164話 空飛ぶ妖精
よろしくお願い致します。
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盗られた自分の大切な物を、今の今まで懸命になって探していた小さな女の子──
そんなテラがボーッと立ち、こちらへと振り向いてきた。
「でお。この中に女魔法使いの紹介状ない」
「なんだって!」
俺は地面に転がる俺達をキッと睨み付けた。
「おいっ、お前ら。この子から盗った物はどこへやった? 多分、書状みたいなやつだよっ!」
転がるひとりの男が、大声を張り上げる。
「知らん! 俺達は知らねぇよ! さっき差し出しただろ? 俺達の盗った物はそれで全部なんだ!」
「だったら、なんでこの子が盗られた物がねぇーんだよっ!」
俺が少しムキになって怒鳴ると、男は短く悲鳴を上げた。
「──ひっ!!……た、多分、別れたもう三人組だよ。ほ、ほら俺ら六人いただろ?……俺達、盗賊団ホビットクロウは犯行後、逃避する時。必ず分散するんだ……そ、その例え仮に捕まったとしても、獲物の半分は確実に持ち帰れる様にさ……ほ、ほら、盗賊の掟とか心得っていうやつさ。わ、分かるだろ……?」
「分っかんねーーよっ! つまり、俺達はお前らに出し抜かれたって訳かよっ!」
「ひいぃーーっ! ど、怒鳴んないでっ!」
ふと横を見ると呆然と立っているテラの姿が……。
「テラの探し物ない。イオ──」
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くっそーっ! そういえば、確かにこいつらは六人組だったな。
えぇいっ、こいつらの姿を感じ取ったあの時。もっと冷静に確認しとくべきだった。
この俺のバカちんめっ!
『で、これからアル。どうするの?』
『……うん』
そうだな……。
それじゃ──
魔剣、俺にもう一度力を貸してくれ──!!
─────
──Yes. My master
──ジジジッ─
──Confirm target
【標的を確認】
─────
──ありがとう──
『よしっ! 他の三人の居場所が分かった。今から追うぞ!!』
『こいつらはどうするの?』
う~ん、そうだな──
俺は地面に転がる三人に向けて、手を突き出した。
手のひらの先に浮かび上がる黒い魔法陣。
「──暗闇の蜘蛛の巣」
バチッバチッという音と共に、突き出された手のひらに黒い球体が浮かび上がる。
「ひ、ひいぃーーっ!!」
聞こえてくる男達の悲鳴。
そしてその瞬間。黒い玉から無数の黒い糸が発生し、地面に転がる俺達を、差し出した盗品ごと絡め取った。
次にそれを、まるで獲物を仕留めた蜘蛛の巣の様に地上から浮かし、ぐるぐる巻きにされた男達が宙に吊るされるのだった。
見た目は不気味だが、捕らえるだけの効能となる魔法ってだけで、特別害があるという訳ではない。
まあ、その代わり普通の人間では絶対に逃れる事はできないのだが……。
俺はパンパンッと払うように二度、手を打ち合わせた。
『こんなもんでどうだ?』
『さすが、アル。お見事ですっ!』
───
「──でお」
「テラ、行くぞ!」
声を掛けてくる女の子の手を掴み、俺はまた彼女を抱きかかえる。
「でお。テラのなくし物見つかる?」
「ああ、心配すんな。君の大切な物は、俺っ──私が必ず見つけ出す!」
そして魔剣が示してくれた残りの三人の居場所へと、俺達は駆け出した。
─────
「──って……おいおいおいおいっ! 一体どうなってんだよ! こりゃ……」
『何これ……人通りが人でいっぱい……っていうか、ギュウギュウじゃないっ! こんなんじゃ、子犬だって通り抜けられないよ! 何かのイベントでもやってんのかな?』
「……ちぃっ!」
「でお?」
思わず舌打ちをしてしまう俺に反応し、左腕で抱き抱えているテラが小さく俺の名を呼ぶ──
人混みでごった返している道のかなり先では、例の三人の後ろ姿があった。
その三人が立ち止まって振り返り、今の俺の姿を確認しているのが目に映る。
──そう……俺達は、またもまんまとやつらにしてやられたのだ。
───
あれから俺達は、窃盗団ホビットクロウ。残りのメンバー三人をいとも簡単に見つけ出す事ができた。
おそらくは、まさかここまで追っ手となる者が嗅ぎ付けてくる訳がないと油断していたのだろう。もしくは逃亡をふた手に分けるって方法が、今まで思いのほか功を成していたのか。
どちらにせよ、やつらを後一歩の所まで追い詰めたつもりだった。
最後に見た時、奴らが曲がり角を曲がったのを俺は確かに覚えている。
あまり時間を要せずに、すかさず、俺達が曲がり角を曲がった今のこの現状……。
───
直線上にして60から70メートルくらいだろうか?
とにかく路地裏の一本道となる場所で、まるで群れる蟻の大群の様に人が溢れ、辺りはごった返していた。
ノエルはイベントとか、何かとは言ってはいたが、ここは暗黒社会が成り立つ路地裏。
おそらくは年に数回程のヤバイ物でも取り扱う様な、そんな特別となる闇市でも開催しているのだろう。
そしてその人盛りの切れた先には、少し前に角を曲がった筈の三人の姿があった。
おそらくは、秘密の通路などを用いたのか?
もしくは、民間人に協力者がいるのか?
───
「くそっ! どうする? この人盛りじゃ、とてもじゃないが通り抜けれないぞ!─っていうか、掻き分けて進むって事もできそうにないっ!」
『アル──』
「でお。テラのなくし物。見つからない?」
………。
──くっそおおぉぉぉーーっ!!
