134話 俺は世界を変えたいのだ
よろしくお願い致します。
─────
◇◇◇
コリィの発した反乱の声明に応じたノースデイ王国の軍勢。約五千が、王子コリィの姿があるキリアの馬の前で控えていた。
─────
「コリィ王子。私はこの軍勢の副官である、名をデルケット・ハフマンと申します」
ひとりの兵士が馬上から降り、キリアの前に跪く。
「デルケットさん。僕の要請に応じて頂いた事、ありがとうございます。これで無駄な争いをせずに済みました」
コリィの言葉に応じ、デルケットと名乗った男が声を上げた。
「はっ、そのお言葉。誠にかたじけなく。なれど、我ら軍勢の家族、もしくは親族は、王都バールにある身……故になればこそ、貴軍をこの陣地を通過するのを暗黙とするのは了承致しますが、遺憾ながら、表立った反乱を呈した行動は慎みたいのでございます。その点、平に御容赦願いたい……我らとて己の守るべき“大切な者”──それを失いたくはない……」
それにコリィは小さく労るような微笑みを浮かべながら答える。
「いいえ、それで充分です。あなた方の奥にあるお気持ちは僕と同じ物……それが確認できただけでも、とても嬉しく感じます……本当にありがとう」
「王子……」
両者は視線を合わせ、しばらくの間、辺りは静寂に包まれる──やがてレオンが、キリアの所へと馬の足を進めた。
「さて、ひとまず事態は収拾を望めたが、コリィ。これからどうする? 我らが火の寺院の軍勢と合流し、このまま王都に迫れば、おそらくはお前にとって、最悪の事態を招くやも知れぬぞ」
レオンの発した言葉に、コリィは驚愕の表情を浮かべた。
「えっ、レオンさん。それはどういう──」
レオンは少し冷淡ともとれる視線を、キリアの腕の中にいるコリィに向ける。
「まあ、少し考えれば誰にでも容易に辿り着く考察なのだがな……考えてもみろ、今のノースデイ王国、現国王ラウリィの望むものは何だ?」
「そ、それは……」
「一時は養子を要してまで第一王子、アレンを王位後継者に認定した。だが、後にコリィ、正当な血筋を引き継ぐお前という者が誕生した。そしてラウリィ王は最早、老齢……残された余命は幾ばくもあるまい」
「………」
「ならば、アレン王子開放を目的としたコリィ王子を旗本に掲げた我らが、このまま王都に迫れば、ラウリィ王は、間違いなくアレン王子を即急に無き者にするだろうな」
「──そんな!!」
「例えラウリィ王、自らの命が絶たれようと、我らの目指す反乱、それが達成されれば、ラウリィ、アレン無き時は、コリィ。お前が次期王位に就く事が必然となる──まあ、至極当然な事だ」
コリィはすがるような声を絞り出す。
「で、では……それじゃ、僕は、一体どうしたら兄ちゃんを……」
その問い掛けに、レオンはコリィから視線を外し、遥か前方の王都の方へと向けた。
「ふむ。では……そうだな──」
レオンは俺達の方へ振り返り、一度自らが所属する反乱軍のメンバーを見回す。
クリスと俺の傍にいるフォリー、そして俺達デュオへ──最後にキリアの同じ馬上にいるコリィへと視線を戻した。
レオンが再び言葉を放つ。
─────
「では聞け! キリア、お前はフォリーと共に火の軍勢の統率を頼む。彼女と協力し、王都バール手前で展開しているであろうノースデイ王国軍勢に対応するのだ! そしてなるべくこちら側から手を出す事なく、敵を牽制するのに徹せよ! 決してコリィの名を出す事なく、奴らを刺激するな!」
その言葉に、フォリーは黙って頷き、キリアは声を上げる。
「はっ、それが我が主、レオンハルト様の御命とあれば……されど、レオンハルト様は如何になさるので?」
「キリア、俺に主従の礼は不要と言った筈だが。何度言ってもお前は……まあいい。これは、要は時間稼ぎさ──」
キョトンと小首を傾げ、怪訝と思わせる表情をするキリア。
「時間稼ぎ……それは如何ような……はっ、レオンハルト様。まさか──」
そのキリアの声を耳に、レオンがニヤリとした笑みを浮かべた。
「フッ、さすがはキリア、察しがいいな。お前達、火の軍勢が敵の軍勢を引き付けている間に、俺はデュオと共に王都城内へと忍び込む──無論、目的はアレン王子の救出だ」
「そ、そんな! その様な危険な行為、我が主君、レオンハルト様が課せずとも、私めが御引き受け致します! どうか、今一度御事案の御検討の程を……」
軽い嘆息をしながら、レオンは答える。
「キリア、同じ事を何度も言わすな。それに、これが一番の妙案だと、俺は考えてるのだがな」
「ご、ごめんなさい。レオンハルト様……いえ、我が愛しき旦那様。だけど……」
