163話 愛らしき同伴者
よろしくお願い致します。
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『まっ──ちょ……ちょっと待てっ! 落ち着けーーっ、落ち着けーーっ! これはどう考えたって、さっきの男達だよなっ!!』
『うんっ! 間違いないよっ! なくなったのは、あの人達が通り過ぎた後だもんっ!』
『よしっ! じゃあ早速後を追わなきゃ……って、いや……全然重くはないんだが、やっぱ荷物が全く以て邪魔だな。このままじゃ、狭い路地裏なんかに逃げ込まれたとしても、追い掛けようにも入れやしない……』
『それじゃ、アル。あそこなんてどう?』
ノエルの視線に映ってるという事は、即ち俺の目にも映っているという事だ。
俺は視界に入っている全ての情報を分析する。
結果。
『──そこかっ!』
俺は少し大きめの食事所となるレストランへと、大きな荷物を背負いながら猛ダッシュするのだった。
『大正解!』
───
中へと入った俺達は、店員に事情を話し、店長に出てきて貰った。
出てきたのは人柄の良さそうな小柄なおばちゃん。
「突然本当にすみません! 私。この街の冒険者宿、華山亭に宿泊している名をデュオ・エタニティと言う者です。先程物盗りに遭い、これからその後を追おうと考えてます。ですが、御覧の通りに大きな荷物を所持しており、追跡もままなりません。そこでお願いがあります。しばらくの間、私の荷物をこちらで預かってはくれないでしょうか? 勿論事が済み次第、ここに帰ってきた時はそれなりのお礼はさせて頂きますので。どうかよろしくお願い致しますっ!」
一気に捲し立てる俺の言葉に、店のおばちゃんは身じろぎひとつもなしに、ニコニコと笑みを溢していた。
「分かりました。責任を持ってお預かりします。がんばって、そのコソドロ共とやらをとっ捕まえておいで! デュオ・エタニティちゃん!」
「ありがとう。おばちゃんっ!」
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俺は今、ガーナハットの街。
その人通りの少ない路地裏を全力疾走していた。
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「身なりの良い六人組だって? そりゃあ、嬢ちゃん不運だったな。そいつらはこのガーナハットの街でも有名な窃盗団だ。知的な紳士を装って、高価な物や珍しい物だけを盗み取るタチの悪い悪党共さ」
「ああ、知ってる窃盗団ホビットクロウだろ? でも、多分もう手遅れだぜ。奴らは大荷物は絶対に狙わねぇ。宝石や小さな貴重品ばかりを標的としてるんだ」
「ホビットクロウ……勿論知ってるぜ。ここいら裏の世界に住まう人間達にとっちゃ、誰もが仲間に加えて貰いてぇ~って程の憧れちまう超有名人だからな。奴らは盗んだ物は待機してる仲間を通じて、とっとと街の外へと運び出し売り捌いちまう。運が悪かったともう諦めるんだな」
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「──くそっ!」
『アル、そんなに熱くならないで。こんな時こそ冷静にだよ?』
『悪い、すまん。さっきの聞き込みの人達の言葉を思い出したら、ついカァーッっとなってしまってたよ』
『まあ、その気持ちは良く分かるよ。私だって、はらわたが煮えくり返りそうだもんっ!』
『ああ、とにかくだ。あいつらがこの路地裏に逃げ込んだってのは事実だ。待ってろよ。必ず見つけ出してやるっ!』
───
全力で駆け、曲がり角を速度を落とさず曲がる──
その目前に、小さな子供の様な人影が目に入った。
思わずぶつかりそうになり、ザザァーッとブーツの靴底が砂埃を上げながら、俺は急停止する。
『誰?──見た感じ、まだ子供だよな? こんな物騒な路地裏でひとり何してんだろ?』
『うん。そうだね──あっ、何かを探してるみたいよ』
立ち止まり、俺とノエルが会話をしてる目の前で、濃いベージュのコート姿の子供が、あっちに行っては屈み込み、そっちに行っては屈み込みを繰り返していた。
