153話 究極のお酒。その名も『トマトハニーフラッシュ』
よろしくお願い致します。
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『おおっ!』
「うっわ~~っ!」
コリィにエスコートされ、俺達。純白のドレスを纏ったデュオは、祝賀会、会場となる大広間に入る。
パチパチパチパチと、周囲の者達からによる歓迎の盛大な拍手の中──
俺……っていうか、ノエルの視点は、既にたくさんのテーブルの上に並べられた、色とりどりの料理の数々に最早釘付けだった。
だけど、こんな状況の中。これ程の用意をするとなると、かなり大変だった事だろう。
なんか、その事にちょっと申し訳なく感じる……ってかさ……
まず、取りあえず一言だけ言わせてくれ。
さすがノエルさんっ! 食い意地ハンパねぇわっ!!
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そしてエスコートされた各精霊のドレスで着飾った女性達は、宴会場の正面となる最前列に右から順に、赤のクリス、緑のフォリー、青のキリア、橙のイザベラ、最後に白と黒のノエル。即ちデュオが並び立つのだった。
俺達五人が並び終えるのを待って王アレンが歩み寄り、俺達の前に立った。それを確認した様に、直ぐ様その隣へとコリィが向かい並び立つ。
───
「皆、長らくお待たせした。今回、黒い厄災者が遣わした黒い不死者。それらがもたらした脅威となる混乱に、我らノースデイ国は、前王ラウリィ公を含め、多数の兵士、国民を失うに至ってしまった。だが──」
ここでアレンは後ろへと振り返り、右から順に、ドレスを纏った者達を手で追うようにして、指して示す様に、横へと自らの腕を流した。
「彼女ら、伝統となるそれぞれ大精霊のドレスを纏った聖女達の活躍によって、この国に災厄をもたらした最凶最悪となった黒き不死者達、その恐るべき使役主までをも討ち倒し、我が国の危機を打ち払ってくれた」
そこまで言うと、アレンに代わり、今度は隣に立つもうひとりの小さな王。コリィが声を張り上げる。
「そう、父上ラウリィは残念ながらお亡くなりになりましたが、僕……いや我らジ・ノースデイの名を冠するふたりの兄弟が新たな王となり、これからこの国、ノースデイをより一層良い国へと発展と繁栄を目指し、兄王アレンと共にがんばっていく所存です」
コリィの言葉に、アレンが大きく頷き、また彼と交代して言葉を発する。
「私、アレンとコリィふたりの王が、まず皆で司っていく国の体制作りの形を成す方針。そしていずれは国民が自ら運営する共産国へと、我が国は生まれ変わる事だろう!」
ここで一度、言葉を途切る。そして──
「さあ、堅苦しい話は、もうよしとし──」
アレンは再び振り返り、ドレス姿の五人。即ち俺達へと視線を送った。
次に皆に向かって、毅然とした声を放つ。
「ここに幸いにも、精霊の淑女たる五人の女性達が揃い集った! 彼女らの麗しい姿を以て、これより久しくとなる『精誕祭』及び、新生ノースデイ国の門出を祝っての祝賀会の始まりとする! 皆、存分に楽しんでくれ!」
──“わあああああ!!”──
──“うおおおおお!!”──
──パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ──
またもや沸き上がる拍手と喝采の中、アレンの開幕となる宣言が終わった。
さあ、宴の始まりだ!!
───
何だかんだ言っても、実は俺も腹が減って、そろそろ我慢の限界なのだ!
