139話 ふたつの王
よろしくお願い致します。
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輝く剣を鞘に納める。
それにより、今までの光は、まるで錯覚かと思えさせるように、存在感をなくす聖剣オールドー。
やがて、周囲の黒い骸骨戦士達は、同時に複数の断末魔のような音と共に崩れ落ち、消え失せた。
そしてアレンは振り返る。
彼のその表情には、既に迷いなど、一切感じさせず、凛々しく精悍な顔付き──
まさに“王”と呼ばれる者に、相応しき風貌となっていた。
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「お兄ちゃん!!」
声を上げながら駆け寄り、彼に飛び付くコリィ。そんなコリィをアレンは両腕を広げ、受け止めた。
「コリィ!」
互いにギュッと抱き締める。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……お兄ちゃん!……う、ううっ……うえぇ~んっ! あ、うっ……うわああぁぁ──」
「大丈夫。僕は生きている……コリィ、君のおかげだ」
泣きじゃくるコリィの頭を、アレンは穏やかな表情でやさしく撫でる。
「──ありがとう」
「わああああぁぁん!!」
「本当にありがとう」
「わああああぁぁん!……うえっ……ひっく……ううっ……僕の方こそ……」
コリィは必死で泣き止み、涙を流しながらアレンの顔を見上げる。
「……生きていてくれて……約束を守ってくれて、ありがとう──」
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「ラウリィ陛下!!」
「……へっ、陛下!! な、何たる事かっ!」
突然、静寂を破る男女の悲鳴にも似た声が辺りに轟いた。
その声の主、ふたりは地面に仰向けになり、両手を胸元で組んでいるラウリィの亡骸にすがり付く。
やがて、ふたりの内、女騎士の方が立ち上がり、憎々しげな眼差しでアレンを睨み付けた。
「貴様は、反逆者アレン!これは己の仕業かっ!!」
大声を上げ、右手に持つ剣の切っ先でアレンの事を差す。
「否! 私ではない。我が父……いや、前王ラウリィ公は、私を穢れし者から救う為に、身を呈してお守り下さり、そしてご崩御なされた」
「何だとっ!」
女騎士がもうひとつの剣を引き抜き、両手で双剣となって構える。
「貴女は……確か、親衛隊三隊長がひとり、イザベラ・ロジーナ殿ですね。私は前王ラウリィから、王位を受け賜りました」
「何ぃっ!!」
その言葉に、イザベラと呼ばれた女騎士は驚愕の声を上げ、まだラウリィの元に膝を落とし、うつ向いていた、もうひとりの巨漢の騎士の後ろ姿が、少しピクリと動いた。
「今のノースデイ王国の国王、それがアレン・ジ・ノースデイ。この私です。そしてこれがその証──」
アレンは鞘から剣を引き抜き始める。
それに呼応するかのように、再び刀身が輝きの光を放ち、鞘から目映く溢れ出した。
「なっ……?」
「──!?」
イザベラが、疑問の声を漏らすと同時に、巨漢の騎士が突然立ち上がり、アレンの元へと近付いて行く
「お、おい!…… ガリレオ!」
困惑するイザベラを余所に、ガリレオと呼ばれた男の騎士はアレンの前に辿り着き、そして跪いた──
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「その剣の輝き。貴方こそ聖剣オールドーの真の保持者……承知致しました。このガリレオ・ダスマール。ここに於いて、新国王、アレン・ジ・ノースデイ様に生涯を懸け、忠誠を尽くす所存でございます!」
「承認しました。これからよろしくお願いします。ガリレオ殿」
「アレン様。家臣である私に、最早敬承はご不要でございます。ガリレオと呼び捨てで呼んで下され。陛下──」
まるで当たり前のように行われるふたりのやり取りに、しばし呆然としていたイザベラが、急に声を荒らげた。
「ガリレオ! 貴様、気でも触れたか!! そのような反逆者が王などと、あたしは断じて認めない!」
イザベラは右手に持つ剣で、再びアレンの方を差す。
「すまない、イザベラ殿。だが、貴女が認めなくとも、既に私がこの国の王となった……いえ、ならなければいけないのです!」
