162話 久しぶりの散策
よろしくお願い致します。
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そして回想は終り、現在。
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「え~~っ! そもそもや。なんで精霊界に用事なんかあるん? 僕とフォス姉は、一体何をしたらええの?」
「それを今から説明する。とにかく時間を要する事となるだろう。その間、俺はふたりの様相を護る為に残り、手が空いたデュオには買い出しと、街中の聞き込み調査を頼もうかと、俺はそう考えていたのだ。それを話を切り出した所で、クリス。お前が──」
普段から常に冷静な筈のレオンも、さすがに少しイラついているのか、こめかみを指で押さえている。
「まあ、いい。クリスの性分は今に始まった事ではないしな。だが、そろそろ冗談は抜きとしよう。時間も無駄になる。では説明を始めるぞ」
そのレオンの言葉に、彼とテーブルを挟んで対面していた俺達は、真剣な面持ちとなった。
「今回、我々がロッズ・デイク自治国に入った理由、及び目的はふたつある。ひとつは地の大精霊と面会し、地の精霊石の欠片の入手と、地の精霊石の破壊阻止。残るひとつは最後の一体となった『守護竜』鳴地竜ウィル・ダモスを黒の魔導士アノニムから護る事。だが、大きな問題点がひとつある。それは──」
「それらふたつの“場所”──だな?」
フォリーがそう口を挟む問い掛けに──
「ああ、そうだ。地の大精霊、その『守護竜』──我々が目指す者の居場所が明確ではないという事実だ」
今度はクリスが口を挟む。
「ふ~ん、そうか。レオお兄いが、僕とフォス姉に何をさせようとしてるのかが、ようやく分かったわ。“桃源郷”やな?」
その答えに、レオンはフッと軽く息を漏らした。
「クリス。分かっているならば話は早い。ふたつの存在があるとされている“桃源郷”。そう呼称されている場所は、地の大精霊が施した迷いの森という精霊界に通じる空間によって囲まれ、遮られていると聞く。過去、誰ひとりとてその地に足を踏み入れた事がないとされている伝説の地だ」
「……ふむ。『迷いの森』──それなるものは、名の通り、出口が永遠に見付からず、さ迷うという他に、人の欲望や激しい感情に敏感に反応し、侵入者を疑心暗鬼に陥らせ、排除する別名。『魅惑の森』とも呼ばれている恐るべき領域だ。うん、そこで私達の出番という訳か」
手を組み、あごを乗せたフォリーが呟く様に答えた。
……成る程、『迷いの森』っていうのが精霊界に通じてるっていうのなら、そこから辿ってその桃源郷って場所を探ろうって訳だな。
……でも待てよ。
「レオン。少し気になるんだけど、四つの大精霊。風、水と火は、そんな大層な手段を講じて守られていた訳じゃないよね? なんで地の大精霊に限って?」
俺の疑問に感じた問い掛けに、レオンは応じる。
「ふむ。良い着眼点だ。まあ、つまる所、ただ単純にだな。かつて世界が創造された時。同時に、感情を得た各大精霊達にも、いわゆる個性があったという訳さ」
「……??」
今一要領を得ないレオンの答えに、俺は首を横へと傾げた。
「まあ、性格というやつだ。風の大精霊はその名の通り、自由気ままに渡りゆく比較的に奔放的な性分だったそうだな。水は他の大精霊よりも、慈愛と慈悲の精神を尊重する物静かな気性、逆に火は生命の活力源となる力を最も尊重する血気盛んな気性だったそうだ」
「じゃあ、地の大精霊は?」
俺は何気なく続けて問い掛けた。
「地の大精霊。彼の者は、“法と秩序”を最も重んずる厳粛かつ苛烈な性分だそうだ……目には目を、歯には歯を、死には死を──そして四大精霊の中で最も、黒の精霊。『黒き者』を憎悪し、忌み嫌っている存在でもある」
何故かゾクリと俺の背中に悪寒が走る。
「そう……なのか?」
「ああ、よって彼の大精霊は、罪を犯した者に一切の躊躇も容赦もせぬ。そしてその精神は、それを『守護する者』にも色濃く……というより、ほぼそのまま反映されてるそうだ。そのおかげもあり、ロッズ・デイク自治国は他の国より、闘争や争乱などとは、縁遠い治安の優れた国なのだそうだ。まあ、あくまで“死に関わる罪”に限ってなのだが──」
「………」
