140話 再会──その果てに
よろしくお願い致します。
───
周囲から親衛隊達の拍手を受け、それらに手を上げ、笑顔で応じるアレンとコリィ。
その元に、レオン。そして俺とクリスが近付いて行った。
───
「実に見事な手際だったな。戦いに於いても、その事後処理もな……汝が“証”。俺も確かに見届けさせて貰った」
レオンが発する言葉に、アレンは頭を振ってから答える。
「いいえ、これは私だけの力ではありません。私……僕の事を大切に想ってくれた存在。そして助け出そうとしてくれた行為があったからこそ、成す事ができたのです」
「──フッ」
アレンの答えに、軽く笑いの息を漏らすレオン。
「そして貴方の檄なるお言葉にも充分に励まされました。失礼ですが、貴方は何らかの指導者。あるいは、何処かの国の王たる御方なのではないですか?」
レオンが静かに問う。
「何故そのように感じるのだ?」
「いえ、ただならぬ気迫は勿論の事、私に“証”を示せとお投げ掛けになったので、もしやすれば貴方もと──」
アレンの答えに、レオンは軽く目を閉じる。
「フッ、俺は一介の剣士にすぎんよ。だが、そうだな……」
そして目を開け、切れ長の目でその視線を再びアレンへと向けた。
「俺も、アレン王。そなたと同じ生きる“証”をいつ時も己が中に抱いている。そして自らのその為に、今も行動していているのだ。己が“証”に含まれた目的の為にな。ならばこそ、“証”を示せる者は皆、我が同士──それだけの事だ」
その言葉を聞き、アレンは静かに微笑んだ。
「はい……ありがとうございます」
─────
そしてアレンの隣にいたコリィが、それぞれ俺達の紹介をアレンに始めた。
「お兄ちゃ─い、いえ、兄上。その方に、僕はここへと連れてきて頂きました。兄王アレンを救う為の小さな反乱軍。僕に力を貸して下さった大切な仲間達……その中のおひとり、レオンさん。凄腕の剣士なんですよ!」
コリィのその言葉に、レオンはもう一度、軽く笑いの声を漏らす。
「まあ、そういう事だ」
「レオンさん……よろしくお願い致します」
───
そして次にコリィは俺の方に目をやった。
それに応じ、俺はレオンの横へと進み出る。
「そしてこのお姉さ─い、いえ、女の方がデュオ・エタニティさん! 見た目は普通の可愛い女の人なんですけど、デュオさんが扱う漆黒の剣の腕前は、想像を絶する程の強さなんですよっ!!」
その声に、俺は微笑むながら、アレンに会釈をする。
『……か、可愛いだなんて、やだなぁ~、コリィ君。うふふっ』
ノエルの嬉しそうな独り言となる呟きが、俺の頭の中で聞こえてくる。
………。
「それに、ただ強いだけじゃなくて、とてもやさしい方なんです!」
『くふふっ、や、やさしいだなんて、もう……い、いやぁ~~っん!!』
……おいおい、コリィさんや……俺っていうか、ノエル?……い、いや今はデュオか……。
──煽て過ぎっ!!
見ろっ! ノエルのやつ、メッチャクチャにニヤついてやがんぞっ!
