141話 劫火竜エクスハティオの鼓動
よろしくお願い致します。
───
「──クリスっ!!」
馬を駆け、光の元へと先に向かった私達ふたりは、信じられぬ絶望となる光景を目の当たりにする。
そんな自身から、もう一度絶叫の声が絞り出た。
「フォステリア様っ! クリスさんがっ!!」
私と馬を並走させているキリアからも、絶望の声が──
───
……ああ……
──私の思考の中で、時が緩やかに刻まれる。
そんな時、思い浮かぶクリスの過去の言葉。
─────
──封印を解く方法。それは、僕の生きて活動を続ける心臓を握り潰す──
──そやからな、フォス姉にお願いがあるねん。もしも、僕が生きたまま心臓を握り潰される──
──そんな時がくるような事があったらな、その時は……そうなる前に僕の事、殺して欲しいねん。頼んだで──
─────
昔のクリスの言葉が、まるで走馬灯のように私の頭の中を巡り回る。
───
……クリス。
私は駆ける馬上で背にある大弓を手に持ち、矢をつがえる。
そして身構えた。
射撃の目標となる物は、遠方に捉える事ができる、私の目に映った鷲掴みにされ、剥き出しとなったクリスの心臓。
……ああ、最も怖れていた事が、今ここに……
───
──トクントクントクン
クリスの心臓の鼓動と同調するように、私の脈打つ音が早くなるのを感じる。
───
……何故、このようになってしまったのか? 私は何故、クリスを救う事ができなかったのか……?
心から滲み出る感情は、悲しみと悔恨、懺悔のみ──だか、こうなってしまった以上、私がやらなけばならない。
あのクリスの近くにいる私の仲間達は、デュオを含め、心臓の事を、“封印の実状”を未だ知らない。
そう……秘匿された火の精霊石の在処も……。
ならば、それを知る私が今、やらなければならぬのだ!
奴を、エクスハティオだけは、絶対に復活させる訳にはいかぬ!!
───
つがえた矢の弦を引き絞る。
──私がやらなければならぬのだ!!
───
矢を放とうと身を奮い立たせる己の頭に、不意に思い浮かぶクリスの寂し気な笑顔。
───
──頼んだで……。
……あっ……。
──僕達、友達やろ……?
……クリス!!
───
私は引き絞った弦を緩め、構えていた大弓を下へと下げた。
……駄目だ。やはり私に、クリスを……大切な者の命を奪う事などできぬ!
自身の精神の脆弱さと憫然たる様に、歯がゆさを感じ、思わず心の中で絶叫の声を上げる。
私は……私は……どうすればいいのだっ!?
誰か教えてくれ!!
誰かこの事態を変えられる存在が在るというならば、どうか変えてくれ!!
どうか……誰か、誰か……。
そんな絶望の念に支配され、呆然とした私の目にある者の後ろ姿が映った。
──彼女の背にある漆黒の剣は、今も紅い光を鈍く放っている。
……そうだ! 今の私達には、その事を実現させる可能性がある存在がいるじゃないか!
私は意を決し、再び駆る馬の速度を早めながら、最早、懇願なる声を上げていた。
───
「──デュオ! 頼むっ!!」
──────────
フォリーの放つ三度目の言葉。今度は俺の名を叫ぶ声を耳にした俺は、今、完全に意識を現実へと覚醒させた。
だが──
──“グシャリ”──
「──かっ……かは……」
漏れるクリスの悶絶の吐息。
俺達の目の前で、クリスの心臓を鷲掴みにしていたアノニムの右手が、勢いよく閉じられ、それにより奴の手中にあった心臓が歪にゆがみ、そして──
──破裂した。
同時に何かが壊れる音が、短く耳に届いてくる。
──パリンッ──
黒の魔導士が、宣言するかのように異音となる言葉を放つ
───
『フフッ、フハハハハハッ! 歴代火の一族族長の活動を続ける“心臓”を握り潰すが、封印を解く方法! そしてその媒体なる物が、同時に心臓の中に埋め込まれるようになった火の精霊石! 火の寺院にあるあれは、その事実を秘匿する為の紛い物にすぎぬ!』
「……あ……あ……あ…………あっ──あああああああぁぁぁーーっ!!!」
クリスの力なく漏れていた苦悶の声が、絶叫へと変わる。
『火の精霊石の破壊、消滅。そして火の守護竜の解放は、今此を以て成された。さあ、甦れ! エクスハティオ!!』
そう声を放ち、アノニムはクリスの身体から突き立てていた自らの右手を引き抜いた。
だが、奴の右手に、クリスの握り潰した心臓の姿は見受けられない。
「──ああああああああああぁぁぁぁーーっ!!!」
続くクリスの絶叫。
そして黒の魔導士は、その姿を空高く宙に浮かばせる。
