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一心同体の魔人 ─魔剣と少女、Duoが奏でる冒険譚─  作者: Ayuwan
7章 火の精霊編 小さな王子の小さなクーデター
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157話 やり残した事

よろしくお願い致します。


                   ◇◇◇




 ──パキッ


 枯れた枝を折る渇いた音が響き、ひとりの男が一歩を踏み出す。


 ここはノースデイ王国とティーシーズ教国の国境となる山脈の麓。


 密に茂渡る雑木林の中。周囲の空気は比較的穏やかで、辺りからは小鳥の囀ずりも耳にする事ができた。


 高くそびえる木々の隙間からは、煌めく朝日の光が差し込んでいる。


 バキッ、パキッベキッ──


 やがて男は、既に自身の目に届いていた場所へと辿り着く。


「フッ、全く人間という者は実に脆い存在だな──」


 それに反応するかの様に、辿り着いた場所にいたもうひとりの男が、少し嘲る様に呟いた。


 まだ若者と思える声だ。


「黒の魔導士……」


 男がその声に応じる様に声を漏らす。


 それは黒い鎧に身を固め、右手に長槍を手にした黒ずんだ赤髪の男。オルデガ・トラエクスだった。


「今の私の身は人間の身体。今回の劫火竜エクスハティオとの戦いを以てして、改めてその事を思い知った。まあ、あらゆる魔力(マナ)によって守護となる多種多様の技を施していたのではあるが──」


 そう答える男は法衣(ローブ)の様な物を身に纏っていた。だが、よく見るとローブの隙間からは時折金属の放つ輝きが垣間見える。

 おそらく中の身体には、いくつか部分的に金属製の鎧を装着しているのかも知れない。


 頭は少し濃い目の茶髪。背を向けているので、その顔までは確認する事ができなかった。


 男は岩場に腰掛けて、山水が流れ落ちてくる水溜まりの場で顔を洗っていた様だった。


「フフッ、こうやって今、私は顔を洗うという行為を行っている。こうする事によって爽快感を得るというのもあながち悪くはないものだな」


 そして男は近付いてきたオルデガに向け、僅だか顔を傾けた。


 ほんの一瞬だけだが、オルデガの目に男の横顔が確認できた。


 鼻筋が通った整った顔立ちの青年の様に思われたが、少しおどけなさも残っていると感じた。


 もしかすれば、まだ少年と呼ばれる年齢なのかも知れない。


「黒の魔導士……殿?」


 もう一度オルデガが呼び掛ける声に、その青年は手に持つ黒い何かを顔全面部に張り付けるように宛がった。


 同時に顔全面部に張り付けられたそれから、バシュッという音と共に複数の黒い帯の様な物が飛び出し、男の顔全体を瞬間的に覆い隠す。


『まあ、致し方あるまいよ。今の私がこの世界に具現化できているのは、この人間の身体があればこそなのだからな』


 顔が黒い物に覆い尽くされたのと同時に男が発する声が、若い青年の声から男や女が入り交じった不気味な音となって、直接心の中に響いてくると感じる無機質な声へと変化した。


 そして男はオルデガの方へと完全に振り返る。


 例の黒い鉄仮面の頭部。


 そう、この者は『黒の魔導士』と呼ばれる存在だった。


「黒の魔導士殿。身体の方は……大分消耗していた様子だったが?」


 オルデガの言葉に漆黒の仮面が答える。


『案ずるには及ばんよ、それよりもだ。私の事はお前の前主が名付けた“仮名(アノニム)”と呼んでくれればいい。まあ、名の通り、仮の呼称なのだかな。我が騎士(エクエス)オルデガ・トラエクスよ』


「了解した、アノニム殿。して、火竜の(くだり)は滞りなく済まされたのか?」


 オルデガはその事に応じながら逆に問い掛ける。


『ああ、劫火竜エクスハティオとの戦いを終えた私は、そのまま常世(とこしよ)となる精霊界に於いて転魂の儀を既に成してきた。風、水、火──残るは後ひとつのみ』


「地の大精霊……か? それを護る守護竜。確か東の地、ロッズ・デイク自治国に存在する……だったか?」


 それを聞いたアノニムは、鉄仮面から異音と感じる様なくぐもった笑い声を漏らす。


『フッ、フハハハハッ──それは少し違うな、我が騎士オルデガよ、()の地に於いて現存する地の守護竜、鳴地竜ウィル・ダモスに至っては、所詮ただの出涸らしよ。かつての強大な力や強固なる威厳も、今となっては最早既に持ち合わせてはおらぬ』


 オルデガは表情を全く変えずに、アノニムの言葉にただ耳を傾けていた。


『“守護竜”、そう呼称されていた存在は、今は大精霊を守護する役目を担ってはおらぬ。それに代わる存在が今の『守護する者』だからな。そして残る地の大精霊を『守護する者』──名をテラマテルと言う』