「ぐぐっ、キリア……全くお前という奴は、俺はまだ独り身だと……まあいい。もう決めた事だ。それとクリスとコリィに至っては、決して前には出ず、後方に下がっておく事。他者は彼らを頑なに、強固に護るべし──他の者もそれで異論はないな?」
レオンハルトのその言葉に、不承ながらも頷くキリア。そして俺と、隣にいるフォリーも真剣な面持ちで無言で頷く──そんな時。
「──嫌だっ!!」
キリアの腕の中で、コリィが大声を上げる。
「ぼ、僕は……僕は、兄ちゃんを助け出す為に王都に帰ってきたんだ! その為だけに反乱軍を結成したんだ! 兄ちゃんは今も地下牢できっと苦しんでる……そんな兄ちゃんを助け出す為に……あの時に、僕が必ず帰ってくるって約束したんだ!!」
急に大声を張り上げるコリィに、俺達はどこかで納得しながらも、やはり驚きの視線を送っていた。ただ、レオンひとりだけは、鋭い視線をコリィに向けている。
「“僕達たった二人だけの心からの家族”──アレン兄ちゃんとの約束を、自分の手で果たしたい……僕の手でお兄ちゃんを助け出したいよ! だから……だから──お願いっ!!」
……コリィ。
『コリィ君……』
「──お願い! 僕も連れてってよ!!」
─────
「ホンマ、しょうがないやっちゃで……まあ、最初からそんなん分かっとったけどな。僕もコリィ、お前とおんなじ気持ちや。いや、ようゆうたで、それでこそ男ちゅう奴や!」
クリスが馬上でニカッと笑いながら、コリィに向けて自身の親指を立てて見せていた。
「“大切な幼馴染み”そんな奴を助ける為に、僕も一緒に行かせて貰うで!─ちゅうか、アカン言われても無理にでも行ったるわ!!」
クリスの言葉に、コリィは僅かに目に涙を浮かべる。
「……クリスさん……ううっ、ぐすっ……」
「泣くな! コリィ、お前は男やろっ!!」
そしてキリアへと近付いたクリスは、コリィへと手を差し伸べた。
「さあ、一緒に行くで! “大切な者”──それを取り戻す為に!!」
「──はい!!」
差し出された手を、力強く握り返すコリィ。
そんなふたりの姿を、俺達は眩しそうに見つめるのだった。そしてそれは、レオンも例外ではなかったようで──
「……やれやれ。大分面倒となってしまったものだ。だが……まあ、こうなるとは思ってはいたよ。フッ、致し方なき……か──」
◇◇◇
ノースデイ王国、王都バール。そう呼称された場所は、今は混沌の様を呈していたのだった。
“黒き者”──ただ、それらに蹂躙し尽くされようとしていた。そしてそれは、地下牢獄にも及んでいた。
─────
王都内、地下牢獄──
─────
「──ぎゃああぁぁーーっ!!」
「た、助けてくれっ──ひ、ひいぃーーっ!!」
地下牢に閉じ込められたアレンの耳に、離れた所からの絶叫の声が、石畳の壁に反響され届いてくる。
(な、何だ? 今の悲鳴は……一体、何が起こってるんだ!?)
アレンはその声に反応し、立ち上がった。
両足に枷を取り付けられながらも、何とか鉄の柵越しに周囲の変化を探ろうと試みる。そんな彼の耳に、新たな絶叫の声が木霊してくる。
「ひいぃぃーーっ!──ぐっ、かはっ!!」
「た、助けて……た、助けてくれええぇぇーーっ!!」
「死にたくねえっ! 死にたくねえよおぉぉーーっ!──ぐぐっ、がはっ!!」
(……何だ? 一体何が──)
「何が起きてるんだ!? 答えてくれ! 誰かいないのか!!」
鉄の柵に手を掛け、揺らしながら大声で訴えかけてみる──だが、誰もアレンの問い掛けの声に答えてくる事はなかった。
「──ひ、ひいぃぃーーっ!!」
「──ぐぼっ!!」
「………」
やがて何も聞こえなくなり、辺りは普段以上の静けさを感じさせる空間に包まれる事となった。ただ、アレンの身体に異常な空気の流れだけが、感覚的に感じ取れた。
──周囲は何者もいない──
………。
──筈だった。
──ゴポッ
「──!?」
自身の背後で、何か、水が下から沸き上がるような音を感じた──その音に、アレンはゆっくりと振り返る。
「……な、何だ? あれは……?」
アレンの目に飛び込んできた“もの”─それは、石畳の床から、染み出るように溢れ出す黒い水溜まりだった。
「……な……に?」
やがて、そこから競り上がるように、黒い何かが姿を現してくる。
──黒い色の骸骨。
(こ、これは一体……?)
完全に頭だけを出現させた黒い骸骨の、虚空の眼窩に妖しく赤い光りが灯る。それを目にした瞬間──
暗闇の空間へと、まるで放り込まれるような感覚に陥った。
──ギュアオオオォォォォーーンッ
聴覚として捉えられる異音。
(──何だ、これは)
─────
────
───
(……ううっ……)
───
──誰か、助けてくれええぇぇ!!
