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一心同体の魔人 ─魔剣と少女、Duoが奏でる冒険譚─  作者: Ayuwan
8章 地の精霊編 彷徨のマリオネット
168/216

166話 天星と添い星

よろしくお願い致します。


 ─────  

                  


 ヒューヒューと、通常ではない異音が混じった様な呼吸音。


 それだけが部屋の中で、ずっと静かな音となって響いていた。


 ───


 ここはロッズ・デイク“自治国”


 その名の通り、この世界ミーストリア大陸に於いて唯一、王を戴く事のない国民の代表者達が組織する議会──“評議会”が行政を執り行う。


 即ち、国民自身が国を治める“民主主義”となる国家である。


 そこに地の大精霊が住まうとされる、迷いの森によって隠匿された未開の地。


 “桃源郷(ザナドゥ)”とも呼称されている大きな樹海があった。


 その付近にあるバラキア山脈のひとつで、コロッコ山と呼ばれる山の麓に、街から遠く離れた小さな農村の集落──


 コロッコ山のロロル村。


 そこにあるひとつの館の一室。


 穏やかな日の光が差し込む部屋の中に、小さな子供がベットの上に仰向けに寝かされていた。


「ヒューヒュー」


 部屋の気温は比較的暖かく感じられたので、その身体には胸元の下から腰の辺りまで薄手のタオルケットが掛けられているだけだった。


「ヒューヒュー」


 ずっと、その子供の口から風を切るような、呼吸難に陥っているのかとも取れる吐息だけが漏れている。


 小さな子供というだけで、性別までは判断ができなかった。


 というのもその子供の頭は、白い包帯で僅かな鼻と口元だけを残し、ぐるぐる巻きにされていたからだ。


「ヒューヒュー」


 そして少し気味の悪い事に、そのぐるぐる巻きにされた頭部は歪にゆがんでいた。


 どうやら大きく頭部を欠損している様だ。


 身体は細く痩せ細ってはいるが、白い簡素な肩紐のワンピースの様な着衣を着せられているので、おそらくは少女なのだろう。


「ヒューヒュー」


 感じるに、意識もないのだろう。


 当の本人は苦しいと感じてはいないだろうが、他者からはそう感じ取れる呼吸音だけが、静寂な部屋の中。一定のリズムでずっと続けられていた。


 ──ガチャリ

 

 そんな静かな空間の中で、不意に部屋のノブが回る音が響き、ドアがゆっくりと開かれる。


「おお、すまんすまん。今買い物から帰ったのでな、お腹が減っただろう? 直ぐに食事の用意をするでな、イオや……」


 そうしわがれた声で言葉を発しながら、ひとりの老婆が部屋の中に入ってきたのだった。


「ヒューヒュー」


「おお、そうかそうか……」


 老婆はバタンとドアを閉めると、背負っていた買い物の鞄を降ろし、少女の横たわるベットの元に近付く。


 そして腰を落とした。


 次にそっと少女の身体を起こし、自身にもたれ掛かる様に腕の中へと抱き寄せる。


「そうじゃったな、まずは寂しい思いをさせてすまなんだ。ババはここにおるでのう……イオや」


「ヒュー、ヒュー」


 返事の代わりに、変わらずの呼吸音だけが応じる。


「………」


 やがて老婆はイオと呼んだおそらくは少女を、ベッドの上へと再び仰向けに寝かせた。


 そしてタオルケットを身体に掛ける。


「それじゃあ、イオ。しばらく待っておいでな……」


 やさしく一度頭を撫でた後。再びバタンッと音を立て、老婆は部屋から出て行くのであった。




 ─────




 ──ポタッ……。


「ヒュー、ヒュー」


 ポタッポタッ……。


「ヒュー、ヒュー……ヒ……ュー……スゥー、スゥー」


 ……ポタッポタッポタッ……。


「……スゥー、スゥー」


 ベッドの上で、再び老婆によって上半身を預ける様にして抱き寄せられた、イオと呼ばれた少女。


 その包帯で覆われた口から発せられる、苦しいと感じさせた呼吸音が、比較的穏やかな呼吸音へと変わる。


 老婆は空いた方の手で、抱き寄せたイオの頭から頬へと手を添え、やさしく撫でる様に往復させていた。


 ───


「あの子が段取りしてくれた今回の女魔導士な。どこか浮世離れして、掘り返した死体で人体実験を繰り返す、噂に違わぬかなりの変人の様じゃったが、さすがに豊富な知識と膨大な魔力(マナ)の持ち主じゃったよ」


