172話 冒険倶楽部
165話の続きとなる主人公視点に今話から戻ります。
あらかじめご了承下さいませ。
今回もよろしくお願い致します。
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「──ねぇ、ノーちゃん! ノーちゃんだよねっ!? 何か大分雰囲気が変わちゃってるけど……っていうか、その右目……赤いんだ……一体どうしたのっ!?」
そう叫びながら、女性はこちらへと駆け寄って来る。
少し茶色がかった赤髪。それを頭の上少し後方で束ね、大きなポニーテールとしていた。
少々つり目の気の強そうな顔立ち。歳は20代前半といったところかな。
───
それにしても……ノーちゃんって一体誰の事だ? だけど、あの人の視線。あれはどう考えたって俺の事を見て言ってるよな?─って事はだ。やっぱ俺の事なのか? まあ、赤い右目って言ってたし、人違いじゃない……よな……?
そんな事をひとり考えていると……。
───
『……アル、ごめん。少しだけ私と替わって』
突然、頭の中でノエルが呟いた。
『へ、何で?……っていうかさ、ノエルの知ってる人なの?』
『……うん。ノエルちゃん。ノエちゃん。ノンちゃん……最終的にノーちゃんになったんだ。うん、ノーちゃん。つまり私の事だよ……』
ノエルの震えながらも真剣な声に、俺は出発前の宿屋での彼女とのやり取りの事を思い出した。
……ふむ。
『……そっか。確かさっき、ルカ姉さんだっけ? そう呟いてたよな? という事はこの人が昔、ノエルがお世話になってた宿屋の人なんだ?』
『うん……そうだよ。ルカじゃなくて、ルッカだけどね……だから……いい?』
もう既に涙声になっているノエルの願い事を、勿論断れる筈もなく──
『ああ、分かった。替わるよ』
『うんっ! ありがとう!』
───
そして入れ替わった瞬間。俺であり、ノエルでもあるデュオは、赤髪ポニーテールの女性。“ルッカ”の所へと駆け出し、その胸の中に飛び込んで行った。
───
「──ルッカさん!……ルッカ姉さんっ!……ぐすっ……うっ……ううっ……うわああああ~~んっ!!」
そう嗚咽しながらルッカの背中に手を回し、しがみ付く。
そんなノエルの背中にフワッと手が回され、ルッカが包む様にやさしく抱き返してきた。
「ふふっ……やっぱり、ノーちゃんだったんだ……もうっ、泣き虫なのは全然変わってないんだからっ……ぐすっ……う、ううっ……ノーちゃんっ!」
「ううっ……ル、ルッカさんだって……う、ううっ……うわああああんっ……ううっ──ルッカさあぁぁんっ!!」
「──ノーちゃんっっ!!」
─────
………。
しばらくの間。ふたりの様子を無言でずっと見守っていた俺。
……とは言っても視点はノエルと一緒なので、いわゆる自分自身も抱き締められている訳なのだが……。
つまり、何が言いたいのかというと──
まあ、あれだ。今のデュオの状態はルッカっていう女の人の胸に顔を埋めている訳だ。
前回。俺がフォリーにそうされた時は、ノエルに多いにバカにされたもんだが、←(主として、フォリーの胸にかったっ~~い金属製の胸当てが装着されていた)今回、ルッカという女性は薄手のチュニックのみなので、おそらくノエルは、その胸の感触ってやつをダイレクトに感じ取っている事だろう。
……俺には一切何も感じられんけどね……。
……っていうか……いやいやいやいやいやっ! クリスじゃあるまいし、なんでこんな発想が思い浮かぶんだよっ! 全く以て俺ってやらしいだからさっ!!
まあ、所詮は俺も男だ……って──う~ん、どうだろう。やっぱり俺は“男”。そう考えて間違いないのかな?
