147話 紫水晶の瞳
よろしくお願い致します。
───
──俺は今、はっきりと感じ取れる。
──私は今、はっきりと感じる事ができる。
漆黒の剣を持つ者。デュオ・エタニティという存在が、“自分自身”なのだ!──と
──俺、デュオ・エタニティの身体にノエルの意思の力を感じる。
──私に身体の感覚が戻り、同時にアルがこれからしようとする行動が手に取る様にして分かる。
──間違いない!
──うん。間違いないよ!
──“今、俺達は、同時にデュオ・エタニティとなって身体を動かしている!”
───
俺、デュオの口からノエルの思考の言葉が、念話ではなく実質の声として発っせられる。
「漆黒の剣! 触手のひとつ!──もう一度私の手の中へ!」
そのノエルの声に応じ、魔剣の触手のひとつが俺の左手の中に滑り込んでくる。
そしてその触手は一瞬、強烈な紅い閃光を放ち、同時に四角い光の粒子や、見た事もない文字を浮かび上がらせた。
やがて閃光が収まると、俺の左手にあるのは、漆黒の小型剣。
勿論、操る使い手はノエル、彼女だ。
「よし! それじゃ、行くよーーっ!!」
「──おう!!」
ひとつの身体からふたつの声色の声を発しながら、右手に漆黒の長剣。左手に漆黒の小型剣。二刀流となった魔剣を手にしながら、俺達は黒い騎士に向かって駆ける。
おそらくは妖眼ではなくなった双眸から、溢れる紅い光を後引く閃光の尾となるのを感じながら──
───
『うぬっ、くるか! 異端なる者よ!』
黒翼の騎士ルティウムが、駆け寄る俺に向かい、再び魔法を放ってくる
まずは右手のからの──
『追い尽くせ! 黒い追撃──暗黒の追跡者!』
間髪入れず、次は左腕となる剣先から──
『引き裂け! 黒い鋭刃──暗黒の鉤爪!』
ルティウムが放った魔法。
先に無数のおびただしい黒く輝く丸球が、弧を描きながら全てこちらへと追う様に向かって飛んでくる。
後には巨大な揺らめく影の様な、大きな爪の姿が──
だが、
「無駄だっ!」
「無駄よっ!」
俺達デュオを覆い尽くさんばかりに四方から迫りくる黒い球の群れに対し、俺は駆け抜けながら複数の触手を操り、のたうつ様にデュオの周囲を駆け巡った触手は、やがて全ての黒い球を刺し貫き、霧状の魔力と変化させ、吸収していく。
『──ば、馬鹿なっ!』
ルティウムが再び漏らす驚愕の声を耳で確認しながら、次に俺達をまるで握り潰す様に引き裂かんとする黒い巨大な爪に対し、ノエルが左手に持つ漆黒の小型剣を振るう。
それにより真っ二つに裂かれたそれを、さらに追い討ちを掛ける俺が放つ右手の魔剣の斬撃。
そして四つの黒い塊となったそれらも、霧状の魔力となって漆黒の魔剣に取り込まれていった。
『ぬおっ! き、貴様は! 貴様はぁぁーっ!!』
「──たあぁぁーーっ!!」
デュオの口から発せられるノエルの気合いの声。
──ギイィィン!
俺の左手。すなわちノエルが放った斬撃を、ルティウムが左腕となる剣で受け止め、弾き返す。
『!!──ぬぅ』
次に透かさず──
「でりゃあぁぁーーっ!!」
デュオの声から発せられるもうひとつ、さっきのよりも一際力強い女性の掛け声。
すなわち俺だ!
──ガギイィィン!!
『──ぐ、ぐぬおっ!!』
ルティウムは咄嗟に俺が繰り出す魔剣を右腕の戟で受け止めるも、その威力に右腕自体を大きく後ろに仰け反らす。
「そこっ!!」
その隙を逃さず、間髪いれずにノエルが左手の剣を黒い騎士に突き立てる。
──ガァインッ
『くっ!!』
ルティウムはそれを左腕に出現させた大盾で防ぐ。
「──せやっ!!」
俺が再び繰り出す魔剣。
──ガギイィィン!
『ぐ、ぐぬっ!!』
ルティウムは、辛うじてそれを戟で打ち払う。
「──えいっ!!」
再度ノエルが放つ左の斬撃。
──ギイィィン!
「──でぇ、やあっ!!」
そして右の魔剣の剣撃。
──ガギイィィン!
それを大盾と戟で凌ぐルティウム。
『ふぬっ! いい気になりおって!!』
──ギギィィン!
ルティウムが合間を縫って繰り出す攻撃を、魔剣で弾き返す。
「──まだまだっ!!」
そしてまたノエルの剣。
──ギイィィン!
