174話 いつもここに一緒にいるよ
よろしくお願い致します。
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「……とっ、突然に振られても……でもまあ、取りあえず──」
案の定、慌てるノエル。
だけど、それは俺の無用な気遣いだったようで、思っていたよりも……。
おや、中々どうして、わりとしっかりとしてるじゃないか?
「──はーーいっ!!」
ルッカに急に問い掛けられた、ノエルが大声と共にシャンッと背筋を伸ばした。
がんばれ! ノエル!
さあ、今度は彼女が今までの自分の事をルッカに説明する番だ。
ノエルは一体、魔剣の事を──“デュオ・エタニティ”っていう今の自分の存在を、どう説明するつもりなのだろうか?
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「ん、そうだね……それじゃ、“あの人”『アル』が冒険倶楽部から出て行った時。そこから説明するねっ」
そう言うと、ノエルは静かに両目を閉じる。
そして語り始めた。
「うん。あれはそう、今でも良く覚えてる。確か、“あの人”がいなくなった前日の夜。誘われて、彼の好きな夜の星空を一緒に見ていた時に、改めて─“私の事をずっと守ってやる”─そう伝えてくれた夜だったから──」
─────
──ホント、変だよね? どうせ彼の事だから、私が期待している様なそんな浮いた台詞なんて、多分言ってくれないだろなぁ~って、思いながらも……くすっ……それでも思わず期待しちゃうんだもん……。
でも、やっぱり色恋沙汰に疎いっていうか、苦手意識があった彼は、私にそれ以上の言葉は言ってくれなくて──
だけど、その言葉を改めて聞けただけでも、私はすごく嬉しかったんだ。
だから、今でも良く覚えてる。
───
そんな時も終わり、やがて、まだ夜も明けない内に何故か嫌な予感がして私が目を覚ますと、部屋の机に一通の手紙が置いてあった。
内容はあの人の字で。
── 今までありがとう。だけど、諦めない。いつか必ず──
──と、だけ書いてあった。
驚いた私は、ルッカ姉さん達の部屋を叩いたんだ。そして──
ルッカ姉さんとパイクさん宛に残された手紙の内容は……。
──少し長期間の冒険に行ってきます。ノエルの事、よろしくお願いします。おふたりもどうか御健勝で──
私宛の内容の違いに、私は内心すごく驚き、そして酷く不安になった。
不安で不安で押し潰されそうになった。
彼がいなくなっちゃうんじゃないかって──
もしかして、彼が私の傍にいてくれる事は、永遠になくなっちゃうんじゃないかって──
そんな考えばかり頭に浮かんできて、もう居ても経ってもいられなくなった。
だから、私はその日から彼の捜索を始める事にした。
最初の情報は、このハイラックの街に立ち寄っていた旅商人さん。その一家の人達から、彼は北方へと向かったって知った。
それとやがて、その人達が北の地目指して数日後出発するっていう事も。
それを聞いた私は、その人達に頼み込み、一緒に連れて行って貰う約束まで漕ぎ着ける事ができたの。
そして出発までの一週間の間。私は旅の準備を密かに進めた。
やがて、一週間後、出発の早朝。ルッカさん達の部屋に、あの人が私宛に置いた、ふたり宛てとは内容の違う書き置きの手紙と一緒に。
──あの人と必ず一緒に帰ってきます──
と、私自身の手紙とを一緒に添えて置いて行った。
そうやって私は、お世話になった今や我が家同然の宿屋、“冒険倶楽部”を後にしたの。
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やがて、ハイラックを出発した私を乗せた旅商人一家の馬車は、北東に向かいティーシーズ教国に入って行く。
途中に寄ったとある街。そこで更に聞き込みを続けた私は、やがて、彼が最北の国。ザナック王国に向かったという事実を知った。
ちょうど運が良く、旅商人一家もザナック王国に用事があるらしくて、私はそのまま便乗して連れて行って貰う事になった。
そして入国後。初めて立ち寄った街で、幸いにも私は直ぐに彼の情報を得る事ができた。
彼が向かったのは、ザナック王国でも一番北寄りにある村。
何でも名前だけで、実際にあるかどうかも分からないとされている隠匿の村──“忘却の里、パラキア”という集落。
そして私は、ザナックの首都へと向かう旅商人一行と別れて、ひとりそこに向かったの。
今回も運良く、付近となる地まで行くという運搬業を営む馬車に乗せて貰う事になった。
やがて、その人達とも別れ、私は徒歩でその場所を目指した。
何度か迷いながらもようやく辿り着いたその場所。
忘れ去られた村。
──『忘却の里パラキア』
その名の村は実在した。
そして私がずっと探し求めていた人も──
忘却の里パラキア。その住人に彼の名を訪ねると、それを聞いた人達は、黙ってただ私に付いてくる様にとだけ言った。