───
悔しがる俺の目に、再び例の三人組の振り返っている姿が映った。
三人の中で、中央に位置する少しインテリ風の男が、掛けている眼鏡のフレームを指で押さえながら、「フッ」と鼻で笑い、勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべ、口元を歪にゆがめていた。
──ブチンッ
それを見た瞬間。俺の中で何かが音を立てて切れた。
俺はボソリと呟く。
「……ヤロー、絶対に逃がすかよ……」
そして前方のインテリ野郎を見据えたまま、抱きかかえていたテラを地面にゆっくりと降ろした。
「テラ。少しの間、ここで待ってて」
「でお──」
『ア、アル……なんか嫌な予感しかしないんだけど……』
───
テラを降ろした俺は、路地裏の両脇そびえ立つ背の高い三階建ての壁のひとつに、フラリと目をやった。
次にマントの下の背に付けたままの魔剣の触手を、壁へと向けて放った。
ビュンッ──ドガッ!
伸ばした触手の尖端が三階の壁に突き刺さる。
そしてそれを手繰った。
その行為により瞬間的に、そして半ば強制的に宙に浮かぶ身体。
次に空中で、反対側の斜め前方壁に向かって別の触手を打ち込む。
ビュンッ──ドガガッ!
そして先に突き立てた触手を戻すのと同時に、新たに突き刺した方の触手を手繰る。
それにより、俺の身体は空中にいながら、さらに前進した。
後はそれを繰り返すのみ!
ビュンッ──ズガッ!
ビュンッ──ドガガッ!
ビュンッ──ドガッ!
ビュンッ──ドガガッ!
───
『……す、すっごーーいっ、アル! まるで空中を飛んでるみたいっ!!』
そう、おれは今。空中で背中にある魔剣の触手を、左右の高い壁に連続で交互に打ち込み、手繰る事によって空中を、まるで振り子の様に移動していたのだった。
そんな俺の姿を見て、インテリ野郎の顔がひきつり、慌てて逃げ出そうとする。
「待てっ! 絶対に逃がすかよおぉぉーーっ!!」
『行っけえぇーっ、アル!!」
─────
「待って、でお。テラも行く──」
──ン───ガ
──ュンッ──ガッ
ヒュンッ──ズガッ!
ヒュンッ──ドガッ!
俺が打ち込み、触手が立てる一定のリズムとなる音と、限りなく近い音が、後ろから聞こえ、それはどんどん近くなってき、何かが迫ってくる。
ヒュンッ──ズガッ!
ヒュンッ──ドガガッ!
ヒュンッ──ズガッ!
やがて、それは俺を通り越した──
───
──ヒュンッ──ズガガッ──
──俺の目線の少し先行く者。
ベージュのコートで身を覆った女の子が、目深に被ってた筈のフードを外していた。
顕になるその後ろ姿。両耳の上で結った綺麗な翡翠色の髪の、信じられないくらいの長さとなるツインテール。
そんな女の子が、自分のおさげの髪をまるで生きている者の様に自由自在に扱っている。
そして俺の触手と同じ要領で、自身の長い髪のおさげの先端を、鋭い穂先の様に交互に壁に突き刺し、空を飛んでいたのだった。
彼女は飛びながら俺へと振り向く。
「キミ、テラと同じ。だから、でおとテラは──“トモダチ”──」
澄んだ黄緑色の瞳。
初めて見るテラのその顔は、感情を全く感じさせない無表情だったが、とても可愛らしく感じる女の子の顔だった。
そんな小さな女の子が、翡翠色の髪を靡かせながら、空を飛んでいる。
その姿は、まるで宙を舞う可憐な妖精さながらの様だった。
やがて──
──タンッ
「──!?」
逃げ出そうとしていたインテリ野郎を含むホビットクロウの三人組が、あまりの異常となる光景に思わず逃げる事すら忘れ、唖然として立ちすくむ男達の前に、空中から飛んできたテラがふわりと着地する。
「──ひいいぃぃーーっ!!」
悲鳴を上げ、男達は思い出したかの様に慌てて振り返り、この場から逃げ出そうと駆け出した。
その様子を眼下にした俺は──
ビュンッ──ドガガッ!
壁に触手が突き刺さり、それを手繰った俺は、更に壁を横蹴りに蹴り上げ、身体を捻った。
──ダンッ!
ピシッと音を立て、衝撃で地面に僅かな亀裂が走る──
逃げ出そうとする三人組の前に回り込み、行く手を阻む様にして、俺は地面に着地した。
「ひっ……ひいいぃぃーーっ!!」
俺とテラに前後から挟まれる形となった男達が、再び悲鳴を上げる。
「テラのなくしたの返せ」
「さあ、お前ら! 覚悟はできてんだろーなっ!?」
恐怖でそれぞれ地面に腰を抜かした三人組に、俺とテラが前後からジリジリと迫り寄る。
しかし、やっぱりこの人盛りだ。それに何よりさっき俺達がやらかした行為によって、最早今や群衆の注目の的。
よって俺は魔剣の触手を用いて、三人組の手足などを絡めとり、右腕の中にテラを抱きかかえ、奴達らを引きずりながら、俺達は一旦この場から一目散に退場するのだった。
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「そんじゃ、サイナラ~~っ!」
『どうもお騒がせしました~~っ!』
「──?? でお?」
……世間一般の方々の、まるで化け物を見た様な、唖然とした視線が何気に背中に突き刺さる……。
……ぐふっ。