「──たりゃあっ!!」
次に俺の魔剣。
──ガアギィィン!
大盾を左右に振り、それを弾き返す黒い騎士。
『ぐぬっ!──応!!』
負けじと放たれる奴からの武器となる右腕。
──ガアィィンッ!
─────
──ギイィン! ガギィィン! ガァインッ!──
二本の武器の腕を持つ黒翼の騎士。
そしてそれに二本の漆黒の剣を手にした少女が対峙し、互いに激しく打ち合う。
──ギイィィン! ガァギィィン! ギギィィンッ!──
他者からは余りに速く、決して容易に捉える事のできない未曾有となる攻防。
──ギイィン! ギギィン! ガギィィンッ!──
激しく打ち合う金属音が、ずっと鳴り響く。
──ギイィィン! ガギイィィン! ガアイィンッ!──
やがて──
騎士ルティウムの身体に細やかな傷が生じ始める。
黒い騎士から迸る鮮血と、二対の漆黒剣を手にした少女の紫水晶の輝きを放つ双眸からは、鮮血色の閃光が、うねる様に動きに合わせて尾を引く。
ギイィンギイィンと鳴り止まぬ剣撃音。
そしてはついに、辺りに飛散する赤い血と共に、黒くも美しい羽根が、ヒラヒラと周囲に儚げに舞うのであった。
飛び散る鮮血に舞う黒羽──それも紅い光りによって、魔力と変えられ、ひとつ残らず取り込まれる。
全ては魔剣が強くなる。その『定義』の元に於て──
◇◇◇
「コリィ! 無事かっ!」
「うん。大丈夫だよ、お兄ちゃん!」
「良かった……これから一層激しくなる。兄ちゃんから決して離れるな!」
「──うんっ!!」
───
煌々と白光を発する聖剣オルドーを構えたアレンが、傍らの弟、コリィの身体をこちら側に寄せる様に、彼の小さな肩を抱く。
そんな新生ノースデイ国、ふたつの王となった兄弟の周囲には、ふたりを守るべく囲い、懸命になって自らの武器を振るう親衛隊の姿が──
──グルオォォーーッ!!
突如として地割れと共に、そこから這い出る様に、再度姿を現した黒い不死者、“黒い戦う者”の群れ。
「畜生っ! 黒い化け物共!、我らが……あたしが仕えるふたりの王! ラウリィ様に懸けて、絶対に守り抜いてみせるっ!!」
「そうだ! 我らがノースデイ国ふたりの王、アレン様とコリィ様を、我ら親衛隊がその名に於て、自らの命に代えてでも必ずお守り致すのだ! 皆、奮闘せよっ!!」
──“応!!”──
親衛隊各隊長である女騎士イザベラと、大柄な騎士ガリレオが手に持つ槍斧を天に掲げながら、味方を鼓舞する激励の声を上げる。
それに応じる彼らの部下となる親衛隊の気合の声。
ギィィンギィィン辺りから金属音が鳴り響き、その度に──
「──ぐはっ!! ぐぬおっ!……ノースデイ国万歳!!」
──グルオッ! ギィヤァァャーーッ!
「ぐっ、ぐぬっ!!……アレン王とコリィ王よ! 我がノースデイ国、永遠成れっ!!……ぶほっ──」
──グルオッ! ギィヤオォォォーーッ!!
───
皆、寡兵ながらも未知なる存在である、強力な黒い不死者の群れる集団と良く善戦していた。
だが、徐々に禍々しく、強大なその力の前に、ひとつまたひとつと倒れていく。
──黒い者に呑み込まれる──
「く、くそ! 皆最後まで諦めるな!!」
「如何にも! 最後まで希望を持てっ!!」
味方を叱咤する、自らをも奮い立たせる声を上げるイザベラと、ガリレオのふたり。
「……お、お兄ちゃんっ!」
か細い声と共に、コリィがアレンの元に小さな身体を擦り寄せてくる。
(……コリィ……)
そんな彼の肩をやさしく、そして力強く引き寄せる。
──バギイィィンッ!!
白い輝きを放つ聖剣オルドーで、目の前の黒い不死者を打ち砕きながら、アレンが檄となる声を上げた。
「皆諦めるなっ! ノースデイの為ではない! 自らの“大切な者”の為──己“自身の存在”の為に命を懸けるのだ!!」
黒に呑み込まれ様とする周囲に、アレンの懇願となる声が辺りに木霊する。
「──皆、生きる事を諦めるな!!──」
──────
──ドゴオォォォーーンッ!!