「──僕が挫けそうになって、泣き出した時も。恐怖で足がすくんでしまった時も。僕の気が済むまで、ずっと、ずっと、やさしく包むように抱き締めてくれた……そう、まるでお母さんと思えるように……」
「……コリィ」
『……コリィ君、ありがとう……』
ノエルも感激する言葉を漏らす──だけどね、多分……。
『──でも、なんでそこでお母さんっ!? っていうか、私、いきなりの子持ちなのっ!? まだ乙女なのにいぃ~~っ!』
……やっぱり突っ込むノエルであった。
たははっ……。
「そうなんですね、デュオさん。最後に僕の耳に届いた貴女のお言葉。それに凄く勇気付けられた。自らを奮い立たせる事ができた……まさに僕の心境を具現化したかのような──ありがとうございます」
───
そして最後にクリスの方へと目をやった。
それに応じるよう、俺とレオンはそれぞれ離れ、左右に分かれる──それにより顕になる、俺達の直ぐ後方にいたクリスの姿。
「そしてあの方が、僕の事を最初に助けて頂いた恩人であり、この兄上を救う反乱軍の中心人物である、兄上も最も良くご存知の、クリスティ──」
そのコリィの言葉が終わるのを待たずして、アレンが不意にクリスに向かって駆け出した。
───
「──クリスっ!!」
「アレン……」
まるで駄々っ子のように、クリスを強く抱き締め、涙を堪えるように、目をギュッと強く閉じるアレン。
「……う、ううっ……クリス……クリス……」
「くすっ……見た目は成長して、えらいイケメンになっとるけど、こういうとこは昔からちっとも変わっとらんな……ふふっ──」
必死になって抱き締めるアレンの頭を、まるで愛でるかのような穏やかな眼差しで、クリスは優しく手で撫でるのであった。
───
やがて──
「はぁ~……やってしまった。皆の前で……はははっ、僕はもう王になったっていうのに……」
「そやで~、お前はもう昔のガキんちょの頃のアレンと違うんやで。今は立派なノースデイの王さんやろ?」
ようやくクリスから身体を離したアレンが、少し照れくさそうにして呟く。
それに、ニコッと笑って答えるクリス。
「うん。僕は自身の生きる“証”、王となった。そして自らのその目的の為、これより一層がんばるつもりだ。だけど、それも全て、コリィやクリス。君達がいてくれたからだよ」
少しうつ向き加減になって、そう呟くアレン。
「……ん? どないしたん?」
問い掛けるクリスに、アレンは再びクリスと目を合わせる。
「僕を助けにきてくれて、ありがとう。クリス──」
それに、ふふっとひとつ鼻で笑ったクリスが答える。
「アホ。そんなん当たり前やろ? アレンがまだ小っちゃい時に約束したやん」
クリスとアレンは、お互いの利き腕を前へと突き出した。
──突き出した両者の手首に、光輝く同形状の竜と炎を象った白銀の腕輪──
「僕らは幼馴染み。ずっと親友やって……お前が危なくなった時は、必ず僕が助けるって、そないゆうてたやろ? 忘れてしもたん?」
「いや、覚えてるよ。そんなの絶対に忘れるもんか! 幼馴染み──たったひとりの友達だった君との約束をっ!!」
そしてふたりは互いの腕輪を、コンッと軽く打ち合わせた。
「本当にありがとう。今でもクリス、君は僕の親友でいてくれてるよね?」
「そんなん当たり前や! 僕は今までも、そいでこれからも、アレン。ずっとお前の親友や!!」
そしてふたりは、ガシッと握手をした。
───
手を離すと同時に、アレンがくすっと笑い声を一声漏らす。
そんなアレンを、不思議そうな顔で小首を傾げながら、伺うクリス。
「……んん??」
「……ふふっ、いや、君は昔会った時から、ちっとも変わってないなって……その……綺麗だ……」
「……へ?」
そんなアレンの言葉に、一瞬固まるクリス。
「ああ、残念だよ。クリス、もし君が女の子なら、絶対に僕の妃となって貰い、そして迎い入れるのに……その可愛さ、美しさ……本当に残念だ。クリス……」
その言葉を耳にしたクリスは、ハッと気付いたかのように、突然後ろへと飛び退く。
そしてカァーッと、顔を赤らめた。
「な……ななななななななな何ゆうてんねんっ!!!」
「何って、言葉の通りだけど?」
アレンも照れくさそうに言う。
「アホちゃうんかっ! 僕は男なんやでっ! そないな事できる訳ないやんっ!!」
クリスの上げる大声に、アレンは思わずぷっと吹き出す。
「はははっ!だから、“女の子だったら”って、そう言っただろ? 僕だってそんな変な嗜好はないよ」
「……ううっ……むむぅぅ~っ……」
それを聞いたクリスは、更に顔を赤らめ、遂にはうつ向いてしまった。
「……クリス?」
不安気な声で呼び掛けるアレン。
すると、クリスは赤らめた顔を徐々に上げながら、ジットリとした目でアレンの事をふて腐れたように睨み付ける。
「……アホ……」
その様は、最早どう見ても可愛いと感じる女の子の仕草、姿。そのものだ。
「僕だって分かっとるわ……ちょっと、びっくりしてしもて、慌てただけや……」
「はははっ、クリス。ごめんごめん」
「でもな……」
笑って謝るアレンに、クリスは、ほのかにまだ赤らめた顔でニコッと微笑んだ。
───
「もしも、僕が女の子として生まれとったら、多分、“アレンの嫁さんになりたい”って思うてると、今の僕はそう思ってるわ──」
目を細めてまるで女神とも、恋する乙女とも感じるようなやさしいその笑顔に、アレンはそっと手を伸ばそうとした。
───
「クリス──」
───
──ドシュッ!