「スゥー、スゥー」


 静かな部屋の中で、イオの呼吸音と老婆の言葉だけが音として聞こえてくる。


「名は語ってはくれなかったがのう……遠い昔に、彼女にとっては唯一の大切と思える存在──自分の肉親……はて? 親だったか、兄だったか、それとも弟だったかの?……とにかく、それを何とか甦らしたくて、狂った様に検分や実験を繰り返し行ってるようじゃな……黒髪の互い違いの瞳をした綺麗な娘じゃった……」


 老婆はまるで遠い昔話を思い出すかの様に、少し天井を見上げながら話していた。


「垣間見える寂し気な面持ち……本来ならば心やさしい娘なのじゃろうて……じゃが、今はその事で頭がいっぱいなのじゃろう……」


「スゥー、スゥー」


「馬鹿な娘よのう……その行為なるものが、如何な愚かで無駄な所業だと未だ気付かないとは……あれ程の膨大な魔力(マナ)を内に秘めておきながら全く勿体ない事じゃて……彼女の程の者ならば、後世に名を残す大魔導士にもなれるというものを……はぁ~、勿体ない勿体ない……」


 ポタッポタッ……。


「スゥー、スゥー」


「彼女もいずれは自身の愚かさに気付くだろうて……まあ、その時に─“今の世界があれば”─良いのじゃがのう……」


 老婆に抱き寄せられたイオの細い右手首には、頭と同じ様な白い包帯が巻かれ、その中に細長い管の様な物が突き刺さる様にして差し込まれているのが確認できる。


 ポタッポタッ……。


 断続的な音が一定のタイミングで続き、その管の先を追っていくと、ベッドの脇に背の高い三脚の燭台の様な物が立っていた。


 細い管はその燭台の上に取り付けられている、逆さにしたフラスコの様な瓶に繋がれていた。


 ポタッポタッ……。


 瓶の中には無色透明だが、まるで蠢く様に感じる小さな気泡を、いくつも発生させている液体が入っているのが確認できる。


「どうじゃ、今日の食事は具合が良かろう? 今回の女魔導士折り入っての願いに、あの子が用意したとびっきり新鮮な人間の体液から生成したものじゃからな……」


 老婆は目を閉じたまま表情を変えず、管と繋がれた壊れた少女イオ。そんな彼女の頭と頬をずっとやさしく撫で続けていた。


「スゥー、スゥー」


「……おおっ、そうじゃそうじゃ、心配せずともよい。あの子が女魔導士に引き渡した新鮮な人の身体は、罪を犯した人間。いわゆる咎人と呼ばれる存在じゃ……イオや、お前が気に病む様な事は一切ないのでのう……」


 ポタッポタッ……。


「スゥー、スゥー」


「──目には目を、歯には歯を、生命を奪った者には死を──いくらその行為にどんな理由があろうとも……行った者がどんな善人であろうとも、死には死を以て報わねばならんのじゃから……」


 ポタッポタッ……。


「スゥー、スゥー」


 老婆はイオを撫で続ける。


「それが『守護する者』を担う者の使命なのじゃからのう……そしてそんな罪を負った人の命によって、イオ。お前はあの子によって生かされ、そして今も肉体は存在し続けている訳じゃ……」


