14話 邂逅
ようやくヒロインの登場です。
……長かった(笑)
よろしくお願い致します。
───
あれから一体、どれくらいの距離を飛び続けたのだろう。
ただ、目の前にひたすら続く水平線。
───
大鷲の尖ったクチバシが開き、そこから大きな絶叫の声が発せられる。
「だあああぁぁーーっ! もう嫌だっ! 一体いつになったら辿り着くんだ!?」
幸いにも、この広大な海峡には小さな小島が多く点在したので、食糧と寝床の確保には悩まされずに充分に事足りた。それに大空を飛ぶ事は相変わらず楽しい。
にしてもだ。さすがに──
「飽きたああああぁぁーーっ!!」
───
今度は海を泳ぐ何かに憑りついてやろうか? 漆黒の剣を身体に巻き付けた鮫なんてどうかな?
……い、いや、様になんないな。やっぱ、やめとこ。
そんな他愛もない事を考えている時だった。
不意に海に浮かぶ何かが、俺の視界の中に入ってきた。
……あれは、もしかして舟?
飛びながら、近付いてみると、それは一隻の漁船のようだった。
思わず心が踊る。
よしっ! だけど、どうする?
取りあえず、ぐるりと旋回し、周囲を見渡してみる。すると、ある突き出た岬の先端に確認できる塔のような建築物の姿が──
あっ、あれは灯台か?
全速力でその方向に飛んで行き、やがてその上空へと辿り着いた俺は、再び辺りを確認する。
すると──
灯台が見えた場所の奥に入り江があり、そのくぼみに、大きな港街が広がっていた。
───
「やったっ! やっとだ、やっと辿り着いた!」
嬉しさと安堵感が同時にやってき、次に興奮で身体が打ち震える。
そうだ、まずは街の様子を確認しよう。
さすがにこの大鷲の姿は目立つので、かなり上空での旋回を繰り返しながら、街の全体を見渡してみた。
───
宿や酒場らしき建物が確認できる。あれは冒険者ギルドかな? 大きな市場のようなものも見える。立ち並ぶ多数の建築物、そしてそれらに群がるたくさんの人影。
かなり人口は多そうだ。
やっと『人間』になれる!
どんなのがいいかな?
やっぱり後の事を考えると腕の立つ冒険者がいいな。いや、強力な力ってのは、この魔剣があるから、この際考えなくてもいいか。
それなら、知識が豊富な学者か魔導士? 待てよ、目利きのいい旅商人なんてのもいいかも。とにかく、これだけいれば選り取り見取り。
ぐふふっ……って……んん?……あれ──
─────
しばらくの後、街の中央にそびえ立つ時計搭の屋根の上で、呆けている一羽の大鷲の姿があった。
───
ダメだ。前にも考えた事だけど、人の身体を奪う。つまりはその精神を殺す。そんな事が今の俺にできるのか? その覚悟が自分にはあるのか?
いっそ、自分の身体を使ってくれって、人が現れないかな─って、そんな都合のいい人なんていないか。
そんな自分の身体を捨てるような事を考える人間は。
──自殺願望者
一瞬、その言葉が頭の中に過る。
『自殺』──俺が大嫌いな言葉のひとつだ。自分で自分の生命を断つ。その行為は、人殺しのそれと同じ行為だと俺は思っている。
どんなに辛い事、悲しい事、苦しい事、それがあったとしても、生きてさえいれば何とかなる。いや、しようと足掻く事ができる。それが信条の俺にとっては、その行為は絶対にしちゃいけない許されない行為なのだ!
─っと、大分話が逸れてしまった。なんの解決にもなってない……はあああぁぁ~。
呆然としながら、何となく眼下を眺めてみる。
するとひとつの人影が、人が大勢いる大通りから外れて、小道に向かって小走りに走って行く姿に気付いた。
身に茶色の外套衣を纏い、フードで顔を覆い隠しているようだ。
比較的小柄な人影が向かっているその先は、どうやらここから見るに、街の外の林へと続いているようだった。
──なんか妙に気になるな……。
───
その時だった。何か、自分の身体に強烈な衝撃が走った!
次に背後から男の怒鳴り声が聞こえてくる。
「やった! 仕留めたぞ!」
その声に反応し、俺は自分の身体を確認した。
胸、いや、心臓に矢が背中から貫通し、その鏃が前から覗いて見えている。それを認識した瞬間、感じていた衝撃が激痛へと変わる!
