138話 アストレイアの三聖剣
よろしくお願い致します。
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『きゃはっ!──がっ!』
「──ぐぬおっ!!」
お互いの身体を貫き合った者達から、再び苦悶となる声が漏れる。
両者共に刺し合った傷は、ほぼ胸元。おそらくは致命傷となる傷だろう。
『──かはっ!……ええい、くそっ! 離れろっ、ジジィ!』
少女を象った化け物は、怒声と共に、自身に覆い被さるようになっているラウリィの身体を蹴飛ばした。
「ぐっ、ぐぬっ!!」
声を上げ、少女に突き刺した剣が抜けたラウリィが、後方へとよろめくように倒れる──だが、老王の身体が地に着く事はなかった。
───
「ラウリィ王……」
それはアレンが倒れるラウリィを抱き支えたからだった。
「……ぐぐっ……アレン……か?」
「……ラウリィ王、一体何故……」
ラウリィの声に疑問で応じるアレン──
───
『……ううっ……痛いっ! 痛いっ! 痛いようおおぉぉーーーっ! お兄ちゃーんっ!!──な、何で? 何で私の身体を傷付けられるのっ?……そんな筈ある訳ないじゃない! ジジィ、その剣は一体何なのよっ!?』
眼球のない少女が、胸の傷口を手で押さえ付けながら、ラウリィを憎々しげに睨み付けるように、赤い光の灯った双眼を向ける。
「……ぐぬっ、ぐぐっ……ぐは──ぐはははははははっ!!」
老王は、痛みに耐えながら、突然笑い声を上げた。
『──ジジイィィっ!!』
「うはははははっ、化け物め! 我が手にあるは、只なる剣ではない! 彼のアストレイアに古きから伝わる、我が祖なる王家一族に伝承される三聖剣がひとつ! その名も聖剣─オールドー也!!」
『……な、何なのよ! それっ!──か、かはっ!』
少女は口から赤い血を吐き、両膝をガックリと地面に着けた。
「……なれど、私では真なる輝き、力。如何なるものも発揮する事は叶わぬかったが……ぐっ、ぐぐっ、がっ──がはっ!!」
そして続けてラウリィからも、口から鮮血が溢れ出る。
地面に倒れようとするラウリィの身体を、アレンが地面に膝を着き、両腕でその上半身を抱き抱えた。
「ラウリィ王……」
「父上!!」
コリィもその元に駆け寄ってくる。
傍には腰の長剣の柄に手を添えながら、レオンハルトが周囲に警戒の目を光らせていた。
ノースデイと銘打つ者達が今、ここに揃う。
───
「……お兄ちゃん、父上……」
「ラウリィ王……何故に……?」
ふたりの呼び掛けに、ラウリィは閉じた目をそっと開け、最後の力を振り絞る。
「……コリィもきおったか……アレン、コリィ。ふたりして聞け」
「…………」
「父上……」
ラウリィはまず、アレンに視線を送る。
「……アレン。私に……残された時間はない……なればこそ、要点だけ……申す……我が望みは、若き時から……自国、ノースデイの存続と繁栄……それが全て……それが故、現状に於て、私は……その為の最善と思える手段を講じるのみだ……」
「……ラウリィ王?」
ラウリィは、手に持つ自らの剣を力なくではあるが、必死になってアレンに向けて差し出した。
それに手を添えるアレン。
「アレン……否、アレン・ジ・ノースデイ殿よ……王家、王族関係なく、今、国を想う……一国民として……貴殿にお願い致す……!」
アレンは、ラウリィの目を真剣な面持ちで受け止める。
「……ノースデイ王国の王となれ!……この三聖剣がひとつ、“聖剣 オールドー”も、そなたであれば、真の力を発する事ができるであろう……私がそなたに伝えるのは……その事のみ……許せとは言わぬ。許してくれる事も望まぬ……」
「ラウリィ王……いや、父う……否、父とは言いませぬ、ラウリィ公!」
その返事に、ラウリィは苦痛に歪めた顔を、そっと微笑と変えた。
「ふふっ……それで良い。 さあ、常に強くあれ! 我がノースデイ国王アレン!!」
次にラウリィは、傍に寄ってきたコリィの頭にそっと、やさしく手を乗せた。
「……父上」
「コリィよ……すまぬ。お前には本当に辛い思いを……させてしまった……これからは、兄王アレンと力を合わせ……ノースデイの……より一層の繁栄とその存続を……切に願う……」
ラウリィの瞳に光が失われようとする。
死に逝こうとする我が父に対し、涙を流しながら、訴え掛けるように声を上げるコリィ。
「──父上! 父上!……お父さん!」