やがて、アノニムは自らの眼下で起ころうとする光景を、見入るように空中で停止した。
そう、まるで何かの時を待つかのように──
─────
クリスの状態は今──
虚ろな瞳に最早、光はなく両手足を開き、身体を小刻みに痙攣させていた。
胸から突き出された歪な形に潰された心臓が、彼の胸の前に浮き、徐々に不思議な光を帯びてくる。
「ああああああああぁぁぁぁぁーーっ!!!…………あ……ああ……あ…………グ……グルルウゥゥゥ──」
やがて、その宙に浮いた歪んだ心臓目掛けて、四方から青白い電撃のような閃光が迸った。
同時に──
───
──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
地面が軋む音を立て最早、普通に立つ事すら困難な程に、地面が揺らぐ。そして周囲には吹き荒れる嵐のような激しい強風。
「……あ……あ…………あ──グルゥゥゥ……グルルルゥゥ、グゥルガアアァァァァァーーッ!!!」
クリスの苦し気な断続的な吐息が、獣のような咆哮に変わり、閃光の電撃を受けた潰れた心臓が、徐々にその形を変えていく。
クリス自身の身体も、少しずつ持ち上げられるように宙に浮いていった。
そして何処からか、地の底から響いてくるかのような、地響きとも感じとれる声。
───
『我は汝ら創造主を憎悪する者也! 我は彼の存在を必ずや滅っさん! 我が爪で引き裂き、我が灼熱の劫火で全てを滅却してくれん!!』
───
地響きと共に轟く怨念の声と共に、周囲には視界を遮る吹き荒れる暴風と、大地を揺るがす共震。
黒の魔導士アノニムが、最後に大きな異音となる言葉を放った。
『──劫火竜エクスハティオの復活、ここに成せり!!』
───
「──ク、クリスウゥゥーーッ!!」
「クリスさあぁぁーーっん!!」
アレンとコリィが放つ大きな悲痛の声の前に、俺とレオンは既に動き始めていた。
宙に浮くクリスの正面に、俺が辿り着こうかというその時。
───
──ガァギィィン!
不意に横から感じとれた攻撃に、俺は魔剣を以て受け止める。
それは、この場から姿を消した筈の、例の仮面で顔を覆ったミッドガ・ダルの黒い鎧を纏った男だった。
「ちっ! 邪魔をするなっ!!」
打ち合わさった奴の長槍の穂先を、力任せに弾き返しながら睨み付ける。
『………』
………。
『アル……?』
少し俺が考えたのをノエルが心配してか、声を掛けてくる。そして──
『アル……アル! ク、クリス君が……クリス君がああぁぁぁーーっ!!……ああっ──アルっ!!』
今の現状を、彼女はようやく受け止める事ができたのだろう。悲しみとなる嘆きの言葉を、俺に投げ掛けてきた。
「ああ、分かってる! 取りあえずはクリスの元に向かう!!」
───
……あの時、同時に耳にした何かが割れるような音。
──パリンッ──
……あの音は、前に一度聞いた事がある。
あれは確か、俺が守れきれずに風の祭壇で精霊石が破壊された時の音……。
俺に圧迫するような焦燥感が迫ってくる。
「クリス、待ってろ! 今直ぐに行く!!」
俺は奴の持つ長槍ごと打ち砕く勢いの力を以て、魔剣による渾身の斬撃を叩き込んだ。
───
──バギィン!──奴の持つ穂先の砕ける音。
よし! 貰った──!!
──ガギイィィン!
「な、何ぃっ!!」
思いも掛けず打ち止めらる事になった予想外の展開に、俺は魔剣が受け止められた今の現状を把握する為、奴を睨み付けた。
──ギギッ、ガチガチッ
剣と剣が触れ合わさり、激しく軋む。
俺の目に映ったもの。それは──
仮面の男が破壊された右手に持つ長槍ではなく、黒く尖った先端を持つ、剣の形を象った自らの左腕によって受け止められていたのだ。
「く、くそっ! やはりこいつも『滅ぼす者』の眷族なのかよっ!」
『………』
自らの腕を、黒い異形状の剣の左腕と変化させた仮面の男は、何も言葉を発さない。
仮面から覗く目からは、以前の奴とは違う雰囲気を醸し出しているようにも感じとれる。
そこへ飛び込んでくるひとつの人影。
───
──ギイィィン!
再び打ち合う金属音が響き渡る。
それは、俺の魔剣を払った仮面の男が、レオンの放った剣の一撃を受け止めた音だった。
「……今のお前は、オルデガではないな?」
剣を打ち合わせながら、レオンが仮面の男に問う。
『ふふふっ、さすがに察しの良い。今のわたくしは、人であるオルデガではない。『滅ぼす者』の三番目が尖兵──』
仮面の男は、打ち合わさった左腕の剣を横に払い流しながら、身体を回転させ、更にレオンに向けて尖った先端の突きを繰り出した。
──ガギィィィン!
