156話 コケティシュエモーション
よろしくお願い致します。
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──私の事、好き?──
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そ、そんなの……急に好きかって問われても……。
『ノエル……お、お前、ちょ──』
ノエルの再度の問い掛けが、俺の念話の言葉を遮る。
「私の事、好き?」
『だ、だから、お前は何だって急に──』
「私はアルの事、好き! 大好きっ!!──アルは私の事、好き??」
『……お、おい、ノエル。突然一体どうしたんだよ!? いきなりそんな事言うなんてさ。お前、絶対におかしいぞ! まだ酔っ払てるんじゃねぇーのかっ?』
俺の念話に、ノエルは半ば涙混じりとなる声を上げた。
「うるさい! 酔ってるとか、酔っ払てないかなんて、今はそんなのどうだっていいのっ! 私はアルが好きっ!!……アルは私の事、好き??」
『ノ、ノエル……お前、ホントにおかしいって! 急にそんな事言われたってよ……だって、俺って人間じゃねぇーし……その、剣だし……』
「人か剣かなんて、そんなの関係ない! 私はあんたに聞いてんのっ!!」
……って、一体何なんだ。コレ? ホント急にどうしたんだよ……??
「はああぁぁぁ~~っ、もうっ! ねぇ、いい? もう一度聞くよ! 私の事、“好き”?“嫌い”? どっちか今ここではっきりと答えてっ!!」
ノエルのイラッとした少し怒気の籠った声が響く。
……ちょ……お前、そりゃねぇわ。好きか嫌いかなんて、それって二択じゃねぇーか!? そんなの反則だわっ!!
「好き? 嫌い?──どっちなのっ!!!」
──ぐふっ。
『……そ、そりゃ、今までずっと一緒にいた訳だし、嫌いな筈ないじゃん……』
「好き? 嫌い? はっきり言って!!!」
『……その……す、好きです……』
「だったらキスして──」
『……へ?……は、は、い??』
「──好きだったら、キスしてよ」
……なんだコレ? 一体何が起きてんだ……
『ちょ、ちょっと待てっ! ノエル。お前は今確実に酔っ払ってる! どう考えたってマトモじゃないっ!!』
「なんで? 私はアルの事が好き。アルも私の事が好き。お互い好きなら、さっきのふたりみたいにキスだってできる筈だよっ!?」
……やっぱり、そうか? さっきのレオンとキリアとのを見て、それに感化されやがったな……きっと酒の影響だ。全く飲み過ぎだってーーっの!!
「ねぇ、アル。キスして──」
『ノエル。いいか? まずお前が酒に酔ってるとか、酔ってないかは別にしてだな。そもそも俺には身体がない。即ちお前と同体だ。物理的にそんなもんができる訳ないだろーがっ?』
「そんな事ないよ」
ノエルはそう答えると、小部屋中央の大見鏡の前に立った。
俺達……っていうか、俺の視覚に感じ取られる光景。
それは──
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茶色の髪、少しあどけなさが勝ってはいるが、整った顔立ち。紅い瞳の右目と青い瞳の左目の妖眼
純白のドレスを纏い、首元や手首等を黒のリボンで彩った、俺自身となる者。即ちデュオ・エタニティであった。
だが──
「──アル」
鏡に映ったデュオが、そっと呟く。
その声に思わずハッとして、再び鏡に映るデュオを凝視した。
大きく胸元が開くデザインと、薄着となるドレスから、ちらつく本来白い肌がほんのりと全体的に火照っている様に赤く染まっている。
鏡を覗き込むようなその顔は、特徴的な大きなくせ毛を前へと垂らし、オッドアイとなる瞳には僅だが、涙の様な潤いを帯びていた。
媚びているとも取れる、不安げで切なそうな表情。
そう、今鏡に映っているのは、“俺”ではなく、“デュオ”でもなく、ひとりの少女、“ノエル”だった。
そんな彼女が、俺の考えていた事に感付いてか、鏡の自身に向けて潤んだ瞳で蕩ける様な微笑みを溢す。
───
「ねぇ……キスして──」
───
──ぐふっ!……はっきり言ってメチャクチャ色っぽいんですけどっ!!