「……許してくれ……愛しい……我が息子よ……」
「お父さん! 嫌だっ!──お父さん!!」
ラウリィの瞳から光が失われる。
「……つよ……く……あれ……」
「──お父ぉーさあぁぁーーんっ!!」
そしてラウリィは、アレンの腕の中で事切れるのだった。
───
「……ラウリィ公……父上……」
アレンはラウリィの両目に手を添え、その目を閉じさせる。そしてそっと地面に寝かせ、彼の両手を胸の上で組ませた。
───
『──うふふふっ、あはははははははっ! ふぅ~、あははっ、茶番劇は済んだかのかな? こっちもやっと傷口が塞がったとこだよ。もう、全く嫌んなっちゃう! そんな剣を所持してるなんて、完全に想定外だったよ』
不意に聞こえてくる少女の笑い声の言葉に、そこに居合わせた者、全てが視線を送った。
『さあ、もういいよね? 今度こそ、ぜっ~んぶなくしてあげるからね。お兄ちゃん──』
例の少女の形を象った者が、真っ黒な眼窩に赤い光を灯らせながら、巨大な大剣クレイモアを宙に浮かび上がらせている姿が映るのだった。
───
「化け物め、吸血鬼真祖の類いか?」
レオンハルトが腰の長剣を引き抜く。
──キラリと輝きを放つ白銀の刀身。
レオンハルトが少女の化け物に向かおうと、一歩踏み出した。その時──
「待って下さい!」
声がした方に振り返るレオンハルト。
「その少女は──」
アレンが立ち上がり、ラウリィから受け取った剣を両手に構える。
「お兄ちゃん……」
「…………」
呟くコリィと、無言でその剣に目をやるレオンハルト。
「僕……いや、私。アレン・ジ・ノースデイが倒す!!」
その声に、嬉しそうに反応する少女の化け物。
『うふふふふふっ、そうこなくっちゃね? 大好きだよ、お兄ちゃん。私とひとつになろう──って……そ、その光は、な、何っ!?』
嘲笑の笑みを浮かべていた少女の顔が、驚愕へと変わる。そしてそれは、恐怖へと──
「むう、これは……やはりそれは、アストレイアの三聖剣がひとつ、オールド-に相違なさそうだな」
「お、お兄ちゃん……」
アレンの構えた剣に、徐々に輝きを放つ光が宿っていく。
『……い……嫌だ……やめてっ、お兄ちゃん! その剣をこっちに向けないで!……やだっ、やだっ……や、やめっ──やめろおぉぉぉーーっ!!』
そして目映いばかりの輝きを、溢れ出すように放つアレンの持つ剣。
──聖剣オールドー──
───
「 私はノースデイ国王アレン!──その名に懸けて、国に仇なす者を討つ!!」
◇◇◇
「こ、この輝きは!? ま、まさか陛下の御身に何か……くそっ! ガリレオっ! ガリレオは何処だっ!!」
自分の部下にラウリィ王の護衛を任せ、自らの両手に持つふたつの剣を巧みに操り、周囲に群がる黒い骸骨戦士をなんとか撃破しながら、周囲に向かい大声を上げる、王国親衛隊三隊長のひとりである女騎士イザベラ。
やがて、その呼び掛けに応じ、ひとりの巨漢の騎士が彼女を見付け、その元に駆け寄ってくる。
───
「おおっ、イザベラ。無事だったか? お前も先程の輝きを目にしたのか!?」
「ああ、そうさ、ガリレオ。あんた陛下は今、何処におわすか把握してるのかっ? それに、さっきのあの輝きは一体何だ!? 古参者のあんたなら、何か知ってんじゃないのかい!!」
イザベラのその問い掛けに、ガリレオは付近のスケルトンを、手にするハルバードで打ち砕きざま答える。
「いや、俺も陛下の御所在までは分からぬ。後方にお下がり下さるよう申し上げて、親衛隊の中でも選りすぐりをお付けしてきたからな。だが、先程の輝き。あれはたしか、陛下が所持されている剣の放つ光に似てなかったか?……その輝きは、いつもの比ではなかったが……」
そんなガリレオの返答に、疑念の表情を浮かべるイザベラ。
「……そうか。あたし、何か凄く嫌な胸騒ぎがするんだ……よしっ! ガリレオ! あたし達もあの輝きの元へと向かうぞ!!」
「おおっ! 了解した!!」
そしてふたりはその元へ急ぐのだった。
──────────
(……こ、これは、共鳴している。我が剣に──)
馬上で群がるスケルトンの大群を、手に持つ巨大な白銀のメイスで次々と蹴散らし、粉砕しているキリアがそう感じた。
キリアは普段全くと言っていい程使用していない自らの腰に帯びている剣に視線を向ける。
鞘から漏れ出す溢れんばかりの光と、感じる剣の振動──
(我がアストレイアの三聖剣がひとつ、聖剣ウィースが……何故? 一体何に……?)