「黙れ! 貴様、まだ言うかっ! あたしにとっての仕えるべき王は、唯一只おひとり、ラウリィ王だけだ!!」
「……イザベラ殿」
「黙れ! 黙れ! 誰が貴様なぞ王と認めるかっ! 誰が貴様なぞに仕えるかっ! あたし……あたしの王は、ラウリィ様だけだ!……両親を失い、卑しい戦闘奴隷だったあたしの事を拾い上げ、登用して下さった……あたしの父であり、恩人なる御方なのだ! 誰が貴様なぞに──」
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──パシィッ
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響く、彼女の放つ言葉を遮るような、頬を打つ音。
「──なっ……?」
平手打ちを受けたイザベラが、ぶたれた頬を手で押さえながら、その行為を行った者を睨み付けた。
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「いい加減現実を認めぬか、イザベラ! お前は聞き分けのない小娘か! それでは前王であるラウリィ様が、既に逝く先にお着きになって、最早お嗤いになっておられるわ!」
それはイザベラと同じ親衛隊隊長に任する者であり、先程アレンに跪き、忠誠を誓った彼女の同僚でもあるガリレオだった。
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「見よ、イザベラ。今の陛下のお顔を──俺は長きに渡り、ラウリィ様にお仕えてしてきたが、今まででこのような穏やかな表情は初めて見る。なんて落ち着きのある……何かをやり遂げたのよう。まるで憑いていた物が落ちたかのようだ……」
そんなガリレオが発する静かな声に、イザベラはゆっくりと、地面に仰向けに寝かされている今は亡き自らの王の顔へと目をやった。
「……ラ、ラウリィ様!……う、ううっ!……」
しばらくうつ向き、小さな嗚咽を始める。
彼女の目に飛び込んできたのは、まさに彼、ガリレオの言う通り、今までに彼女も一度も目にした事がない穏やかな表情だった。
まるで王である職をやり遂げ、全うしたかのような──
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「う、ううっ……ラ、ラウリィ陛下……了解致しました。それが貴方様が選んだ選択ならば、あたしはそれに従いましょう!」
やがて、両腰に剣を納めた女騎士イザベラが、アレンの元に赴き、跪いた。
「承知致しました。わたくし、イザベラ・ロジーナ。前王ラウリィ様のご意志に従い、これより貴方様に粉骨砕身お仕えさせて頂きます。どうか、ラウリィ様の遺志の元、我らが主に相応しき王であられるよう──アレン陛下!」
それに対し、アレンは片ひざを地面に着け、彼女の手を取った。
「ありがとうございます。イザベラ殿、ご期待に沿うよう“王”としての努めは尽くす覚悟です。前王ラウリィと同じ信頼を貴女に求めるのは難しい事でしょう。だけど、時間が掛かってもいい。どうか、私に力を貸して下さい」
そしてイザベラの手を取ったアレンは、彼女に立つ事を促す。
それに応じて、イザベラも立ち上がった。
「はっ!ありがたきお言葉にて、必ずや、アレン陛下。いつの時か、心からの忠誠を以てお仕え致します!」
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次にアレンの前で、再びガリレオが畏まる。
「それでは、アレン陛下。不躾ではありますが、そこにおわす前王ラウリィ様より、冠を受け取り、今ここにて、戴冠して下さりませ! それにて、我がノースデイ王国の全ての者がアレン様を象徴とした、新たな国王の真なる誕生となりましょう! どうか──」
それに無言で頷くアレン。そして──
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「コリィ。悪いけど、もう一度僕の傍にきてくれる?」
「え?……は、はい!」
その呼び掛けに、今までのやり取りの邪魔にならないように、少し離れていたコリィが、短く答えて小走りでアレンの元に向かった。
「お兄ちゃ─いえ、兄上」