もしかすれば『精誕祭』、それに於いて精霊のドレスを纏った者の、最初に成すべき作法とかがあったのかも知れない。または他の者ならば、飾られた豪華な装飾品にまず目を奪われた事だろう。
だが俺達ふたりは──
『アル、もう分かってるよねっ?』
『おうよ、ノエル!』
いっ、せ~っの──
『「ごっ飯~~っ!!」』
他者となる第三者の視線や思惑など、俺達には既にどうでもよく、
純白のドレスの裾を捲し上げた俺達。デュオが、ご馳走に向かってまっしぐらに突撃を敢行するのだった。
◇◇◇
「ふぅ~、どれも美味しかった。ホントにもうお腹いっぱい……」
ノエルが組んだ両手を天に向かい差し出すように、ひとつ大きな伸びをする。
───
確かに、大白鹿のローストや、鷲鴨の串焼きも絶品だった。中には狂猪の丸焼きが用意されていたのには、さすがに驚いた。
勿論、肉料理ばかりではなく、色とりどりの葉野菜のサラダや、物珍しい根野菜のスープ、または中央地帯に於いては、珍しい魚介類のマリネなど、その全てのご馳走に、デュオ。俺達ふたりは舌鼓みを打ち、充分に堪能したのだった。
───
『ああ、ホントどれも美味かったな。だけど、まあ……ふっふっふっ……』
『な、何よっ?』
ノエルが訝し気に念話で問い掛けてくる。
『いや、はっは~っ、残念だったな? 今回のご馳走に、野菜界の“アレ食うから三度くれ”の姿が見当たらなくてさ……ぷっ、くくっ』
『……うっ、うるさいな~っ! それに野菜界の“アレキサンドライト”ねっ!?』
まあ、ノエルはその点に関しては少し残念そうではあったが、俺としてはすごく喜ばしい─ってか、命拾いをした気分だった。
ふ~~、ホントに全く以て良かったぜ。こんなお祝いムードの中。トマトを食うはめになんて、なりたきゃないからな。
彼女とそんなやり取りをしている時だった。
「──デュオ」
不意に後ろから声が聞こえノエルが振り替えると、そこに濃い赤い色の液体が注がれたグラスを片手にした、フォリーの姿が目に映るのだった。
「フォリーさん」
ノエルが答えると、フォリーは穏やかに微笑む。
相変わらず綺麗だが、いつもと違い頬はほんのり赤く染まり、こちらへと向ける緩やかな笑顔も、目に若干の潤いを帯び、心なしか目付きもトロンとしていた。
普段の凜とした表情や、毅然とした雰囲気の面持ちからして、一転この変化……その破壊力は計り知れないものだった。
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はっきり言って、メチャクチャ色っぽいっじゃないですかっ!!
そんな様子の彼女が、俺……ってか、ノエルの顔をひとしきり見ると、今度は目を細めながら、ニコッと満面の笑みを向けてくる。
……ぐふっ
───
「……あ、あの、フォリーさん。もしかして酔ってます?」
そんな彼女の様子に意外にも驚かず、逆に少し疑問の口調で、ノエルがフォリーに声を掛ける。
ノエルは何も感じないのかよっ……って、まあ、普通の女の子視点じゃ、綺麗とは思っても、あの色っぽさは男じゃないとさすがに感じないか……
「ああ、少し酔ってるのかもな……久々によい気分だ。さすがに特産品と自負するだけの事はある。実に美味しい果実酒だ」
そう言いながら、彼女はグラスを一度俺達の方へ向けると、そのまま口へと運び、クイッと一口含み、そして飲み下した。
それがまた実に艶っぽいっ!
……ぐふっ、こ、これは……ホントにマジでヤバイっ!!
「アレン王も言ってたが、このノースデイの特産品となる地酒とやらは、葡萄を使った果実酒らしい。まあ、いわゆるワインなのだが、これがまた絶品でな」
フォリーはそう言いながら、片眼を閉じ軽くウィンクする。
ぐふっ……だから、そういう仕草がヤバイんだってばっ!!
「…………」
ん? 何故か無言のノエル……ってか、さっきから何か妙な空気の歪みを感じるんですけどっ!?
「そういえば、デュオは酒は飲まないのか? もしかすれば飲めないとか? ふふっ」
悪戯っぽい口調で、そう言うフォリー。
「そ、そんな事ないです! 私だってもう大人のレディだもんっ!! お酒の一樽や二樽くらい……」
……って、おいおいおいおい! 樽って……単位がおかしーだろっ!─ってかさ、なんでそんなにムキになってんのさ!?
「ふふっ、ああ、悪い悪い。でもまあ、あれだ。これはさすがに、少しばかりクセが強く感じるかも知れんな……そうだ。よし、少し待っておけ、私がよい物を用意してやろう」
そう言葉を残し、フォリーは酒類が置いてあるテーブルへと移動して行くのだった。
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『……アルってさ、さっきずっとフォリーさんの事、見惚れちゃってたよね!?』
フォリーが俺達から離れるや否や待ち受けていた様に、ノエルが念話の声を大音量で上げる。
『─おわっ! 声っていうか、音でかっ!!……っていうかさ、普段生真面目なフォリーのあんな姿見たら、普通そうなるだろっ!?』
『なんないわよっ! ふんっ、何よ! 全くやらしいんだから! 反応する“なに”もないくせにさ!!』
『お、おまっ─ちょっと、“ナニ”って、ナンだよ!? 若い娘がそんなもん言うもんじゃねぇーよっ!!』
『──!! バ、バカッ!……か、勘違いしないでよ! 身体の事に決まってんでしょっ!』
『ひ、ひでぇっ! でも実際フォリーに比べれば、ノエルなんて所詮、お子ちゃまだろーがっ!』
『─って、ひどっ! どっちが酷いのよ! ふんっ、見てなさいよ。私だって、お酒飲んでちょっと酔ったら、大人の色気ムンムンなんだから! アルなんてもうイチコロよっ!!』
……って、おいおいおい。ノエルさんや、大分考えが暴走してきてやしないか?
