161話 新たな冒険地ロッズ・デイク。宿屋『華山亭』にて──
よろしくお願い致します。
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──トカットカットカットカッ──
馬蹄の音が複数鳴り響き、俺達四人(ノエルを合わせれば実質五人)は、ノースデイから国境を越え、ロッズ・デイク自治国へと入った。
何でもレオンが言うには、ロッズ・デイク自治国はその名の通り、民自身が治める国。
即ち国民達が自らの手で代表者を選び、その者達が成す合同議会となる組織が、行政機関としての機能を成し、国政を執り行っている。即ち民主主義となる唯一の国だという事だ。
なので実質上、ロッズ・デイク自治国には国自体が保有する兵隊──いわゆる軍隊という組織は存在しない。
その代わりこのロッズ・デイクには、その首都であるインテラルラに、現在はギュネウス商業会を始めとする9つの有力事業所の統括者が、国の政治に携わる代表者として選ばれ、組織する評議会なる国政機関がある。
それに所属する各代表者達がそれぞれ雇い、保有する屈強な傭兵団が、その代わりとなる役目を担っている訳だ。
よって、国境の警備も手薄になると思いきや、それは俺の完全な検討違いだったようで、ロッズ・デイク自治国は商業からなる民主国家が故に、この世界に於いて、王国制から成るどの他国よりも経済に富み、そして文化や文明も発達した最も盛んな先進国だった。
なので、建国時より親交があり、最も信頼の厚い最大の友好国。及び、同盟国であるアストレイア王国以外には、その発達した文明力と富んだ経済力によって、全ての国の国境沿いに、背が高く強固な石造りの国境壁が、遠くから見ればそれこそ、まるでうねる大蛇の様に設けられていたのだった。
そしてそこを越えるには、強固な壁に備え付けられた関所なる場所を通過する必要がある。
この巨大で長い国境壁を初めて目にした時。俺とフォリー、クリスの三人は、いきなりの問題発生かと顔を見合わせたものだが、その問題はレオンが国境警備兵にある物を掲示する事によって何の問題もなく、呆気にとられる程すんなり通る事ができた。
肩透かしを食らい、レオン以外、少し不思議な面持ちで彼の後へと馬の足を進める俺達一行。
後でそれとなく聞いた事なのだが、それはなんと、アストレイア王国。リオス王、直筆の通行手形となる割符だったのだ。
しかもリオス王直々の親書付き。
何故、彼がこの様な代物を所持しているのか?
非常に興味深く、気になったので、関所通過後。改めてレオンにその事を聞こうと考えた──が、どうせ彼の事だ。
少し前までミッドガ・ダル戦国なる国を束ねる王だった人物でもある。過去に色々な面識もあっただろうし、それよりも彼自身の性格上。もし尋ねたとしても、「さあ、どうだったかな」─ってな感じで、はぐらかされるのは正直目に見えている。
質問するだけ無駄な労力という物だ。
だから──
聞くのや~めたーーっと!……。
───
「なあなあなあなあなあなあ! アストレイアの王さんの直筆の手形なんて、すっごいやんっ! なんでレオお兄がそんなん持ってるんっ!?」
興奮するクリスの問い掛けに──
「さあ、どうだったかな」
──と答えるレオン。
───
クリス……まあ、予想はしてたけれども……。
……あ~あ、だから無駄な労力だって言ってんのに……ホント、クリスって奴はよ……全く期待を裏切らないキャラっつうか。
……っていうか、そもそもレオンさん──
『──そのままやないかいっ!!』
『にゃはは』
俺の念話の突っ込みに、ノエルが応じる。
───
……そういえば、初めてノエルと出会ったのもロッズ・デイクだった……。
何かすごく懐かしく感じるな……。
『ノエル。そういえばさあ、最初にお前と出会ったロッズ・デイクの港町。え~っと……あれ、なんて言ったっけ? ホットトイレット?』
『……ポートレイだよ。アル……』
──ぐふっ
『……と、とにかくだ。そのポートレイから抜け出して、アストレイアに入った時って、確かあんなごっつい壁なんてなかったし、すごく簡単に入れたよな?』
『あぁ、まあ、ロッズ・デイクとアストレイアって、ホントに仲いいからね。だから、両国間には壁なんて一切ないし、国境に互いにひとりたりとして警備兵さえ配備してないみたいよ』
『へぇ~、そうなんだ』
関所を通過し、そこから遠ざかる間。俺とノエルは念話による会話を続けた。
『ああ、そういえばそうだっけ。ロッズ・デイクで初めてアルと出会ったんだよね?』
……ノエルも同じ事言ってる。
彼女も懐かしいって感じてんのかな?
