158話 小さな王のおっきな反乱軍
よろしくお願い致します。
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──小さな王子。
今は小さな王。コリィの上げる声に、皆一斉に注目した。
「コリィ?」
『コリィ君……?』
「コリィ、どうしたのだ?」
「コリィ、お前。どないしたん?」
「………」
レオンも含め、彼の近くとなった俺達四人がそれぞれ反応を示す。
そんな中。
───
「どうかされましたか? コリィ様」
その呼び掛けにキリアが再び馬の踵を変え、こちらへと戻ってきたのだった。
「キリアさん。僕、コリィ様なんてそんなの嫌です……前の様に……前の様に呼んで下さい」
そんなコリィのお願いに、キリアはふふっと柔らかく微笑んだ。
「はい。承知しました、コリィさん。それでは私に如何なご用でしょうか?」
そのキリアの質問に、コリィはキリアを含め、俺達五人に順追って目配せを送る様に目で追っていった。
そして──
「急に呼び止めてしまって本当にごめんなさい。それでは皆さん、どうかお願いします。かつての我が小さな王子の小さな反乱軍の達成会、並びに解散会をこの場を借りて執り行いたい。そう思ったんです──」
───
ああ、成る程そういう事……ね?
突然の提案に少し戸惑いながらも、皆。コリィが今、何を望んでいるのか?
その意図を汲み取ったのか、静かに次の言葉を待った。
───
コリィはキリアの元に近付き歩み寄ると、ゆっくりと右手のひらを差し伸べる様に前へと突き出した。
「それではまず、この反乱軍の提案者でもあり、優秀な参謀、及び僕の右腕となる大任を担って頂いたクリスさん!」
「はいな~っ!」
それに応じたクリスが馬から降り、コリィの元に近付いて行く。
そして彼の手に、自らの利き手である左手を重ねた。
「次に僕の副官を務めて貰い、実質リーダーを一手に引き受けて頂いたレオンハルトさん!」
「了承した」
レオンもクリスと同様馬から降り、重ねられたクリスの手の上に自らの手を重ねる。
「次に特攻隊長でもあり、軍のやさしいお母さんでもあったキリアさん!」
「あらあら、くすっ──はい!」
キリアも前のふたりと同様に、レオンの手に自らの手を乗せる
「そして特別に役職は与える機会を逃しましたが、デュオさんの奨めもあって軍へと引き抜き、勝手ではありますが途中から我が幕下に加わって頂いたフォステリアさん!」
「え?……わ、私もなのか?……ふっ、相分かった」
急な事にも機転を利かせ、他の者同様にキリアの手に自身の手を重ねるフォリー。
そして──
「最後に!……え~と……う~んと……我が軍の一応は料理長だった……別名僕の胃袋??──デュオさん!……って、これってホントにいるのかな……?」
「『いや、全く以て全然いらないからっ!!』」
それを聞いたクリスがニヤニヤと笑いながら、俺に呼び掛けてくる。
「あかんやろ、デュオ姉! 呼ばれたらちゃんと返事するんやでっ!!─くすっ」
『……あ、あんにゃろめっ! だが、ノエル。これもう一体どうするよ……』
『ぐぐっ……ご、ごめんアル。私のせいで……ここはちょっとだけ我慢して……』
ぐふっ……。
「……ふえ~い……」
俺は馬から降り、皆の元へと歩を進めた。
「何やデュオ姉、呼ばれたらちゃんと、はいっ!って言わなあかんやろ?─ぷっ」
……ホント、こんにゃろめ……。
「はいっ!!」
そして最後に重なりあった手の一番上に、俺は手を乗せるのだった。
───
そして始まる小さな反乱軍の小さな王の解散式が──
コリィは最後に、自らの利き手である右手のひらに重なりあった一番上の俺の手に、自身のもうひとつの小さな左手をゆっくりと乗せる。