───
ぐああぁっ!!……ぐっ……ぐぐぅっ、ううっ……ま、まずい……これは致命傷だ……ぐうっ……くそっ……完全に油断していた……。
背後から声が近付いてくる。
「大物だ! これは、なんて大きい大鷲なんだ!」
「うん? なんか変だぞ! 背中の黒いあれは何だ?」
「え? も、もしかして、魔物かなんかの類いか!」
───
激痛で意識が朦朧とする中。背後から聞こえる複数の男達の声と、背中にある魔剣が放つ、キィィィーンという低音──
───
……もう……ダメだ……とにかく……逃げ……ないと……。
俺は最後の力を振り絞って、空に向かって飛び立つ。
その俺に向けて放たれる矢が、一射、続いて二射。それをなんとかかわし、ふらつきながら飛んで行く。
───
ぐううぅ……ま……さか……狙われて……いたなんて……も、もう、長くは持たないな……とにかく……奴らから……逃げなければ──
失われようとする意識の中、奥の林へと向かって行く。
人が多い……この場所……から……離れる事になるのは……残念だけど……預かった……この身体……こんな事に……なってしまった……けど……。
視界がぼやけ、だんだんと暗くなっていく。
……あんな……奴らに……手渡すの……は不憫だ……ちゃ……んと……と弔って……や……らない……と……。
──くっ……うぅ……う──
─────
そこで大鷲である俺は意識を失った──
◇◇◇
気が付くと、いつか前の通りの真っ暗闇だった。そして足下から感じるこのひんやり感。
───
『またか……』
……今はどういった状況なんだろう?
何かを見ようと、自身の意識に働きかける。すると──
『見える!』
そう、“見える”のだ。視界はそんなに広くはないが、確かに見る事ができる。
その光景は──
もう日は沈んで辺りは暗くなっていた。晴れ渡る夜空で、煌めく月明かりが煌々と辺りを照らし出している。
何処かの林の中のようだ。そして目の前に広がっている湖。
───
どうやら俺は今、再び、魔剣である自分の身体を、何処かの湖畔に突き立てている状態になってしまっているようだ。
『またか……』
ん? さっき、言ったっけ、この台詞。
──言った。確かに“言った”! もしかして言葉を発する事もできるのか? それに心なしか聞こえてくる虫の澄んだ鳴き声。
うん。“聞こえる”!
『間違いない。以前とは違う!』
身体を動かす事はできないが、視覚、聴覚は確実にある。
目の方は視点の高さからして、剣の柄にあった、あの赤い宝石のような物が、目の役割をしているのだろう。
目を動かすように、その視線を変える事も可能だ。おそらく言葉が発せられるのも、ロッティが言ってた『念話』という形の物なのかも知れない。
『!?』
突然、視界の届かない後方から、足音が近付いてきた。
バシャ、バシャと水音を立てながら、その足音の主はそのまま湖の中へと入って行く。
そして湖の方へと向いている、狭い俺の視界に入ってきたその姿は──
昼間、時計搭の屋根の上で目にして、気になったあの茶色の外套衣を纏った“人間”だった。
その人物は湖の中を構わず、突き進んで行く。
やがて股下に水が浸かるかどうかの所で立ち止まった。何かを思案している様子だ。フードを目深に被っているので、その容姿まではよく確認する事ができない。
───
大分小柄だな、華奢だし、もしかしたら子供なのかも……。
するとその人物は急に振り向き、こちらへと近付いてきた。どうやら魔剣である俺の存在に気付いたらしい。
その人物は躊躇なく剣である俺を引き抜く。そしてそれを両手で握り締め、振り上げた。
次に剣先を自分の喉元に向け─って、な、何を、何をやろうとしてるんだ! こいつはっ!?
──やめろっ! やめるんだっ!!
俺は考えるより早く魔剣の一本の鉤爪を、その人物の右肩へと突き立てた。
そして両腕を支配し、その自由を奪う。
───
俺の支配下となった右手の魔剣は喉に突き立てられる事なく、剣先を下に振り下ろした。
そして、怒りでいっぱいになった俺は、一喝、怒鳴られずにはいられなかった!
『何をやってるんだっ!! お前はっ!!』
───
剣を振り下ろした勢いでフードが外れ、隠されていた顔が顕となる。
フワリと茶色がかった髪が風になびく。その容姿は──
綺麗な青色の瞳を持つ、まだ、あどけなさの残る少女だった。