『ありがとう──』
『──え?』
思いもよらない彼女の言葉に、俺は短く聞き返した。
『あの時、あの湖で私と出会ってくれてありがとう……あれって、私の事を助けに来てくれてたんだよね?』
『……い、いや……まあ、そういう訳じゃ……』
……あれは胸に矢を突き立てられてた俺(当時、大鷲だった)が、なんとか狩人から逃れようと必死になって飛んで逃げてたんだっけ……確か、どこかの方向に向かって……。
どこかの方向……?
どの方向……?
目に止まり、存在を知ったフードを被った人物……?
弓矢を突き立てられる前に、何故か気になったフードを被った子に向かって……?
フードを被った子……ノエルが気になって……。
気付いたら、ノエルの近くにきてた……。
『本当にありがとう。アル、あの時。あなたが来てくれなかったら、私はあのまま自決する事になってたのかも……ううん。私の事だから、多分。そんな勇気なんてない……考えたくもないけど、あのまま娼婦として……』
『──やめろっ!!』
ノエルが身体を売る娼婦をやらされる!?
そんなの……そんなのっ、絶対に──
──冗談じゃねええぇーーっ!!!
考えたくもない! 虫酸が走る想像に、俺は思わず念話で怒鳴ってしまった。
『ごめん。変な事言っちゃって……だけど、あなたは私の危機に来てくれた──』
『………』
『ううん、既に救う為に待っていてくれた──“ずっと傍にいて守ってやる”──私、本当に嬉しかったんだよ』
『……ノエル』
『アル、私を助けに来てくれたんだよねっ?』
ノエルの再度の問い掛けに、俺は……俺は──
『ああ、ノエル。俺は、お前を助ける為にやって来たんだ』
───
……何故だろう?
何でだか自分でも良く分からないが、何故かそう答えるのが、さも当然とばかりに、俺はノエルに返事を返していた。
『うんっ!……うんうん……うっ……ううっ……アルだぁ……やっぱり、“アル”だったんだぁ……ぐすっ……ううっ……うっ……』
『……ノエル』
───
──ずっと傍にいて守ってやる──
……間違いない。ノエルがずっと探してる昔の想い人。“アル”
偶然としてノエルの命を救う結果となるタイミングで、彼女の前に現れた魔剣
彼女の中で、魔剣と、想い人のアルがごっちゃになって、最早同一視されているのかも知れない。
だが、事実。俺は人でなく“剣”、ましてや、以前はどういう存在だったかさえ分からない。人間じゃ……いや、命ある者ですらない可能性だってある。
もしかしたら、最初から見た目通りのただ自我を持つ漆黒の剣という存在なのかも──
何より……あの時。
“俺“は彼女の事、“何も知らなかった”のだから──
───
『……あ、あのっ……あのねっ、アル。私、大丈夫だからっ! 全然まっさら──新品だからっ!!』
『……へ?』
『え~っとね? 娼婦館で働かされる女奴隷っていってもね。基本17までは客を取らされる事はなくて、仕事は炊事や掃除、洗濯などの雑用係なんだよ』
『……は?』
『それでね? 17歳になって、初めての客を取らされるまでは、逆に身体に触れさせる様になる事は厳粛に禁じられてるの。だから、私。間違いなく正真正銘の乙女─っていうか……しょ……処女だからっ! 更に言うと、誰にも触られた事もないし、見られた事もないんだからっ!』
『……ノ、ノエル……どうどうどう……いっ、一旦落ち着こうね?』
『キスだって、アルと一度だけしただけだし、裸だって、女の人にしか見せた事ないんだからっ!……って、あ、あれ?』
ノエルの一方的に捲し立てる言葉が急に止まる。
『ん?……どうした?』
『……いや、そういえば、あれからキスはアルのせいでクリス君としちゃったし、裸だってアル。あんたに確かガッツリ見られたんじゃなかったっけ……??』
『ぐふっ……ってか、いやいやいやいやいや! 別に余計な事は無理に思い出さなくっていいんだって! それより……どうどうどう……一旦落ち着こうねーーっ!』
『──うんっ!……って、誤魔化されられるかああぁぁぁーーっ!!』
『わぴゃぁぁぁーーっ!!』
───
……とかなんとか、いつも通りのバカなやり取りに戻ってる俺達。
……“アル”……か……。
『そういえばさ。ノエルって、ポートレイだっけ? その街にいる前までは、その“アル”って人と一緒に暮らしてたんだろ? それって同じロッズ・デイク国、どこかの宿屋さんで下宿させて貰ってたんだっけ?』
『うん。そう……ロッズ・デイク自治国で一番北西にある、ハイラックっていう結構大きな街。そこにある若い23、25歳の夫婦さんが営んでいた冒険者専門の宿屋さんにお世話になってたの。うん、パイクさんとルッカさん。優しいビリーブさん一家が営む質素ながらも、暖かくて素敵な宿屋さんだった……』