その声が終わるや否や、同時に爆発音が轟き、黒い不死者達がバラバラになって辺りに飛散する。
「我ら祖なる火の英霊よ! 御身が成す強大な力を我に貸し与えよ──炸裂せよ、邪な黒なる者共よ!──大爆発!!」
今一度、しわがれた老人ではあるが、力強い魔法の詠唱の声が聞こえてくる。
同時に再度発生する、黒い集団の中で炸裂する炎を伴った大爆発。
それは馬に跨がったひとりの老魔導士だった。
魔導士から続けて言葉が放たれる。
「ダートは左へ! ローランは右より回り込め!」
「──はっ!」
「承知致しました。ヤオ様!」
その声に応じ、老魔導士の後方からふたりの騎馬戦士が、左右に分かれる列となって、窮地に立たされている親衛隊の方へと向かい、駆けてくる。
そしてその後に続いて姿を現す、もうひとつの騎馬。
「カマール! お主は中央だっ!」
「うふっ、承知──」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、ひとりの巨漢が、隣に騎乗する従者から自らの得物を受け取った。
巨大な戦闘斧──それをブンブンと風車の様に振り回しながら、中央から突っ込んできた。
繰り出される大斧に巻き込まれ、次々に黒い不死者が、無惨な残骸となって辺りに飛び散る。
「うふっ、うふふふふふっ──ああぁ~んっ、久々に超絶エクスタスぃ~~んっっ!!──カマール・ダンディーノ。“あ・た・し参上!!“ですわっ! さあ、フォステリアお姉様に代わって、お仕置きよっ!!」
◇◇◇
「猛る炎の魔人エフリートよ! 我が呼び掛けに応じ、汝が姿を我が元に現せ!」
『御意──招集に応じ、我、罷りこすもの也!』
───
私の召喚に応じ、直ぐ宙の上に姿を現す灼熱の魔人。
私は透かさず命を下す。
「行け! エフリートよ。黒い巨人に向かって突撃だ!」
『承知、我が主よ。仰せの如く──』
私が召喚した火の上位精霊エフリートが、巨大な炎の塊と成し、礫となって黒い巨人イニティウムに突進して行く。
──ガゴオォォッ!!
轟音が轟き、エフリートの突進による攻撃を受けた黒い巨人の身体が、焼け爛れ肉片を飛散させ、大きく欠損する。
だが──
『──グルガアァァァーーッ!!』
「……ちぃっ──」
巨人が上げる雄叫び。それにより、シュウシュウという音と共に、急速に失われた部分が復元されていく。
そうなのだ。彼の存在、黒い巨人イニティウムは以前とは違い、どんなに攻撃を加えて傷を負わせ、欠損させても速急に補い、復元する不死身の身体……否、復元する度により歪に、より禍々しく形状を変化させている。
最早、別の存在の者と成り果てていた。
それに──
『──グルルゥゥゥ……』
瞳のない赤い目からは、まるで生気が皆無といって感じ取れない。
いくら打撃を加えようと、竜の形を象った頭から漏れてくるのは、低く吠える唸り声のみ。
そう、おそらく奴は自我のない。最早、黒い騎士の操り人形となる不死者──
そんな存在が、今も人間族最強とレオンをして賞賛された、キリア・ジ・アストレイアと激しく互いの武器をぶつけ合っていた。
キリアが持つ白銀のメイスに、対抗しているイニティウムが本来手にしていた巨大な大剣と槍斧は彼女によって、疾うに腕ごと粉々に破壊され、今や対応するは、新しく生え変わった武器その物となった四本の腕。
それがキリアが繰り出す激しいメイスの連撃を往なしていた。
「くっ──!!」
不意に突き出された奴の鋭い尾の追撃を、辛うじてメイスで受け止めた彼女が、一度距離を置く為に後方へと跳び退く。
ズザザッと、片肘を地面に着けたキリアが、忌々しく巨大な黒い怪物を睨み付けた。
「……はぁはぁ……ぬうっ、なんたる強靭さだ……はぁはぁ……」
「──キリア殿!!」
私はキリアの元に駆け寄る。
彼女の息が大きく上がっている。
無理もない。こんな得たいの知れない化け物と、ずっと打ち合っていたのだから……。
私も精霊の刺突剣グロリアスを、使用しての接近戦の攻撃に加わっていたのだが、彼女とイニティウムとの激しい接戦に最早、付け入る隙がなく、遠距離からの射撃や召喚魔法等によって、彼女を援護するのに徹していたのだ。
「麗しき水の乙女オンディーヌよ! 我が呼び掛けに応じ、彼の者の傷を癒せ!」
私の詠唱に応じて現れる、水の精霊オンディーヌ。
『──承知致しました。我が主様』
続けて──
「緑の我が主なる精霊よ! 御身の命の息吹を以て、彼の者の身体にみなぎる活力を与え賜え!──生命の吐息!」
私が唱えた二種の回復魔法によって、キリアの身体が青い光と緑の光によって穏やかに包まれた。
「ありがとうございます。フォステリア様──」
「いや、礼には及ばない。それよりもキリア殿、これより私も接近戦に加わろう。こやつは私達が考えている以上に恐るべき化け物……最早、それでも勝てるかどうか……」
キリアは私の目に視線を合わせ、力なく微笑む。
「……そうですね。生涯に於て戦闘に用いるのは、この“ニヒルラミナ・ギロティナ”だけと誓っておりましたが……こうなってしまっては最早、致し方ございませんね──」
そう言って、彼女は腰に帯びた一本の剣に手を掛ける。
鞘から溢れ出す白い閃光。
「キリア殿……?」
「私が所持する聖剣、ウィース。それを使う時が──」
……聖剣……ウィース?