「地の『守護する者』テラマテル……」


 アノニムが口にしたその名を、反芻する様に呟くオルデガ。


 黒の魔導士の鉄仮面に施された目の様な紋章が一瞬、赤い光を灯した様にぼんやりと揺らめいた。


『永遠不滅、永久不変。悠久なる時を過ごす事が可能な“生命”在らざる存在。そんな少女だ。フフッ、我らと最も近しき者なのかも知れんな』


「………」


 無言でただ己の事を睨み付けているオルデガに一瞥をくれると、不意にその覆われた漆黒の頭を天を仰ぐ様に上へと向けた。


 何処かで野鳥だろうか? ピィーーッと天空に澄み渡る様な鳴き声が一度、響いた。


 やがてアノニムはゆっくりと頭を戻すと、再びオルデガへと視線を向ける。


『さあ、我々もそろそろ向かうとしよう。最後の目的地となる桃源郷。それがあるとされている()の地、ロッズ・デイク自治国へ──』


 その言葉に、静かにそれでも力強く頷くオルデガだった。




                   ◇◇◇




「それでは私、キリア・ジ・アストレイアは、これより本国へと帰還致します。皆様に於かれましては誠にお世話になりました。皆様のこれからのご健勝を私、キリア。心よりお祈り致しております。互いに邁進して参りましょう!」


      挿絵(By みてみん)



 ───


 馬上のキリアが綺麗なお辞儀と共に、良く通る声の感謝の言葉を放つ。


 ここはノースデイ王国。いや、今は新生ノースデイ共国。


 その首都となる街バールの城門前。


 そこにこの国の代表者となるふたつの王、アレンとコリィふたりの姿。そして彼らを取り巻くガリレオとイザベラを始めとする親衛隊の姿もあった。


 ヤオ老魔導士を先頭にダート、ローランを両脇に従えた彼の率いる火の一族の集団の姿も見受けられる。勿論、その中には頭ひとつ分飛び出た巨漢の変態(?)戦士、カマールがいるのも確認できた。


 それとは別にもうひとつ、キリアと同じく旅支度を済ませ、馬上にいる四人の姿。今から新たな冒険の地に向かおうとするパーティとなる者達。


 俺とノエル。即ちデュオとフォリー、それとレオンだ。


 そして何故だか分からないけど、火の一族側にいなきゃならない筈のクリスが、こちら側にニコニコと満面の笑みを浮かべて一緒に馬を並べている姿があった。


 ───


「いいえ、キリア殿。こちらこそ大変お世話になりました。貴女という存在が、私達ノースデイ国と関わり合いを持てた事に心より感謝します。これからもミッドガ・ダル国とは協力的な良き関係を築けたのならば。そう願っております。代表者ストラトス将軍によろしくお伝え下さい」


 アレンの言葉を受け馬上のキリアがニコリと静かに微笑みを浮かべ、もう一度ペコリと頭を下げる。


「アレン様。ありがとうございます。我が国代表、ストラトスにその様に伝えておきます。アレン様とコリィ様に於かれましても、更なる自国の発展の為。粉骨砕身を以てご精進なさる様。これを以て、不肖キリア。お別れの最後の言葉と致します──」


 馬上のキリアがアレンに向かい胸に腕を当て、いわゆる騎士の礼をとる。


 彼女の得物である巨大な鉄槌、白銀のメイス。刃の無い(ニヒルラミナ)断頭台(・ギロティナ)は、今は三つにたたまれ彼女の黒いマントの下の背に装着されていた。


 あんな巨大な武器がこうも見事に収納される事に、相変わらずすごいな。どんな仕組みになってんだろ? と改めて感じながらも彼女に向けて、俺は別れの言葉を口にする。


「キリアさん。本当にありがとう。貴女がきてくれた事によって、大いに助けられた……再びデュオという存在に戻れたのは、キリアさんがきてくれたからこそ成された事だと感謝してますよ」


 俺、デュオの言葉を受け、彼女は俺へと向けて、今度は満面の笑みをニコッと向けてきた。


「いいえ、デュオさん。私の方こそ貴女と出会えて本当に幸運だった。しばらくの期間でしたが、共に過ごしたこの(とき)は、決して忘れる事ない大切な記憶となって私の中に刻み込まれる事でしょう。貴女が目指す『目的』──それにこの世界の命運が懸かっている……」


 キリアは再び目を細めながら、柔和な微笑みを浮かべた。


「ですが、貴女様ならば必ずや成し遂げると、私は心から信じております。デュオさん。いえ、“魔剣さん”……うふふっ」


 穏やかな笑みの表情から、少し悪戯っぽい笑い声を溢すキリア。


 続いて俺の隣に馬を並べるフォリーとクリスに順追って視線を送りながら、キリアは別れの言葉を告げた。


「フォステリア様。クリスさんに於かれましても、お世話になり本当にありがとうございました。私に素敵な思い出を頂けた事に誠に感謝致します。どうかご健闘の方をお祈りしております──」


 そしてペコリとふたりに向け頭を下げた。


「いや、こちらこそ()の誉れ高き戦美姫。キリア・ジ・アストレイア殿と共に戦えた事、誇りに思う。私にとっても貴女との出会いは、貴重な体験として深く我が記憶に残る事になるだろう」


 フォリーの言葉の後を続ける様に、彼女の隣にいたクリスが言葉を発する。


「うんうん! キリア姉がいてくれたから、こないな程度の事態で済んだんやで! 丸く収まってホンマ、キリア様さまやでっ!!……キスはして貰へんかったけど──」


 ──ポカッ!


