152話 精霊の淑女達
よろしくお願い致します。
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パーティー用の正装姿をしたアレンとコリィ、ふたりが俺達の前に現れる。
その姿を目に成や否や、クリスが泣くのをピタッと止め、次に物凄い鬼気迫る形相で、ピンクのドレス姿のヒールの音をカッカッと響かせながら、アレンの方へと詰め寄って行った。
「アレンっ! お前、こりゃ一体全体どういうこっちゃねんっ!!」
涙でグチャグチャになりながらも、綺麗と思わせる顔を、グイッとアレンの顔に近付けて迫る。
「一体も何も、見ての通りだよ、クリス。僕が君にそのドレスを是非着て貰いたかったんだ─って……あ~あ……せっかくの化粧が台無しじゃないか?」
その言葉に、興奮したクリスが更にアレンへと顔を近付け、押し迫る。
「じゃ、じゃっかましいわいっ!! 僕、昔から女やゆうて間違われるのが嫌やって、知ってるやろっ!? 自分の女みたいな顔が嫌いやって、ずっとゆうてたやんっ!!」
「クリス……」
アレンがそっと呟く。
「僕はホンマは、もっとちゃんとした男の容姿で生まれたかったんや!……こんな、こんな……女みたいな顔してる自分が……ホンマに……メッチャ嫌いやねん……」
少し語調が弱くなり、近付けた顔を悲し気な表情でうつ向くクリスの両肩を、アレンがガシッとその上へと、自らの両手のひらを乗せた。
「そんな事言わないでくれクリス。男だ女だかなんて、性別なんて別にどうだっていい。僕が小さい時、君に助けられ、“クリスティーナ”っていう人物と初めて会った時から、僕は君に憧れてたんだ……」
「……はへ?」
急にキョトンとなったクリスが、アレンへと目を向ける。それを受けてアレンは、ニコリと笑った。
「ふふっ、大丈夫だよ。クリス。別に変な意味でじゃない。特殊な嗜好がある訳でもないし、僕だって普通に女性の方が好きだよ」
「……ほなら、なんで僕にこんな格好させよるねん……?」
アレンはもう一度目を細めて笑った。
「ははっ、だから言っただろ? 君に憧れてるって、もう一回言うよ? 性別なんて関係ない。その美しい容姿を持つ『クリスティーナ・ソレイユ』っていう存在に僕は焦がれてるんだ。という訳で一度くらいいいだろ? 久し振りの幼馴染みの“お願い”、それを叶えてくれたっていいじゃないか?」
「──む、むぐぐ……」
爽やかなアレンの笑顔に、何故か言葉を詰まらせ、顔を紅潮させるクリス。
「なあ、頼むよクリス。今回の宴の間、一度っきりでいいからさ。僕達親友だろ?」
その言葉に、更に顔を赤くさせるクリス。
「……そそそそ、そやったら……し、しゃーないな……ホンマに今回一度きりだけやからな?」
すると、アレンはクリスの両肩に添えていた手を、ポンポンッと2回軽く叩いた。
次に周りを見回しながら、皆に伝える様にして声を上げる。
「ありがとうクリス、そして皆さんも──このノースデイには独立国となった時に、アストレイアから三聖剣のひとつ、オルドーと共に持ち出し、引き継いだ物があります」
そしてノエル、即ちデュオ。次にフォリー、キリア。最後にクリスへと視線を送ると、再び皆へと向き直った。
「アストレイア古き時から伝わる五つの大精霊を祝う祭りとなる行事、『精誕祭』──その時に、それぞれの大精霊を象った者として女性が選ばれ、着用していたと伝わる『精霊の巫女装束』と呼ばれる物です」
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ふむ……成る程、デュオは純白に黒。即ち『零』の精霊のドレスっていう事か。
フォリーとクリスが、本来の『守護する者』に該当するドレスをそれぞれ着用して、キリアさんが水の大精霊のドレスって訳か。
でも待てよ。それじゃ──
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「あの~、精霊って五つですよね? じゃあまだ、あとひとつあるって事ですよね?」
おおっ、ノエル! 俺が言いたい事を代わりに言ってくれた! さすが一心同体。これが以心伝心ってやつ??
