173話 冒険者ヴォルフが残したもの
よろしくお願い致します。
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創成された冒険者による冒険者の為の冒険者養成施設。
──冒頭倶楽部。
そして大冒険者、ヴォルフ指導の元。彼の持つ技術と知識を伝える術となる、いわゆる修行が始まった。
その内容となるものは、時には実に過酷な剣術の実技であったり、時には地下迷宮を利用した知識を要する実地訓練だったり、時には全くの静寂となる空間での長期に渡る瞑想であったり、とにかく様々な多種多様の修業となる訓練が、日々繰り返され行われていった。
やがて、そんな修業に付いていけなかったり、また、それを無駄な時間だと感じる様になった者が現れ、日に日に冒険倶楽部から去る者が増えていったという。
そして幾ばくかの歳月が過ぎ、彼の冒頭倶楽部に所属する弟子の脱落者も相次ぎ、その数も日々少なくなっていった。
また時間というのは実に残酷なもので、ヴォルフ自身の残された余命も徐々に奪っていき、彼もまた、ますます年老いていくのだった。
そんな時──
自らの死期が近いと悟ったヴォルフは、残った弟子達に最後の修行となる自ら剣を取った決闘を挑んだのだ。
年老い、余命も最早残り僅かなる者とはいえ──“大冒険者ヴォルフ”
さすがに世間からして、世界一の冒険者及び、剣豪と言わしめただけの事はあった。
彼の元に残った弟子達。
繰り広げられる、それらとの激しい修行となる剣術の対戦。
やがて、決着が着いたと、彼が判断すべき状態になった時。
最終的勝者となったのは大冒険者ヴォルフ自身ではなく、実質上冒険倶楽部に於いて、リーダー的存在だったノースデイの元冒険者。パイクでもなく、弟子の中では最高の剣の実力を誇っていた、アストレイア貴族のおてんばご息女。ルッカでもなく──
剣術に於いても最高の腕前と称されたヴォルフと対峙して、粘りに粘り、持ち前の根性と予想外の剣術のセンスとで、最終的に彼を唸らせたのは──
彼が拾い、育て上げた濃い茶色の髪を持つ少年だったのだ。
そう、その少年こそが世界一の冒険者。“ヴォルフ・ザ・シーキンホウル”──
彼の正統な後継者。即ち一番弟子となった瞬間だった。
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やがて、更にその翌年。世界にその名を轟かせた大冒険者ヴォルフも、迫りくる老いに遂には敵わず、残された弟子達に看取られ、天に召されるのだった。
──享年77。
最後の最後まで自らが望む欲求──“冒険”の為に、己の全てを費やした、実に彼にとっては大円満となる自身が望んだ冒険者としての一生を終えたのだった。
茶色の髪の少年。この時、年齢12──
そしてそれから数ヶ月後、事態は急変する。
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ミーストリア大陸の北方に位置するザナック王国。
その好戦的で有名な“北方の狂王”ガルシアが、突如として軍を興し、ロッズ・デイク自治国に於いて、富んだ大きな街としては、一番近郊となる北西の街ハイラック。
そこにガルシア王、自ら攻め入ってきたのである。
他国を跨いでのその間、彼の領地以外には全く目もくれず、即ちティーシーズ教国領内山岳地帯を突っ切ってのまさかの急襲に、ティーシーズ、ロッズ・デイク両国共に大いに慌てた。
ザナック王、ガルシアの目的は──
北の蛮族との長期に渡る戦争による物資の消耗。その補充の為の戦闘行為。
即ち──“略奪”だったのだ。
それにより、比較的あまり豊かではないティーシーズ領を敢えて無視し、迅速に彼の国領土内を駆け抜け、張り巡らせた防御壁と山岳の僅かな隙間を掻い潜り、ロッズ・デイク自治国へと侵入した。
そして物資調達としては最適である豊かな商業街ハイラックが、その略奪の獲物の対象として選ばれたのだった。
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やがて、ハイラック街は戦火に染まる。
悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。
あまりにも虚を突いた急襲。しかも夜襲であったが為、ロッズ・デイク評議会が常時雇い、配置していた守備兵となる傭兵団も、早急には対応できず、実質その力と役割を果たせないまま、ザナック軍の急襲。その理不尽な力の前に、次々と倒されていったのだった。
そして激しい戦火は、亡きヴォルフが残した“冒険倶楽部”にも及ぶ。
