154話 Shall We Dance?
よろしくお願い致します。
◇◇◇
「う~い……ひっく……ふふっ、ホントにこれ美味しい……うふふふっ……」
『─って、おいおいおい、大丈夫なのかよっ! もうそろそろ止めていた方がいいんじゃ──』
「うっしゃっいよ~~っ! フォリーしゃん、お代わりお願いしま~~しゅっ!」
………。
──うわあぁぁーーっ!!
……てか、だあぁぁーーっ! ダメダメだ、こりゃあぁぁーーっ!!
「分かった。デュオ、それなりにいける口じゃないか? それに、ふふふっ、今の雰囲気。中々普段にはない色香を醸し出しているぞ?……ふふっ」
「うふふふふ~、ありがとうごじゃいましゅ~~! フォリーしゃん~。そうなんでしゅ~私、今しゅっごく色っぽいんでしゅ~~っ。もう皆、私の魅力にメロメロ。うっふ~~ん──うふふふふふふふふふ……♪」
………。
──怖えぇーーよっ!!
それに、お前自身がメロメロなだけだろーがよっ!
大体ろれつが回ってねぇじゃねぇーか! もう俺はどうなっても知らんぞっ!
……だ、だけども……。
『おいノエル、頼むからその辺にしておいてくれ! 入れ替わった時に二日酔いなんて俺、堪ったもんじゃねぇーぞ! そんなの絶対に嫌だからな!!』
『うっしゃっい! アリゅっ! 大体思いっきりはにぇをにょばしぇって言ったのは、アリゅのほうじゃにゃいかーーっ!? だゃからゃ今夜はとことん飲みゅ~~~っ!!』
──いや、つうか、“アリゅ“って一体誰だよ!─ってか、もうメチャクチャ……誰かこいつを止めてくれえぇぇーーっ!!
そんな時。
──ポロン
不意に届いてくる心地好い音。
皆一斉にその音の方に目を向ける。
それは、見るも麗しい衣を羽織った若い女性の竪琴奏者だった。
透き通る様な白い長髪を床に垂らしながら、用意された椅子に腰掛けた彼女が、何の気負いもなく穏やかな音色を奏で始める。
──ポロン、ポロロン
それを耳にした周囲のざわめきが一変し、急に静寂となり、耳に聴覚として捉えられるのは、竪琴が奏でる穏やかな演奏のみとなった。
やがて──
「それでは、イザベラお嬢様。参ろうか?」
「お……おう、ガリレオ。よ、よろしく頼む……って、あたし。そればっかだな……」
タキシード姿のガリレオが、半ば強引に山吹色のドレス姿のイザベラの手を取って部屋中央へと移動する。
そして互いに身体を密着し合い、ハープの演奏に合わせ身体をゆったりと揺らし始める。
そう、それは言わずもがな。いわゆるチークタイムの開始であった。
それを目にした周囲から、次々に様々な男女ペアが加わり、それぞれチークダンスを興じ始め出した。
そんな中。宴席上では比較的他者との接触を極力控える様に、少し離れた場所で酒を嗜んでいた様子のレオンとキリアだったが、突然キリアに腕を引かれ、ひとり軽鎧姿のレオンと共に、中央へとふたり躍り出た。
「さあ、レオンハルト様。勿論、私と踊って下さりますよね?」
青いドレスを纏ったキリアが、少し酔いが回っているのだろう、赤く染まった頬で瞳を潤ませながらレオンに懇願となる微笑みを溢していた。
「むぅ……こういった事態は、常に於いてなきにしも非ず。これもまた是非もなし……か……」
やがて、ふたりは揃って密着させた身体を揺らし始める。
あまりにも見事な身のこなしに、そのふたりの姿はどの者達の姿よりも一際目立つのだった。
───
「デュオ姉ぇ~~っ!!」
突然の大声にノエルが振り向くと、マゼンタピンクのスカートを邪魔そうに両手で捲し上げたクリスが、彼もまた酒で少し酔っているのだろう。
満面の笑みを浮かべながらこちらへと、ダダダダーーッと駆けてきた。
「ほへ? クリシゅくん~~??」
