168話 mopping─up
よろしくお願い致します。
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黒い死神。リーザが手に持つ大鎌でテラマテルを指し示す。
──“ヴァオオオオオォォォォーーッ”──
それに応じ、傭兵達を囲んでいた黒いアンデッドの集団が攻撃の対象をテラマテルとし、彼女に襲い掛かろうと一斉に駆け出した。
通常のスケルトンでは、到底考えられない俊敏で迅速なその動きに、テラマテルとの距離が見る間に縮まっていく。
一方の彼女は、薄手の白いワンピースを纏った身ひとつで、やはり両手に武器らしき物を所持している様子は全く見受けられなかった。
更に迫ってくるアンデット達に対して、彼女は身構えもせず、虚ろな無表情を前に、ただヌラッと棒立ちしたままだ。
やがて、何体かの黒いアンデットがテラマテルの元に辿り着き、彼女に向かって飛び掛かかった。
刹那、無表情のテラマテルの小さな口がボソッと動く。
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「右腕擬態化──剣」
その瞬間、テラマテル。彼女の右腕が光を放ち出し、同時に腕を縦に六つに割った様な幻影が一瞬浮かび上がった。
そしてそれは、眩い閃光を発しながら、先端の尖った六つの棒状のものと変化し、瞬間的に再びひとつに集束される。
やがて、発光が収まり、次に目にした彼女の姿は、自身の右腕を微かな白光を放つ刀身の剣に変え、携えた少女の姿だった。
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──ヒュンッ
音を立て、テラマテルの剣となった右腕が横に凪ぎ払われる。
それと同時に、何体もの黒いアンデッド達の身体がバラバラになって飛散した。
──ヒュンッヒュンッヒュンッ
彼女の剣となった右腕から、連続に繰り出される鋭い斬撃。
その音と微かに煌めく輝きと共に、彼女に襲い掛かるアンデッドの群れが、次々に動かぬ細かい破片となって、周囲にバラバラにぶち撒かれる。
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『ふんっ、さすがに『守護する者』……ただの犬という訳ではなさそうだな。ふふっ、いや、地の精霊の従順な狂犬だったか?』
死神リーザは口元を歪に曲げ、ニヤッと笑みを溢した。
『大地は囲まれた黒いアンデッドの大群。ならば次、これならばどうする? 駄犬めが──』
死神は再度天に大鎌を振り上げる。
『出よ! 我が眷族、我が忠実なる僕よ!──使い魔召喚!!』
死神の声に応じ、晴れた空に空間の歪みがバチッバチッと音を立てながら現れる。
そしてパックリと割れた空間に暗黒の隙間が出現した。
そこから、背に蝙蝠の様な翼を生やした人型の魔物。ガーゴイルの大群。
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『ふふっ、大地には群れるアンデッドの集団。この状況下。こやつらを今から駄犬。貴様の元へと差し向けてやるぞ! ふははははははっ!』
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──ヒュンッヒュンッヒュンッ
辺りに響き渡る剣の斬撃音と、周囲に飛散するアンデットの残骸。
繰り返される状況の中。先程の死神の言葉に何の反応も示さず、虚ろと感じる無表情のまま、ずっと黒いアンデッド達をバラバラに切り砕くテラマテル。
やがて、彼女の元にガーゴイルの群れが辿り着き現れ、囲んだ黒いアンデッドと同時に、空中からの強襲を敢行してきた。
──ヒュンッ
右腕の斬撃は止める事なく、再び彼女の小さな口がボソッと動く。
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「左腕擬態化──魔弾連続射出銃」
再び今度は彼女の左腕が、前回と同様。縦に割れ、閃光を伴いながらの変形の過程を完了させる。
次に顕となったのは、先端に穴が開いた複数の筒状の物が連なり、束となった形状──
今の世界ではおそらく見る機会など、ほとんど皆無で言っていいであろう不思議な形状の左腕となっていた。
何やら平たい帯状の物。または細い管が何重にも折り重なっている様な箇所も確認できる。
おそらくは異なる世界の物。あるいは忘れ去られた異なる文明の産物──超高化学技術──
とにかく、全くこの世界では未曾有となる、摩訶不思議な外観だった。
彼女は、左右交互に振り抜く右腕の剣撃もそのままに、続けて小さく口を動かす。
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「使い魔に有効な属性は『火』、これにより魔弾の属性を決定。魔弾『火球』の装填を要望──」
そして左腕の穴が開いた先端を、空から襲い掛かるガーゴイル達に向けた。
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「ママ。装填を確認──只今より掃射を開始する」
カコンッ──
!DO──GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!!!
──グッギャ!
──ギャピッ
─ギャッ─
─ガッ─
ピッ──
─ッ──
───
!──DAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!!!
凄まじい爆音が炸裂し、左腕の先端から絶え間なく連続で魔法、火球が空中から飛来するガーゴイルの大群に向けて、射出──容赦のない横殴りの炎の豪雨となって、空飛ぶ黒い魔物達にぶち撒けられる。
!──DAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!!!
射出の度に、僅かに震動するテラマテルの左腕。
その腕の後方からは、まるで撃ち捨てられる様に射出の数だけ、次々に浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消えを繰り返す、超小型の赤い魔法陣。
やがて、空を飛ぶ黒い影は残らず全て細かい肉片と血塊とされ、辺りの地面に飛散し、まるで降り注ぐ雹の様にバラバラに転がるのだった。
それを確認したテラマテルは、天空に向けていた左腕の先端を、地上に群がる黒いアンデットへと向けた。
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!DO──GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!!!
