8章プロローグ 160話 天地創造
よろしくお願い致します。
──At the beginning of the world──
【世界の始まりに】
─────
────
───
夜の空に輝く無数の星々。
──否
それ以上の数の“それ”が、天空より遥か上。その無限に広がる空間に──
あるいは、心を持つ者が創り出した産物の中にも、“それ”はあるといえるのかも知れない。
その中のひとつ。
何ひとつ存在しないただ暗いだけの空間に、まず白く輝く光が誕生した。
その光は第三者によって創造された者なのか、または自然に発生した者なのか。
ただ、その暗い空間に於いて、その光は成るべくしてなった。あるいはそれは予期せぬ事柄だったのか。
必然であったか、偶然であったのか、今となっては何者も知る由もないが、ともかくその空間。
即ち、ひとつの“それ”──『世界』に白い光は突如として現れた。
そして光は、ふたつの『力』を有していた。
その『力』とは、物を創り出す能力と消失させる能力。
即ちは『創造と破壊』である。
そして己という意識。つまり『自我』を有していない存在であった。
やがて、その白い光は、自身とは異なる色の光を放つ四体として、持つ力の一部を自らの分身と変えた。
自我がないのにも関わらず、仲間が欲しいと感じたのか、またまたそう義務付けられていたのか、あるいは、ただ突発的なものだったのか。
ただ、その行為により、この『世界』に白い光を最初に、緑、青、赤、黄。計五色の光が存在するに至ったのだった。
白い光は、次に他の四つの光に、自らの意識。即ち『自我』をそれぞれに与えた。
同時に、四つの光はそれぞれ独自の能力を授かる事になる。
まず、『自我』、即ち自らの意思と思考を持ったその四色の光達は、自らの存在に、それぞれ呼称をつけた。
気まぐれで自由奔放な気性の、空気を発生させ、それを自由自在に操る能力を有した緑の光には──『風の精霊』
優しく心遣いが細やかな気性の、潤いを湧かせ、それを変幻自在に操る能力を有した青い光には──『水の精霊』
勝ち気で先鋭的な気性の、熱を活力と変換し、それを縦横無尽に操る能力を有した赤い光には──『火の精霊』
厳粛かつ、冷静沈着な気性の、“元”となるものを生じさせ、それを無窮自在に操る能力を有した黄色い光には──『地の精霊』
そう自らを呼称したそれら四つの精霊達は、最後に──
最初に象として成し、己達を創造した自らは『自我』の持たない白い光を。始まり──零の精霊と名付けたのだった。
次に四つの精霊達は、この暗いだけの空間に、象ある『世界』を創造しようと考えた。
まず、地の精霊が元となる物を生じ、それを繋ぎ合わせ、鳴動を起こし、『大地』を創った。
次に風の精霊が、風を発生させ、『大地』を覆い包む『大気』を創る。
三番目に水の精霊が、潤いとなる水を発生させ、『大海』を創り、それはやがて、『大地』と『大海』を隔てる『大陸』へと形を変えた。
最後に、火の精霊が炎の力を以て、『大気』に『気候』を生じさせ、かつ『大陸』象る全ての要素に活力を与えたのだった。
そして四つの精霊達は、零の精霊に懇願する。
『生命』を誕生させて欲しいと──
それを受け、『自我』を持たない零の精霊は、彼女らの願いを聞き届けた。
意思を持たない筈であったが、─“ある条件”─の契約なるものを以て──
そして零の精霊は、『生命』を創造する。
単細胞生物からの進化の過程──それらを全く無視した、全ての『生命』の誕生となる創造。
細菌などの微生物から植物。魚類を経て両生類、爬虫類、鳥類、やがて哺乳類へと──