「『守護する者』、“テラマテル”。女性である事以外、全く謎の存在だ。何でも俗称となるふたつ名を、“殲滅”──と呼称されているらしい。デュオ、他のふたりもだが、彼の者との接触は、今まで以上に慎重になってくれ」
俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「うん。分かった」
『わ、私も……』
「よく心得ておこう」
「よう分かったわ」
レオンと対面していた俺達は、神妙な面持ちでそれぞれ頷いた。
「ふむ。で、話はもう一度振り出しに戻る訳だが……これより、フォリーとクリス両名には、精霊界に通じる為のあらゆる術を用い、迷いの森を探って、“桃源郷”なる場所。それを特定する行為を試みて欲しいのだ」
それに頷く、フォリーとクリス。
「分かった。試してみよう」
「なんや、そういうこっちゃたんかいな。そうやったらしゃーないな。僕も協力させて貰うわ」
そしてレオンは俺へと視線を移す。
「その間。俺は術を用い、試みる無防備となったふたりの身体をここで護る。デュオは先程言った通り、街に出、旅に必要な物と備品の補充、及び街中での聞き取り調査の方を頼む」
そしてレオンはテーブルの上にある物を取り出し、並べた。
テーブルの上にミッチリと並べられた小さな細長い白い石。
いわゆる携帯用の砥石というやつだ……。
そして腰元からレオンは自身の愛剣。銘刀ハバキリを引き抜いた。
「しばらくハバキリの手入れも満足にしてやれなかった。さて、“桃源郷”探索の試みはおそらく、かなりの時間を必要とするだろう。ヘタをすれば丸一日。俺はその間、ふたりの身体の警備と共に、久方ぶりに我が剣の手入れに勤しむとしようか」
げげっ、出たーーっ! 狂気の刃研ぎによるレオンの砥石三昧っ!!
……す、すっかり……忘れてた。レオンって、究極の愛剣嗜好家だったんだ……。
「という事情だ。なので、デュオ。少しばかりなら羽を伸ばしてきてもいいぞ? 何、日が落ちるまで時間は十二分にあるからな」
……まだ朝の7時だぜ。日暮れまで研ぎ続けるつもりなのかよ……。
さすがレオンさん。違う意味でハンパねぇ……。
でもまあ、いいか。三人のおかげで、俺達は自由に街散策を楽しめるってもんだしな。
『じゃあ、行こうかノエル』
『うんっ! 行こう。アル』
俺は立ち上がり、フード付きのマントを羽織った。
「了解──」
◇◇◇
「え~っと、乾パンに干し肉、果実水を主として、黒パンに豚肉の塩漬け……」
『──トマトトマトトマトトマトトマトトマト……』
「干し魚に干果実。チーズに甘瓜。それと、小麦粉に玉子。後は、え~っと──」
『──トマトトマトトマトトマトトマトトマト……』
『後は……そうだ。トマトだったぜっ!──っていう訳になるかってのっ、ノエル! 大体トマトってナマ物でしょっ!? 日持ちする物限定なの! 俺達は冒険の旅の食料調達にきてんだぜ?』
『──ちっ! だったら、干した物を探したらいいじゃないっ!』
ちって……女の子が舌打ちすんなよ……。
『へぇ~、ほぉ~、だったら、あるんだ干しトマト……?』
『あるっ!……っていうか、私が今、ここで考案した──』
『……ほぉ~~っ……』
『先ずトマトを輪切りにし、中の種とワタを取り除く──』
『……ほうほう……』
『そしてそれを風通しの良い場所で三日三晩天日干しにする──』
『……ふむふむ……』
『そして最後の仕上げに、新鮮で濃厚なトマト果汁を上からこう、大量にドバァーーッと──』
『……ふむふむ──って、なんで上から果汁っ!─ってか、全て台無しじゃねーかっ! 今までの行程は一体何だったのっ!? さっきまで乾物を作ってたんだよね!?……っていうか、トマトって、干した地点でもう他の食べ物になっちゃってるよね!?』
『…………いいからトマト買って…………』
『……はいはい分かった。その代わり3個だけだぞ?』
『──わ~~いっ!!』
……なんかシンドクなってきたよ。
俺は食料でパンパンに膨れ上がった麻袋を背中へと肩に掛けてたのを降ろし、近くにあったベンチに腰掛けた。
『ふぅ~~っ。まっ、食料調達はこんな所かな? 備品は先に揃えちゃったし……え~っと、各下着類とタオル類。フォリーに頼まれてたのは、予備の鏃でクリスのが、魔力回復薬と超強力睡眠薬……って、前者はいいんだけど、後者は一体誰に何の用途で使うんだろな? 怪し過ぎるっ!』
