165話 ──アリガトウ─
よろしくお願い致します。
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あの騒動があった現場から、男達を引きづり連れ去った俺とテラは、路地裏にある廃墟となっていたひとつの建物を見つけ、その中へと入って行った。
今、俺達の目の前にあるのは、盗んだ盗品を全て差し出し、魔剣の例の黒い紐によって三人。背中合わせにぐるぐる巻きに縛り上げられ、へたり込んでるホビットクロウ。残りの三人組の姿だ。
そしてその差し出された盗品を、現在。ガサガサと物色中の可愛らしい小動物……っと……おっと──コホンッ、失礼……もとい、テラ。
ポイポイッと、宝石の指輪やネックレス。または貴金属などの装飾品を、大きなおさげを揺らしながら後方へと次々に投げ捨てるツインテールの女の子。
そんな実に子供っぽくて可愛いと感じる彼女の後ろ姿。
やがて──
「でお、あった。テラの探し物──」
そう言いながら、普通ならすごく喜ぶとか、興奮するっていう場面なのだが、テラは振り返り、やはり無表情と感じる顔を俺に向けながら、何かを持った自分の右腕を振り上げた。
キラリと光る彼女の握る右手から吊らされている物。
盗られたと考えられた物は、女魔法使いの紹介状だって聞いていたので、てっきりそれは、例えばくるまれた羊皮紙とか、もしくは筒状の入れ物に入れられた様な物を想像していたのだが、全く予想に反し、細い鎖状の物を付けられた不思議な色の輝きを放つ─“鍵”─の様だった。
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……自分自身の髪をあんな風に自由自在に扱って活用できるとか、女魔法使いなんかと、どんな形にしろ関わりを持つという点だって……よくよく考えてみたらテラっていう子は、見た目は普通の可愛らしい女の子なのに、一体どういう存在の子なんだ?
それに紹介状って言ったら、普通はそんなもんじゃないでしょっ──!?
「これは女魔法使い。見えない扉、その魔法の錠前を開く鍵。だからこれが紹介状」
「……??」
まるで俺の考えを見抜く様にそう言いながら、手にぶら下げた不思議な色の鍵を、玩具を取り戻した無邪気な子供の様に、テラがぐるんぐるんと振り回していた。
そんな愛らしい姿を見ていると、思わず力が抜け、このテラって言う女の子が、最早どういう子だって別に構わないって気持ちになってくる。
──だって、この世界は広い。
未知なる物があるってからこそ、それを知る為の行為──
即ち、“冒険”っていう物が俺にとっては、何よりも変えがたい最高のもんなんだって、やっぱりそう思えるんだからさ──
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『テラ……ホントに不思議な子だよね?……で、アル。これからどうする?』
『うん……』
取りあえず、そうだな……また……アレだな……。
「──暗闇の蜘蛛の巣」
「──ひっ! な、なんだっ、これはっ!!」
「ひいぃぃーーっ! うっ、うっわああぁぁぁーーっ!!」
「たっ、助けてくれえぇぇーーっ!」
前回と同様、ほぼ同じパターンとなる悲鳴の声を上げながら、俺の黒い蜘蛛の糸の魔法によって、ホビットクロウの奴らが、盗んだ盗品ごとがんじがらめとなって宙に吊るされる。
やがて、その中のインテリ野郎が命乞いの悲鳴を上げてきた。
「……た、頼む! 命だけは……命だけは助けてくれっ!!」
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まあ、元々命まで奪うつもりは全くなかったし、そもそもそんな行為は逆に言うと、俺にとってはとんでもない事になる訳で。
こちらとしても最初から更々そんな事は全く考えてはいなかったが、一応テラに問い掛けてみた。
「だってさ。テラ、どうするよ?」
すると、彼女は振り回していた鍵をピタッと止め、次に自分の首元にネックレスの要領で取り付ける。
そして相変わらずの無表情で、澄んだ黄緑色の瞳を吊るされた男達の方に向けた。
「罪を犯した者は、その罪を償って貰う──」
テラの小さな口から、ボソッと言葉が呟かれる。
「目には目を。歯には歯を。盗みには──盗られた物が帰ってきたら、テラはもうそれでいい」
「テラ?」
俺の問う声に、テラはチラリとこちらを向く。
「この人達の事は、もうどうでもいい。でおの好きすればいい」
……ふ~ん……盗みは罪だが、盗られた物が帰ってきたのなら、彼女にとったらその“罪”は、もうどうだっていいって言うのか?