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一気にバラバラとなって飛散していくアンデッド達。
そんな光景を忌々しく見つめる黒い死神──リーザ。
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『おのれ! 地の精霊『守護する者』テラマテル。げに得体の知れぬ……黒の御君よりお聞きしてはいたが、まさかこれ程とは……アノニム様の仰る通りにあやつは、真に─“生命在らざる存在”─なのか?』
そう考えながら目をやると、もう既にテラマテルに向けて放った“黒い兵士”達はガーゴイルも含め、ほぼ全滅しようとしていた。
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『ぐぬっ! ならば我が直接、あやつの力、正体を見極めるまでよ──さあ我と共に参るぞ! 三体の黒き独眼鬼共よ!』
その声に応じ、死神の後方に控えていた三体の5メートルを超える巨人が動き出した。
独眼鬼。通常の者とはかなり形状が異なるが──
一体につき、頭や手など複数見受けられる、まさにおぞましい異形となる形状。だが言われてみれば、目に当たる眼球は、三体共に首元にひとつだけあるのみだった。
本来ならば、独眼鬼と呼ばれる存在は、頭ひとつに単眼の巨人の筈であったが、これ程異形の者となってしまっているのは、彼らもまた黒い兵士として創り出された存在なのだろう。
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!──DAGAGAGAGAGAGA!──TARARA──
「──?」
目前の敵を全て掃討させたテラマテルは、ふと何か別の気配に感付き、左腕の火球魔弾の射出を一旦中断する。
そんな時。こちらへ走り寄ってくる三体の黒い巨人が、列を成して迫ってくるのが確認できた。
テラマテルは躊躇なく巨人へと左腕の先端を向け、火球魔弾の射撃を再開する。
!DO──GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGA!!
──ゴルルアアアァァァーーッ!
───
「──!?」
!──DGAGAGAGAGA─TARARA──
彼女は左腕の射撃を再び中断した。
それというのも、5メートルを超える巨人共が大きな黒い肉壁となり、どれだけ魔弾を喰らって自らの身体が傷付こうとも、突進を止めようとしなかったからだ。
どうやら、一番最後尾に例の標的、リーザ・ラチェットという名の少女の身体も確認できる。
このまま火球の魔弾を撃ち続けても、ここに辿り着くまでは二体は倒せるだろうが、三体となるとおそらく無理が生じる可能性は否めない。
黒い巨人、サイクロプスを肉の盾とし、最終的にはこちらに残った巨人の力と合わせて複数の接近戦を試みる。
成る程。全てはリーザ。今は死神となった黒い化け物の計算通りだった訳である。
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テラマテルは左腕の先端を一度引っ込める。
「左腕擬態化、形態変換──魔擲弾発射器」
再び彼女の口から小さく言葉が漏れるのと同時に、前回と同様の過程を経て、テラマテルの左腕が再び形状を変化させる。
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彼女の今の左腕は、前の複数の束となった筒状の先端の物から、数はひとつとなってはいたが、その代わり一際大きな大筒の先端と変化していた。
他も色々と形状は変わったが、比較的形状がシンプルで、かつ一回り小型化していた。
テラマテルは直ぐ様口を動かす。
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「今回の標的の破壊は、爆破の手段が最も有効と分析、判断。よって『大爆発』の魔擲弾の装填を要望──」
そして次に、彼女はゆっくりと向かってくる黒い巨人に向けて大筒となった左腕を上げた。
「ママ、装填を確認。魔擲弾射出する」
──キュコンッ
Pashu~tsu!!
テラマテルの左腕から何かが射出され、同時に赤い魔法陣が背後に煌めく。そしてひとつのそれは、煙の尾を引きながら巨人達に向かって飛翔していった。
やがて標的との距離が零となり、何かに着弾する。
そしてそれは、激しい爆音を伴っての大爆発となった。
立ち込める煙の中。前方を確認すれば、三体の内。一体のサイクロプスの上半身半分以上が吹き飛び、身体を大きく欠損させている姿が確認できる。
テラマテルはそれに一瞥を送ると、巨人達の後方にいるリーザだった死神の姿を確認した。
無傷なそれを、自らの視覚で認識する彼女。
「先程の解析が有効であった事実を確認。残存敵殲滅に、後3発の『大爆発』
魔擲弾が必要と判断。よって連続装填を要望──」
爆発による煙で悪くなった視界が若干弱まる中。彼女は再び敵へと左腕の先端を向けた。
「ママ、装填を確認。第2射射出──」
──キュコンッ
Pashu~tsu!!
テラマテルは前方を確認する事なく、立て続けに先程の物を射出させる。
「ママ、装填を確認。第3射射出──」
──キュコンッ
Pashu~tsu!!
「ママ、装填を確認。第4射射出──」
──キュコンッ
Pashu~tsu!!
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連続で射出された三発の弾が、立て続けに三連続の大爆発を起こす。
立ち込める凄まじい爆音と爆煙の中。視界は限りなくゼロに近く、全く確認する事ができないが、おそらく全弾黒い巨人に命中した事だろう。
「ママ、これより標的確認の為。戦闘状態を保ちつつ、状況把握及び捜索行動に入る──」
テラマテルはそう呟き、立ち込める爆煙の中。前へ進もうと一歩踏み出した。
その時──
──ズガッ!
不意討ちとなる突撃に、テラマテルの小さな身体の両肩が何者かの手によって鷲掴みにされ、地面に叩き付けられる様に、ダンッと押し倒された。
『ふふっ、殺ったぞ! 我の勝利だ。テラマテル! この不気味な精霊の狂犬めが!!』
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地面に仰向けにねじ伏せられた少女テラマテルに、馬乗りとなって声を上げる死神の少女リーザ。
一方、勝ち誇る死神の少女のそんな姿に、表情を全く変えもせず、ただ見上げる澄んだ黄緑色の瞳──
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「そう──うん。そろそろ終りにする。ママ──」