俺は麻袋とは別の、背負っていた大きめのリュックをガサガサッと探りながら愚痴を溢した。
『まあ、私達デュオか、フォリーさんしかいないよね。だけど、それを私達デュオに頼むっていう時点で既に……ぷっ、くすっ……』
『ははっ。まあ、だよな……それにしても、すっげえ荷物。全く重たくはないんだか、邪魔ではあるな。先に買い物しちゃったのは、やっぱり失敗だったか。今から情報集めしなきゃなんないからなぁ~~』
『いや、やっぱり先に買い物済ませたのは正解だったんじゃない? だって、いざ欲しい時に手に入らない程くやしい事はないからねぇ~』
『そうなんだけどさ。ちょっと邪魔なだけだし……まっ、聞き取り調査くらいなんとかなるでしょ』
『まあね……ん? そこの足元に置いてある皮製の小さな袋は、なぁに?』
ノエルがそう言葉を発するので、俺も自身の視界にあるそれを確認する。
『ああ、これは──って……一緒に買い物してたじゃねぇーかっ! なんで分かんねぇーんだよっ!』
『にゃはは……珍しい物がいっぱいだったから、多分他の物に意識がいってたんだと思う』
『─ったく、ホントに頼むぜ』
そう言いながら、俺は足元にある皮製の袋を絞って閉じた紐をほどいて中を開けて見せる。
そこには例の白い携帯砥石がミッチリと詰まっていた。
レオンからお願いされた備品だ。
その数、総勢50個──
確か朝、宿から出る時にテーブル上には、多分30は列なってたよね?
レオンさん。あんたも、やっぱり大概の変わりもんだわ。
『……マジですか? アルさん』
『ええ、マジなんですよ。ノエルさん……』
俺はそれから視線を外し、彼女に説明する。
『しかも、指定されたこの白いって銘柄、砥石としては超高級ブランドなんだぜ? 一体、一個おいくらくらいだと思う?』
『……え~っと、銅貨10枚??』
『ブッブーーッ! 銀貨2枚──』
『……えっ……マジですか……?』
『ええ……マジなんです……』
……まあ、この分はレオンの手持ちの金を渡されたんだけどね。
さすが元、王さん。羽振りが違うわ……まあ、他にも多々色々とあるんだけれども。
とにかく、レオンハルト。未だに謎多き人物ではある。
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ベンチに腰掛けて、しばらくノエルと他愛もない談話に花を咲かせていると、ふと気付けば、こちら側に歩いてくる男の姿が確認できた。
数は六人。全員そんなに若くはない。
ピシッとした綺麗な服装で、中には銀縁眼鏡の姿もある。
手には何やら分厚い参考書みたいなのを持っていたり、胸ポケットからは、はみ出るくらいの複数のペンなどが見受けられるので、もしかすれば学者か、学校等の講師の連れ合いなのかも知れない。
「こんにちは~」
「どうも」
「こんにちは」
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ベンチの前を通り抜け様に挨拶をされたので、俺も返した。
「ども、こんにちはです」
俺の声に反応し、六人。皆一斉にこちらへと振り向く。
……中々、何となくだけど皆、知的そうな感じだよな。
もしかしたら、本当に学者か、先生なのかも!
そうだ! だったら、例の事。“桃源郷”について何か情報を得られないかな?
──そう考えた俺は、しばらくその男達と会話を交わしていたが、結局は全くの無駄。徒労となってしまったのだった。
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「それじゃ、また機会があれば。さようなら」
「さよなら~」
「あっ、こちらこそ、引き留めたりしてごめんなさい。ありがとうございました。さようなら」
俺は手を振り、小さくなっていく男達を見送った。
──さてと。
『んじゃ、そろそろ情報収集本格的に始動しますか?』
『うんっ、そうだね』
俺はまず備品の入ったリュックを背負い、次に食料が詰まった麻袋を肩に掛けた。
最後に足元にある、レオンの超個人的私物となる高級品が詰まった皮製の袋を──
あれ?
──ない。
「………」
『………』
『「わあぁぁーーっ! 盗まれたああぁぁーーっ!!」』
───
………って……マ、マジかよっ………!!