─ってかさあ、さっきから酒酒って言ってるけど、よくよく考えると俺って全く酒飲めないんだった。
という事はだな。ノエルが今から酒を飲む……それって勿論、俺も飲む……っていうか、味を無理矢理味わせられるって事じゃないのかっ!?
げげっ……さ、最悪じゃねぇ-かよっ!!
とかなんとか俺がひとり考えていると、やがて両手にグラスを手にしたフォリーが帰ってきた。
中に注がれているのは、ひとつは前と同じ物と思われる濃いめの赤。
そしてもうひとつ右手に持つのは、だいぶ色の薄い朱色の液体だった。
フォリーは俺達に近付くと、ほんのりと赤く染まった綺麗な顔を、得意気に傾げながら、クイッと手渡す様に右手に持ったグラスを付き出してきた。
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「デュオ、私のスペシャルカクテルだ。さあ、味わってみてくれ」
差し出されたそれを受け取るノエル。
「フォリーさん。これは?」
ノエルのその問い掛けに、フォリーは左手に持つ本来の色の酒を一口呷った。
そして答える。
「まあ、このワインはすごく良い味わいなのだが、少し酸味が強いのがクセと感じると思ってな。私がお前にも美味しく感じる様にアレンジしてみた」
ノエルはその答えに応じながら、受け取ったグラス顔元に近付け、マジマジと見ている。
やはり色はかなり薄くなっており……なにか……なにかだが、何故かその色にすっごくなにか嫌な予感を、俺は感じるのだった。
「ノースデイ特産の果実酒なるワイン。少しクセのある濃い酸味が特徴の絶品と感じる希少物なのだが、それにお前の好物のトマト果汁で割って、かつ飲みやすい様にハチミツを加え、最後にレモン果汁を加え味を引き締めてみた。私の自信作だ。まあ、敢えて銘を付けるのなら、『トマトハニーフラッシュ』と言った所か」
ひっ、じょっ~~っに長い説明を終えたフォリーが、人差し指を立てながら、赤く染まった顔で得意気に、ふふんっと鼻を鳴らした。
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げげっ!!……まままままままままままま……
「えっ!!……ええええええええええええ……」
──マジぃかあああああああああ!!!
「──うっわああああああああああ!!!」
ノエルの感極まる歓喜の声と、俺の絶望となる絶叫の念話が重なり、俺達の中でエコーする。
「さあ、とくと御賞味あれ。淑女──」
少しおどけて言うフォリーの言葉に、グラスを持ったノエルの右手が即座に反応した。
「頂きますっ!!!」
『止めて下さいっ!!!』
次に朱色の液体が注がれたグラスを口元に運ぶ──
『──ぎぃやああああああああ!!』
一口、口に含み──
「──!!」
『ぎやあああ──って……!?』
──コクンと飲み下した。
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………マ、マジかよ……
『「──美味しいっ!!!」』
……なんだ、これ??
『葡萄の若干濃厚とも感じる芳醇な香りが、まあ、トマトなんだろう? 爽やかな果汁で見事に中和されてる! ふたつの果汁が織り成す絶妙なバランスのハーモニー!!』
「それでいて、ハチミツでほんのり甘く感じられてすごく飲みやすく、また、レモンの絞り汁によって、全くしつこさを感じさせない!!」
『これはっ!』
「これはっ!」
ノエルがグラスを天に掲げる。
そして俺達ふたりの声が重なった。
『「──至高っっ!!」』
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マ、マジか……『トマト』──その名を冠した果実、それを……いくら加工してるとはいえ口にして、まさか俺にも美味いと感じる時がこようとはっ!!
「すっごーーいっ!! フォリーさん、これ、物凄く美味しいですっ!!」
「ふふっ、喜んでくれれば何よりだ」
黄緑色のドレスを纏ったフォリーが優しく微笑む。
おおっ、フォリー! やはり貴女は──
「さあ、思う存分味わってくれ。お代わりはいくらでも私が作ってやるからな」
──女神様なのかっ!?
「──ヒック……うう……うぃ~~……」
……今は酔っぱらってるけどね……にゃは。
だが恐るべし! 俺にでもトマト、酒。ふたつの大の苦手な物を美味しいと感じさせる究極のお酒!
その名も『トマトハニーフラッシュ』!!