何でも彼は、この村の奥にある、とある場所。
その名も、“審議の祭壇”
そこに─“いる”
──そう、村の人達は言ったんだ。
─────
──ポツンポツンと、水滴が天井から滴り落ちる音だけが響き渡り、耳に音として届いてくる。
そこは祭壇とは呼ばれてはいても、天井となる屋根は、ほぼ原型を留めてないくらいに崩れ掛けた石造りの建物。
壊れ、開かれた天井からは、眩しい日の光が一筋の線となって差し込んでいた。
そんな場所の中央に──
地面に彼がいつも着用していた、見慣れた軽鎧の一式。その上に立て掛ける様に置かれた、彼の師匠様から譲り受けたという愛用していた彼の長剣。
そしてその隣には──
私がずっと探し求めていた見慣れた……。
──“あの人が眠っていた”──
仰向けに寝かされて、胸の上で自身の両手を組み、顔を白い布の様な物で覆い隠された──“あの人”が──
───
──「その者は敗れ、亡くなった──」
──「えっ……?」
ふと聞こえてくる村人の声に、私は短く聞き返していた。
──「その者はこの場所に於いて孤独にひとりで戦い、そしてひとりで敗れ、亡き者となったのだ」
──「えっ、何故……嘘……嘘よっ!……そんなの……絶対に嘘っ!!」
──「ならば自ら確めるがよい。少女よ……そして我らは、最早運命に従うのみ──」
──「嘘だっ!!」
───
──「“アル”──」
私は仰向けに寝かされている“あの人”の元に近付き、屈みこんだ。
次に、そっと顔を覆っている布を取ってみる。
するっと布が滑り落ち、顕になる探し求めていた人の見慣れた顔。
それは目を閉じ、まるで本当に眠っているかの様だった。
──「……嘘……」
私は彼の口元に自分の耳を寄せてみる。
呼吸音は全く聞こえない。
次に脈を探してみる。
脈は全く感じ取れない。
次に組んでいた手を動かし、無理矢理に彼の胸に自分の耳を押し当ててみる。
鼓動の音は全くしない。
──「い……や……嫌、嫌、嫌あぁぁーーっ!!──嘘、嘘、嘘……嘘っ!──嘘おぉぉーーっ!!」
最後に彼の顔の両頬に自分の両手を添えてみた。
ヒンヤリと冷たい。
そっとその目を指でこじ開けてみる。
彼の瞳に──既に生命を感じる光はなかった。
そう、“あの人”、アルは、“アル”は──
──死んでいた──
─────
──「そう、その者は死んだ──」
──「……い……い、や……嫌……嫌……嫌……」
──「そして我々も死ぬ──」
──「嫌っ! 嫌あっ! 嫌あぁぁーーっ!!」
──「その者は亡くなった──」
──「嫌ああああぁぁぁぁーーーっ!!!」
──「そして我々も無くなる」
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──“やがて、全て何もかも無くなる”──
───
混乱して訳が分からなくなった私は、ひとり出口へと、だだ狂った様に駆け出していた。
──“あの人がいなくなった”──
─────
「──えっ? まさか、アーくん……“アル”は死んじゃったのっ!? 本当にいなくなっちゃたのっ!?」
「………」
ルッカのほとんど叫び声とも取れる問い掛けに、ノエルはただ無言で見返す。
「ねぇ、ノーちゃん! どうなのっ!? ちゃんと答えてっ!!」
ノエルは無言でルッカを見つめたまま、やがて、ボソッとまた話し始めた。
「……その後の事はよく覚えてない。ずっと悪い夢を見続けている様な気がして、とにかくボーッとしてて……ふっと我に戻り気が付いたら、その時は既にロッズ・デイクのポートレイの街で奴隷となってたの……」
「……ノ、ノーちゃん……??」
「そしてそれからの時間となる日々は、私にとって既にないものと同じだった……そう、生きていても意味がないと思い込んでいた頃の私……ルッカ姉さんやパイクさんと知り合うまでの私──」
「……ノーちゃん……」
「─“アル”─に逢うまでの私──」
「………」
力なくうつ向くルッカに、ノエルは僅かながらに微笑んだ。
「“生きる”──人は皆、何かの『目的』を持ってるからこそ、それがあるからこそ、生きてるっていう意味があるんだ。“生きる”って事をがんばれるんだ──って……そう、あの人がよく言ってたよね?」
そんなノエルの言葉に、ルッカはキョトンとしながらも相づちを打つ。
「うん。確かにそれがアーくんの口癖だったよね……」
ノエルもその返事に、コクンと力強く頷く。
「あの人に助けて貰ってから冒険倶楽部で過ごした時間が、生きてきた人生の中で、最も幸せだったと思えたあの頃の私──あの時の私には、今のこの時を生きるのは幸せな事だって感じ取れても、その自分の『目的』っていうものまでは漠然としていて、よく分からなかった……だけど──!」
ノエルは自分の手のひらを突き出し、ギュッと握り締めた。
「“特別な存在”に私は助けられ、“特別な存在”と出逢った私は、自分自身のするべき自身の『目的』っていうものが少しだけ分かった。そしてそれは、確かに今の私の中にもあるんだよ──」