───
やがて、ルッカの方から、デュオっていうかノエルの背中に、互いに抱き締め合っていた手をほどいた。
───
「……良かった……本当に良かった。やっぱりノーちゃん。無事だったんだね……もう! 置き手紙なんか残して、急にいなくなっちゃうなんて……あたし達、すっごく心配してたんだからっ!!」
「ごめんなさい。ごめんね……ルッカ姉さん──わ、私、私っ……!」
まだ涙ぐんでるノエルの頭に手を乗せるルッカさん。そして慈しむ様にやさしく撫でる。
「もういいよ。こうして無事に会えたんだから……ところで……あの……そ、その、アーくん……“アル”は……?」
その言葉にノエルは、一度はっとした表情を顔に浮かべるが、直ぐにうつ向いて力なく頭を横に振った。
「……そっか……取りあえずこんな所で立ち話もなんだし、良かったら少し落ち着いた場所にでも行かない? 今のノーちゃんは忙しいのかな? 時間は大丈夫?」
「……え?」
突然のルッカの提案に、少し戸惑うノエル。
「いや、せっかく再会できたんだし、お互いの近況なんかでも話したいな~って思って……何となくだけど、今のノーちゃん。大分雰囲気が違ってるから……その辺の事情とかもね?」
その言葉の返答に、何故か詰まるノエル。
もしかして、俺に気を使っているのだろうか?
まあ、レオンもああ言ってたし、宿屋には夕暮れまでに帰れば、特別問題はないだろう。まだそれまで時間もたっぷりあるし。
既に買い出しや、お使いもバッチシ完了済み!!(途中でいざこざはあったけれども)
頼まれてた聞き込みの件は全くだけどね……。
──にゃはは。
─って、おいおい! いいのかよっ!
……って、まあ、別に構わないでしょ。
レオンもそんなに有益な情報を得るなんて、そうそう期待なんてしてないだろうしな。まあ、実際羽を伸ばしてこいって言われた訳だし、多分、俺に息抜きをしてこいっていう意味合いだと、俺はそう受け取っている。
なので──
『いいよ、ノエル。お世話になってた人……っていうかさ、お前の大切な人のひとりなんだろ? それに俺も出会うまでのノエルの事。もっと知りたいしさ』
俺の念話の声に、彼女も念話で問い返してくる。
『え、ホントにいいの?……』
『ああ、勿論』
『うん、ありがとうね。それじゃお願いします』
『了解』
そして俺はそっと念話で声を掛ける。
『それに、“アル”って人の事も、俺ももっと良く知りたいんだ』
『!!……』
その言葉に、ノエルは一瞬だけ躊躇した素振りをみせた。
……??
ん……何だ?
そしてあまり力のない素っ気のない返事を、無意識なのだろう。念話ではなく、声に出して返してきた。
「……そう……」
??……一体ホントに何だってんだよ?
そんな俺の疑問に勿論気付く筈もなく、ノエルはルッカに答える。
「うんっ、私も聞きたい! あれからのルッカ姉さん、パイクさん。ふたりの達の事。私も聞いて貰いたい! あれからの私“達”の事を──」
ルッカはその返事に、ニッコリと満面の笑みを浮かべながら、コクリと頷いた。
「うん! それじゃ行こっか──」
─────
場所は変わって、今はこの街。ガーナハットで一番人気と評判の、主に菓子や飲み物などを取り扱う店。“ティールーム”と呼ばれている店らしい。
店名はズバリ──『朱の珊瑚樹茄子亭』※
何となくイカした店名だけど、何故かその名前に戦慄を覚えるのは……さて、なんでだろな……?
※珊瑚樹茄子[トマトの別名]
───
今、特に大人気! このロッズ・デイクの若い女性の中で、もっぱら美味しいって話題沸騰中なのが、小麦粉に卵やバター等を交ぜて、よく練り込みんだ物を、丸く分厚くフワッと焼き上げた甘菓子。ブリオッシュ生地でつくったお菓子──『フラン』ってのが一番の人気らしい。
「わあぁぁ~~っ! なにこれ、すっごく美味しいっ!!」
「ふふんっ、でしょう? すごく美味しいよねっ!」
テーブルの上に置かれたそれぞれのフランに、ナイフを入れ、一口大になったそれを口に運ぶノエルとルッカから、それぞれにそう言葉が漏れてくる。
まあ、味の方は俺としてもそんなに甘過ぎず、とにかくフワフワとしてて、食感が最高だなって、実際そう思えた。
ただ……
皿に添えてあった果実か何かを煮詰めた様な、赤いジャムみたいなのが、ずっと気掛かりだったのだが、ノエルが、さも嬉しそうにそれをタップリ絡めた一口大のフランを、口に放り込んで味を堪能していた時。特別に嫌な味わいは感じなかったので、結局。それは余計な俺の気掛かりっていうやつだったのだろう。
……だ、大丈夫だよねっ?……店名とかとは全く関係してないよねっ……!?
