149話 もうひとつの凱旋
よろしくお願い致します。
◇◇◇
──!!
むっ、これは……?
─────
俺は今、デュオ達が勝利を喜び、互いを讃え合っている集団とは、かけ離れた場所にいた。
直ぐ目の前にはキリアの姿。
そんな俺に、先程尋常ではない力ではあるが、何処か懐かしいとも取れる気配を感じたのだ。
「………」
俺はキリアに気取られぬ様、細心の注意を払って、気配がした方へと向かって行った。
───
あの場所から大分離れた雑林の中。
俺は“それ”を目撃した。
ミシミシッと空間に歪みが生じ、そこから姿を現す、黒い雷の様なものを周囲からバチバチッと帯びながら具現化する黒い球体。
やがて宙に浮かんだその物体から、黒い者の姿が顕になる。
───
間違いない! こやつは──
俺は腰に帯びたハバキリを抜き取り、咄嗟に黒い者に向かって駆け出していた。
「──仮名!!」
駆け寄る俺の目に、標的となる者の姿が明確に捉えられる。
黒の魔導士と称された由縁となった奴の黒い法衣があちらこちら切り裂かれ、中には焼けた焦げ跡の様に、爛れた部分も見受けられた。
そして姿を出し切るや否や、空中から落ち、奴は地面に片膝を着く。
どう観察しても手痛く傷付き、体力を消耗し、衰弱しているのは最早明らかだった。
───
……間違いない、アノニム。こやつは今まで精霊界に於いて、火の守護竜エクスハティオと死闘を繰り広げていた。
そして今ここにいるという事実は、己が目的を達成させるに至ったのだろう。
『滅ぼす者』が象を成す。
その為に、今の奴は手中に劫火竜エクスハティオの“何か”を収めている筈。
ならば、尚更この機を逃す訳にはいかん!
如何にこの行為なるものが、この世界の“理”に反する行為であろうと──!
───
俺は地面に片膝を着き、項垂れているアノニムに向かい、ハバキリを振り下ろした。
──ギイィィン!
激しい剣撃音と共に、右手に感じる衝動。
俺の放った斬撃が、何者かによって遮られる。
───
「何っ! 貴様は──」
「………」
男は無言で俺を見据えていた。
俺の剣を受け止めた長槍──
身体には見慣れたかつての我が軍、ミッドガ・ダルの黒い鎧。逆立ち、後ろに流された赤黒い髪。
そう、その姿は『滅ぼす者』の尖兵、ルティウムと己が存在を変化させ、先程の戦闘に於いて、自ら『存在意義』を失った筈のかつての我が同胞、“オルデガ”だった。
だが、前回との相違点。それは顔前面を覆い隠した黒い仮面の姿は最早なく、自らの素顔をさらけ出していた。
───
──しかし、何故だ? 確かに間違いなく奴は……オルデガは、ヒューリーやミランダと同様、人間という存在を失ったのではなかったか?
ましてや、奴は完全に人としての形をなくし、ルティウムと変化していた筈ではなかったか!?
───
「……貴様は一体?」
そう思考を巡らす俺に、奴の濁りのない澄んだ瞳が、自らの強い意志を感じさせる。
「──そうか! お前はやはりかつての“オルデガ”に相違ないのだな。だが、何故だ?」
ギチッギチッと互いの武器が軋むのを、腕と耳で感じ取りながら、俺は男に問い掛けた。
「如何にも、今の私は人であるオルデガ。“オルデガ・トラエクス”──かつてレオンハルト王、貴方にお仕えし、同じ志を理想として描いた、ひとつの人間である」
「答えになってないぞ! オルデガ!」
──ギイィン!
俺は鍔迫り合いとなっていた自らの剣を打ち払い、後方へと跳び退いた。そして──
再びオルデガに斬撃を繰り出す。
──ギギイィィン!
それは受け止められ、またも始まる互いの武器を打ち合わせての力比べ。
……この瞬発力と膂力! 人として最早尋常ではない。やはり特殊な力を得たといった所か……。
───
「さすればレオンハルト王、お応え致す。かつてのヒューリー、ミランダ同様、私も『滅ぼす者』の尖兵、ルティウム。そのメディウムへと変貌を遂げた。だが、ヒューリーとミランダは殻を“破る”行為でその『定義』を成すが、私。否、かつてのメディウムは殻を“被る”行為によって成される。そして先程の戦いに於いて、己が『定義』を失ったのは私、オルデガではなく、『滅ぼす者』の騎士という存在!で、あるからして──」
──ギイィン
「私……いや、俺。今のオルデガこそが、黒の魔導士。その『騎士』だ!!」
「くっ!──ちぃぃっ!」
オルデガは打ち合わさった長槍を、大きく斜め上に凪ぎ払う。
それによりハバキリを弾かれた俺は、その驚異的な膂力によって、不覚にも身体を大きく後ろに退け反らしてしまった。
咄嗟に体勢を立て直し、ハバキリを以て身構える。
───
「お前は……貴様は、本当にあの人であるオルデガなのか?」
「ああ、そうだ。レオンハルト公。お前に我が軍勢を滅ぼされたオルデガも、目指す目的を同じ物と志し、お前の事を君主として仰いだオルデガも、そして今ある俺“オルデガ”も、同じ『定義』の存在だ!」
──ガギイィィン!