そしてそれらの代表者として『人間』を創り、それに『自我』を与えた。
これを同じくして、四精霊達も不明確な『自我』から、より己を明確にした『感情を持つ者』へと変化するのだった。
仕上げに零の精霊は、この『大陸』──即ち『世界』に“正”なる『聖霊』と、“負”となる『悪鬼羅刹』という名の存在を一体ずつ。それと、四精霊を護る者として巨大な生物。『竜』をそれぞれに一体ずつ創り出した。
後に“正”──『聖霊』が交じり合い受け継ぐ存在が、四精霊に遣える各精霊。あるいは妖精。エルフやドワーフなどの亜人種となり、また逆に“負”──『悪鬼羅刹』からは受け継ぐ存在として、魔獣や吸血鬼、またはゴブリンやオウガなどの邪鬼となり、魔物という存在が生じるに至った。
──竜
この世界に於いて、生けとし生ける者、最強の生物。
全ての生態系頂点に君臨する存在である。
その祖となるのが、各精霊を護る為に創造された四体の『守護竜』
俗にいう、古代竜だ。
風の『守護竜』インテリペリ。
水の『守護竜』コーリエンテ。
火の『守護竜』エクスハティオ。
そして残る一体が──
─────
「地の『守護竜』、鳴地竜ウィル・ダモスという訳だな……」
まるで夢物語を頭の中で直接聞いている様な感覚に陥り、オルデガはその伝承話から逃れる様に、声にして黒の魔導士に応じた。
『ああ、その通りだ』
目の前の鉄仮面から聞こえてくる、いつもの不協音とも感じるような声。
───
ここは既にロッズ・デイク自治国領内。
その首都である巨大な外壁によって囲まれた大きな街、インテラルラ近郊にある小高い山岳。
そこにある断崖の場所で、上から見える強固な防備で固められた街を、見下ろしているふたつの姿があった。
ひとりは黒い鎧を纏った赤黒い髪の壮年者、オルデガ。
もうひとりは漆黒の法衣とマントで身を包んだ鉄仮面。
黒の魔導士アノニムだった。
───
「ならば何故、首都インテラルラなのだ? 最後となる『守護竜』ウィル・ダモスは確か、“桃源郷”と呼称される地にいるのではなかったか?……それに、彼の地は迷いの森という厄介な代物を施され、隠匿されていると聞くが?」
そのオルデガの問いに、アノニムが答える。
『フフッ、案ずるな。全ては私の盤上の駒となる事。“桃源郷”──施された迷いの森など、所詮、常世、幽世となる精霊界なるものだ。よって私にとっては全くの無意味。それに前にも言ったが、彼の『守護竜』ウィル・ダモスは、現世に永く現存したが為。かつての力など、遠の昔に失い、今はただの老いた一体の竜。たがしかし、そう簡単に事は運ばん。よって、私はこの地にきた訳だ』
「……どういう事だ?」
オルデガの再度の問い掛けに、アノニムは無言で自身の右手のひらを広げた。
バチッバチッと音を立て、黒い光と共に、アノニムの手の上に浮かぶ黒い球。
(あれは……確か、貪欲の魔眼とかいう黒水晶だったか?)
『ひとつ問題点があってな。まあ、何の事はない。地の大精霊『守護する者』、その当事者なのだが──』
そう言ってアノニムは黒い水晶を宙に浮かべたまま、それをオルデガの目の前まで飛ばして寄越した。
『『守護する者』テラマテル。少々、難儀な相手でな。なるべくなら、彼の者が不在な時に、私としては事を済ませたい。そう考えている』
「………」
オルデガは近付いてきた黒水晶を覗き込む。
そこには、金色の巨大な竜が頭を地に着け、身体を丸める様にして眠っている姿が映し出された。
(──おおっ、なんと巨大で荘厳な!……これが古代竜という存在か……!)