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♪~ピンポンパンポ~ン↗~♪
※──何度も注意書きしますが、この店名は『珊瑚樹茄子亭』そして『珊瑚樹茄子』とはトマトの別名であります。以上──
♪~ポンピンパンプ~ン↘~♪
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……な、何だ?──何だっ何だっ何だっ何だっ何だっ今のは!?……気のせいか凄まじく恐怖となる概要の事実を言ってる様な……って……いやいやいやいやいやいやいやっ!……止めとこう余計な詮索はっ!!
知らない方が幸せって時もあるっ!……うんっ!!
何故だか今回に限って、そう強く心の中で誓う俺であった──ぐふっ……。
だけど、何故だ? さっきからずっと感じるこの圧倒的敗北感は……くっ、くうぅぅーーっ!!
─────
「……ふふふっ、だけど、まさかノーちゃんがメニューを見て、トマトジュースを選ばないなんてね。この店じゃ一番の売り物なんだよ。もしかしてトマト、あんまり好物じゃなくなった?」
その言葉を、葡萄のジュースを飲んでいたノエルが、テーブルの上にそのグラスを置き、慌てて答える。
「い、いや、絶対にそんな事ないよっ! 今でもトマトは私にとって、最高の食物であって至高の存在! 今回もメニュー見た時に真っ先に目に入ったよ! だけど……いつも我慢して貰ってるから、可哀想だもん。たまにはね……」
「……??」
ポカンとしてるルッカさん。それよりも……。
お……俺の聞き間違いじゃないよな?──“この店の一番の売り物がトマトジュース”──だなんて……。
ま、まあ、取りあえずそこは置いといてだ……。
ノエルの言葉の最後の方が、まあ、おそらく意味が分からなかったのだろう。冷たい紅茶のグラスを手に持ったルッカが少し小首を傾げていた。
「まあ、いっか。じゃあ、ノーちゃんの方が何か事情が複雑そうなので、まず、こっち側から近況を説明するね~っ」
そう言うとルッカは、手に持っていたアイスティーのグラスをテーブルの上にコトリと置く。
「うんっ」
それに合わせノエルが応じた。
やがて、ルッカがテーブル上に両腕を組み、そこに顔を乗せて、少し上目使いとなってノエルに話し始めた。
「うん。え~っとね、北西の街ハイラック。そこで旦那のパイクくんと、あたし若女将ルッカさん。楽しく愉快なビリーブ夫妻が営むこのアースティア世界一の冒険者専門宿、『冒険倶楽部』! 絶賛経営中でーーすっ!!」
そしてノエルに向かい、下から見上げながらニシシと笑みを溢す。
「くすっ……もう、ルッカ姉さんってば、いつもと変わんないんだからっ、ホント、楽しい人」
「だけど、本当に心配だったんだよ……」
「え……?」
不意に真剣な面持ちとなって、ボソリと呟く様な声に、ノエルは思わずその顔を見返していた。
「あたし達の実質上兄弟子でもあるアーくんが突然いなくなって……そしたら、続いてノーちゃんまで急にいなくなっちゃうんだもん……あの置き手紙……あたし達、本当に心配したんだから……」
顔をうつ向かせ、沈んだ声になるルッカ。
「……ルッカ姉さん」
ノエルはそんな彼女の手に、そっと自分の両手を添えた。
「あの置き手紙の内容を見て、私達は直ぐにノーちゃん。あんたの事を追い掛けたんだよ。だけど……もう見付かんなくて……それにパイクくんの足も、あんなだから……もうこれ以上は無理だって……」
「……うんうん……」
ノエルは添えた両手で彼女の手を包み込む。