『……だ、だから、そんな事……できる訳がない……っての……』
「そうかな?……例えば、ほらこうやって──」
ノエルは映る自分の瞳から目を逸らさず、凝視したまま、純白のドレスを両手で捲し上げて、見鏡の段上へと乗り上げた。
鏡に映るノエルの顔が、グッと近くになる。
「ね? こんな感じでやれば──」
更にノエルは瞳を凝視したまま、顔をゆっくりと近付けてくる。
乗り上げる事によって、ほぼ剥き出しとなった白く眩しい健康的な太もも。
両手を着き、前に乗り出す事によって大きく開いた胸元からは、元々小さい訳ではない彼女の谷間が、その事によってギュッと寄せ上げられ、装飾された黒いリボンと相俟って、一際大きく色気をアピールしていると感じた。
そしてやはり酒を帯びているのか、媚びている様なトロンとした表情。
──やっぱり色っぽいっ! てか、エロいっ!!
……って、事細かに俺は、一体何の説明をしてんだよっ! そんな事やってる場合じゃねーっだろーーがっ!!
───
「ねぇ、アル──」
ノエルは憂いを帯びたトロンとした表情で、どんどん鏡の自分へと身を乗り出し、顔を近付けてきた。
目を逸らさず、ずっと自分を凝視したまま、その距離がどんどん縮まってくる。
目に入ってくるのは、彼女のしっとりと濡れたピンク色の小さな唇。
「キスしよ──」
──ぐふっ!!
今、俺の視覚として捉えているのは、キリアやフォリーよりも“可愛くて魅力的な女の子”と感じるノエル。
そんな彼女が、目だけを凝視しながら、切な気な表情で唇を少しだけ突き出していた。
───
……こ、これは……本当に俺がノエルとキスしてるみたいじゃんかっ!!
「アル──」
鏡に映るノエルが、まるで誘う様に、熱い吐息の呟きを漏らす。
──ぐふっ、これはマジでヤバイっっ!!!
「アルってばぁ~~……」
もう一度、頭の中で直接感じる熱い吐息。
そしてゆっくりと、でも確実に鏡の中の“デュオ”は、“デュオ”へと顔を近付けてくる。
『……ノ、ノエル……マジでヤバイんだって……』
「ふふっ……ねぇ、アル──」
……俺の目は最早、ノエルの唇に釘付け……だ。
「──好き──」
そして鏡越しにデュオとデュオの唇が触れ合う──
──と、まさにその瞬間だった。
───
「デュオ姉えええぇぇーーっ!!!」
──ガンッ!!
──ピシシッ
───
「こんな所におったんや? 僕、ずっと探してたんやで! さあ、今度こそ僕と踊って!!」
突然、後ろから響き渡るクリスの騒がしい声と同時に、今まさに鏡の自分へと、口付けしようとしていたノエルが仰天し、盛大に誤爆となる頭突きを見鏡へとかましていた。
ピシピシッと見鏡に亀裂が走る。
「……ん? 鏡に頭突っ込んでどないしたん? 何かの新しい遊び??」
クリスのとぼけた発言と同時に、俺の視界がぐるっと回った。
おそらくノエルが床へと仰向けに倒れた!──のか!?