首都バールに群がる黒い亡者の大群に対応する為。今、彼女は火の一族の軍勢と共にその亡者共に当たっていた。
その元へとやってくる一体の騎馬。
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「キリア殿、どうしたのだ? 如何された?」
それはもうひとりこの軍勢を任された人物だった。
風の大精霊を『守護する者』ハイエルフのフォステリア──
「フォステリア様……いえ、少し……」
キリアの戸惑いを感じさせる返答に、怪訝な面持ちで小首を傾げるフォステリア。
やがて──
「……これは私の直感なのですが、事態が急変を呈した様です。フォステリア様、少々強行を以てしても先を急ぎましょう」
それに、少し何か言いたげだったフォステリアだったが、言葉を呑み込み、無言で頷いた。
「承知した。ならば先を急ぐとしよう──ヤオ!!」
キリアの進言に応じ、火の一族、ヤオに指示の声を上げるフォステリアに軽く頭を下げて、彼女は一足早く馬の足を進めるのだった。
──────────
ノースデイ王国より、南方に位置する彼の国の、元本国でもある大陸一の大国。
──アストレイア王国。
───
王都アストレイア。王私室──
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「──!?」
アストレイア王国の王である、リオス・ジ・アストレイアが、自室でひとつの文献の検証最中に、それは起こった。
──カタッカタッ─カタタッ
自室の壁中央に、最早実戦に使用する事なく、国の象徴としての機能だけで立て掛けられた、飾り物としての剣。
アストレイア三聖剣がひとつ。
聖剣ユースティティア──
──────────
元来、かつて大陸で、未だ国という概念がない時の時代。
初代アストレイア国王となる人物は、世界に乱立する多数の勢力を、ひとつに統一する為の大規模な戦争行為を行った。
相対する勢力は混沌とし、あるいは魔物や悪鬼などを用いる戦闘にも及んだ。
それに対抗する為に、四大精霊の力を譲り受け、鍛え上げられた三振りの剣が、俗に称される“アストレイアの三聖剣”である。
それぞれの名称は──
正義を象徴とする──ユースティティア。
秩序を象徴とする──オールドー。
力を象徴とする──ウィース。
──────────
(………)
リオスは、独りでに振動を続ける剣を手に取る。
そして鞘から抜き出した。
「──こ、これは!?」
それは、刀身から目映い光が、溢れんばかりに発光をしている光景だった。
(……これは……間違いない。他のふたつと共鳴している……)
リオスは、手にある自身の所持する、聖剣ユースティティアを凝視する。
(他のふたつ、ウィースは我が姉上。キリア・ジ・アストレイアが所持している……オールドーは、ノースデイの我が叔父。ラウリィ・ジ・ノースデイが所持する……姉上キリアは人外の能力を持つお人だ。ならば──)
リオスは剣を鞘に納め、自室の窓から、遥か北方の大空へと目をやる。
「……ノースデイのラウリィ公。崩御なされたか……聖剣オールドーを、真に受け継ぐ新たな王が誕生したのだな」
リオス王は、空を見つめ続けるが、青く清み渡った光景以外、彼の視覚に何も得る事はできない。
「世界は確実に、より明確に“何か”に向けて動き続けている。正か、負か……だが、今は彼の地、ノースデイに、それに対抗し得る存在。あのデュオ・エタニティの姿はあるのだろうな……」
彼は業務を続ける為、窓から視線を外す。
その時、最後にこう呟くのだった。
「世界の行く末は貴女の手に……応援してますよ。デュオさん──」
◇◇◇
俺とクリスがようやく、アレンの元に辿り着く。
先程からずっと、視覚で輝く光を捉え続けていたその正体は──
───
「──アレン!!」
クリスが大声で呼び掛ける。
「アレンお兄ちゃん!!」
コリィもその後に続く。
「いけ! 新たな王たる者よ。自らの“証”を示してみせろ!」
レオンも彼としては珍しく、拍車となる声を上げる。
巨大な大剣、クレイモアを自分の頭上に浮かせた、両目がなく、その空洞から血の涙を流しながら、うつ向き加減で、何やら呟いている異様な雰囲気を醸し出す少女。
そんな存在に、両手で剣を構え、対峙している金髪の青年の後ろ姿が映るのだった。
彼の手にある剣からは、溢れ出す目映いばかりの白光。
そして俺は──
───
「アレン! 自分の生きている『意味』を! 『存在意義』を! 『目的』を! さあ──」
俺と、ノエルの念話の声が重なる。
「『──勝ち取れっ!!』」
──────────
『……うふっ、うふふふふふふっ、そうなんだ。お兄ちゃん、私を殺す気なのね──?』
うつ向いていた少女が、顔を上げながら、そうアレンに問い掛ける。
「ああ、悪いけど、今の僕には自身の明確な役割と目的ができた。だから──」
アレンは輝きを放つ聖剣 オールドーを振り上げながら、少女に向かって駆け出した。
──ガァイィィン!