 ポタッポタッ……。


「スゥー、スゥー」


 そこまで話し終えると、老婆は撫でていた手をピタッと止め、不意に窓の外の空へと、遠く眺めるような視線を送るのだった。


「スゥー、スゥー」


イオ(添い星)や……お前の育ての母、『守護する者』テラマテル(天星)は、今頃何処で何をしておるのじゃろうな……」


 老婆は窓の外の空を見上げながら、再びイオの頭と頬をやさしくいたわる様に撫で始める。


「スゥー、スゥー」


「……そうじゃな……きっと、テラはテラ自身の母様(地の大精霊)……その為に今も行動してるのじゃろうて……」


 老婆は視線をイオへと戻す。


 そしてしわがれた顔に、クシャっと笑みの表情を浮かべた。


「それがテラ……いや、“創造された存在”、そんなあの子の『存在意義』なのじゃから……」


 老婆はイオににこやかな笑みを浮かべながら、ずっと慈しむ様に撫で続ける。


「さあ、テラが帰ってくるまで、ババがずっとこうやって撫で続けてあげるでな。寂しがらくてもよいて……“滅びの時”。それに至るまで、まだ幾ばくかは時間はある筈じゃからのう──」


「スゥー、スゥー」


 老婆はそう言っておもむろに顔を上に向ける。


 その目には、まだ半分以上、泡を発生させる無色透明の液体が入ったフラスコが映るのだった。




 ─────




 イオ(添い星)は眠り続ける。


 そう、例えテラマテル(天星)が帰ってこようとも……。


 ──イオ。


 彼女の存在はとうの昔に脳を大きく欠損させて、既に“存在しない者”なのだから──


 抜け殻となった歪な頭の少女は、時を永遠に眠り続ける。


 そして二度と目覚める事はないのだろう。


  否──目覚めるのは不可能な事であった。


 それは、さながら糸の切れた操り人形(マリオット)の様に──


 添い星は永遠に眠り続け、天星は永久に流離(さすら)い続ける。


 ふたつの星が交える事は悠久にないのだ。




 ─────




 ──スゥー、スゥー……



 『───』




 ─────





 ──『……ママ(地の大精霊)……』──




 ──テラ。ココロが欲しい──



 ──よ……──







                   ◇◇◇







 ──ズブリッ──


 ───


「かはっ──……ば、馬鹿な!……リーザ、な……何故、何故お前がっ……!」


 肉を裂く鈍い音が、オーラント商工会。立館前で響く。


「あなたぁっ! あなたあああぁぁぁーーっ!!」


「ぐっ──く、くるなっ! アンナっ!!」


 ───


 傭兵達に守られ、後方に下がっていたドレス姿の貴婦人が、手を伸ばしながら必死になって、今も駆け出そうとしている。


 それを苦痛に耐えながら、大声で制止する革製の鎧を付けたひとりの男。


 そう、胸に剣をたった今突き立てられた、この館の当主でもあるドルマン・ラチェットだった。


 彼の胸に剣を突き立てていたのは、まだ年端もいかない金髪の少女だった。


「……な、何故だ? 何故お前が!?……リーザっ!!──が、がはっ!」


 比較的軽装な装備の華奢な少女が、その声に反応するかの様に、自身で突き立てた剣をザシュッと引き抜いた。


「ぐっ──ぐはっっ!!」


 剣を抜かれ、口から鮮血を溢れさせながら、後ろにもんどりをうつ──ドルマン・ラチェット。


 そして美しい長い金髪を振り乱しながら、無表情で全く生気のない瞳の視線を男に向ける、実質彼のひとり娘である──リーザ・ラチェット。




 ─────




 この場所はロッズ・デイク自治国。


 その首都であるインテラルラ領内、オーラント商工会。立館門前で起こった事件であった──







                   ◇◇◇





 数刻前──


 ──オーラント商工会立館内中庭。


「せいっ!」


 軽装備を施した少女が、木製の剣を気合いの声と共に振り下ろす。


「せやっ!!」


 そんな彼女の元へと、ひとりの紳士が近付いて行った。


「やあ、おはよう。リーザ。朝から精がでるね」


 その声に、木剣の素振をしていた少女が振り返る。


 そしてニッコリと満面の笑顔を浮かべた。


「おっはよーーっ! お父さんっ!!」


 まるで尻尾を振る子犬の様な勢いで、父ドルマンに飛び付こうと駆け出す金髪の可愛らしい少女剣士、リーザ。


 その顔を塞ぐ様にポフンッと、タオルが投げ掛けられた。


「──むふっ!……って、一体何なのよう! お父さんっ!!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ我が娘に、ドルマンはふふっと、やさし気な笑みを溢す。