それを名刀“ハバキリ”で打ち払うレオン。
『わたくしの名は、“テルティウム” その中核なる者です。以後お見知りおきを──我が黒の御君の輩なる御方、レオンハルト殿──』
剣の腕を胸に当て、恭しくレオンに対し、頭を下げる仕草をするメディウムと名乗る者。
「ふん、ほざくなっ!」
レオンは再び白銀の長剣の斬撃を、仮面の男に見舞った。
──ギイィィィン!
再び鳴り響く金属音。
せめぎ合う剣を横目に、レオンは俺に声を上げる。
「デュオ、こやつは俺が引き受ける! お前は一刻も早くクリスの元へ──さあ行け! お前ならば、この事態を覆す事が必ずや成せる筈だ!」
そのレオンの声を聞き、仮面の男が放った言葉に、少し心に引っ掛かる“何か”を感じたが、とにかく今は時間が惜しかった。
「分かった! 私はクリスの元に向かう。レオン、後でまた会おう!」
俺の返答に、レオンが少し口元を緩めて応じたのを確認した俺は、揺れる大地と吹き荒れる風の中、クリスの元へと向かって行った。
──────────
空中に浮いたクリスティーナの身体。
その胸から飛び出し、潰され、歪んだ心臓が、四方からの目映い電撃のようなものを受け続け、クリスティーナ自身の身体も青白い光に包まれる。
最早崩れ、形を成していない心臓がそれを受け、徐々に着実に、その形に変化を生じさせる。
──トクン……
潰された筈の心臓が、再び命の鼓動を始める。
──トクントクン……
揺らぐ大地、吹き荒む暴風。
まるで天災とも思える光景の中。そんな地響きや風の音など、関係のないように鮮明なる言葉が、この場にいる者、全ての者の心に直接響いてくる。
『我、今より復活せり──』
電撃のような閃光を浴びた心臓が、どんどん形を変え、少しずつ肥大化していく。
──トクン…………“ドクン”……ドクンドクンドクン
『この世界に再び具現化せしその後は──』
心に直接響き伝わる、地響きとも感じとれる音となる念話なる言葉。
やがて──
青白い光に包まれ、宙に浮いたクリスティーナを中心に、巨大な何かが、残像のように断片的に浮かび始めた。
四方からの閃光を受け、心臓は大きく、まるで生まれ変わるかのように形を変え、鼓動の音がより明確になっていく。
──ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン
『我の永年に渡る憎悪なる全てを吐き出し、彼の者が創造したものを、我の劫火で全て焼き付くし、灰塵と帰してやろうぞ!』
強烈な咆哮となる地鳴りのような言葉が迸った。
──ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン──
浮かぶクリスティーナの身体を取り込むかのように、周囲に今、くっきりと紅い体皮と鱗を持つ、頭に二本の長い角が突き出た頭の巨大な竜が、朧気な蜃気楼のように、その姿をより明確に、そして着実に具現化させようとしていた。
浮かび上がる幻想のような巨大な竜から、具現化された多数の筋肉の筋が、クリスティーナに向かって伸び始める。
──クリスティーナという存在が、今まさに他の邪悪な存在へと変わろうとしていた──
─────
そんな光景の中心。宙に浮かぶクリスティーナの生気が失った目から、一滴の涙が落ちるのだった。
『──ググルルウゥゥゥゥゥ──』
「……た……すけ……て……デ……ュオ……ね……え……」
──────────
「──クリスっ!!!」
天災とも思える状況の中。俺は魔剣の触手を地面に突き立て、手繰りながら半ば強引に叫び、クリスの元に近付いて行った。
『やだっやだっ! クリス君クリス君──クリスくうぅぅーーんっ!!』
ノエルも涙交じりの声で必死に叫び、呼び掛ける。
俺はクリスの身体を包み込む青白い閃光に、自身の身体を照らし出されながら、心の中で強く願う。
俺の持つ魔剣へと──
───
頼む! もう一度、あの力を貸してくれ!!
俺は俺は……俺は──クリスを失いたくはない!!
自身の『存在意義』を、もうこれ以上否定したくはないんだっ!!
だから、頼む! 今一度力を貸せっ!!
──俺の“魔剣”よ!!
──────────
──“ Christina Soleil loses”──
──Determined to be an obstacle for the master
So release some functions
sub-medical system Approve launch──
──────────
現存する空間とは否なる、誰も知る事も知られる事も不可能な、次元の異なる空間。
そこに突如、浮かび上がる朧気な黒髪の美しい女性。
彼女の神秘的な真紅の瞳が、それに応じる。
──ヴゥォォンッ
『──Yes. My master』
ヴゥゥンッ──




