151話 傷心の健康優良児。再び
よろしくお願い致します。
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「それでは、皆様方はしばしこの場にておくつろぎ下さい」
豪華な客間に案内されたフォリー、クリス、レオン、キリア、そして俺達、計五人は、このノースデイ新国王であるアレンから、今そう聞かされた。
ちなみに補足しておくと、この客間に招かれたのは、主賓となる俺達五人だけで、ヤオ老魔導士や、あの例のカマールとか言う変な戦士を含め、火の一族の代表者達は、また別室に招かれた様だ。
……っていうか、準備の手伝いでもしてるのかな?
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「ああ、分かった。だが本当に良いのか? アレン王。私達の事を労う祝賀の宴など……今は大変なのではないのか?」
「ホンマ、フォス姉の言う通りや。その気持ちはメッチャ嬉しいけど、無理しなくてもええんやで。僕らは別にそんなつもり全然なかったし、このノースデイもまだ大概えらいこっちゃねんやろ?」
フォリーの問い掛けの声に順じる様に、クリスも言葉を投げ掛ける。
「そ、そんな……いいえ。お気になさらないで下さいっ!」
そう答えたのはアレンではなく、その隣にいた彼の弟、即ちこのノースデイ、今は小さな王子ではなく、もうひとりの王。コリィだった。
興奮気味に声を上げるコリィを制止する様に、アレンが再び口を開く。
「デュオさんや、皆さんも含め、火の一族の方々にも大変ご助力頂きました。そして散り散りとなっていた我が軍勢もこの王都に帰還するに到り、またそれに伴い、ノースデイ国は徐々に平穏を取り戻しつつあります」
アレンは一度ここで言葉を途切ると、隣にいるコリィと視線を合わした。
それに応じ、大きく頷くコリィ。
アレンは続ける。
「そして僕……私とコリィは王となり、これから旅立つ貴女方の祝いの会でもあるのです」
アレンは穏やかな笑顔を浮かべ、そう述べる。
………。
そんなアレンの様子を伺いながら、俺は何となく思いに耽っていた。
◇◇◇
あの戦いから今日でちょうど丸五日経った。
黒の魔導士アノニムにの秘術によって創り出された黒い不死者、それらがもたらした混乱は、ひとまずは鎮静するに至った。
被害は王都バールの居住区となる街数ヵ所の破損と、王都前に展開していたほとんどの王国兵と、王都内の人民いくらかの命が奪われる結果となってしまったが、他の区域は全く以ての無傷と終わった。
未曾有となる黒い不死者の軍勢。その突然の襲来に、一時はノースデイ王国自体が滅ぶかと思われたが、比較的被害はそれほど甚大には及ばなかったのだ。
それというのも、やつらが発生した場所が、王都前に配備していた王国軍勢の前方平原と、そして王都バール内のみだった事が最大の理由だ。また常備していた王国軍警備兵の懸命な働きも、それに大いに貢献した事だろう。
数こそ多かったが、発生場所が二ヶ所に限定されていたのと、火の一族の軍勢、そしてその後に続いたノースデイ王国軍残りの軍勢が加わり、王都バール前、そして王都内に突入し、その全てを徐々に削り取っていった。
やがて俺達の手により、その黒い不死者を創り出す術の施行者であり、三番手の『滅ぼす者』を討ち破った事によって、それら黒い不死者達は、同時に自らの存在をなくしていったのだった。
次に帰路に着いたノースデイ軍勢や、ノースデイ王国内他の街からの応援の軍勢や、国民が援助に駆け付け、王都バールの復旧作業と被害者の捜索、または治療作業に邁進していった。
勿論、俺達元小さな王子の小さな反乱軍メンバーも、ヤオ老魔導士が指揮する火の一族と共にそれに当たった。
そして再びバールは王都としての機能を取り戻し、俺達はそろそろ次の目的地に向かう準備を始めなきゃいけないな──フォリーとその課題について相談をし始めた頃だった。
──そう、次なる目的地。地の大精霊がいるとされている、ロッズ・デイク自治国に向けて。
そんな時だった。是非とも俺達にと、コリィ、アレン。二王から、王城に招かれたのは──
◇◇◇
アレンは言葉を続ける。
「今のこのノースデイ国があるのは、貴女方のおかげなのですよ。せめてもの僕達ふたりの王。いや、新生ノースデイ国の国民として、貴女方を是非お祝いさせて頂きたいのです。さあ、何も遠慮する必要などありません。美味しいノースデイ名産の地酒と、自慢の絶品料理をお振る舞いしますので、特とご堪能下さい」
「勿論あと、綺麗なお召し物も……ですね?」
アレンの言葉を補足する様に、コリィがニコッと笑いながら言葉を付け足した。
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……綺麗なお召し物……何だそれ? 嫌な予感しかしないんですけどっ!?