相変わらず酔いでろれつが回ってないノエルが、すっとんきょうな返事を返す。
「デュオ姉! 僕と踊って!!」
……まあ、そうくるとは思ってはいたよ。
だが、クリスの利き手となる白銀のブレスレットが嵌められた左手を、誰かが掴む。
「駄目だよ、クリス。君は僕と踊るんだから──」
その右手首には、それと対となる白銀のブレスレットの姿が。
そう、クリスの幼馴染みでもあり、一番の親友でもある王、アレンだった。
「えぇーーっ!! ちょっとちょっとちょっと! そんなん聞いてへんでっ! 大体、男同士でチークダンスなんて気色悪いやんっ!!」
そんな抗議の大声を上げるクリスの手を、無理矢理引っ張るアレン。
「わわっ!」
そして引き寄せられたアレンの胸に、ポスンッとクリスの頭が委ねられる。
そ~と見上げるクリス。
「ダ~メ! 言っただろ? 今日だけは僕の願い事を聞いてくれるって。それに男同士だって、そんなの全然構わないじゃないか」
アレンは上目遣いで見上げるクリスに対して、にこやかな微笑みを浮かべる。
「だって君は、こんなに綺麗で美しい容姿なんだから」
「!!──ア、アレン……」
クリスの酒で赤く染まった頬が、さらにカァーッと全体に赤く染まる。
「それに男だとしても、それは充分に誇れるクリスだけの特権だと思うよ? 綺麗な男の子。いいじゃないか。君はとても素敵な人だ」
「……ア、アホ! そんなん真顔で言うなっちゅうねん……こっちまで恥ずかしなってしまうやろ……」
クリスは最早真っ赤になって、慌ててアレンから目を逸らすのだった。
「はははっ、さあ、踊ろうクリス。いつか昔に一緒に踊った様に──」
そしてアレンに手を引かれて、ふたりは中央に向かうのだった。
「……アホ。あの時に踊ったのは、フォークダンスやったやん……」
───
……さて、取りあえず嵐は去った。
問題は完全に酔っ払ったコイツをどうするかだが──
「……ふふふっ、ねぇ、フォリーしゃん。おきゃわりみゃだ~? うふふふふふふ~~っ」
……マジでダメだ。こりゃ……。
一体ホントにどうすんじゃ……これ……。
すると不意に今度はノエル。即ち、俺達デュオの肩に手が添えられるのを感じた。
ノエルはその方へと目を向ける。俺達の視界に入ってきたのは黄緑色のドレスだった。
「ん? フォリーしゃん?」
黄緑色のドレスの主、即ちフォリーは、俺達の背中に手を回すと、そっと自らの元に引き寄せる。
重なる純白のドレスと黄緑色のドレス。
近くになったフォリーの美しい顔からノエルの耳元に、熱い情熱の吐息の様な声が届いてくる。
「良ければ、私とチークなんて如何? 淑女──」
それを聞いたノエルが、両腕を彼女の背中に回し、飛び付く様にして抱き付く。
「うんっ! フォリーしゃん、大しゅきっ!!!」
フォリーもそれに応じ、ノエルの、つまりは俺達デュオの身体を、包み込む様に抱き返してきた。
「私もお前の事が大好きだ。とても愛しく感じている──」
───
ふたり共、かなり酔ってるのだろう。
もうメチャクチャ……ひとり素でいる俺が、なんだかバカバカしくなってきた……。
あ、確かコリィもか……?
と、取りあえず誰かホントにどうにかして……コレ……っていうか、この人達……。
───
「うふふふっ、フォリーしゃあぁ~~んっっ!」
「ふふっ、何だぁ? デュオぉぉ~っ!」
……ぐふっ……ホ、ホントにいい加減にしろよ……。
◇◇◇
「──くたっ~~…………」
ノエルは今、ひとつのテーブルの席に着き、顔を横向けにうつ向かせながら、上半身をテーブルの上に擦り付ける様に突っ伏していた。
……いや、まさにくた~って描写が全く以て当て嵌まる様な彼女の体勢だった。
─っていうか、口に出して言ってるじゃんかよ!
