12話 ドラゴンスレイヤー
よろしくお願い致します。
───
咆哮を上げた竜は、俺の方へ一度視線を送ると、そのまま振り向き、大きな身体を振り返らせながら歩き出そうとした。
鬱陶しく付きまとう俺の事など無視し、これからこの島自体を破壊しようと考えているのだろう。
───
「そうはさせるかよっ!」
魔剣を振り上げ、奴に向かう。
『下がれっ! 虫けらが!』
──グルゥオオオオオオウッ!
再度、奴の口から放たれる竜の咆哮!
だが、俺の動きは止まらず、そのまま奴の身体に魔剣を突き立てた!
───
『な、何故だ! 何故、動ける!?』
竜が驚愕の声を上げる。
「悪いな、『竜の咆哮』の耐性は、もう吸収済みなんだ」
剣を引き抜きながら、再び竜の身体を駆け上がり、今度は奴の頭の眉間に魔剣を突き立てようと試みる。
が、途中で奴と目が合った。そして竜は顎を開き、口内を覗かせる。
その奥には赤い炎が揺らめいていた。
───
「げっ! ヤバい!!」
竜が顎を開き、吐き出す物。それは──『竜の吐息』!
その灼熱の炎は、鉄をも溶かす高温とも言われている。
───
辺りに広がる爆音と炎の渦──そして煙の発生により、ほとんどの視界は失われる。
やがてその視界が戻る頃、竜の視覚に俺の姿は映ってはいなかった。
『がははははっ! 虫けらめが、燃え尽きおったか!』
─────
「──それが残念。そうはなってないんだな、これが」
『何だと! 虫けらめ、何処だ、何処にいる!?』
間一髪、俺はその時。奴の顎の裏側に魔剣の触手を突き立て、移動する事によりその難を逃れていた。
触手に宙ぶらりんとなっていた俺は、それを引き寄せ、そのまま一気に奴の顎の裏側へと魔剣を突き刺した。
魔剣が放つ鈍い紅い光が、一瞬強くなる。
さて──
「これで、『竜の吐息』の方も頂き─っと!」
───
『ぐう、ぐぅおおおおっ!……お、おのれ!!』
奴は右足の爪で、俺を叩き落とそうとする。
それを上に跳んでかわした。
「じゃあ、今度は、あんたから散々吸収しまくったこの力、全力で!」
俺はまず、左手に持つハルバードを放り投げた。
次に空中で魔剣を両手で大きく振りかぶり、真下にある奴の右足目掛けて放つ、渾身の魔剣の一撃。
それを受けた奴の右足が両断され、血飛沫を上げながら吹き飛んだ。
『──ぐっ、ぐぅがあああああああぁぁーーっ!!』
奴が苦痛に吠える。
「それから、これは前のお返しだ!」
俺は口元に手を当て、それを前へと突き出した。
『──竜の吐息!』
俺の頭であるワニの口先が開き、灼熱の炎が吹き出される。
そしてそれは、竜の身体を焼き焦がしていく。
『──があああああああぁぁーーっ!! ぐうっ、ぐぐっ……き、貴様は、貴様は一体、何者だ! この儂が、竜たるこの儂が、これ程までに!』
竜は怒りに燃える金色の目で、俺の事を睨む。
『これ程の力、何処で得た? 一体、何処で!!』
俺は竜の前に立ち、奴に向かい、魔剣を振りかざしながら言う。
「戦いが始まる前までは圧倒的に俺の力の方が劣ってた。でも、相手が悪かったな。俺とこの漆黒の魔剣は、戦う相手が強力であればあるほど強くなるんだ。あんたがここで敗れて死ぬ事になるのは、あんた自身が強過ぎたから。ただ、それだけ──」
『ぐぅ、ぐぬぬぬっ……』
「さあ、もう苦しそうだし、もう止めを。せめて、あまり痛みを感じないように……」
そう言い終えると、俺は目を閉じて、もう一度、深く息を吸う。
そして目を見開くと同時に、竜に向かって勢いよく走り出した。
竜の繰り出してくる最後の抵抗をかわしながら、その身体を一気に駆け上がる。
そのまま竜の頭の上に乗り、真上へと跳んだ。
次に全体重を乗せ、その首に自身最大となる力で、魔剣を振り下ろす!
───
俺が地面に着地したと同時に、ドオオォーン! という音と共に、切断された竜の首が地面に転げ落ちた──
◇◇◇
竜と呼称される存在が、他者との戦いに於いて、敗れる事はまず、ほとんどと言っていい程ない。
それが生物の頂点に立つ存在たる由縁だ。その存在たる竜が、たったひとつの個体。しかも自らよりもずっと劣る劣等種に、その首を切断されての敗北など。
『……そんな事……あり得る筈が……あり得る……筈がない……の……だ……』
与えらた自我を持つその竜は、最後にそんな事を思い浮かべながら事切れた──
◇◇◇
ふと俺の足下に途中で手放したハルバードが落ちているのに気付く。
そういえばこれは元々、俺の身体であるこのリザードマンが最初から手にしていた物だ。
俺はそれを拾い上げる。そして転がっている竜の首の傍に、戦闘でボロボロになったそのハルバードを突き立てた。
自分がリザードマンとして戦った勝利の証として──
───
「この勝負、トカゲの勝ちだ!!」
───
「うわああああぁぁ~ん、勇者様あああぁぁ~っ!」
見るとロッティがもの凄い勢いで飛びながら突っ込ん来る。そしてビターンッと音を立てて、俺の鼻に抱き付いてきた。
あ、やっぱソコなんだ。
思わず、心の中で苦笑いを浮かべる。
「良かった。ぐすん、本当に無事で……」
「言っただろ? 俺に任せろって」
「うんっ! 本当にありがとう!」
ロッティは泣きじゃくりながら微笑む。その笑顔に今までの戦いの疲れが癒される。
───
「そうだ、ロッティ。じゃあさ、早速、俺にご褒美をくれよ」
「あ、そうだったね。じゃあ、まずは跪いて~~」
俺は片膝を着き、胸に腕を当てながら、空中にフワフワと浮いているロッティに対し、恭しく頭を下げた。
「え~っと、それじゃあ……汝、勇敢なるリザードマンの勇者よ。そなたの活躍により、彼の邪悪な竜は討ち滅ぼされた。その功績を称え、そなたに竜殺しの称号を授ける」
「はっ、恐悦至極! 慎んでお受け致します。“緑の姫様”──」
………。
「……ぷっ、くくっ、あははははっ!」
「くすっ、あはははっ!」
そして可笑しくなってお互いに笑い合う。そんな時、不意に透き通るような声が、心の中に響いてきた。
─────
『ロッティ、ご苦労様でした。そして勇者様、この島の者を救って頂き、誠にありがとうこざいました。心よりお礼の言葉を申し上げます──ロッティ。その御方を、私の所までお連れして』
「はい。主様」
そしてその声は聞こえなくなる。
事態があまり把握できず、少し呆然としている俺に、ロッティは手を差し伸べてきた。
「行きましょう。勇者様」
「何処に行くんだ?」
「私を生み出した主様、そしてこの孤島の代表者でもある御方の所へ──」