『ふふっ、自慢の絶品料理と美味しい地酒だって! 楽しみだね。アル』
不意に聞こえてくるノエルの楽し気な声に、俺は何となく答えた。
『ああ、まあ……ね?─っていうか、ノエルって、酒飲めるんだ??』
『え? あぁ、うん。一応気分が良くなる程度にはね?……って、そうか。確かアルは全く飲めないんだったよね?』
『うん? まあ、そうだけど、なんでノエルがその事知ってんだ? 俺、話した事あったっけ? 別に意図的に隠してた訳じゃないんだけど……』
すると、何故か彼女は急に慌てふためく。
『えっ! ええと……何となく……かな? ほ、ほらっ、前にアストレイアで、ディアスさんにワイン勧められていたのをアルが断ってたじゃない!? それでかなぁ~、何となく……あはははっ、やだなぁ~アルくんったら、あはははははっ!』
………。
─って、思いっきり笑ってごまかしてんじゃねーか?
全く訳分かんねぇーわっ!!
……でも待てよ。アストレイアっていえば、あの水色のドレスか……?
それって、男同士でダンス(見た目は女『デュオ』)だったよなっ! 確か……!?
な、何か、ヤな予感しかないっ!……このままだと色々とヤバイんじゃ……
……よし
『なあ、ノエル。今回の祝賀会、入れ替わろうか?』
『え? なんで?』
『いやぁ~、こういうのってさ。ずっと俺だっただろ? その間。ノエルは何だかんだ言ったって寂しい思いをしてきた訳だし、たまには表に出て思いっきりハメを外して楽しみなよ』
『え……いいの?』
へへっ……食い付いてきた。くふっ、もうひと押しもうひと押しっと。
『ああ、勿論。俺、酒飲めないしさ。いつも我慢させてるの申し訳ないし、この際めいっぱい発散しちゃいな?』
ノエルの、少し潤んだ様な念話の声が返ってくる。
『……うん、ありがとう。だけど、私。寂しくなんて感じてないし、我慢もしてないよ。だって……いつも一緒だもん……』
ぐ、ぐふっ……デュオとして宴会に出席するのが嫌でノエルに替わって貰う(おそらくドレスに着替えなきゃなんないしな)そんな下心が、なんだか急に申し訳なくなってきた。
『……何かごめん。い、いや急な話だし、別に無理にとは言わないんだけど……』
『くすっ……どうせアルの事だから、“綺麗なお召し物”に着替えるのが嫌なんでしょ? いいよ、替わって上げる。任せてよ』
……はい! 彼女には見事に見透かれてましたーーっ!
……全くノエルには敵わない。
……ぐふっ!
『そんじゃ頼む。替わってくれ』
『はい、は~いっ!』
そして俺達は入れ替わる。
その直後、デュオとなったノエルが、悪戯っぽい口調で声を発してきた。
「ふふっ、その代わり、宴会のご馳走にトマトがあったとしても、既にアルに拒否権はないから──くすっ」
──ああっ、しまった!!
『ノ、ノエル、やっぱり替わっ──』
「──“NON”!!」
ああ……
全く以てノエルには敵わない……
……ぐふっ!
◇◇◇
「ほう、純白のドレスか? 良く似合ってる。すごく可愛らしいだぞ。デュオ」
「そ、そんなヤだ……て、照れる。フォリーさんだって、黄緑色のドレス、とっても綺麗ですっ!──素敵……」
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ここは宴会場となる大広間の扉前にある踊場。
そこにノースデイの御用達専属メイドの手によって、それぞれドレス姿に変えられた者達が集まる。
俺、即ち今はノエルのデュオは、今回は真っ白のドレス姿となっていた。
着替え完了と共に、メイド達によって見鏡の前に案内され、確認したんだけれども──
前回同様大きめに開いた胸元。両腕には純白のレースのロンググローブ。
髪は三つ編みをほどき、櫛を入れられ、サラッとした背中まで届く茶色のストレートヘア。
頭と首元、手首には、漆黒の剣を意識したような、煌めく黒曜色のリボンを付けられている。
魔剣はこれも前回同様、白い布で覆われ、黒いリボンで装飾されていた。
大きなオッドアイの目の、整った顔に施されたナチュラルメイク。小さな唇にはシットリと薄いルージュ。
何だかんだ言ってもさ。こいつ、やっぱ……
──可愛い……
『ふふふ~ん?? ア~ル~っ♪』
得意気なノエルの念話の声が響いてくる。
──うざっ!!
……コレさえなきゃかなりの高得点なのに、そこはさすがにノエルさん。
うん。まさにポンコツ! 実に残念だねっ!