元気良く喋り出したノエルの語調が少し小さくなっていく。
『私と“あの人”を本当の家族の様に接してくれて……とても大好き。そして大切な人達だった。今頃どうしてるのかな……?』
『ノエル……』
最後に遠くに向けて、囁き掛けるような声が頭の中に届いてきた。
『──パイクさん……ルッカ姉さん……』
─────
「ええっ! なんでなんっ! 嫌や、そんなん絶対嫌や! 僕もデュオ姉と一緒に行きたいーーっ!!」
───
ここはロッズ・デイク領内、最も東部にある北寄りにノースデイ王国と隣接する土地。
その場所にあるひとつの大きめの街、ガーナハット。
馬車や水車、それら多種多様の機具となる物に、独自のカラクリを施して生産する事で有名な街らしい。
確かに人工も多く、朝早くからあちらこちらで元気の良い声や、機械が発する音などが聞こえてきた。
その街にあるひとつの宿屋。
冒険者宿──華山亭
その一室からクリスのバカでかい声が鳴り響くのだった。
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「だから、言っただろう。お前とフォリーは『守護する者』、最も精霊界に近しき存在だ。よってふたりには他にして貰う事がある──」
部屋の中央にあるテーブルに椅子に腰かけたレオンが、腕を組みながらそうクリスに返事を返している。
その対面となる場所には横に三つの椅子を並べて腰掛けている、俺達デュオ、中央にクリス、左にフォリーの姿があった。
ちなみにいうと、ここは部屋をふたつ借りた内のレオンとクリスの部屋。
もうひとつは言わずもがな、俺とノエル。即ちデュオとフォリー。ふたりの部屋だ。
……まあ、この部屋割りの時も、クリスがぎゃあぎゃあ訳の分からない事を言って駄々をコネた訳だが……。
確か──
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「嫌あああぁぁーーっ! この部屋割りだと、ボク。レオお兄とふたりきりっになっちゃう! ボク、レオお兄に襲われちゃう! 嫌やあぁぁーーっ! お願いっ、ボクもデュオ姉とフォス姉の部屋に泊まらせて!? ええやんっ! 三人でひとつのベッドで仲良くお眠眠しよーーーっ!!」
「……成る程、クリス。お前の下半身にあるであろう細やかな男の証明である象徴は、最早不要というのだな? 分かった。レオン、私がクリスを押さえ付けるので、後の処置は託した」
ガシッとクリスを後ろから羽交い締めにしたフォリーが、レオンにそう声を掛ける。
それに応じ、腰に帯びた長剣の柄に手を添えるレオン。
「了承した」
その事態に、手足をバタつかせながら絶叫するクリス。
……っていうか、大概騒がしい。
ちょっと静かにして──
「あっびゃああぁぁぁーーっ!! 冗談っ! 冗談やって! もうっ、ふたり共全くジョークの通じんやっちゃな~っ、なあ、デュオ姉?」
俺はヒョイッとそっぽ向いた。
「私、知らん」
『同じく、私も』
その瞬間、少し余裕を見せていたクリスの顔が、サァーと青ざめていくのだった。
フォリーの冷淡な声が響く。
「だそうだ、クリス。処置が終わった後は部屋割りの件は考えてやってもいいぞ? それではな──」
チラッと目でレオンに合図を送る。
──チャリ
レオンの手に添えた柄から、キラリと輝く白銀の刀身が覗く。
「クリス、心配無用。我が銘刀ハバキリは、切れ味に於て他の剣と比較にならん。至高にて最高の切れ味を誇っている。何、痛みなど伴わぬ鋭利な切断を施してやるぞ──」
その瞬間、クリスの本泣きの懇願が轟くのだった。
「ごめんなさああぁぁぁーーいっ!! もうふざけたりしませーーんっ!! 堪忍したってええぇぇーーっ!!!」
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『……やれやれ、クリスってやつは……ホントっていうか、真剣に懲りないやつだよな』
『ふふっ、でも楽しいよね?』
まあ、その意見には激しく同意な訳で。
『まあね──』
俺達ふたりはまあ、本気でする筈はではないだろうが、フォリーとレオンに迫られ、号泣しながら許しを請うクリスの姿をしばらくの間、眺めているのだった。
勿論、可哀想っていう気持ちは微塵もない。
だって、これはオイタが過ぎたクリスの自業自得ってやつだからな。
「……デュオ姉……後で覚えときや……」
……クリス。なんで俺が考えてた事が分かったんだよ!?
──ってか、クリス怖えぇぇーーよっ!!
とか何とかいう訳で回想のまま次回に続く……。
……って、いいのかコレ……?