ヴォルフの弟子達は今は亡き師匠の言い付けとなった
──“戦争という行為に絶対に関わる事なかれ”──
それを厳守し、数々の冒険で得た資料や記録などの貴重品と共に、一刻も早くここを去るべきだと唱える、パイク派と──
例え師匠の言い付けを破る事になろうと、師匠が残した冒険倶楽部を守る為に、戦って、徹底的に対抗すべきと唱えるルッカ派──
ふたつの派閥に分かれる形となった。
──鳴り止まぬ剣撃の音と、辺りから聞こえてくる喧騒と悲鳴。
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──「パイクっ! なんで、なんで抵抗しないのっ!? なんで戦わないのよおぉーーっ!! 一体なんでっ!?」
──「だ、駄目だ! 戦争。それに絶対に関わるな! 師匠の言い付けは─“人として”─確かに、絶対に守らなくっちゃならない。それにルッカ、僕は君に人は殺させないっ!!」
──「だからって、あんたがこんな目に遭うなんて……そんなのっ!……そんなのっっ!!」
──「それに師匠がいつも口にしていた決まり文句がもうひとつある─“自分の力量を見誤るな。勇気と無謀とは違う”─だ」
──「……そうだったね……確かにそうだった……ごめん。あたしが……あたしが間違ってたよ……本当に、本当にごめんね……」
──「痛ぅっ……ははっ……ルッカ。君が無事なら、僕はそれでいいよ」
──「本当にごめんなさい……助けに戻ってきてくれてありがとう」
──「だから、もういいって……でも、何か悔しいな。勿論、こんな場面に居合わせてなくて、今は良かったって思うし、仮にいたとしても、いくら剣の腕が立つっていったって、まだ12歳の少年だ。どうにかできるって訳じゃない。だけど……反面こう思ってる自分もいるんだ。何故、“彼”がこんな時に限って、冒険の旅に出て不在なんだって……さ……」
──「そうだね……偉大なあたし達のヴォルフお師匠の一番弟子でもあり、我が兄弟子でもあるあの子がいてくれれば、こんな事態にはならなかった。“彼なら何とかしてくれる”──ふふっ、ムチャクチャだけど、何故だかそう思えてくるよね」
──「そうだな。全く不思議だけど、やっぱり僕もそう思うんだ──」
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徐々に喧騒だった空気が和らいでいき、辺りは平穏となっていく。
やがて──
充分な収穫を略奪行為によって得たガルシア王は、満足気に軍を撤退させていったのだった。
まだくすぶる戦火が辺りにチラつきながらも、訪れた静寂の中。
今はふたりの男女が抱き締め合っていた。
それは──
ひとりは偉大な自分の師匠。大冒険者ヴォルフの残した“冒険倶楽部”を守る為、軍隊相手に戦おうと試みた勇敢な女剣士ルッカ・ギルトット。
──そして。
仲間を先に逃がした後。単独で引き返し、彼女の命を救う代わりに、自らの右足を失ったパイク・ビリーブのふたりだった。
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──「冒険倶楽部なくなっちゃったね?……これじゃ、あの子が帰ってきたら、どうやって迎えようか?……困っちゃったな……」
──「そうだな。じゃあ、僕達ふたりで新しく宿屋でも始める? 勿論、“冒険倶楽部”って名前でさ」
──「いいね、それ! でもその前に──」
──「うん? なんだい、ルッカ?」
──「パイク……あ、あたしと……け、結婚してよ……」
──「何を今更……だけど、ああ、勿論。こんな僕とでよければ」
──「バカっ! あんたとじゃないと意味ないじゃないのよ~っ!!」
──「はははっ! ルッカさんが照れてる~」
──「照れてなんかないいぃぃ~~っっ!!」
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やがて、復興を終えたハイラックの街。
そこに建てられた真新しい建物。
大冒険者ヴォルフ。
その最早、ふたりだけとなった弟子。残された夫妻が経営を始めた冒険者専門宿。
──冒険倶楽部──
その場所へと、彼らの兄弟子でもある12歳の少年が冒険を終えて帰ってきたのは、それから数ヶ月経った後の事だった。
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『その帰ってきた12歳の少年っていうのが、一緒に暮らしてたノエルが今探してる、“アル”っていう人なのか?』
『うん……そうだね……』
………?