やがて黒い水晶の視点が変わり、違う場所が映し出される。
「!!──こ、これはっ!?」
『──フフッ』
───
オルデガの目に“映るもの”
巨大な金色の竜が身体を丸めて横たわっていたので、影となってよく見えなかったが……。
そのくるめられた身体の中央に、まるで守られている形で、こんもりと盛り上がっている何かの山の様に感じる物があった。
それは──
一見にして寸分違わぬ─“全く同じ外観の形を象った”─絶対に動く事のない。
ヒト、ヒト、ヒト、ヒト、ヒト、ヒト──
──ただ、ひたすらに
ヒト、ヒト、ヒト、ヒト、ヒト、ヒト──
それらが無造作に積み上げられ、山となっていたのだ。
よく見ればその中には、顔が半分以上欠けている者や、上半身の肩から半分欠損させてる者。そして最早下半身だけの者──
その山から不意にゴロリと首が転がり落ち、地面に転がる。
その顔もやはり、この山盛りにされている“ヒト”の顔と─“全く同一の者”─だった。
「……ぐうっ……い、一体、“何なんだ”! これは……?」
数々の戦場を渡り歩き、今まで死体の山など、見飽きる程に見てきたつもりのオルデガだったが、あまりの異様なこの光景に、思わず彼の背中に悪寒が走る。
何故なら、この─“動かない同じ顔をした“ヒト”の数々は、全く血の痕跡が見当たらなかった”─からだ。
それどころか、腐敗が進行している気配すら感じない。顔だけ見ていると、今にも動き出しそうにさえ感じる。
───
『フッ、何故、私が彼の者と出くわしたくはないと考えたのが、これでよく理解できただろう。さて──』
アノニムは黒水晶を呼び戻すと、それを消失させるのと同時に、黒の魔導士の掲げる右手のひらに、また黒い閃光が走った。
『さあ我が汝を創造する。出よ! 首なし騎士! 我が汝に名と、己が定義を与えよう!』
そのアノニムの声に応じ、首のない黒い影の様な者が、黒の魔導士アノニムの影と重なり、彼の影と同一となって伸びる。
『御意、黒の御君。貴方様の御心のままに──』
そう答える自らの影となった首のない影に、アノニムは命を下す。
『汝が名は、道化者。そしてその定義は、囮となる陽動、即ち撹乱だ。我が黒い兵を汝に与える。なれば、その名の通り、見事道化となる役を演じてみせよ』
『御意。全ては御心のままに──』
──ズズッ
そして黒い首なしの影は、アノニムの元から去って行くのだった。
───
「……アノニム殿。ひとつだけ聞きたい」
その様子を見届けたオルデガが声を発した。
『何だ。我が騎士よ』
「あんたが伝承を語ってた時。精霊達の命ある者を作り出す願いに─“ある条件”─の条約と言った。それが『滅びの時』なのではないのか? あんたは一体、何者なんだ? アノニム殿。あんたが真に“零の精霊”なる者なのか?」
その問い掛けに、黒の魔導士は、『フフッ』と笑みの声を漏らした。
『フンッ、『滅びの時』か……オルデガ。お前は『審判の決戦』なるものを知っているか?』
「ああ、伝承で聞いたくらいの知識だが……確か、選ばれた人間の代表者が『滅びの時』を阻止する為。いわゆる世界の存亡を懸けた戦いだったか?」
その答えに、アノニムは再び軽く失笑する。
『フフッ、正しくは阻止するのではなく、今ある世界を、このまま存続させ続けるのか、滅亡し再度創り直すか、その審議を成す行為なのだかな。まあ、『審判の決戦』は四精霊が自らが創り出した世界。即ちわが子を失うのが惜しかったのだろう。いわゆる最後のご慈悲というやつだ』
「………」
アノニムから発せられる事の真実となるかも知れない言葉を、無言で聞き入るオルデガ。
『精霊達が人が君臨し、支配する今の世界を創造しより刻。既に数千年に及ぼうとしている。その間、『審判の決戦』が執り行われた回数は、もう数百回に及んでいる。そして現にそれに敗れ、訪れた『滅びの時』により、世界は過去三度滅んだ』
「──な、何だとっ!!」
思いもよらない真実の告白に、オルデガは思わず驚愕の声を上げた。
『フフッ、もう一度だけ言う。世界は既に無となって、その都度四精霊達によって創造し直されているのだ。その回数が三度だ。人なる者は真に愚か──繰り返されても何も変わらぬ』
「……ぬう………」
あまりの衝撃となるその内容に、絶句するオルデガ。
やがて、再び彼の口から同じ問い掛けの言葉が発せられる。
「……あんたは今のこの世界の人間を考察していると言っていた。人という存在は面白いとも……『滅びの時』、俺にはあんたが、ただ単にそれを実行しているだけの者とは、到底思えんのだ。黒の魔導士アノニム殿。あんたは本当に、どういう存在なのだ?」
その言葉に、アノニムは一度天を仰いだ。
『フンッ、私にも自分がよく分からんのだ……気付けば、こういう存在となっていた。記憶は─“この身体の本来の持ち主の名称のみ”─他は一切ない。今の私の中にあるのは、自身に流れ込んでくる“情報と意思”──それによる己が感じる己が『存在意義』とその『目的』のみ!』
黒の魔導士アノニムは鉄仮面で覆われた顔をグイッと、オルデガに近付ける。
「……アノニム殿……?」
───
『逆に教えてくれないか?』
───
『私は一体……一体──』
───
『──“何”だ──!?』