「……むきゅううう……」
絵に描いた様相で目を回しているのだろう。根絶の声を漏らすノエル。
……あ~あ……と、取りあえずは──
『大丈夫かよっ! ノエル!!』
─────
Emergency occurs
【緊急事態発生】
Perform a forced switch ──My Master
【強制切替を実施します。マイマスター】
─────
不意に例の幻聴の様なものが聞こえ、同時に視界が暗転する。
やがて気付けば、仰向けに倒れたノエルの身体。即ちデュオの身体の感覚が、俺へと戻っていた。
「──っ、痛っ!!」
頭に激痛が走り、痛覚を感じた瞬間、それは一瞬にしてなくなる。
おそらくは頭を軽く切っていたのかも知れない。出血も少ししていたのかも……だが、今となっては、魔剣によって瞬時に再生されているので、どれ程の傷を負っていたのかは定かではない。
だが──
「デュオ姉! 大丈夫なんっ!?」
俺は上半身を起こしながら、心配そうな表情で前屈みに顔を覗き込むドレス姿のクリスを手で、大丈夫だと制止する。
……まあ、それよりもだ……。
「……うええぇぇ~~っ! 気っ色悪ううぅぅ~~~っ!!! うげえっ…………」
やっぱりだよっ! だから、俺は酒は大嫌いだっつーっのに、ノエルのやつ、こんなになるまで飲むなんてよ……!!
……おえぇ……本気で吐きそう……。
うげえぇ……。
おえぇ……って……え……?
………!!
………。
……ん??
俺がそれを“不快”だと感じた時、これもまた瞬時にその感覚が全く消え失せた。
「………」
俺は自身の感覚を確認する。
腕などの肌の色も赤みが引いているし、身体中に感じていた火照りや、倦怠感。そしてなんといっても今にも吐きたくなるような吐瀉感が一切なくなり、すこぶる快調と感じられる様になっていた。
……全く、魔剣さま様だよ……はあぁぁ~~。
「デュオ姉……?」
俺は立ち上がりながらクリスの背中を、ポンポンッと軽く叩いた。
「大丈夫、心配すんな。問題ないよ、クリス」
それを聞いたクリスの不安気な顔が、パァーッと明るくなる。
「良かった……ほなら、デュオ姉、僕と踊って!」
聞こえてくるクリスの元気な声。
だけどね……。
俺はキラキラと目を輝かすクリスの顔へと、どよ~んと生気のない視線を向けた。
……取りあえず、ひとりだけずっと素だった俺は、“周りの者”に散々振り回されて今、ひっじょ~~~っおおおぉぉ~~っ! に疲れているのだっっ!!!
ので──
「………」
俺は今度も無言で、うんうんと二度程頷きながら、クリスの背中を軽く叩き返す。
「……デュオ姉??」
そして何度も頷きながら、その場から去ったのだった。
───
「……何なん、あれ……???」
クリスの唖然と呟く声を聞きながら──
◇◇◇
──そして今は翌朝。
あれから宛がわれた部屋に戻り、心身共に疲れきった俺は、ドレス姿のまま泥の様に眠りこけたのだった。
朝となり目が覚めた俺は、ベッドの上で仰向けになっていた上半身を起こした。
直ぐ隣のベッドの上には同室となるフォリーが、彼女もドレス姿のまま横向きになりながら、まだ、すぅすぅと寝息を立てているのが確認できた。
彼女も思いの外酔ったのだろう。
……さて──
『ノエル。お前、もう起きてるよな?』
『──ギクッ……って、な、なんで分かったの?』
俺はベッドに腰を掛けたまま、思わず顔に手を当て、はぁ~っと嘆息の息を漏らす。
『ギクッって言葉にするなよ。ってか、どんだけ一緒にいると思ってんだ? そんなの頭ん中の気配で簡単に分かるっての』
『てへっ……あ、あはははっ……』
『てへ、あははじゃねぇーよ。他に何か言う事は……?』
少し間が空き、ノエルのしょんぼりとした声が頭の中に響いてくる。
『……ごめんなさい、アル。私ちょっと飲み過ぎちゃって……悪ふざけが過ぎたみたい……』
……まあ、それくらいなら最初から許容範囲だし、ある程度は予測できてたからなぁ……それに羽目を外して楽しめって実際言った訳だから、あまり強くは否めないし……。