「……宿屋の事もあるし、何よりあの“大師匠” が唯一認めた自慢の我が兄弟子アーくんが、そんなに簡単にくたばったりなんかしない! 絶対にノーちゃんとふたりで必ずこのあたし達の所に帰ってくるからって!……それまでふたりが帰ってくるべき場所、『冒頭倶楽部』を守っててやんなきゃって!……パイクくんとそう決めて……今まで……いや、今でもずっと……ずっと待ってるんだよ……」
ノエルはルッカさんの手をギュッと掴む。
「……ごめんなさい。本当にごめんね。ルッカ姉さん──」
「……ううぅっ……うっうぅ……う……ううっ……」
ノエルの手を握り返し、静かに嗚咽を始めるルッカ。
「……ルッカ姉さん……?」
「う……ううっ……うん。ぐすっ……ごめんね、ノーちゃん。落ち着くまでしばらくこのままでいさせて……」
ルッカはノエルと握り合った両手を、自らの頬に当てしばらくの間、眠る様に目を閉じるのだった。
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「ルッカ姉さん──」
呟くノエルに俺は念話で問い掛ける。
『……それじゃ、いいかな。俺にも教えてくれ。このルッカっていう女の人の事。前まで暮らしてたっていう宿屋の事。俺と出会う前までのノエルの事。そして“アル”っていう人物の事を──』
その言葉に、ゆっくりと視界が暗くなる。
どうやらノエルが目を閉じたらしい。
『そうだね、アル。“確かにそうだったね”──』
──??
何故か意図的なものを感じた気がしたのだが……。
やがて、ノエルが念話で俺に語り出した。
─────
『冒頭倶楽部』──
事の発端は全てそこから始まったようだ。
一昔前、このアースティアの世界。ミーストリア大陸に於いて、その名を轟かした自他共に認める剣豪でもあり、また自ら呼称し、世間からもそう評された『大冒険者』──ヴォルフ・ザ・シーキンホウル[全てを求める孤狼]
そう呼ばれる人物がいたそうだ。
彼の中にあるのは、ただ己が求める─“知る欲求”─『探求心』それが全てだった──彼はそれを満たすが為。 国境という隔たりの概念など一切なく、 世界をまたにかけ、困難とされた地下迷宮の探索。前人未踏となる未開地の訪問。または強大で邪悪なる魔物の討伐など、晩年になるまで繰り返し、更なる自らの欲求となる“探求の冒険”を求め続けていたが、齢65の時。とある地にてひとりの赤子を拾ったのだった。
そして彼は、自身も所詮は人間という限り在る存在だと省みる事ができ、自らの今まで培ってきた剣の技術や技能。冒険の知識や処世術を後世の者に残す。
即ち後継者なる者を育てようと心に決めたのだった。
やがて、赤子は健やかに育ち、少年となった頃。伝説の冒険者ヴォルフは、既に齢75を超えていた。
そんな彼は自身の後継者なる者を求め、少年を引き連れ、各国を巡る旅に出た。
ヴォルフは故郷ロッズ・デイクから出発し、ティーシーズを抜け、まずノースデイにて、その人物が同行するとパーティの冒険の成功率は著しい程に悪くなるが、その代わりに必ず誰ひとりとして欠ける事なく、生還できるという青年。パイク・ビリーブを弟子とした。
次にアストレイアで、剣の技術は確かに稀に見る程の見事な腕前だったが、少し傲慢で自意識過剰気味な貴族のご息女で、まだ若い女剣士。ルッカ・ギルトットを新たに加えた。
最後に北上し、北の地にて、片刃の長剣を扱う黒髪の男。その見事な剣技に一時期、特に気に掛けていた様だったが、その者が既に傭兵団なる物を結成し、更に戦争という行為に深く携わっている事実を知り、急に興味をなくした様子でその地を去り、やがて帰国したのだった。
地元に戻ったヴォルフは更に自身の後継者候補となる弟子を募った。
その噂を聞き付けた何人かの人が集まり、やがて、彼は自身の持つ全ての技術や知識を弟子達に教え、伝える為。ひとつの建物と修行活動なる組織を設立した。
その名称が──
──冒頭倶楽部。