「ふふんっ、精が出るのはいいが、もうそれくらいにしておけ。リーザ。既に汗でびっしょりじゃないか? 俺を守ってくれるつもりなんだろう? その前に風邪にでもなって倒れられてでもしたら、俺が母さん、アンナに申し訳つかないからな? ほら、ひと休みにしろ。冷たい物ここに置いとくぞ?」


 タオルを頭に被った少女。リーザが一瞬キョトンとしたが、その言葉を聞くと同時に、地面に置かれた果樹ジュースに軽く一瞥を送ると、突然ガシガシッと頭をタオルで乱雑に拭い、最早ジュースには目もくれず、もう一度、父ドルマンに向かい突撃敢行を試みる。


「むっふっふっふっ──おっ父っさあぁぁ~~んっ!!」


 無邪気に飛び込んでくる我が娘を、今度は素直に受け止めるドルマン。


「全く、しょうがないやつだな。このおてんばめっ! ははははっ!」


「お父さんっ! だ~~いっ丈夫っっ!! 今回の商工大議会のお父さんの警護は、このあたし。勇敢な女剣士リーザが引き受けるからっ!……って、たはっ、自分で勇敢って言っちゃってるし……にししっ」


 ドルマンはリーザの頭をやさしく撫でながら答える。


「ふふっ、まだ15歳の小娘が何を偉そうに……まあ、でも嬉しいよ、リーザ。その時はよろしく頼む。まあ、このロッズ・デイク自治国は他国と違い、戦争などという騒乱とは縁のない優れた治安が自慢の国だ。なので、その治安に於いて、今まで商工大議会でただの一度たりとも騒乱なく、平和的、平等的に議会が執り行われてきた。“厳粛な治安”が、唯一無二の自負となる我が共和国なのだからな。まあ、今回も必要ないとは思うよ」


 その言葉に、リーザは不満そうにぷく~っと頬を膨らませた。


「またまたそう言ってはぐらかそうとするっ! あたし、今回は絶対に誤魔化されないからね? お父さんはあたしが守るんだからっ! なんたって勇敢な剣士なんだからね!……って、また言っちゃった……」


 そう言って胸を後ろに仰け反らす我が娘に、ドルマンは満足気な笑みを溢しながら、リーザの肩をポンポンッと二度軽く叩いた。


「分かった分かった。では、うら若き勇敢なる女剣士。リーザ・ラチェットよ! そなたにオーラント商工会長ドルマン・ラチェット警護の任を命ずる! 大いに励め! 我が愛らしきおてんば姫、リーザ殿!……はははははっ──」


 それを受け、背筋をシャンと伸ばして、ビシッと敬礼をする金髪の少女。


「はいっ! ありがたく承りました! オーラント商工会長ドルマン・ラチェットの警護は、この“勇敢なる剣士”リーザ・ラチェットにお任せあれ……って──お父さん! 後半、それってどうなのよ!……もう……くすっ、ふふっ、あははははっ!!」


 そしてドルマンもつられて笑い出す。


「「あはははははっ!!」」


 ドルマン、リーザ。ふたりのラチェット家の父娘。その笑い声が少しの間、この中庭の空間で続くのだった。







                   ◇◇◇






「!! い、嫌ああぁぁぁーーっ!──あなたあっ! あなたあああぁぁぁーーっっ!!」


 朦朧とする意識──ドルマンの耳に、自らの妻アンナの悲痛な声だけが耳に届いてくる。


 そんな彼は、消え去ろうという己の命。その最中、心の中で我が娘に疑問となる言葉を訴え掛けていた。


 ───


(……リーザ……何故……一体……何故……だ……?)




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