137話 集うジ・ノースデイを冠する者
よろしくお願い致します。
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そしてオルデガと呼ばれた男は、途切れる事なく歩を続ける。
やがて、その姿はこの場から離れ、完全に消え失せた。
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──ギュアオォォォォーン!
黒い怪物の身体が、雄叫びのような大音量の異音を発生させてくる。
それと同時に、俺達三人に向けて繰り出される、黒い怪物の無数の鞭のようなしなる腕や、尖った先端の六本足からの激しい攻撃。
「くそっ! レオン!?」
「わわわっ! レオお兄ぃ、一体どうしたらええねん!」
俺とクリスは、それを避けながら、それぞれの武器で凪ぎ払う。そして無意識的に常時冷静なレオンに指示を求めた。
レオンも左手でコリィを抱き抱えながら、右手の長剣を振るっている。
「そうだな。完全防備の頭部と、急速再生の身体……ならば──」
レオンは俺達に声を上げた。
「クリス! お前は爆発の魔法を用いて、やつの足の破壊を狙え!」
「え?……う、うん。分かったわ。任せといて!」
「デュオ! クリスが足を破壊。さすれば、いくら迅速な修復が可能とて、必ずしも身体の体勢は崩れる筈、その時に首を狙え! 手に持つ漆黒の剣で、胴から奴の頭を両断するのだ!」
「了解!──成る程、さすがレオン。いい作戦を思い付くもんだ」
『だね!』
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レオンの作戦を実行する為。まずは俺が、魔剣を構えながら黒い怪物に向かって駆け出した。
伸びてしなるような無数の腕を切り裂き、突き立てようとする鋭い先端の足を魔剣で打ち払う。
やがて、後方から聞こえてくるクリスの声──
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「ほな連チャンいくでっ!──爆発!」
「──爆発!」
「──大爆発!」
クリスの発する魔法詠唱の連呼。
同時に、怪物の長い足の付け根付近で大爆発が起こった。
バラバラに吹き飛ぶ巨大な足──だが、破損箇所から飛び出してくる黒い亡者によって、それらが歪に形を変え、再び足を形成しようとする。
それにより──
怪物の身体は揺るがない。
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ちっ! 一本じゃ無理なのかよ!
「クリス! 一箇所じゃダメだ! 複数を狙え!」
「ホンマ、めんどいやっちゃで……分かった! デュオ姉!」
俺の怒鳴るような声に応じ、クリスは、もう一度魔法の詠唱を続け始める。
「いくで! もういっちょ連撃や! せやけど、今度は本気でやらせて貰う! 一味違うで!!」
クリスは再び、長杖の先端を黒い怪物へと向けた。
「まずは──大爆発!」
「──大爆発!」
そしてクリスの持つ杖の穂先に浮かぶ赤い魔法陣が、一際大きな輝きを放つ。
「ほないくで!──超過の炎火!!」
再び怪物の足の付け根付近で、大爆発が起こる。
前回とは違い、左前足と中足の付け根、しかも今回は遥かに大規模だ。
最後の魔法に至っては、赤い炎が駆け巡るようにのたうち、やがてそれも、火花なる粉塵を飛び散らしながら勢いよく弾けた。
バラバラな肉片となって、飛散する怪物の前足二本。
修復、再生しようと飛び出る多数の黒い亡者。しかし、今回は身体の状態を保つまでには至らない。
それに伴い、メキメキと音を立てながら、その巨大な身体が大きく傾いていく。
──よし! 今だっ!!
俺は怪物目掛けて駆け出し、高く跳躍した。
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眼下に奴の首元を確認し、空中で大きく魔剣を振りかぶる。
次に、黒い怪物の首下に魔剣の触手を伸ばし、突き立て、更なる強力な斬撃にする事を図った。
そして手繰り寄せ、一気に急襲する。
「──貰った!!」
『いっけーーっ! アル!』
掛け声に、ノエルが応じる。
やがて、俺の振り下ろした魔剣は、怪物の首元に接触した。
──ギイィィン!
「──なにっ!?」
瞬間、浮かび上がる黒い魔法障壁。
どうやら首元にも、その効果は施されてるようだ。
「くっ! レオンの読み違いか!?──だが!」
──バギギッ……バギンッ!
魔剣と触れた魔法障壁が、音を立てて砕け飛散し、消え失せる。
そしてそれを補うかのように、再び出現する黒い壁。
──ギイィィン!
──バギンッ!
──ギイィィン!
──バギンッ!
現れる魔法障壁を次々と魔剣で破壊しながら、怪物の首へと確実に近づいて行く。
やがて、魔法障壁の発生は、最早それ以上はなかった。
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──やはりか! 首元は手薄だったんだな。さすがはレオン。
障害物はなくなった。後は──
ぶった斬るのみ!!
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「──でりあぁぁぁっ!!」
『いけっ!いっちゃっえーーっ!!』
そんな時、不意に俺の耳に、悲痛な叫び声が飛び込んでくるのだった。
───
「──お兄ちゃあああぁぁぁん!!」
◇◇◇
──ガギィィン!──ギイィィン!──ガァギィィン!
少女が繰り出す大剣クレイモア。
『──うふふっ』
その激しい連続攻撃を、先程の僅かな隙に立ち上がり、体勢を立て直したアレンが、手にした長剣で受け止めていた。
「ぐうぅっ!──がはっ!……はあはあ……くうっ……!」
──ギィィン!──ガイィィン!──ガギィィン!
鳴り響く剣撃音。その度に少女のクレイモアを受け止めるアレンの身体が、大きく仰け反り、無数の傷口を増やしていく。
『ふふっ、お兄ちゃん。よくがんばったね? おかげで私、充分に“楽しい”って、感じさせて貰ったよ──』
──ギィィン!──ガギィィン!──ガァギィィン!