───
「……え?」
「……あ……」
ふたりから声が漏れてくる。
その直後、響いてくる男と女が入り交じったかのような異音なる声。
───
『鍵なる“心臓”、確かに今貰い受けた──』
───
「──かっ、かはっ──!」
漏れるクリスの苦悶の吐息。
───
この場所にいた皆、全ての者が、目の前で起こっている光景に目を奪われていた。
「──え、な……に──がっ……がはっ!!」
もう一度、クリスから苦悶の声が吐き出される。
クリスとアレンとの再会のやり取りを、穏やかな視線で眺めていた俺達が、今、目にする光景。それは──
───
「……あ……あ、あ……ああ──」
クリスの胸を、背中から突き破るように飛び出た黒い腕。
『フフッ、さあ、ようやくその時がきた。目を醒ませ──古の時より封印されし、古代竜──』
───
その声の主、この光景を作り出した主。それはクリスの後方に突如として姿を現した、黒の魔導士アノニムだった。
奴は、クリスの背中へと自らの右腕を突き立て、貫通し、その右手はクリスの胸の外へと飛び出していた。
今のアノニムの右手の中にあるのは、抜き取られ、鷲掴みにされたクリスの“心臓”──
クリスの心臓は、まだ僅かではあるが、数本の管でなんとか繋がってはいる。
───
──トクントクントクン──
───
「……あ…………あ……ああ…………」
アノニムによって掴まれたクリスの心臓が、強く脈打つ音を響かせる。
『今、ここに於いて復活せよ! 火の守護竜──劫火竜!』
黒の魔導士が被る鉄仮面の、目らしき歪な形状の紋章が、赤く光り、そして妖しく揺らめく。
『──エクスハティオ!!』
───
目の前で一瞬にして起こった絶望なる光景に、思考が追い付かず、この場に居合わせた俺を含め、皆全員が呆然とする。
───
「──クリスウゥゥッ!!!」
そんな時、ふたつの駆ける騎馬の蹄の音に交じって、フォリーの上げた悲鳴が、俺達の意識を現実に戻すかのように、辺りに木霊するのだった。
◇◇◇
──────────
──トクン……
『……誰ぞ?……我を呼び掛けるは──?』
──トクントクン……
『誰ぞ?……我に施されし忌々しき封印に触れようとするは──?』
──トクントクントクン
『応えよ! 誰ぞ──!?』
───
燃え盛る真っ赤な灼熱の炎──
そこに、ただ響く心臓の鼓動と、怨念に満ちた念話となる言葉。
──トクントクントクントクントクントクントクントクントクントクントクントクントクン──
早まる心音──
邪悪な思念が吠える。
───
『我は己が創造主を憎悪する者!──彼の者が創造したものを、焼き尽くす者也!!』
邪悪な憎悪の思念が、灼熱の空間の中を駆け巡る。
───
『世界に報復なる地獄の劫火を!──我の名はエクスハティオ!!』