「うぅ~~……ヒック……ういっ……ぷはぁ~~っ……」
─って、おいおいおいおいっ!
『おいっ! ノエル、大丈夫かっ!?』
テーブルに口を密着させたまま、ノエルが答えてくる。
「うぅ~ん……ほいほ~いっ、わたくしは“大じょ~美”でっすよ~~っ!……ヒック!……うぅ、あうう……」
……全然ダメダメだこりゃ……。
さて、ホントにどうしたもんかな? このままの状態でしばらく放っておくか……。
─────
あれからフォリーと必要以上に身体を密着させながら(─っていうか、ほぼ抱き合っていた)のチークダンスを終えたノエルは、酔いが回って限界だったのだろう。
終わるや否やフォリーに肩を抱かれ、このテーブルへと運ばれる様に連れてこられた。
そして今はこうやって突っ伏している訳だ。
「……うぅ……ヒック!……」
………。
また声を漏らすノエルに、俺は思わず嘆息しそうになってしまう。
あ~あ、ホントに調子に乗って飲み過ぎるからだ。ましてやその直後にフォリーとダンスだなんて、まあ、例えチークだとしても、一気に酔いが回るよな……。
で、一方のフォリーはというと──
───
「わわわっ! あああぁぁーーっ! れええぇぇーーっ!!」
「あっはっはははははっ!! それ、それ~~いっ!」
聞こえてくるクリスの悲鳴と、フォリーの愉快そうな笑い声……。
今、ノエルはテーブルに突っ伏しているので、俺には視覚による確認はできないが、まあ、おおよその予想はつく。
それは──
─────
ノエルがダンスを終えるのと同時に、クリスがフォリーと入れ替わる様にこちらへと駆け寄ってきた。
だが、ご覧の通りノエルは既に、その時からノックダウン状態であり──
「えぇーーっ! せっかく僕、デュオ姉と踊りたかったのにぃぃ~~っ!」
「クリス。ならば、代わりに私が踊ってやろう」
マゼンタピンクのドレス姿で、地面をじたんだ踏んで悔しがるクリスの手を、フォリーが取った。
「えっ、ええの? フォス姉……!!」
びっくりしながら自分に目を向けるクリスに、彼女は、ほんのり赤く染まった頬で再び、艶っぽいと感じる笑みを溢す。
「ああ、勿論構わんぞ?」
ニコッと微笑む魔性の笑顔に、クリスも酔って赤くなった顔を、またもや更にカァーッと赤くさせていた。
───
はははっ、クリスって、あっちこっちに行き回り、その度に顔を赤くしてやがる。ホントに忙しいヤツだな……。
「うんっ! ほな頼むわ! 僕と一緒に踊ってフォス姉!!」
バッと両手で飛び付く様にフォリーの手を握り返すクリス。
「ああ、クリス。お前に思いっきり楽しいと感じる体験をさせてやろう。その名も大独楽舞踏!」
「……へ? な、何なん? スピンダンスって……」
……って、クリスよ。ネーミングで大体分かるだろ?
あ~あ、可哀想に……。
そして黄緑とピンク。ふたつのドレスが中央へと移動するのだった。
─────
「わあああああああああああっ!!!」
「あっははははははははははっ!!!」
………。
フォリーの手によって、さぞかし今のクリスは大コマの様に盛大に回転している事だろう……。
─ってか、ふたり共元気いいなっ! おいっ!