「──があっ! く、くそっ!」
激しく鳴っていた剣撃音が、ピタリと止まる。
『ありがとう、お兄ちゃん。それじゃ──』
「──!?」
クレイモアを右手で浮かせた少女が、突きを放つように、右腕を後ろへと下げた。
(──来るっ!! 僕は……僕は──!)
少女の両眼となる空洞に、妖しく赤の光が灯る。
『さあ、私と……皆と混ざろ? 気持ちいいよ。きっと、楽になったって感じられる……ふふっ』
決死の覚悟で剣を構えようとするアレンだったが、身体中に受けた無数の傷口から流れる出血と、先程までの激しい戦闘により、最早腕を上げる事さえ叶わなかった。
『お兄ちゃん。それじゃ──サヨナラ』
(──クリス、コリィ。僕は──!!)
歪んだ笑みを浮かべながら、少女は、宙に浮かせたクレイモアをアレンに向かい、突き出した。
『うふっ、うふふふふっ──あはははははははっ!』
(──ああ、僕の大切な者達。僕の生きた“証”よ!!)
───
──お兄ちゃあぁぁぁん!!──
───
コリィの悲痛な声がアレンに届いてくる。
(……ああ、コリィ──)
アレンの意識が朦朧とする。
(……また生まれ変わる事ができたのなら……)
──お兄ちゃん!! お兄ちゃあぁぁーーん!!──
(……その時は……きっと、また“兄弟”でいよう……)
──ドシュッ!!──
◇◇◇
──ズシャアァァッ!
俺の魔剣が、肉を切り裂く音と共に、黒い怪物の巨大な頭が胴から両断され、空中に放り出される。
──ウアオォォォォン!!
怪物の胴体の方から聞こえる、叫び声とも感じられる異音。
───
『──イタイ!クルシイ!シヌ!シンジャウ! イタイ!クルシイ!シヌ!シンジャウ! イタイ!クルシイ!シヌ!──シンジャウゥゥーーッ!!──』
同時に直接心に響いてくるかのような複数の老若男女の悲鳴。
───
『……ア、アル。私……』
『ノエル、大丈夫。心配すんな、俺が付いてる』
『……う、うん! ありがとう!』
怯えるノエルを、そっと勇気付ける。
そして地面に着地した俺は、まだ落下中の怪物頭部目掛けて、もう一度跳んだ。
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──ザシュッ! ザシュッ!!
下からそれを十文字に切り裂く。
更に四つとなった頭の肉片に追い討ちとなる、魔剣から伸びる触手の鋭い先端の攻撃。
やがて、それらは木っ端微塵に粉砕した。
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「 ──お兄ちゃん!! お兄ちゃぁぁぁーーん!! 」
地面に再び着地する俺の耳に、再度コリィの悲壮な叫び声が木霊する。
───
「──爆発!」
「──爆発!」
「──超過の炎火!!」
後方から聞こえてくるクリスの魔法の連続詠唱。
──グルギャオォォォォーーンッ!!
頭部を失った巨大な怪物の身体に爆発が起こり、至る所に黒い肉片と赤い体液を撒き散らせる。
だが、最早怪物に自己再生の力は残ってはおらず──
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「──爆発!」
「──爆発!」
「──超過の炎火!!」
再度放たれるクリスの連続魔法によって、黒い怪物は爆発と赤い炎に包まれる。
── ギャアァオォォォォーーッ!!
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『──アツイ!アツイ!アツイ!アツイ!アツイ!アツイ!アツイーーッ!!──ナクナル!ナクナル!ナクナル!ナクナル!ナクナル!ナクナル!ナクナッチャッウウゥゥーーッ!!──』
そして怪物が絶命し、“無くなる”
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『……ナ……クナ……ル……』
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……何なんだコイツらは……『滅ぼす者』って、一体どういう“定義”の存在なんだ……?
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「──お兄ちゃん! お兄ちゃん! アレンお兄ちゃあぁぁぁーーんっ!!」
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もう一度聞こえてくるコリィの絶叫に、俺はようやく意識をコリィの呼び掛ける先へと、目線をやった。
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「──!?」
『アル! あれって……?』
「ア、アレン!!」
思いも掛けない状況に、俺とクリスはその場所へと駆け出したのだった。
──レオンとコリィの姿は、既にない──
◇◇◇
『え?……って、なんで、私?……がっ、ぎゃふっ!!』
「──ぐうっ!!がはっ!……ぐっ、ぐぬぬぬっ……!!」
漏れるふたつの苦悶となる声。
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元ノースデイ王国次期王で、今は反逆者の身であるアレン・ジ・ノースデイの目の前。
そして、そんな存在を助けにきた血は繋がらないが、唯一と思える家族あり、弟であるレオンハルトによって抱き抱えられた第二王子、コリィ・ジ・ノースデイの目前。
そんな彼ら、ふたりが見る光景は──
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「ラウリィ!……い、いやラウリィ王!!」
「えっ?……お兄ちゃん?……父上?……父上!──父上!!」
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それは大剣クレイモアを持つ少女から、アレンを守るようにして彼の前に乗り出し、少女を象った化け物と刺し違えている白銀の鎧を纏った騎士の姿だった。
白い髭と髪の老齢者。その頭の頂には輝く黄金の王冠。
現ノースデイ王国、国王。ラウリィ・ジ・ノースデイ。
その人物だった。
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互いの背からは、互いの持つ剣の切っ先が覗いていた。
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『……きゃふっ!……かはっ!……え? な、なに? これって、何かの冗談……だよね……?』
少女の苦悶と疑惑の交じる声に、老王が吠える。
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「ぐぬぬっ!──やらせはせん!……やらせはせぬぞおおおおおぉぉーーっ!!」