アレンが繰り出した斬撃を、少女が宙に浮かせたクレイモアで受け止める。
「僕はお前を倒す!!」
──────────
ギイィィン、ギイィィンと、ずっと鳴り止まぬ剣撃音。やがて──
───
──ズブリッ
『かっ!──かはっ!!』
少女の象をした化け物の胸に深々と、白光を放つ刀身が突き立てられた。
彼女が操っていた巨大なクレイモアが、回転しながら宙を舞い、音を立て地面に突き刺さる。
ジュウッと音を立て、アレンの持つ聖なる剣の光が、少女に突き立てられた肉体の内側を焼いていく。
少女は血の涙を流しながら、そっと目を閉じた。
その瞬間、血の涙が、流れた筋跡ごと消え失せていく。
『……私……なくなっちゃうの……?』
目を閉じた少女が、悲し気な声で、そっと呟く。
「ああ、そうだよ」
それに、剣を突き立てたままのアレンが答える。
『……そう……なんだ?……だけど……やだ。きえたくない……なくなりたくない……よ……』
「………」
ジュウッという音と共に、剣は彼女の身体を焼き続けている。
『……わ……たし、気が付いたら……ここに……いた……』
「………」
『……わた……し……ただ、お腹が……すいてた……だけなの……』
「……うん」
『……ただ、誰かに……かまって……欲しかった……だけなの……』
「……ああ」
少女の閉じた目から、今度は赤い血ではなく、無色の澄んだ、おそらくは、“涙”が一滴流れ落ちる。
『でも……最後に……お兄ちゃんと……遊べて楽しかった……ホン……トだよ……でも……で……も……』
そしてそれは、流れる涙と変わった。
『……わた……し……苦し……いよ……お兄……ちゃん……助け……て、この……痛みを……く……くるしい……』
ジュウッ──肉が焼かれる。
『……わ……たし……を……なくして……お、お……ねがい。わた……しを……救……って……』
少女はアレンに向かい、救いを求めるように、あるいは、抱き締めるのを求めるかのように、胸に剣を突き立てられたまま、両腕を広げた。
「ああ……分かった」
アレンは彼女の身体から、剣を引き抜こうとする。
『……わた……しを……──“救って”──』
そして剣を引き抜いた瞬間──
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『……あり……がとう……お兄……ちゃん……』
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──ガバッ!
少女の口が突然、大きく裂け、中にはビッシリと並ぶ尖った無数の牙!
目がカッと見開き、黒い二つの空洞から、再び赤い鮮血を撒き散らしながら、両腕を広げた少女の化け物が、アレンに飛び掛かる!
『──きゃはははははははあぁぁーーっ! 救って救って救って救って救って──救ってええぇぇぇーーっ!!』
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──バシュッ!
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アレンが透かさず放った斬撃により、少女の首が宙を舞う。
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『……救って……くれて……』
言葉を発しながら──
『……あり……がと……う……』
少女の首は地面に転がった。
『……大好き……だ……った……よ……』
アレンはそんな、彼女の頭に目をやる。
『……お……兄ちゃ……ん……』
やがて、少女の頭は砂塵となって崩れ、無くなった。
───
──ビュンッ
アレンは、剣にこびりついた穢れを払うかのように、一度音を立てて空を斬った。
───
「礼はいらない。苦しむ者を“救う”──それが、“王”たる者が成す事だから!」