だが、未だに脳裏にはっきりと思い浮かぶ、迫ってくるノエルの思わず見惚れてしまったあの姿。
近付いてくる艶やかな唇。
しっとりと潤いを滲ませた異なる綺麗な色の瞳。
─────
「キスして──」
「好き──」
「アル──」
─────
………。
『他に何か言う事は……?』
少し躊躇しているのか? とも感じる間が再び一瞬だけ空き、やがてノエルの答える言葉が頭の中に聞こえてきた。
『……う~ん……それがね? 何かとんでもない事っていうか、大事な事だった……のかな?……とにかく、フォリーさんと踊った所までは何となく覚えてるんだけど……その後の事は、その……ほとんど忘れちゃった……』
……まあ、そんな事だとは思ってはいたよ。
あのノエルが、あんな事言うなんて、ましてやあんな大胆な態度で迫ってくる筈ないもんな……。
やはり、レオンとキリアの例のシーンを目撃したノエルが、酒に酔った勢いで暴走しただけなのだろう。
『それじゃ、ベランダでの、レオンやキリアさんの事も覚えてないのか?』
ノエルはう~んと一声唸り、思い出しているかの様な素振りの後で答えてくる。
『何なのそれ?……う~ん、実はその事もね、レオンさんとキリアさん……なんかそんな様な事もあった様な気もするんだけど、その後で何処か違う場所で、こうなんか頭をガツ~~ッンって……あれって一体何だったのかな……??』
……って、おいおい! 別に無理に思い出さなくっていいんだってっ!!
それにしても、ベランダの時は結構意識がはっきりしてたのに、おかしいなって感じたのは、やっぱあの時に鏡に頭をめり込ませたのが原因かよっ!?
『まあ、覚えてなきゃ別にいいよ。どうせ、“冗談”みたいな夜だったんだからさ』
『“冗談”だよ──』
──ん?
……冗談だよって……どっちが……??
わ、訳が分からない……。
『だけど、ふふっ……“冗談”じゃなかったよ?』
は?……冗談じゃなかったよって、お前……覚えてないって言った事か?
それとも昨晩の俺とのやり取りの事か?
そもそも入れ替わった時に、あれだけ不快に感じた程、お前は酔っ払ってたんだろーーがっ!
それに俺は──
あああーーっ! もうっ、やめやめっ! 考えれば考える程、飲んで酔ってなかった俺だけが惨めだわっ!!
……はああぁぁぁぁ~~~。
ホント、全く以て全然訳分からん……。
『──アル?』
不意に聞こえてくるノエルの念話に、思わずギクッとする。
『ふふっ……ねぇ、アル?』
もう一度続けて、ノエルが呼び掛けてくる。
ま、まさか……。
『……な、なんだよ?』
俺はかなり焦りながら、返事となる念話を返した。
『おっはよーーーっっ!!』
………。
『……お、おう……』
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結局、昨日の夜の宴会となるものは、俺にとってただ精神的にひたすら疲れたと感じるだけに至ったのだった。
それにしても、恐るべきはノースデイ特産物となる果実酒……いや、フォリーが作ったカクテル、“トマトハニーフラッシュ”か──?
世の皆さんもくれぐれも飲み過ぎには注意しましょう!
そこのあなたっ! 間違ってもワインをトマト果汁で割って、ハチミツを加えた物を口に含むなんて暴挙に出ないよーーにっ!!
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『……大好き……よ──』
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『ん? なんか言ったか、ノエル?』
『……ん~ん、なんでもな~~いっ! くすっ──』
………???
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「う~ん……よく寝た……おはよう。デュオ」
「おはよう。フォリー」
『おはよう。フォリーさん』
まだ寝ぼけ眼でドレス姿の上半身を起こすフォリー。
やがて朝の挨拶を交わし終えた俺達は、取りあえずは着替えるべく、着替えの大広間へと向かうのだった。