 鈍い音が鳴り響き、目に映るのは拳を振り下ろしたフォリーと、プルプルと震えながら頭を両腕で抱え、馬上に顔を埋めるクリスの姿が。


「全く、お前というやつは! このバカクリスっ!!」


 涙目で顔を上げながら抗議の声を上げるクリス。


「むうっ、そやからバカ言わんとってっ!!」


 まあ、見慣れたいつもの展開だ。


「ふふっ──」


 そんなふたりの様子に微笑みながらも、キリアはゆっくりと馬の歩を進めた。


 やがて横に馬を並べていた俺達三人、少し離れた後方へと移動して行く。


 そこにいるのは言わずもがな、馬上にいるレオンだった。


「……あ……あの、レオンハルト様……」


 キリアはレオンの所に近付くや否や気恥ずかしそうに、頬を赤く染めながらうつ向き加減で囁いた。


 彼女らしからぬその態度に、さすがのレオンも困惑の言葉を上げる。


「むっ……どうかしたのか? キリア」


 キリアはより一層頭をうつ向かせる。


「……あ……あの……昨晩は……そ、その……」


「一体どうしたのだ?」


「……す、すごく……よかった……で……す……」


「──!!…………む、むうぅ……」


 頬をカァーと赤らめ、口元を手で覆い隠しながら、恥ずかしそうに流し目でレオンに上目遣いの視線を送る。


 そのあまりにも魅惑的な仕草に、普段は憮然とした態度のレオンも一瞬たじろぎ、続けてゴホッゴホッと軽く咳払いをしながら、彼女からの視線から逃れる様に頭ごと振り向き顔を背けていた。


 ───


「キリア姉、よかったって何の事やろ? 昨晩の宴の時の料理やお酒の事やろか……?」


 とぼけた事を俺にボソッと問い掛けてくるクリス。


「……って、俺って……そうじゃない……私にそんな事聞くんじゃねえぇーーっ!!」


「それとも、その後でレオお兄と一緒にチーク踊った事やろか……? なあ、デュオ姉はどない思う?」


「だから、そんなの私に聞くなってーーのっ!!」


「……何そんなにムキになってんねん、デュオ姉……はは~ん、もしかして“あの日”なんやろ?」


 ………。


 ……クリス……こいつもやっぱ、かなりの天然かよっ!!


『アル、クリス君の事、一発軽く殴ってやって頂戴!』


『あいよ! ノエル』


 ノエルと同意見となった俺は、彼女の要望とおりに、ポカッっとクリスの頭を軽く殴ったのだった。


 勿論、グーで!


「この、バカクリスっ!」


「──い、痛っ!!……む、むぅ……もう! デュオ姉までバカ言わんとってっ!!」


 ───


 キリアは顔を背けたままのレオンの元に更に近付き、その手を取った。


 それに反応して再びキリアの方へと振り向くレオン。


「ふふっ、愛する私の旦那様──」


 そしてそれを確認するとパッと手を離し、直ぐ様自身の胸の前に当て、恭しく騎士の礼をとる。


「それではこれを以て、私キリアは、ミッドガ・ダル国、第三軍団長の任に戻ります。レオンハルト様に於かれましては、我らそれぞれ三軍団の長なる者が貴方様のお留守をお預かりする故、どうか、ご自身の『目的』に対してひたすらにご邁進なさる様。それと共に達成のご成功を心よりお祈り致しております──」


 毅然と声を張り上げるキリアに対し、レオンは彼女の目を真正面に捉えながら大きく頷いた。


「うむ──」


 その目を再びキッと見返すキリア。


「そして必ずご帰還くださいませ。ミッドガ・ダルに……私の所に──」


「ああ、了承した。必ずだ」


 やがて騎士の礼を終えたキリアが姿勢を正した。


「それでは、皆様──」


 次に手綱を握り返し、ひとりミッドガ・ダルの方向へと、馬の頭を向ける


「せやっ!」


 ───


「待って下さい! キリアさんっ!」


 キリアの上げる声の直後に、誰かが声を上げる。


「お願い……最後にもう一度だけ僕の所に集まってくれませんか──?」


 そう言葉を発し、一際小さな馬に騎乗したひとりの、これもまた小さな身体の者が俺とフォリー、クリスと馬を並べた所へと近付いてきた。


「まだやり残した事があるんです」


 そう、それは小さな王子ならぬこのノースデイのふたつの象徴となったもうひとつの存在。即ち小さな王、コリィだった。





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