。
─って、もうやだやだ、やめだ、やめっ!! 全く俺ってやつはさ、やめとこうぜ。何もかも深く考え過ぎようとすんのはさっ! もっと肩の力を抜いて、どーんっと構えて行こーぜっ!
……さて、ともかくルッカと別れた俺達だが。
ただ今の時刻午後5時前。
レオンには、日暮れには帰ってくる様にと言われている。
だが、『ルッカさん』──思わぬ人物の登場により、予定が大幅……っていうか、もうメチャクチャに狂ってしまっていた。
まあ、それ以前にも色々とあった訳なのだが……。
そう、俺達にはもうほとんど時間が残ってないのだ。
だが、買い出しは既に終了している。
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『さて、残る宿屋に帰るまで俺達が本日中にすべき事は──』
『ふむふむ……』
俺の念話にノエルが念話で相づちを打ってくる
『1、桃源郷。もしくは迷いの森についての情報収集──』
『2、盗賊団ホビットクロウの本拠地を壊滅し、残りのメンバー全員を捕らえた後。この街の行政公安機関にその事を報告──』
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『……う……うう~~んっ……』
立て続けに言った俺の言葉に、ノエルが低く唸る。
……さて、どうしようか……?
……まあ、桃源郷とか迷いの森の情報だなんて、簡単に手に入らないから未だに前人未到な訳であって、ましてやこんな限られた時間じゃ、今更どうしようもない。
それに、レオンも俺に「たまには羽を伸ばしてこい」って言っていたくらいなので、ほとんど……っていうか全くと言っていい程期待はしていないだろう。
まっ……とか何とか言っても、所詮は言い訳なんだけどさ……。
とにかく盗賊団ホビットクロウ。あいつらの事だけは、今日中にキッチリと済ませたかった。
なので──
『2──ホビットクロウだな』
『うん、分かった。じゃあアルの出番だね。早速交替しよっ!!』
『……つーうか、こういう時だけは、ホントにちゃっかりしてるよな、ノエルって……まあ、いいか──あいよ!』
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そして入れ替わった俺達、デュオ・エタニティは、午後7時頃を以て、盗賊団ホビットクロウの本拠地壊滅。メンバー全員の捕縛及び、この街に於ける行政機関にこの事実を速やかに密告。
それらを終えた俺達は宿屋、華山亭に帰ったのだった。
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……あ~~、疲れた……。
……っていうか、今回何もかもが中途半端だなっ!
──おいっ!!
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宿屋。華山亭に着き、皆が待ってるレオンとクリスの部屋に行くと、レオン。彼はまだ自身の愛剣ハバキリの手入れとなる刃研ぎに御執着のようだった。
ちなみに同じテーブルに着いていた筈のフォリーとクリスの姿は見受けられない。
ふたりはどうしたのだろうか?
俺は背中に背負った荷物や手に下げていた荷物を床の上に置きながら、レオンに声を掛けようと思ったが……。
──シャッシャッシャッシャッ
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「………」
『………』
俺達ふたりは思わず絶句する。
……ひいぇぇぇ……。
『……怖えぇーよっ! さっきからずっと一心不乱じゃねーか!? 大体俺達が帰ってきた事自体分かってんのっ!?』
『……アル……ガ、ガンバッ!!』
……が、がんばるったって……一体何をどうやってがんばったらいいんだよっ!!
俺達の中で、唯一常識人だと思っていたレオンさん……ホントに勘弁してよ……。