『──減点20!!』
チンッ──
『え~~っ!!』
一方のフォリーは、ノエルと同デザインの、そっちは薄い黄緑色のドレスに身を包んでいた。
大きく開いた胸元からチラつく胸の谷間が、ノエルとは違い、大人の雰囲気を漂わせている。
美しい金色のストレートロングの髪と首元、手首それぞれに彼女には、エメラルドグリーンとなるリボンで装飾されていた。
元来整い過ぎた美形の顔に薄く施されたメイク。
普段は勇ましい軽装備の姿しか見た事がなかったのも相俟ってか、まさにこの世の美しさとは思えない姿だ。
絶世の美女というのは、彼女のような者の事を言うのだろう。
─うんうん。
『え~! アルっ、私は~っ!? ねぇねぇねぇ、ほらほらほらほらぁ~~♪』
俺の視界の片目がパチパチッと閉じているので、おそらくノエルはウィンクをしてるのだろう。
──うざっ!
『減点更に20!!』
『え~~っ! なんで~~っ!?』
──さあ、なんででしょうね?
───
「デュオさん。フォステリア様──」
不意に掛けられた声にノエルとフォリーが振り返ると、そこにもうひとり薄い青色のドレスを纏った美女がスカートのつま先を持ち、俺達ににこやかに微笑みながら、カーテシーとなる挨拶をしている姿が映った。
それはキリアだった。
「キリアさん! うっわ~っ! キリアさんもすっごく綺麗ですねっ!!」
「おお、さすがにアストレイアの麗しき戦美姫と称された事はある。綺麗だな、キリア殿」
ふたりの言葉にキリアは目を細めながら、もう一度ニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。デュオさん、フォステリア様。おふたりに於れましても、凄くお美しいですよ」
キリア・ジ・アストレイア。
かつて一国の王女だった人物だ。
彼女は胸元が大きく開いた、同デザインとなる薄い青色のドレスを着用していた。
菫色の髪は括り、前に流していたものから一転、ほどかれ櫛入れされた腰まで届く美しいロングストレート。
その頭と首元、手首には、キリアにはブルーサファイアとなるの青い色のリボンを付け、装飾されている。
ノエルやフォリーの言った通り。“戦美姫”──その名に相応しい凛とした美しさを放っていた。
……スゴいな。さすがはあのリオス王の姉。アストレイア王国のお姫様だけとあって、秀麗と気品とを兼ね備えている。
まあ、そうだよな? 今まであまり深く考えてもみなかったけど、キリアさんって、元々アストレイアの王女だもんな。
─とか何とか考えていると、騒がしい声と共に、もうひとり絶世の美女(???)の姿が──
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「なななななな、なんやねんっ!! これはあああぁぁーーーっ!!!」
ひとり遅れて着替えの間から飛び出し、両手で頭の両端を押さえ付けながらの絶叫の声に、皆が振り向いた。
そこには他の者達と同デザインの、マゼンタピンクのドレス。大きく開いた胸元は……是非もなし。見事なまでのペッタンコ。
そして他の者と同様、綺麗に櫛入れされた藍色の髪の頭と首元、手首にはルビーとなる燃える様な赤のリボンで装飾されていた。
ナチュラルメイクを施された若々しい肌に、薄いピンク色のルージュ。
金色の瞳の目に涙を滲ませ、フルフルと震えている姿が、逆にその愛らしさと美しさを際立たせている。
そう、無自覚男の娘、クリスだった。
「あ~っ! なになになになに? あはっ、クリスくん。すっごく可愛いじゃないっ!!」
「おお、さすがクリスだな。下手な美少女よりも、余程美少女だぞ? ふふっ、しかしまさかこれ程とは……いや、畏れ入った」
「クリス様。お美しいです。ピンクのドレスがとてもお似合い……まさに炎の乙女ですね。本当に麗しい」
ドレスを纏った各三人から、“綺麗”である事の称賛の言葉を一斉に浴びるクリス。
……たしかに。こりゃどっからどう見ても……
最早クリス。お前、もう男やめた方がいいんじゃない?
どう見たって美少女にしか見えないぞ??
そんな言葉を浴びせられて、クリスは一層ムキになって叫ぶ
「もうっ! そんなん言わんとってぇぇーーっ!!!」
そして急にうつ向き、黙り込んだ。
次に何かボソッと呟く。
「……泣いてええ……?」
……へ?
「もう……泣いてええやんな……?」
「「「……え?」」」
「うっ、うぇ──」
─って、おいおい……
「びええぇぇ~~~んっ!!」
とうとう天井に向かい顔を上げ、クリスは、びーーっと大声で泣き出す始末に。
……あ~ぁ……一体どうすんだ? これ?
「びいぃぃーーーっ!!」
大声で泣き続けるクリスに、さすがに皆も声を掛け様とする。
「ク、クリス君。大丈夫?」
「お……おい、クリス。お前、いい加減にだな……」
「クリス様……」
「うっ……う、うっさいわい!── びいぃぃーーーっ!!」
……ダメだ、こりゃ……
さて皆でどうしようか?って、顔を見合わせていた時。
「──クリス」
声がした方に皆一斉に振り返ると、パーティー用の正装に着替えたアレンとコリィの姿が確認できたのだった。