13話 答えを求めて
よろしくお願い致します。
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ロッティの案内で俺達は、樹海の中をさらに奥深くへと進んで行く。
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やがて生い茂る木々の中で、一箇所だけ開けた場所に辿り着いた。
光がほとんど差し込まない薄暗い樹海の中。その場所だけが、天から目映い程の太陽の光が差し込んできている。
そしてその中央に、空にも届きそうな一本の巨木が、そびえるように生い茂っているのが確認できた。
その姿は何故か神々しさを感じさせる。
すると突然、その巨木が輝き始め、次に中央に浮き上がるようにして、美しい女性の姿を象った幻影が現れた。
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『初めまして、勇者様。私がロッティの主、この世界に生を受けている千年樹のひとつで、この孤島にある者です。勇者様、この度はこの島の危機を救って頂き、島の代表者として、改めてお礼を申し上げます』
千年樹という女性の姿を象った巨木が、俺に再び語り掛けてきた。
それに対し俺は頭を振って答える。
「いいえ。俺は礼を言われるほど、島の者達の事の為に戦った訳ではありません。ただ、この精霊の子の。ロッティの悲しそうな顔が見たくなかった。彼女の願いを叶える事で、その笑顔が戻るのなら……俺が戦ったのは多分、そんな理由です」
その俺の答えに、美しい女性の幻影は柔らかな微笑みを浮かべる。
『やはり貴方は正なる心強き御方──ロッティ、ごめんなさい。私はこれから、この御方と大事なお話があります……少し、席を外してくれませんか?』
「えっ、あ……はい……」
ロッティは寂しそうな表情を浮かべて、何度も何度も振り返りながら、この場所から離れて行く。
俺はそんなロッティに対して手を振る。彼女もそれに答えて振り返してきた。
そして彼女の姿はこの場から見えなくなった。
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俺はそれを見届けると、空中に漂う幻影の女性へと向き直る。
彼女はそれを待ったいたかのようにその口を開き始めた。
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『さて、貴方は正なる感情が強き御方。だけど、いくらかの迷いも見受けられます。曲がりなりにも私は千年以上、この世界に生を受けています。もしかすれば、何かのお力になれるかも知れません。それと貴方から感じられるこの世界とは異なる異質な力……その事も気になります』
「それでは、え~っと……」
『私に名はありません。でも、そうですね。仮に『トレント』とでもお呼び下さい』
「それではトレント様、俺はおそらくはこの世界の者ではありません。ですが、気が付けば、この世界にいました。それにはきっと何か意味があると思うんです」
俺は言葉を続ける。
「俺がこの世界にいる“存在意義”。今はそれが知りたい! そして見知らぬこの世界で生きて行く。その為の自身の“目的”が欲しいんです!」
俺の問い掛けに少し間が空く──しばらくしてトレントと名乗った女性が、再び語り始めた。
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『白が黒に変わり、それを止める者が失われた今、世界は滅亡を向かえようとしています』
「!?……」
『貴方は『審判の決戦』はご存じですか?』
審判の決戦……? 初めて耳にする言葉だ。
「いいえ、知りません」
『そうですか、では、その事については今、まだ語るべき時ではないのかも知れません』
そして世界樹トレントは言う。
『本来ならば、『滅びの時』その時を向かえた時。この孤島は、あの竜によって滅ぼされるべき運命でした』
「………」
『でも、そうはならなかった。理由はそう、この世界とは異質の力を持つ貴方が現れ、元凶となる者を討ち倒したからです』
俺は右手にある魔剣の方へとそっと目をやる。それは例の紅い光を鈍く放っていた。
『その事が貴方にとってどういう意味を持つのか、私には分かりません。ですが、少なく共、貴方の持つその異質となる力によって、この孤島は救われる事になったのです』
トレントは優しく俺に微笑みかける
『私には、それが貴方が探している“答え”に結び付く事になるような気がします』
「トレント様、俺は……」
『勇者様、まずは北の大地。『ミーストリア大陸』を目指して下さい。その地に、この世界の創造主で私達の主たる、地・火・風・水、の四大精霊様が御座しになっておられます。そしてその御方達とお会いになって下さい。その時にもしかすれば、貴方が探し求めている“答え”が見つかる事になるのかも知れません』
彼女の言葉が終わるのと同時に、上方から、バサバサという鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。
その音に天上を見上げると、樹海の生い茂る木々の隙間から、一羽の大鷲が舞い降りてくる。そしてそれは、そのまま千年樹の幹に留まった。
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『貴方の大陸に渡る手段として呼び寄せました』
「ありがとうございます、トレント様。俺、行きます。北の大陸へ──自分自身の、その“答え”を見付け出す為に……」
千年樹の美しい幻影に対し、頭を下げ、感謝の礼をする。
「ひとつ、お願いがあるのですが……」
『なんでしょうか?』
俺は視線を下げ、自分のリザードマンの身体を見ながら答える。
「俺がこの場所を離れる時。多分、今のこの身体のリザードマンは自分で自分の身体を動かせない魂が無くなったような存在になってしまうと思います。ですので……」
『ええ、承知致しました。この者の面倒は私が責任を持ってお世話致します。その生涯を終えるまで──』
「すみません。ありがとうございます。それと、御用意して頂いた大鷲にも、いずれ彼と同じようになる時が来る……ごめんなさい。どうか、許して下さい」
そんな俺の言葉にトレントは諭すようにやさしく語り掛けてくる。
『どうか、そんなお気になさらないで下さい。この世界の者達はいずれ全て滅び、無くなりゆく運命です。それを唯一変えられる可能性に命を懸けれるのならば、この子もきっと本望でしょう』
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ピイイィィーー!