──死にたくないよう……寒い……死に……たく……な……。
(……やめてくれ!)
──くそっ、このケイン様がよう……こんな所で……くたばるなんてよ……。
──父上、不肖ダニエル……先逝く事をお許し頂き……たい……父上……御武運を……。
(──やめてくれ!!)
──ちくしょう! ちっくしょうおぉぉーーっ!! ごぼっ、がはぁっ!!………シャリー……ぐぐっ……すま……ん……シャ……リー……許して……くれ。
──ダニエル!! 我、ランドーも……そなたの……元へと逝く……フフッ……存分に足掻く事……叶わなぬかったわ……む、無念也……口惜しや……。
(──やめてくれえぇぇーーっ!!)
─────
──うふふふふふふふっ──
(──狂っている……世界は狂ってる……)
─────
「──うわああああぁぁーーっ!!!」
逃れるように、アレンは大音量の声を上げる。そして彼は現実の世界に引き戻される事となった──だが、
──カタッ、カタカタカタカタカタッ……
「!?──」
そこには身体が真っ黒な骸骨が、完全に全身を現せた異形の骸骨戦士の姿があった。
「……な、なん……だ?」
──フシュューーッ
全長は優に二メートルは超えているだろうか、一応は人としての形を象ってはいるが、大きな顎から突き出すように生え揃った複数の鋭く尖った牙。
異常に発達したと思わせる大きな両腕、その手の爪は両方共に、非常に長く、まるで鎌のような形状をしている。
そんな異形のスケルトンが、赤く揺らめく蒸気のようなものを、音を立てて発していた。
まさにこの世界に──“在らざるべき存在”──
──黒い者。
「おかしい……こんなのは絶対におかしい。こんな存在がいるなんて……こ、こんな……世界は狂ってる……」
──アオォォーーンッ
異形のスケルトンは、異音を発すると同時にアレンに向け、巨大な右腕を振り下ろしてきた。
「──くっ!」
それを避けようと試みるも、長期間の投獄生活がたたったのか、もしくは先程の暗黒空間の体験で怖じ気ついたのか、或いは今、目前の異形の存在に恐怖したのか。
ともかく全く身体に力が入らず、返って在らぬ所に力が入り、もんどりを打って倒れる形となってしまったのだ。
が、逆にそれが運が良かった。
黒いスケルトンによる右手の強力な攻撃が、空振りとなって、鉄の柵を歪な形状に切り裂き、ひしゃげさせる。
幸いにも、それをかわす事になったアレンは、次の攻撃に備え、立つように下半身に力を入れた。だが、起き掛けた時に、突然、脱力感と共に再び倒れ込んでしまったのだ。
「……何故……」
自身も全く理解できないその原因。そう、アレンは最早度重なる異常な光景に、無自覚にも自分で自身の身体を動かす事ができなくなっていたのだった──意識は強く維持する事ができている自分に対して、逆に歯痒さともどかしさを感じるアレン。
「く、くそっ! 言う事を聞け、僕の身体!!」
床に倒れ込んで動けないアレンに、黒いスケルトンが、その身体を切り裂き、押し潰そうと、再び巨大な右腕を振り上げてくる。
「──くっ、ここまでかっ、クリス! コリィ! 僕は──!!」
─────
──ドギャッ!!
─────
凄まじい打撃音が轟き、アレンの身体に迫ったスケルトンの巨大な右腕が、その身体もろともバラバラになって、砕け散る。
『無事か? 人の子、アレン』
それは漆黒の鎧を身に纏った偉丈夫だった。
「お前は……いや、そなたは一体……」
顔前面部を仮面で隠した赤黒の髪をした男だった。黒いマントを羽織い、手には長槍を手にしている。
『失礼。人の子、アレンよ。わたくしは今は『中核』と呼称される存在……フフッ、そうですね。今は彼と替わりましょうか?』
「──??」
怪訝そうな表情を浮かべるアレンの前で、『中核』と名乗った男が、顔を覆った仮面をゆっくりとした動作で外す。
顕になる精悍な面持ちの壮年者。
「……そなたは?」
「我が名は、オルデガ──オルデガ・トラエクス」
「オルデガ? 黒い鎧……その鎧は確か、ミッドガ・ダルの物……何故に私を?」
オルデガと言う男は静かにアレンに問い掛けた。
「アレン。お主は今の体験を得て、この世界をどう考える?」
その問いに、自然と言葉が漏れるアレン。
「……狂ってる。こんな世界はおかしい」
「そう、この世界は狂っている。故にある目的。今の自身が成すべき事の為に、俺は、お主をこの場所から連れ出す為に、ここにきた」
地面に下半身からへたり込んだアレンに向け、オルデガが手を差し伸べた。
「──俺はこの世界を変えたいのだ!!」