そして精一杯と思える声を張り上げ様とした。
「僕……じゃないっ。わ、私コリィ・ジ・ノースデイが興した兄上、アレン・ジ・ノースデイを救出する反乱軍は!……え~と……こ、これを以て……って……そ、それから、え~と……う~んと……」
途中から尻すぼみとなって言葉を詰まらせ、しどろもどろになっているコリィに、クリスは慌てて声を掛ける。
「コリィ、お前。今回メモ書きなんて用意してへんのやろ?」
「え?……は、はい……」
ばつが悪そうに顔を赤らめるコリィに、クリスはニカッと笑い掛ける。
「そしたら別にカッコつける必要なんてないやん。ここに集まってんのは、言わばお前の身内みたいなもんや。そやからお前の言葉でええんやで。コリィが感じた事、言いたい事、伝えたい事、何も飾る必要なんてない。本来の素直な姿のままでええんや」
「え……?」
コリィは少し涙目になりながら、クリスの顔を見つめる。
「なっ?」
「……う……うんっ!!」
グスッと鼻を一度鳴らした後、コリィは再び声を上げた。
「それじゃあ、クリスお姉ちゃん。最初に僕を悪党から救い出してくれて、抱き締めて慰めてくれた事、そして反乱軍を発案してくれた事、本当にありがとう!」
「いやぁ~、何か照るなあ……って……な、なんでお姉ちゃんなんっ!?」
急に驚き大声を出すクリスに、コリィはふふっと声を漏らしながら、ニコッと満面の笑顔を向けた。
そのまま次はレオンの顔に視線を向ける。
「レオンさん。最初に会った時、正直ちょっと怖そうな人だなって思ってしまった事、ごめなさい。僕達反乱軍をずっとまとめてくれて、本当にありがとう!」
その言葉に、いつもの憮然とした表情を少し和らげるレオン。
「フッ、了承だ」
次にキリアに顔を向けるコリィ。
「……あのキリアさん。美味しい食事の支度や、いつも僕と一緒に添い寝してくれて本当にありがとう! そ、その……キリア……キリアお母さん……」
顔を赤らめ、恥ずかしそうな上目遣いの視線を送るコリィの頭に、キリアはポスッと手を乗せた。
そしてやさしく、とても愛し気にその頭を撫でる。
「うふふっ、その様に思って頂いて、私もすごく嬉しいですよ。コリィさん」
「……あ、ありがとう……」
顔を赤らめたまま、今度はフォリーへと視線を向ける。
「フォステリアさん。デュオお姉ちゃんとクリスお姉ちゃんの一番良く知ってるお人……そしてとても綺麗で勇敢なお方。短い間でしたが、本当にありがとう!」
その言葉に、フォリーも静かに微笑む。
「こちらこそ。遅れたにも関わらず名誉ある反乱軍に加えて頂いて、嬉しく思うよ」
そして最後にクリスは、俺の目を見つめてきた。
目からは既に溢れ落ちそうに滲む涙が──
だが、コリィは必死に堪える様に、無理矢理笑顔を作ってみせている。
コリィはまず俺の左目、即ちノエルの青い瞳の方を凝視した。
「デュオお姉ちゃん。僕が不安だった時、悲しかった時、元気がなかった時……いつもギュッとしてくれて勇気を与えてくれた……あの温もりを僕は絶対に忘れない。本当にありがとう!」
『コリィ君……こちらこそだよ。私の小さな弟さん……一緒に過ごした時間はとても楽しかったよ』
ノエル……。
頭の中に聞こえてくる彼女の念話の返事を、俺はそのまま声にする。
「コリィ君、こちらこそ。私の小さな弟さん。一緒に過ごした時間はとても楽しかった」
「ありがとう、デュオお姉ちゃん……」
コリィは泣き出しそうになるのを必死に堪えながら、次に俺の右目、紅い瞳の方へと視線を集中させた。
「そしてもうひとりのデュオお姉ちゃん。強大な敵を討ち倒してくれた事、僕の反乱軍。その目的を無事に達成させてくれた事、僕達に明日という未来をもう一度見れる様にしてくれた事……本当に、本当にありがとう!!」