ただフードを顔を隠す様に深く被っているので、顔はよく分からない。
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成る程、ノエルの言う通り何かを必死になって探している様相だった。
だが、こんな小さな子がなんでこんな路地裏で……。
俺はその子に近付き声を掛けた。
「どうしたんだ? 一体何を探してるの?」
その声に気付いた子供が、不意に立ち上がりこちらへと振り向く。
やはりフードで顔のほとんどがよく見えないが、僅にふたつの目と小さな口元だけは確認できた。
その口が小さく動く。
「大事な物。失った──」
「え?」
「大切な物。なくした──」
「おい! 大丈夫かっ!?」
感情が全く感じられない棒読みの言葉使いに、何か異常な気配を感じた俺は、思わずそう叫んでしまっていた。
すると、その子はタタタッと、ものすごい早さでこちらへと移動してきた。
俺と間近になって、こちらを覗き込む様に見上げるその子。
勿論、見上げていてもフードを深く被り、相変わらず顔はよく分からないが、ふとその子と目が合う。
感情が全く感じられない口調だったので、何となく曇りがちの目をしてるのかと思ったが、予想に反してすごく澄んだ綺麗な黄緑色の瞳の持ち主だった。
そんな子の口が再び小さく動く。
「女魔法使いに会う為の紹介状をなくした」
間近に聞くその声は、変わらず感情はほとんど感じられなかったが、可愛らしい女の子の声だった。
「どうする。アレがないと女魔法使いは会ってくれない。結果、イオの『食事』が手に入らない──どうする? どうする?」
棒読みの意味の分からない呟きに、俺は少し呆然となっていた。
「さっき、六人の成人男子が話し掛けてくるまでは、ポケットの中に入っていた筈。だけど、それが見えなくなくなっていたら、なくなっていた──女魔法使いに会う為の紹介状。どこに落とした? 早く見つけて会わないと。お腹を空かしたイオが『食事』を待っている」
そう小さく呟くと、小さな女の子は再び屈み込み、あちらこちらを探索し始める。
あまりの突然の出来事に唖然としていたが、彼女の言った言葉にハッと気付いた。
俺は女の子の元に近付き、再び声を掛けた。
「君、さっき六人組の男って言わなかった? もしかしてさっきそいつらと会った?」
彼女は屈んだまま、小さく口を動かす。
「六人の成人男子。さっきまでここにいた。その後で大事な物なくなった」
……くそっ! そいつらなんて奴らだ! こんな小さな女の子からまで物を盗み取るなんてっ!!
『アル──』
『──ああ!』
俺は女の子へと手を伸ばした。
「私の名前はデュオ。デュオ・エタニティ。デュオって呼んでくれ。君の大切な物。私が取り返してやるから──」
女の子は少し間を空け、それでも俺の手を取った。
まるで人形のような小さくて冷たい手。
「キミが大切な物。見付けてくれる?」
「ああ、必ず取り返して上げるよ。ところで君の名前は?」
「テラはテラって言う。キミの名前はなんて言った?」
「デュオ・エタニティ。デュオでいいよ。よろしくな、テラ」
「うん、分かった。でお」
……“でお”って……いくらなんでも酷過ぎなくない?
「あの~、私。“デュオ”って言うんですけど……」
「うん。だから、でお。でお。テラ、そう呼ぶ──」
……だから、“でお”って……
『もう諦めるしかないよ。それよりもアル、早くっ!』
おっと、そうだった。取りあえずあいつらをとっ捕まえないと……。
だけど、こんな物騒な場所に、彼女みたいな小さな女の子を放っておけない。だから──
「さあ、テラ。一緒に行こう。君の大切な物を取り戻す為に──」
それに小さな女の子は応じた。
「うん。分かった。テラ、でおに付いて行く」
─────
路地裏を進む俺の後に、濃いベージュのコートで身を包み、フードで顔を覆い隠した少女テラが、トテテという感じで小走りに付いてくる。
何だか、なついた小動物みたいですごくカワイイ……って。おっと、いくらなんでもそんな風に考えたら、例え小さな女の子だといっても失礼だよな。
『ふふっ、テラちゃん。小動物みたいで、何かカワイイ』
……ここにいた~! 俺と同じく失礼な奴~っ……!