それに答えるようにして、大鷲が、ひとつ鳴き声を上げた。
俺は黙って頷き、ゆっくりと千年樹の方に近付く。
それからその巨木に背を向け、もたれるようにしてあぐらをかいて座り込んだ。すると突然、大鷲が待っていたかのように俺の所に舞い降りてき、そのまま腕に留まる。
俺は腕を組んで目を閉じた。魔剣に神経を集中させ、今の身体に繋いでいる三本の触手の鉤爪を引き抜く。
そしてその触手を腕にいる大鷲に向かって──
◇◇◇
………。
次に目を開けると、俺はあの巨躯のリザードマンの腕の上にいた。
そっと彼の顔の方へと目を向ける。その姿は安らかに眠っているようにも見えた……そして自分自身の慰めかも知れないが、その表情は何かをやり遂げた戦士のように。
──誇らし気に見えたのだった。
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『勇者様。人、人間と呼ばれる者は、全ての者の心の中に『負の感情』が必ず存在します。そしてそれは勇者様でも例外ではありません。ですが、そんな負の感情を打ち消してしまう程の他者を思いやるやさしさを、貴方はお持ちになっておられます。そのやさしさこそが、『正の感情』。今のこの世界ではその事が大きな力となる……どうか、それを覚えておいて下さい』
「はい。その言葉、絶対に忘れません」
大鷲となった俺は、背に魔剣を触手によって身体に巻き付け、固定した。
そして樹海の天上から覗く大空に向かって、大きく羽ばたく。
「トレント様、お世話になりました……それでは、おさらばです──」
千年樹の美しい女性は俺の事を見上げる。
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『旅立つ勇者様に、四大精霊の御加護が在りますよう──』
◇◇◇
──大空を飛ぶ。
およそ人としてできない、そんな初めての体験に興奮し、思わず声を上げる。
「うわっ、すっげぇ!!」
眼下に目を向けると、今までいた孤島が目に入ってくる。
思っていたより、大分大きい。
ぐるりと島の周りを一周飛んでみる。そして風に身を任せ、今までの事に思いを巡らした。
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湖畔の森で地面に突き刺さりながら、暗闇にずっと耐えていた時。
再び生きる素晴らしさを確認させくれた愛敬のあるコボルト、パグゾウ……その最後は、本当にごめんな。
そして黒毛の勇敢なクロト、栗毛のがんばり屋のクリボー、白毛のやさしい女の子シロナ。皆、元気でやってるかな?
強大な竜を討ち倒した、勇猛果敢な選ばれたリザードマンの勇士……悪かったな。どうか、健やかに。
最後に樹木の精霊の女の子の可愛らしい笑顔が、頭に思い浮かぶ──
「あっ、そういえば、ロッティにお別れを言うのを忘れてたっ!……怒ってるだろうなあ~~」
そう考えながら、頭の中で思わず苦笑いをした。
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「向かうは北の大陸。さあ、いざ行かん! 新しい未知なる冒険へ!!」
………。
ふっ、決まったな!
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黒い剣を背負った大鷲が、北に向かって飛んで行く。
やがてその姿は、この孤島の上空から消えて見えなくなった──
◇◇◇
(リザードマンの勇者様が、この島からいなくなっちゃう!)
何故かそんな気持ちに襲われて、ロッティは自分の主がいる樹海の奥へと戻ってきた。
(あれから大分、時間は経っているけど……)
ふと見ると、主である巨木の傍に身体を預けるようにして、もたれ掛かって座り込んでいるリザードマンの姿が見受けられた。
彼は両腕を組み、静かに目を閉じている。
その元へと急いで飛んで行くロッティ。
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「勇者様!」
しかし、リザードマンに返事はない。
「……勇者様?」
やはり返事はなかった。主も今は語り掛けてくる気配はない。
ロッティはリザードマンの鼻に手を当てながら、その顔を覗き込む……まるで眠ってるかのようだった。
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(……そっか、もう行っちゃったんだ……)
彼女は樹海から覗く大空を見上げる。
しかし、そこには青い空以外、他に何も彼女の目に映し出す事はできなかった。
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「また、いつか会えるよね?」
小さな精霊の女の子は、空を見上げながら涙を浮かべ、それでも静かな微笑みを浮かべる──
「『黒い剣』の勇者様──」