ノエルの意外とも感じる元気のない念話の声の返事に、俺は思わず問い掛けていた。
『……って、おいっ、お前一体どうしたん──』
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「──ルッカ姉さん??」
だが、俺の念話の問い掛けは、ノエルが急に発した声によって、腰を折られる形となった。
ふと気付けば、テーブルでうつ向いて小さな嗚咽を続けていた筈のルッカが、ムクリと上半身を起こし、その彼女の顔の涙の後も、既に渇いていた。
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「ふぅ~~、久しぶりに本泣きしちゃったよ……」
彼女はそう言うと、握っていた俺達の手を離し、残っていたアイスティーを一気に飲み干した。
そして空になったグラスをテーブルの上へとコトリと置く。
やがて、ポツリと話し出した。
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「……確か──今までありがとう。だけど、諦めない。いつか必ず──だったよね? アーくんがノーちゃんだけに残したっていう書き置きの手紙……」
「──あ……!」
ルッカの言葉に、ノエルの短い声。
「──パイクさん。ルッカさん。身寄りのない私の事を実の家族の様に接してくれて、本当にありがとうございました。ここで過ごした時間が、今まで生きてきた私の中で一番の幸せの時でした。私、あの人を探しに行ってきます。突然いなくなってごめんなさい。だけど、必ず帰ってきます。アルと一緒に──これがアーくんがいなくなってから、一週間後にいなくなったノーちゃん……アーくんの残したやつと一緒に、ノーちゃんが自分の部屋に置いて行った書き置きの手紙の内容だよ……」
「ルッカ姉さん……」
小さな声で名を呼ぶノエルに、彼女は目を細め、少し困った様な感じのやわらかい笑みを浮かべた。
「今から三年前……って、ノーちゃんがいなくなって一年過ぎたから、今でちょうど四年前になるのかな?……ロッズ・デイクの大商会。とある大金持ちのご令嬢が、大層可愛がって飼っていた毒なしマムシの牝が行方不明になって、その捜索に目撃報告があったティーシーズ北部の山岳地帯に調査に赴いていた筈のアーくんが、我が家。冒険倶楽部へと連れ帰ってきたのが、依頼だった筈の牝のヘビじゃなくて、可愛い女の子だったのは──」
「……ルッカ姉さん……」
まるで昔話しを思い出すかの様に、どこか遠くを見る。そんな眼差しのルッカさんに、ノエルがもう一度彼女の名を呟いた。
「宿屋。冒険倶楽部──マスターでもあるパイクくんの隣にはいつも女房であるあたしがいて、宿の一番の稼ぎ頭は冒険者ホープのアーくん。その隣にはいつも楽しそうな笑顔のノーちゃんがいた──」
ルッカはそっと目を閉じ、手を自分の胸に当てる。
「冒険倶楽部。血は繋がってなくても、あたし達四人は、本当の家族だと思ってた……当たり前の事だと感じてた幸せとなる普通の日常──ノーちゃんがそう思ってくれてたように、あたし達も同じようにそう感じてたんだよ……」
視界がジワリと滲み、ホロリと涙がデュオの頬を伝う。
「……うん……うん……ありがとう。ルッカ姉さん」
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暖かな眼差しで、涙ぐむノエルの方を笑顔で見つめていたルッカが、パンパンッと二度両手を打ち合わせた。
「はーいっ! 思い出話しはこれにて終~了~っと! 現在のあたしはハイラックにある冒険倶楽部。そのマスターであるパイクくんからのお使いで、この街ガーナハットにきてるんだ。本当はふたり一緒にきたかったんだけど、まあ、パイクくんの義足じゃ今回はちょっとキツかったみたい──って事で、これであたしの方の近況の報告は終わり~っ! あっ……ちなみに冒険倶楽部の経営状態は中々の繁盛中だよ。さあ、お次はノーちゃん。どうぞ~~っ!!」
「──ええっ! 急に私なのっ!?」
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いきなりのルッカって人の無茶ぶり……。
あ~あ、ノエルのやつ可愛そうに……。
─っていうか、ホントに大丈夫かっ!?