「ノーちゃん……もしかして、その赤い瞳の右目って……?」
ノエルは背にある魔剣を掴んだ。それと同時に触手による取り外しを俺が行う。
そして彼女は、魔剣をルッカの目に見える様に前へと突き出した。
「私はこの漆黒の剣。“アル”に助けられ、彼と心身共に一緒。『一心同体』──そんな存在になった。今の私はノエルじゃなくて、漆黒の剣と私、悠久のふたり組、“デュオ・エタニティ”──」
「……そっか……ノーちゃん。あなたにも自分自身の確固たる『目的』ができたんだね?」
そのルッカの問い掛けに、ノエルは力強く頷いた。
「うんっ! 冒険倶楽部で一緒に暮らしていた私に生きる為の全てを与えてくれた“あの人”──あの頃の“アル”は、今は生きているのか、死んでいるのか自分にもよく分からない。だけど、“アル”は実際に間違いなく今も私と一体となって、いつもここに一緒にいるよっ!!」
魔剣を突き出しながら、そう元気よく大きな声で宣言するノエル。
そんな彼女の妖眼を、改めてマジマジと見ていたルッカが、突然顔をパァーッと明るくさせた。
「そっかっ! 冒険者宿なんかの家業をやってるとよく耳にするんだけど、あちらこちらの国々で今、大活躍中の噂の冒険者デュオ・エタニティって、聞いた感じだと、風貌が何となくノーちゃんと似てたから、もしかしたらって、そうずっと思ってたんだよねっ!」
ルッカは握った自分の両手をウットリとする様に自身の頬に当てる。
「かくしてその者の正体は──やっぱり、本当にそんなすっごい剣を手に入れちゃったノーちゃんの事だったんだ!?──凄いっ! すっごいよおおぉぉーーっっ!!」
「うん! まあ、そういう事になるのかな?……って──ああっ、ルッカ姉さん! 今の話しは秘密にしといてね? まだ一緒に旅をしている仲間には、本当の事情を話してないの」
「え?……って、まあ、他ならぬノーちゃんのお願いだし、特に誰かに言うつもりなんてないよ─って、ああっ! だけど、パイクくんだけならいいっ!?」
それを聞きクスリと笑ったノエルが、魔剣をルッカへと差し出した。
「くすっ……勿論。パイクさんにならいいよ、それよりルッカ姉さん。一度この剣、持ってみたくはない?」
「ええっ! いいのっ!?」
……ルッカって人。凄く興奮してる……。
まあ、元凄腕の剣士って言ってたし、剣の類いにかなり興味があるんだろうな。
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そしてノエルより魔剣を受け取ったルッカは、爛々と目を輝かせながら魔剣に見入っているのだった。
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ううっ……スッゴく興奮してるよ、この人……鼻息も何か荒いし……あっ、もしかして少しヨダレ……って、余程剣が好きなんだな。
え~っと……っていうか、こんな時。“漆黒の魔剣”としての立場の俺は、どう対処すべきなんだ?
ノエルが昔お世話になった人だし、やっぱここいらでいっちょ挨拶でもしとくべきか?
ま、まあ……やっぱり、するべきだよな……。
……よ、よしっ!
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『え~っと、初めましてルッカさん。俺、ノエルと組んでデュオ・エタニティをやっております、漆黒の剣。名前は彼女につけて貰って、今は“アル”って名乗っています! どうぞ、以後お見知り置きを~っ!!』
その瞬間、顔をひきつらせたルッカが、手に持つ魔剣を遠ざける様に伸ばし、もの凄い悲鳴を上げるのだった。
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「──ひ、ひいいぃぃーーっ!!……け、剣がっ! 剣が……剣が喋ったああぁぁぁ~~っ!?」
『……い、いや……動く死体や巨大な悪鬼などの魔物が普通にいる俗世だよ……今更剣が喋るくらいでそんなに驚かんでも……』
思わず呆れて、そう呟いてしまう俺。
「……って……ん?……んんっ? んんんんっ??──ええいっ! 通常の魔物と人語を解し話す剣とじゃ、圧倒的に後者の方が恐怖だわっ!!……って、あれ?……れれれれ?」
するとルッカは、「んんっ??」っと伸ばし遠ざけていた魔剣を再び、自分の顔の間近に近付け、ジロジロと凝視し始めた。
「……それよりもあんたっ!……さっきの声──もしかして……あんたってさあ── 」
「──ルッカさんっっ!!!」
それをピシャリと遮る様な、ノエルの必要以上に大きな声。
「うん?……んんっ??」
怪訝な顔をゆっくりと向けるルッカに──
「しいいぃぃぃーーーっっ!!」
口元に人差し指を立て、沈黙を促しているノエルだった。
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……何だ何だ何だ、一体何なんだ。本当に最近こういうのって、やたらと多くないか?