135話 因果応報
よろしくお願い致します。
─────
(─世界を変えたい……)
そう男が発した言葉を、心の中で反芻するアレン。そんな時──
─ゴポッ……
音がする方へ目をやると、再び石畳の床に涌き出るように出現する黒い水溜まり。
(!? な……これは一体、本当に何なんだ?)
─ゴポッ……ゴポッ……ゴポポッ……
「──!!」
気付けば、複数の水溜まりが現れ、そこからあの人の形を象った、異形の漆黒の骸骨戦士が──
「く、くそ!」
「枷を破壊する。そのまま動くな──」
──ドガッ!
オルデガが手に持った槍を突き立て、アレンの足に繋がれた枷の鎖を破壊する。まさに熟練した見事な技だった。
オルデガは、再びその顔を仮面を取り付け覆った。次に差し伸べた手でアレンを立ち上がらせ、ひと振りの剣をアレンへと手渡す。
「アレン、お主は剣士としても優秀と聞き及んでいる。成せるなら自らの身は、自らの手で守ってみせよ。その為の処置はしよう」
オルデガは槍を持たぬ手を開き、アレンへと突き出した──浮かび上がる黒い魔法陣。
「──黒の付加」
仮面の奥からくぐもった声が発せられ、同時に、アレンの身体は、黒いが神秘的な輝きの光に包まれた。
今まで衰弱しきっていた自らの身体に、みなぎるような力が感じられる。
「こ、これは……?」
「それは元来、人間という存在が、最も己の能力を発揮させるもの──“負の力”」
「……負の力?」
剣を受け取ったアレンは、自身から溢れるような不思議な感覚に、それを確認するよう、自分の身体を見回す。
「案ずるな。負の力といえど、先程のあれは感情まで影響を及ばさぬ。ましてや、お主は強い意志を志す者ではなかったか?」
その言葉に、アレンは無言でエドガーに視線を向けた。
「…………」
───
──ゴポッ
(──!?)
再度届いてくる、異音。それと共に、複数の黒い骸骨剣士が姿を現した。
「では──行くぞ!」
「……分かりました」
───
「ぬんっ─」
──ガゴォ!
「せやっ─」
──ドガッ!
オルテガの発する気合いの声と繰り出される鋭い槍の連撃によって、次々に身体を討ち砕かれる黒いスケルトン達。
「す、凄い……」
その凄まじさに目を奪われながらも、アレンは自身の近くに表れたスケルトンに向かい、受け取った長剣を振り下ろす。
──バギャッ!
首を狙った見事な斬撃─それにより、首を失うスケルトン。
だが──
「そうなるは百も承知──侮るなっ!」
首をなくしても、怯まず襲い掛かってくるスケルトンの攻撃を、まるで予知していたかのように、ヒラリとかわしざま、身を捻りながら、剣を横に凪ぎ払うアレン。
──ドギャッ!
それを受け、首をなくしたスケルトンはバラバラに砕かれ、飛散する─返す刃で、間髪入れず目に入るスケルトンに向け、剣を振るうアレン。
実に見事な腕前だった。
余程剣術の訓練を嗜んできたのだろう。彼の剣士としての有能さも充分に伺う事ができる
「………」
そんな様子をチラリと、横目で伺いながら、オルテガも出現してくるスケルトンを、次々と討ち砕いていく。
──ドガァッ!
───
やがて─
「先に進む。付いてこい」
「え……は、はい!」
全ての黒いスケルトンを討ち果たしたふたりは、牢屋から出て石畳の狭い廊下を、出口に向かって歩き出した。
───
「こ、これは……何て惨い……」
「………」
冷たいと感じる廊下に、折り重なるように倒れている死体の山が──それは最早、数ある牢屋も破壊され、地面に倒れている者は、警備兵も囚人も関係なかった。ただ目に入ってくるのは──
おびただしい鮮血と死体の、山! 山! 山!──
「一体何が起こっているというんだ……そなたは、何か知ってるのでは?」
オルデガはそれに振り返らず答える。
「そうだな……敢えていうのならば……」
仮面から、呟くような声が漏れた。
「“因果応報”──そして“世界の再生”だ」
◇◇◇
「陛下! 一体何処に行かれるというのです!?」
沈痛な女性と思われる声が、後方から聞こえてくる。
「陛下! 早くお逃げ下され! 最早、我ら親衛隊はそう長くは持ちませんぞ!」
もうひとり、今度は、男の野太い声が響いてくる。
「「──陛下!!」」
重なる呼び掛けの声に、その主はようやく振り返った。
「黙せよ!」
───
振り返った者、それは──王冠を頭に戴き、白銀の鎧に真紅のマント。手には微弱だが、光を放つ魔法を帯びたであろう長剣。
白くなったひげをたくわえた、最早老齢ともとれる年配者。だが、その目の瞳に、輝きは失われてはいなかった。
ノースデイ王国、現国王。ラウリィ・ジ・ノースデイ──そう定義された人物だ。
「さ、されど陛下……」
ラウリィの前で、膝まずいたふたりの内、まだ若い身体に無数の古い刀傷がある女騎士が、声を上げる。
「黙れと言っておる、イザベラ」
「陛下!……なれど、我ら親衛隊、三隊長の内、アルフレッドは既になき者になり申した! そして王国最強と誉れ高い、グラント・マキシマ将軍も、今は戦地に出払っており、陛下の身近にはおりませぬ! こうなれば最早、一度脱出を図るべきかと──!!」
今度は膝まずいている巨大な戦斧を背負った巨漢の騎士が、地に頭を擦り付けながら、懇願の言葉を、絶叫ともとれる大声で発した。
「ガリレオ。お主までもの申すか? それに──」
ラウリィは再び前へと、向き直る。
「……そのような事、余も充分に承知しておるわ。そして余が仮に逃げ失せる事ができたとて、最早この国はどうにもならぬ事もな……」