……なーんてなっ──にゃははっ
そのノエルの言葉に、アレンは大きく頷いた。そして──
「はい、デュオ。貴女の言われる通りです」
次に扉の閉じられたひとつの小部屋に向かって、声を上げた。
「さあ、出てきて下さい! 皆の前に──貴女も精霊の名の元、ドレスを纏った者として、横に並び揃うのです!」
力強い大音量の声に反応し、ギギッと小部屋の扉が開かれる。
やがて、そこからガッシリとした正装姿の男にエスコートされ、ひとりの女性が申し訳なさそうな雰囲気を醸し出しながら姿を現した。
「あ、あの……陛下。本当にあたし……い、いえ、私などでよろしいのでしょか?……余りにも畏れ多くて……」
消え入りそうな小さな声に、アレンが答える。
「ええ、勿論構いませんよ」
アレンは笑みを浮かべながら、彼女に向けて手を差し伸ばす。
「今回、貴女はそれに見合った働きを示してくれた。貴女の奮闘と勇気がなければ、今の私、いやノースデイ国自体が滅んでいたかも知れない」
「……陛下。しかし、私には醜い古傷があちらこちらにありますし、やはり……」
小さく呟く女性の手をエスコートしていた男が、更に前に送り出す様に引っ張った。
「ほら、陛下もああ仰っておられるのだ。いい加減観念するのだ。イザベラ」
「……わ、分かった、分かったからそんなに強く引っ張るなよ、ガリレオ!」
そしてその女性は俺達ドレスを纏った三人の前に、ガリレオと呼ばれた男によって、半ば無理矢理強引に連れてこられる。
その女性は精霊のドレスと呼ばれる、俺達が着用している物と同じデザインの、山吹色をしたドレスを纏っていた。
おそらくは『地の大精霊』を抽象とするドレス。
同様に胸元は大きく開き、さらけ出している素肌は、褐色の健康的な肌。だが、至る所に歴戦の証である無数の古傷が確認できる。
亜麻色の少しウェーブが掛かった髪のショートボブ。
その頭と首元、そして手首には、琥珀色のリボンで飾り付けられていた。
「ううっ……」
その姿の者から、恥ずかしそうな声が漏れる。
本来なら気丈な気性の持ち主なのだろう。凛とした雰囲気を、顔の作りからして感じ取れる。頬にも大きな刀傷が一筋。だが、比較的整った美しい顔立ちの女性だった。
そんな彼女が、顔を朱に染め、気恥ずかしそうに縮こまっている。その素振りが逆に、可愛らしいとさえ感じられるのだった。
「紹介します。我が親衛隊隊長のひとりでもあり、我が軍一の美人でもある名をイザベラ・ロジーナと言います。今回の働きにより、空席となった地のドレスは、彼女に纏って貰う事としました。どうぞよろしくお願いしますね」
「……うう……イザベラ・ロジーナと申します。皆様に於かれましては、わたくしなど、身体にたくさんの古傷の痕を残し、容姿に劣る者が、同列に置かれる事。誠に恐縮ではありますが、我が王の命により応じる所業。どうか、お許し下さるよう……」
そう言って頭を大きく下げるイザベラの手を、フォリーが取り、彼女に声を掛けた。
「イザベラ殿、頭を上げてくれ。そなたはアレン王の言われる通り、ノースデイ国の為に己のできる限りの最大の努力をした。その功績は大きい。古傷などそれこそ、国を思う忠誠心の証。そなたはこの場に於いてそのドレスを纏うのが、最も相応しい」
「……フォステリア様」
茶色の瞳を滲ませ、顔を上げるイザベラ。
「そうだよ、イザベラさん。そのドレス姿、とっても似合ってますよ! 傷痕なんて霞んじゃうくらいに綺麗です!」
「フォステリア様やデュオさんの仰る通りです。さあ共に、大精霊を司るドレスを纏う者となりましょう」
続けて発せられるノエルとキリアの言葉に、イザベラは口元を押さえながら礼の言葉を述べるのだった。
「……皆様、ありがとうございます。不束者ではございますが、一時のお時間、どうかよろしくお願い致します」
それに周囲から賛同となる拍手喝采の音が聞こえてくる。そんな中──
「はああぁぁ~~……てっきり地のドレスを纏うのは、あたしだと思ってましたのに、非常に残念ですわ……カマール、悔しいぃ~~~んっっ!!」
「これっ、カマール、止さぬか!」
不気味な声にノエルが振り返ると、ヤオ老魔導士と……あれは一体どういった生命体だったのだろうか??
青い髭剃り跡の厚化粧を施したむさ苦しい顔の巨漢が、純白のドレスを身に纏っているのが目に見えた。おそらくはこの城にある最大サイズの物を見繕って貰ったのだろう。
それでもさすがに、無理があるらしく、ピッチピチで、最早今にも弾けそうな程だった。何よりとんでもなく……
──おぞましい。
その声に、隣にいたドレス姿のフォリ一の肩が、一瞬ビクッと震える。
──ゴゴゴゴゴッ
「──ひっ!」
『──ひっ、ひえぇ~~っ!』
ノエルと俺が同時に短い悲鳴を漏らす。
「カマール! お主は余程“串焼き”になりたいとみえる。ならば、ここに於いて、即刻その望みを叶えてやろうかっ!?」
発せられるフォリーの声に、カマールはニヤリと不気味な笑みを浮かべ嘯く。
「あら、残念ですわ、お姉様。今はご愛用のレイピア、グロリアスを腰に帯びてらしておられなくてよ。フォステリアお姉様でも、さすがに丸腰ではご無理ですわね? おーっほっほっほっほっほっほっ!!」
──って、おいおいおいおいっ! このオカマ野郎! これ以上フォリーを刺激するんじゃねーよっ!!