今度はオルデガから放たれる強烈な長槍の突きを、俺はハバキリで弾き、威力を往なす様にして真横に跳んだ。
──チャキッ
「フンッ──」
そして再び構える。
「──が故に、お前に黒の魔導士を倒させる訳にはいかんのだ! かつての我が目的の為、『世界を変える』──そうだ! 今ある世界を変えるのではなく、“『世界を新たに作り直す』”! この事を俺の、我が目的とした! ならばこそ、俺は黒の魔導士を護らねばならんっ!!」
その言葉が終わると同時に、今度は俺から前進しての突きを放つ。
──ギギイィィン!
それを右手にある長槍で弾き返すオルデガ。
「フンッ、そうか。お前にも自ら自身の目的。己が“証”を得たというのだな? ならば、最早言葉は不要。さあ、互いに戦いに於いて存分に語り合おうか!」
「応、承知!──なれば、いざ推して参る!!」
俺達は互いの武器を構え、次の行動に討って出ようと模索を始める。そんな時──
───
『……待て、オルデガよ……』
──!!
アノニム、気付いたか!
───
「黒の魔導士……??」
小さく呟くオルデガが、後ろで踞っているアノニム方へチラリと横目をやる。
『今は引く──この地での我が目的は達成した。さあ、私と共にこい。我が新たな“騎士”よ──』
そして次にオルデガを含め、アノニムを中心とする空間に再び歪みが発生し、同時にバチバチッと音を立て、ふたりの身体が黒い電撃を伴った球体によって包まれていく。
「黒の魔導士……相分かった。言う通りにしよう。俺はあんたに付いて行く」
ふたりの姿が黒い球体によって包まれ、遮られていく。
───
……成る程。時既に遅し──我らの懸念が成されてしまったか。
「──ちぃっ!!」
俺が舌打ちを鳴らした瞬間だった。
──ズドガッッッッ!!!
地鳴りの様な凄まじい音と伴う振動と共に、黒い球体が発生した場所に巨大な何かが突き刺さる。
「──レオンハルト様っ!!」
それは白銀のメイス、ニヒルラミナ・ギロティナだった。
声がする方に目を向けると、自らの武器を投擲したキリアが、代わりに白く輝く剣。おそらくは彼女が所持している聖剣ウィースを手にして全力で駆けてくる様子が伺えた。
やがてキリアは到着し、俺の前に出て聖剣を構える。
「ご無事ですか! レオンハルト様っ!?」
「ああ……」
───
──バチッバチッ
彼女が振り返り、そう問い掛けてきた時には既に、ふたりを包み込んだ黒い球体は姿を消そうとしていた。
最後に言葉が聞こえてくる。
「去らばだレオンハルト、かつての我が主よ。自ら掲げた、己が“証”の為、互いに邁進致そう。では、次は戦場にて──」
そして完全に消え去った。
「──了承した」
───
「………」
何事もなかったかの様に静寂となった空間の中。先程まで黒い球体があった場所に、俺達ふたりは暫しの間目をやるのだった。
「レオンハルト様。やはり……」
やがて問い掛けてくるキリアの声に、俺は答える。
「ああ、遺憾だが、この世界の必然となる“理”が、滞りなくまたひとつ成された訳だ」
「レオンハルト様。未然に防ぐ事敵わず、誠に無念です……」
彼女らしからぬ、俺に向けられる不安気な眼差し。
「及ばざるは過ぎたるに勝れり──まあ、残念ではあるが、俺達はまだ終わった訳ではない。それにこちらには、その“理”を打ち砕く存在が未だ顕在ではないか?」
俺はキリアに見るよう、視線である者の姿を差し示す。
その視線の先を追うように、目を向けるキリア。
「……そうでしたね。レオンハルト様」
───
「さあ、俺達も戻ろう。己が目的を、肯定と成す事ができる唯一の存在の元に──」
そして俺達ふたりは、漆黒の剣。デュオ・エタニティがいる集団の元へと、向かって歩き出すのだった。