そしてアレンは、コリィの両肩に手を乗せ、自らの前側へと手繰り寄せた。
「……兄上?」
小さく呟くコリィに、アレンは片目を閉じ、微笑みの合図を返す。
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「すみません。ガリレオ殿、いや、ガリレオ。私に王冠を戴冠するつもりはない」
アレンのその言葉に、ガリレオ、イザベラが驚きの表情を浮かべて、アレンに目をやった。
「……な、なんと……それは……!」
「どういうおつもりか! アレン陛下!」
驚愕の声を上げるふたりに、アレンは穏やかな表情で言葉を発し始める。
「勘違いしないで頂きたい。私は王となる事を宣言し、またノースデイの“王”としての努めを全うするつもりです──が、それは私、アレンひとりだけではない」
そしてアレンはコリィを自身の前へと両肩を抱くように移動させた。
「今、ここに於いて、私の真なる理想を打ち立てます! まずは私、アレン・ジ・ノースデイがノースデイ王国の新たな王になると同時に、我が弟、コリィ・ジ・ノースデイにもノースデイ王国、国王を名乗って頂きます!」
声高らかに宣言するアレンの言葉を耳にし、ポカンとした表情をするコリィ。
更にアレンは言葉を続ける。
「弟、コリィがいなければ、今の私、ノースデイ王アレンとしての存在はあり得なかった。そして今ここに僕の心の支えとなった、最も大切だったコリィが共にいてくれる。そう、僕とコリィはふたりでひとり同然だ。だけど、王冠はひとつしかない。なので私が冠を頂く訳にはいきません。王冠は前王ラウリィを喪に伏す時に、共に埋葬しようと考えてます。そう王冠は……いえ、いずれは、王家さえも関する事がなくなるでしょう!」
「お、お兄ちゃん……?」
「ア、アレン様……?」
「陛下、それは一体……?」
堂々とした態度で言葉を発するアレンの姿に、最早、反論の言葉なく困惑する一同。
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「これからの新生ノースデイ王国、国王は私、アレンと弟、コリィの二王とします! 勿論、王をふたつ据えれば、勢力を別け混乱を招く事態になるのは必然でしょう。なので国を安定化を図り、満足した責務と実績を成す事ができれば、私達ふたりは王を名乗るのを止め、国の代表者として、ノースデイ王国のより良い発展に助力しようと考えてます。私が目指す物。それは王家、王族が関係なく、国民自身が自分達の国を作り上げ、国としての機能を成していく。いずれはノースデイ王国ではなく、君主を必要としない共和国──ノースデイ共国となる国を我が目的とします!」
力強く宣言するアレン。
そんなアレンに両肩を抱かれていたコリィが、不安気な表情を浮かべて、振り返りアレンの事を見上げた。
「あ、兄上……な、何故、何故そんな……」
困惑するコリィの視線に、再び穏やかな笑顔で答えるアレン。
「コリィ、昔約束しただろう?──“ふたりでより良い国を作り上げていこう”って……僕達はふたりでノースデイの王だ。そしていずれは王制を廃し、ノースデイ王国の象徴となる者は王ではなく、この聖剣、オールドーにでもなって貰えばいい。だから、まずは建て直し、再び安定した国を作り上げていこう……ふたりで!」
「お兄ちゃん……いえ、兄上。承知致しました! 再びより良いノースデイ王国を作り上げていきましょう。ふたりで!」
そしてアレンとコリィ、ふたりは正面を向き合い、ガッチリと握手を交わした。
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──パチッ!……
──パチッ!……パチッ!……
──パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ──!!
やがて、発生する拍手喝采。
「承知致しました! アレン陛下。それが貴方様の目指すものとあらば、我らはそれに従いましょうぞ!」
「ラウリィ様が真に望んでいたのは、ノースデイ王国の永存とその繁栄……それが叶うのならば、わたくしに否はありません。アレン様のお考えに従うまでです」
──おっ! 応! 応! 応!!──
やがて、アレンとコリィ。ふたりの王となった人物を称える拍手が、周囲から鳴り響くのだった。