───
──グッ!──グルッ! ギャアアアァァァーーッ!!!
彼女、キリアがその名を口にした時、同時に対峙していた巨人、イニティウムから絶叫となる声が、竜の頭となる大顎から天に向かい咆哮を上げていた。
「──な、何!?」
キリアが疑問の声を上げ、私もそれに疑問の声となって応じた。
「こ、これは──!?」
───
私達ふたりが目にする光景。
それは、先程まで確かに存在していた異形の巨人の姿が、掻き消える様になくなっていた。
代わりに目に映るのは、膨大な魔力の塊となって宙に浮かぶ異様な光景。
やがてその塊も、紅い一筋の光に導かれるように、急速に吸い込まれる様に視界から消え失せたのだった。
───
!!──そうか? デュオ、お前か!!──
◇◇◇
「……あ″あああぁぁぁーーっ!! 一体どないなっとんねん! この化けもんはっ! 全然倒れへんやんっ!!……こないなったら、僕の取って置きの取って置きを食らわしたるねんっ!!」
少し後方にいるクリスが、先程から俺達ふたりが繰り出す、彼が唱える魔法を織り交ぜての連撃を受けても、一向に倒れず、ましてや強化されていくその姿に、癇癪を起こし喚き散らしていた。
クリスが利き手である左手のひらを、対峙している最早、原形が著しく変化した雌型の怪物セクンドゥスに向かって広げる。
「──我が属する炎の創造主たる火の英霊よ! 我、願うは五芒星に於いて、我らに仇成す者を焼き尽くす極となる炎を我に授けよ!──」
「………」
確かに、こやつは想定以上の強大な力を持つ怪物だ。
一息、乱れた呼吸を整え、怪物の姿を横目で捉える。
………!!
「待て、クリス!」
俺は魔法の詠唱に入ったクリスを止める。
「──さすれば我、御身に極となる供物を捧げるであろう──って……へ? な、何やて!?」
詠唱を遮られたクリスが、怪訝な表情を浮かべ、不満気な声を上げる。
俺はその理由を語る様に、前方にいる雌型の怪物を右手にある、真刀ハバキリで差し示した。
「その必要はない」
「へ?……何でなんっ!?」
差し示した怪物セクンドゥスの胸に、亀裂が走る。
「こやつは既に“滅している”──」
「……ほへ??」
───
──ギィ! ギィャアアァァァーーッ!!!
辺りに響く女の歪な大絶叫。
そして雌型の怪物、セクンドゥスの身体が崩れ、砂塵となって形を失う。
やがてそれは霧状の魔力の塊となり、宙に浮かぶが、直ぐ様紅い光に導かれるがままに、ある方向へと吸収される様に消えていくのだった。
───
フッ、終わったのだな? デュオ──
◇◇◇
──アオオオォォォォーーッン──
周囲に黒い亡者共の怨嗟の声が、渦巻く様に木霊する。
同時にこの場に存在した全ての黒い不死者達がその『定義』を失い、代わりに膨大な魔力となり、空中を漂う。
そしてそれは、ある者の元に、正確に表現すれば、彼女の手にある漆黒の物体に取り込まれる様に、自ら引き寄せられる様にして、“消えてなくなる”のだった。
その少女、デュオ・エタニティは今、両翼をもがれた黒い騎士、ルティウムと呼称されていた、かつての存在となる胸に、漆黒の剣の形をした物体を突き立てていた──
最後に黒い騎士の身体が崩れる。
─────
「終わったな……」
「うん。終わったね……」
今は紫水晶の神秘的な輝きを放つ瞳の少女の口から、雰囲気の異なったふたつの声色の声が漏れた。
そしてそれは重なる。
「「──さあ、帰ろう──」」
─────
少女、デュオ・エタニティの元に皆が集う。
そんな皆に振り返った彼女の瞳は、右が紅。左が青。
本来の“妖眼”に戻っていたのだった。
──────────
──ヴゥオンッ
──Release status
【○○モード。解除】
──Thank you for your hard work. My master
【お疲れ様でした。私のマスター】
ヴヴゥンッ──