───
「う……うう~んっ……」
不意にノエルが声を漏らしながら席から立ち上がった。
『ん? どした?』
ヨロヨロッとふらつきながら彼女は歩き出す。
「……ちょっと暑くなっちゃった……アル。夜風に当たりに行く」
『……って、おいっ、大丈夫なのかよ? 大分フラついてんぞ?』
ノエルはベランダのテラスに向かいながら答える。
「だ……だいちょう。ぷっ……よ、これくりゃい何でもない……ふぅ~~」
『……“大腸、プッ”……って、お前、おもしろ過ぎるわっ!─っていうか、まだろれつおかしいじゃん! それ以前にさ、ずっと声にしちゃてるけど、まず俺と話す時は念話にしようなっ!?』
「はいはいっ! もうっ、うっるさいなぁ~~っ!」
『だから念話にしろってのっ!』
───
とか何とか。
俺とノエルがいつもの騒がしい日常と、さほど変わらないな。と感じ取れるやり取りをしてると、やがてベランダのテラスへと辿り着いた。
「わぁーーっ! 心地好い風! それに見てアル、しゅっごく星空がきりぇいだよーーっ!!」
『…………だから、念話にしようねっ! 後、まだ所々ろれつ回ってねぇ~ぞ? それに俺には夜風は全く感じないんだが、星空の方は──』
───
ここは宴会場となる王城三階、四隅の一画となる大部屋のテラス。
そんなには広く作られてはいないが、意外にも人の姿は、俺達デュオの他に誰も見当たらなかった。
勿論。今、精神体である俺は、彼女曰く心地好い風を感じ取る事はできないが、ノエルが顔を上げて、その両目で捉える夜空の姿はそれはもう、すごく綺麗と感じ取れるのだった。
晴れた夜空を照らすかの様に、満天の空に煌めく無数の星々達……三階の高さからも相俟って、もうメチャクチャに──
『──最高だっ!!』
「ふふっ、アリゅって、ホントに星空しゅきだよねっ」
『ノエルさん……だから、“アリゅ”って一体誰なんだ? まだろれつヘロヘロだし……それから念話……って、別にいいか。どうせ俺達だけだし……』
「そうそう、こんなに楽しくって素敵な夜は滅多にないんだから、充分に楽しみょうよ!」
『……せっかく良い事言ってるのに、最後かんだとこで台無しだな……ぷっ、あははははっ!』
「え? しょ、しょうだった?─って、またかんじゃった……くすっ、あははははっ!」
───
そしてほんの少しの間、俺達デュオは満天の星空を見上げるのだった。
「……くっ──くしゅんっ!」
ノエルがくしゃみをし、それに併せて顔をうつ向かせる。
『おいおい、大丈夫か? まあ今の格好はかなり薄着だ。そろそろ中に入ろう──』
ん?……おや、あれは──
『うん、分かった─って、アル。どうかした?』
やっと念話に切り替えて応じてくるノエルに、俺は答える。
『いや、さっきさ。この繋がったベランダの先、まあ、ここからずっと遠くなんだけどさ。なんか人影の様な者を見た様な気がして』
『ふ~ん。ねぇ、何処?』
ノエルが俺に問い掛けてくる。
さっきも確認したけど、ここは王城三階にある一画のテラス。今、見上げてる空の下は、いわば長いベランダで囲まれた城の中庭だ。
通常の視覚の持ち主なら、その遠い距離。ましてや闇となる夜だ。普通に考えて目で捉えるのは不可能だろう。
ここから遠く離れた右側正面。距離的に百数メートルといった所かな?
そこに、ここと同じ様なテラスがあり、その場所に一瞬だが、人影が視覚として俺には捉えられたのだった。
『ふむふむ。分かった、それじゃアルが言った所を、これから“視る”事に集中してみるね?』
『おう、よろしく頼む』
やがて、その事を行使した俺達デュオの目に映ったのは──
───
『あれは……レオンハルトさん?』
……そうだな。それと、もうひとり。
『キリアさんもいるな……』
『『………』』
『アル……』
『ノエル……』
『『──レッツゴー!!』』
俺達の念話が重なり、早速ノエルが動き出す。
『勿論、忍び足でな?』
俺が言うより先に、ヒールの音がそれに併せて、カッカッと辺りに響いた。
それに気付いたノエルが、慌ててヒールを脱いで手に持つ。
まあ、整備された石造りの床なので、裸足でも特に痛くは感じないだろう。
『わ、分かってるわよっ!』
──ホントかよっ!?
───
そして俺達は、暗闇に紛れてその場所へと近付いて行くのだった。