「テラはやさしいんだな……」
『そうだね。とってもいい子……』
その俺の声に反応し、テラがヒョコッと首を横に傾げた。
「やさしい──テラ、それよく分からない」
大きなふたつのおさげが垂れ下がり、先端がフワリと地面に着く。
そんな仕草もとても愛らしい。
「まあ、テラがそれでいいって言うんなら、私も別にこれでいいよ」
俺は宙に吊らされた男達に向かって声を上げた。
「聞いた通りだ。私達はこれからこの場から去る。勿論この状態のままでな? なに、心配しなくても自治国の公安組織みたいな所に、一応連絡は入れといてやるよ。じゃないと誰にも見付けられず、このままお前らが餓死する可能性だってある訳だしな?」
「ぐぐっ……そ、そんな……」
衝撃でヒビが入った眼鏡を掛けたインテリ野郎に、俺は宣言する。
「見つけて貰って公の場で精々潔く裁いて貰うんだな! それと感謝しろよ。お前ら窃盗団ホビットクロウは、後で私が本拠地に乗り込んで壊滅し、一人残らずとっ捕まえて、後でお前達と裁きの場で感激の対面ってやつを体験させてやるからさ! それまで精々達者でな~~っ!」
俺は振り返り、手のひらをひらひらと振ってみせた。
「……そ、そんな殺生なあぁぁーーっ!!」
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そしてテラに手を差し出す。
「さあ、行こうか。テラ」
ツインテールの無表情な女の子は、その手を両手で掴んできた。
「うん。でお──」
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やがて手を繋いだ俺達は、最初にあいつらと出会った場所のベンチの所まで戻り、俺は「ふぅ~」と、一息を着いた後でそこに腰掛けた。
それに合わせる様に、テラがチョコンッと隣に腰掛ける。
そんな彼女の顔は、再びフードを目深に被る事によって隠され、同時に印象的だった長いツインテールの髪もコートの中となって、最早全く目にする事はできなくなっていた。
やはり素性を隠しているのだろう。だから、彼女に関しては、もうこれ以上。深く追求するつもりはない。
俺とノエル。デュオ・エタニティも同じ様なもんだしな。
だけど、どうしても気になる点があった。
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「テラ。君はひたすらにその盗られた物。女魔法使いの紹介状だっけ? それを探そうとしていた。女魔法使いの紹介状。それはつまりそれと会うって事だよな? それは君とって、とても大事な事なんだ?」
その言葉に、フードに覆われた小さな頭がこちらに向けられる。
「うん。女魔法使いに会う事、とても大事。イオの『食事』を作って貰わないといけない。だから──」
「食事?」
「うん。『食事』、それがないとイオは生きていけない。だから絶対に必要」
その返事に、俺は思わず微かな笑顔となってしまう。
「そっか。イオって子はテラにとって、すごく大切な人なんだな?」
「うん。イオは大切なコ。だって、テラのたったひとりの“トモダチ”だから──」
……テラ。
『テラちゃん……』
俺は自分の手を、フードに覆われた彼女の頭に優しく乗せる。
「そうなんだな。だけど、イオって子だけじゃないだろ? “トモダチ”──さっき一緒に空を飛んだ時。君は私にもそう言ってくれたじゃないか? “私達”デュオもテラの友達だよ」
俺が手を乗せたテラの頭。
そのフードの奥で僅かに見れる澄んだ黄緑色の瞳が、一瞬だけ揺らいだ様に感じた。
「“トモダチ”──でおもテラのトモダチになってくれる?」
「ああ、そう言ったじゃないか。イオという子にはまだ会ってはないけど、私達はその件に関して知り合い、そして深く関わった。だから、もう私とテラ。そしてイオって子も含め、私達三人は既に“友達”だよ──」
『……アル……』
ノエルの漏らす声を確認する中。再びフードの奥のテラの瞳が大きく揺らいだ様な気がした。
「──こういう時、言う言葉。何だった? テラ忘れた。でお、知ってるなら教えて欲しい」
「ああ、それは──」
俺はテラに乗せた手で、彼女の頭を優しく撫でる。
「きっと、─“ありがとう”─だよ」
「そうか。だったら、でお──」
テラは自分の頭を撫でている俺の目を見つめてくる。
「──“アリガトウ”──」
「テラ……」
『テラちゃん……』
フードの奥で僅かに確認できる表情。
確かに相変わらずの無表情だったが、何故だかその時だけ、俺とノエル。俺達デュオの目には、彼女がニコッと笑みを溢した様に感じたのだった。
───
やがて──
「──了解、分かった。ママ──」
……えっ?
不意にテラの口から意味不明の言葉が漏れ、同時に彼女はベンチから立ち上がった。
「テラ。一体どうしたんだ?」
俺の問い掛けに、彼女は答える。
「“ママ”からの要請を受けた。まず女魔法使いの元に向かい、テラはそれから早急に向かわなければならない。だから、もうでおと一緒にいられない」
突然の訳の分からないテラの発言に、俺は一瞬頭が錯乱する。
そんな俺に、彼女は言葉を発してきた。
「だけど、テラ。またでおと会いたい──また会える?」
変わらず感情の籠ってない棒読みの言葉。
だけど、その“言葉”がおそらく彼女の今の気持ち。だったら──
「ああ、私達とテラは“友達”だ! そう思える気持ちが絆になる。だから、それがある限り。私達は離れても、いつかまた会えるよ」
「分かった。また会おう。でお──」
「ああ、必ず会おう。テラ──」
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テラが去ってから、いくらくらい時間が経ったのだろう。
しばらくの間、俺達はベンチに腰掛けたまましばらくボーッとしていたのだった。
やがて──
『……そろそろ行こっか、アル。まだ預けている荷物の事は後にして、取りあえずはレオンさんに頼まれている聴き込みの件を進めなくっちゃ』
……おっと、確かにそうだったな。いかんいかん。やるべき事をちゃんとやっとかなきゃ──
しっかりしろよ。俺!
『すまん、ノエル。少しボーッとしてた。それじゃ聴き込み開始としますかっ!』
俺はベンチに掛けたまま両手を組み、大きく伸びをした。
『おーーっ!!』
そして伸びを戻すのと同時に、ピョンッと勢いよく立ち上がる。
『それじゃ、アルと私、デュオ。ただ今より任務を開始!』
それに俺が、ふざけて声にして応じる。
「おうっ!──えっへんっ!!」
腰に両手を当て、大きく胸を反らした。
『ああっ! ひっどーーっいっ! それ、私のセリ───』
「──ノーちゃんっ!!」
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突然、ノエルの念話の声の腰を折る様に、俺の後方で若い女性の声が響き渡った。
「ノ……ノー……ちゃん……??」
俺は思わず呟きながら、振り向いた。
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そこには驚いた様相の表情を浮かべ、涙を滲ませた女性の姿が映るのだった。
次に続いて頭の中に響いてくる、ノエルの震えた声──
───
『え?……ルッカ姉……さんっ──!?』