──ゴゴゴゴゴッ
ほらほらほらほらほら~~~っ!!
「カマール! 何も貴様を串刺しにするのに、グロリアスは必要とせぬぞ! 私には精霊召喚の術がある。例えばそうだな、これより風の乙女、エアリアルを呼び出し、彼の者が持つ烈風の槍によって串刺しとなるか!?」
黄緑色のドレスから、緑色の空気の揺らぎを発しながら、フォリーが冷徹ともとれるゴミを見るような視線をカマールに向けた。
「ひっ、ひいぃぃぃーーーっ!!!…………あ、あらセバッチャン、あんな所に用を足している少年の愛らしい彫像があるわ! なんて素敵なのっ!? 早速鑑賞に参りましょっっっ!!」
「──は、はっ、カマ様っ!!」
そして例によって、ふたりの姿はバビュンッと即刻に消えていくのであった。
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──ゴゴゴゴゴッ
フォリーが振り返る。
「デュオ……この怒り……またもや私はどうすればいいと思う……??」
──“ごめんなさいっ!!”──
この場に居合わせた全員の口から、思わず同じ言葉が発せられるのだった。
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まあ、何はともあれ、五人の精霊を象ったドレス姿の者が、ここに揃った訳だ。
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そうしてると、ひとりの衛兵がアレンの元に駆け寄る姿が見受けられた。そして何やら耳打ちをしている様子。
それを聞きながら、アレンは満足気に二度程、大きく頷いた。
「それでは皆様。どうやら宴の準備が整ったようです。これから宴の間の扉を開けますので、大精霊のドレスを纏った方々に至っては、どうか、どなたかこれぞと思う男性にエスコートされてご入場なされませ。人選はそれぞれの任意にお任せ致します。それではご入場を──」
そう言うと、アレンは早速、ドレス姿のクリスの手を取った。
「──わわっ、ど、どないしよるねんっ! メッチャ恥ずかしいやんっ!!」
アレンはニコリと笑いながらクリスの手を引く。
「ダ~メ。言っただろ? 今日は僕の願い事を叶えてくれるって」
その顔を見て、クリスが再び顔を赤くさせながら付いていく。
「……む、むきゅ……もう、しゃーないな。ホンマにホンマに今回だけやで──」
そんな姿を見送ったフォリーが、ヤオ老魔導士に向かい声を掛ける。
「それでは、ヤオ。すまぬが私のエスコートをお願いできるか?」
突然の願いとなる言葉に、唖然とするヤオ老人。
「そ、そんなわたくしの様な老いぼれに、フォステリア様のエスコートなど、お、畏れ多い……どなたか相応しいお人にお願い下され」
とんでもない、といった様子で辞退の意思を述べるヤオ老人。
「何を言うか。今回クリスが無事に生還できたのも、このノースデイが大事に至らなかったのも、火の一族が、応じ迅速に動いてくれたこそだ。ヤオ、もう一度お願いする。私を宴の間までエスコートしてくれ」
「……承知つかまつりました! 不肖ヤオ、老骨なから精一杯の努力を以て、その大役お受け致し、見事成し遂げてみせましょうぞ!」
そしてフォリーの元へ向かって行くヤオ老人。
……何かスゴく大袈裟な気がしないでもないが……。
一方、キリアの方は、彼女自らヒールの音を立て、ある場所にまっしぐらに向かっている。その先には──
人盛りの中でひとり正装に着替えず、長剣を腰に帯びたままのいつもの装備姿で、遠く離れた壁にもたれ掛かり、両腕を組んでるレオンの姿があった。
やがて彼の元に到着したキリアが、薄い青のロンググローブの手をレオンに向かって差し出した。
「それではレオンハルト様。お願いできますか?」
「……是非もなし……か」
レオンは一度片目を閉じると、小さくそう呟いた。そしてキリアの手を取る。
「じゃあ、俺達も行くか? イザベラお嬢様──」
「……お、おう。ガリレオ、よろしく頼む!」
少しおどけた調子で手を差し出すガリレオに、その手をカッチコッチの様相を呈して受け取るイザベラ。
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『さあ、俺達だけが残った訳だが……』
『うん。そうだね』
すると、ノエルは周囲に向かって声を発した。
「え~っと、それじゃあ、私の事は、誰がエスコートしてくれるのかな?」
その声に、ひとりの小さな姿が俺達に向かい近付いてきた。
そして手を差し伸べてくる。
「僕じゃ役不足ですか? デュオさん」
「ううん。それじゃお願いね、コリィ君!」
ノエルはコリィの差し出された腕に、抱き付くように飛び付いた。
そしてノエル。即ち俺達デュオは、ノースデイの小さな王子、改め小さな王にエスコートされ、宴の間に向かうのだった。