「「陛下……」」
ラウリィは振り返らず、言葉を続ける。
「余……いや、“私”では、この国の現存、あるいは復興は最早叶わぬ……ならばこそ、今の私でしかできぬ“成すべき事”があるのだ」
ラウリィの後ろでは、彼の親衛隊が膝まずき、控えている。
「その為に私は逃げ出す訳にはいかぬ。それを成す為に、我は前へと突き進むのだ! 多くは望まぬ。去りたけば去るもよし、なれど、今一度──さあ、私に未だ忠義があるのなら……いや、ノースデイ王国を想う愛国心があるのならば!!」
ラウリィはマントを翻し、前へと歩を進める。
「我と共に付いて参れ! 新たなノースデイ王への元へと!」
───
──応! 応!!──
ラウリィの放つ真意の激に、応じる歓喜にも似た多数の声。その声を背で感じながら、やがて彼は、目的とする場である場面と遭遇する事となる。
◇◇◇
そんな彼らの様子を、遥か上空で浮き上がりながら、黒い水晶『貪欲の魔眼』を用いて観察を続けるひとつの黒い影──
黒い鉄仮面に漆黒の法衣を纏った者。
黒の魔導士アノニム。
───
『ほう……“封印の鍵”──それを手に入れる為だけに弄した作為ではあったが……いや、実に興味深い。このような境遇と、再び巡り会う事になるとは……ならばこそ“感情”を持つ存在。“人間”は、私にとって、こうも心を惹き付けるのやも知れぬ。フフッ、さて、ひとつ試してみるか──』
そう呟くと漆黒の魔導士は、下方に向け、自らの右腕を突き出し手を開いた。
◇◇◇
「待てい! 其処な黒き騎士よ!!」
地下牢から出たオルデガとアレンが、周囲の確認をするより早く、まずその言葉を耳にするのだった。
ふたりは声のする方向へと目をやる──そこに、王冠を戴いた白銀の老騎士の姿が確認できる。
左右にハルバードを手にした巨漢の騎士と、二本の剣を手にした女騎士を従えていた。また、後方にも多数の戦士も率いているようだった。
「………」
「父上……いや、ラウリィ公!」
ラウリィはオルデガへと、自身の人差し指で突き差し、言葉を放った。
「アレンを連れ出すとは……主はやはり、我を謀っておったか? 否、何者かの差し金であったか!?」
オルデガは静かに応じる。
「……お主の関する事ではない。いや、ここにいる全ての者が、最早知っても意味のない事だ。悪いがアレンは頂いていく──我の“目的”の為に──」
その言葉に、驚いたアレンは、オルデガの方へと視線を送った。
「え……オルデガさん。そなたは一体……?」
───
──ゴポッ
───
そんな時、不意に再び聞こえてくる、あの嫌な不快音。
───
─ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ、ゴポッ
ここにいる全ての者の周辺で、黒い水溜まりが染み出し、そこから例の黒い異形の骸骨剣士の大群が姿を現す。
───
「──ちぃっ! 陛下お下がり下され! ここは私とイザベラにお任せあれ──行くぞ、イザベラ!!」
「はんっ、あんたに言われなくたって、そんなの合点承知よ! きな、黒い化け物。我が王、ラウリィ様に害する者は、あたしが全て排除する!!」
ガリレオがハルバードを振るい、イザベラが二本の剣を巧みに操り、黒いスケルトンを切り崩していく。
ラウリィの周りに数名の護衛を回し、残りの親衛隊の者達も彼らに続き、戦闘を始める。
再び始まる黒い狂宴──
───
──ガゴォ!
一方のアレンとオルデガのふたりも、戦闘を余儀なくされていた。特にオルデガは、アレンの周囲に群がるスケルトン達を優先的に打ち砕いていく。
(……あの時、ラウリィ公は、私の事を地下牢から連れ出す所業を、オルデガに誰の差し金かと問うていた)
アレンも思考をしながらも、黒いスケルトンに向けて、剣を振るう。
(オルデガ……この黒い騎士の目的は……何だ?)
───
──ギュアオオォォォォーーンッ!!
───
その時、急に大音量の奇声が辺りに轟き、天から地面に向けて、青白い稲妻のようなものが迸った。
(この奇声はまさか、またあの……)
アレンの意識が遠退いていく──
─────
──嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!──死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!──痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!──殺して!殺して!殺して!殺して!殺して!殺して!殺して!──
(やめろ!)
──畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!畜生!──父上!父上!父上!父上!父上!父上!──無念無!念無!念無!念無!念無!無念!──
(やめろ!!)
──シャリー!シャリー!シャリー!シャリー!シャリー!シャリー!──すまん!すまん!すまん!すまん!すまん!すまん!……す……ま……ん……。
──シャアッリイィィィィッ!!──
(やめろ!!!)
──うふふふふふふふふふふっ、お兄ちゃん──
─────
──ドガッ、ドガガッ!!
地面に突き刺さるような轟音が轟き、その音に、アレンは意識を覚醒させる。
そんな彼の目に映るのは──
色々な形を象った異物が織り混じる巨大な黒い化け物だった。その傍らには、ボロボロの白いワンピース姿の少女が──
『うふふふふふ。さあ、遊ぼ。お兄ちゃん──』