コホン……それはともかくだ。
───
あれから路地裏で見掛けた人を片っ端から声を掛け、窃盗団ホビットクロウの事を訪ねたが、誰ひとりとして、「見てない」だの「知らない」だのばかりで、色好い情報は何一つ得る事ができなかった。
まあ、無理もない。こんな結構大きな街の路地裏だ。
しかも立ち並ぶ建築物は住宅が多く、そのほとんどが三階建てで、それに挟まれる形となっている歩道は非常に狭く感じられ、歪に入り組み、かつ昼間だというのに日の光が全くといっていい程届かない薄暗い空間だったからだ。
───
『さて、弱ったな……』
『どうするの? アル』
俺は立ち止まり、後ろから付いてくるテラにチラリと目をやった。
フードの奥から僅に除く彼女の澄んだ瞳と目が合う。
「でおーっ」
どうした? なんで立ち止まる。とでも言いたげに、テラが独特の呼び方で俺達の名を、まるで子犬が吠える様に短く叫んだ。
『──ふむ』
その姿を見て、俺は思い付く。
──そうだ。
確か、テラは少し前にこの路地裏で男達に声を掛けられたと言っていた。
だったら、さすがにこの広さで入り組んだ複雑な路地裏だ。
必ずまだこの中に潜んでいる筈。
「よしっ!」
俺は立ったままスーッと目を閉じる。
『アル?』
「でおー」
聞こえてくるノエルの念話の声とテラの声は、一旦無視し、自身の内側に感じ取れる力に、全神経を集中させ、感覚を研ぎ醒ます。
やがて──
─────
──Roger that. My master
【了解しました。私のマスター】
──From this start searching for the target
【これより標的の探索を開始】
─────
………。
──Confirm target
【標的を確認】
──!!
─────
「──そこかっ!!」
俺はテラの手を掴み、彼女をヒョイと片腕で抱きかかえる。
「でお?」
そして感じ取れた感覚に向かって全力疾走した。
─────
「ひいぃーーっ! すまん、許してくれっ!!」
「上からの命令なんだ! し、仕方なかったんだ! 勘弁してくれっ!!」
「ほ、ほら。お前から盗った物は返す! だから頼む! 酷い事はしないでくれっ!!」
───
今、俺の目の前には魔剣の触手から発生した特殊な黒い鎖の様な極細の紐で、身体全体をぐるぐる巻きにされ、全く身動きできなくなった例の盗人組織、ホビットクロウの三人が地面に転がっていた。
俺が見付け様に投げ飛ばしたり、腕などを少々捻ったりして、少しの体裁を加えた後。盗んだ物を全て差し出させた後に、魔剣の力によって捕縛したのだった。
俺は奴らが差し出した盗品を確認する。
いろんな宝石やペンダント、懐中時計等の装飾品の数々。
驚いた事に、中には訳の分からない図式がビッシリと書かれた書物や、一風変わった嗜好の絵画まであった。
やがて、目的である自身の盗られた物に行き着く。
小さな革製の袋にギッシリ詰められた白い砥石。数えると間違いなく50個あった。
「ふぅ~~、やれやれ……」
『良かったね。アル』
俺達はひとまず胸を撫で下ろすのだった。
───
「──ない」
「えっ?」
「テラのなくした物ない」
───
それは奴らが差し出した物を、あちらこちらに散らかしながら探していたテラの声だった。