「コリィ……」
その言葉に思わず胸が熱くなり、自然に口から彼の名が漏れた。
「あなたに“会えて”良かった──」
俺は一番上に添えられたコリィの左手に、自身の左手を包み込む様にして重ねた。
「コリィ、私……いや、俺の方こそ、そんな風に思ってくれて本当にありがとう──」
「……デュオお姉ちゃん……うっ、ううっ……」
今にも泣き出しそうなコリィを、俺は叱咤する。
「コリィ、ダメだろ? まだ泣いちゃあ……ほら皆が待ってる」
「そやそや、デュオ姉の言う通りやで! 泣くのは後でなんぼでもしたらええんや! ほら、もうひと踏ん張り。最後までバッチリ決めや? 反乱軍リーダー、コリィ!!」
続けて上げるクリスの言葉に、コリィは一度大きく頭を振った。
「うんっ!!」
必死で涙を堪えながら、締めとなる言葉を上げる。
「それでは、小さな王子の小さな反乱軍は宿願であった我が目的を皆の力で成就する事ができた。皆に私は大いに感謝するものである! これを以てここに於て解散する事を宣言する。皆、誠にご苦労であった!」
──“応”!!──
俺達“六人”は、同時に声を合わせて応じる。
「……みんな、お疲れ様でした……ホントにホントに……ぐすっ……」
声と共に、重ね合わせていたお互いの手を皆、一斉に振り上げた。
「ホントに……ホントに……あり……がとう……ううっ、う……うわああああああああんっ!!」
……コリィ……。
『……コリィ君』
「──うわああああああああんっ!!」
皆に囲まれながら、コリィは両手で顔を覆い隠し、一心不乱となって泣きじゃくる。
そんな彼の様子にクリスを始め、皆が俺に対してそっと目配せをしてきた。
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そんなの言われなくたって分かってるよ。
「本当に良くがんばった。コリィもお疲れさん。私からも礼を言わせてくれ。互いにありがとうだよ」
『うん、アルの言う通り。お疲れ様、コリィ君──』
俺は泣きじゃくるコリィをそっと、そしてやさしく抱き締めるのだった。
小さな王が泣くのを止めるまで──
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「最早これ以上この場に留まるのは別れが辛くなるので、これを以て御暇と致します! それでは──」
再び馬上に乗ったキリアが声を上げる。
ヒヒィンと嘶く馬。
皆、手を上げてそれに応じた。
「──また会いましょう!!」
皆が見送る中。やがて馬上のキリアの姿が、全ての者の視界から消えていくのだった。
それを見計らって、レオンが自身の馬の元に歩み寄り騎乗する。
「では、我らもそろそろ行くとするか」
馬上のレオンが俺達の方へと声を掛けた。
「うん。ああ、そうだな。行こう」
「うむ、分かった」
俺とフォリーがそれに答え、それぞれ馬の元に寄り、馬上に上がる。
そして彼の元へと近付いて行った。
「それじゃ行こう! 次なる目的地、ロッズ・デイク自治国へ──」
俺の声に。
「ああ、地の大精霊の元に──」
フォリーの声。
「─うむ」
頷くレオン。
───
「うんうん、そやな。はよ行こっ! 地の大精霊に会いにっ! ふっふ~~んっ!」
最後に明快なクリスの声。
うん。なんか如何にも冒険のパーティぽくって、こういうのも中々いいもんだな。
クリスの声なんて、すごく好奇心に満ち溢れるって感じで!
………
………ん?
……ってか、待てよ。
……クリス。
………。
……クリス???
慌てて後ろを振り返ると、旅支度を済ませたクリスが、馬上で目を細めニコニコしながら、楽しそうに身体を揺らしている姿が映るのだった。