133話 激昂
よろしくお願い致します。
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馬上から落ち、かつてグラントという名だった存在が、地面にうつ伏せに倒れ、痙攣を起こしていた。だが、やがてそれも収まり、完全に動かなくなる──
またひとつの、唯一感情を持つ事が許された存在──“人間”の命が失われた。
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『……例え負に大きく傾いた心の持ち主だとしても、やっぱり人が死ぬだなんて……気が滅入るな。くそっ!』
『アル──』
レオンは馬上で静かに前方の敵陣営を睨み付けている。
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「……ま、まさか。あの一騎当千と称されたグラント将軍が……」
「一合も剣を交える事なく、切り伏せられたというのか……?」
「あ、あの男は一体、何者なのだ……」
どよめくざわめきの中、レオンは僅かにこちらへと振り向いた。
「さあ、我が主、コリィよ──」
目で声明の言葉の続きを促すレオン。
「──は、はいっ!」
再びメモを手にとって前方に目を向けるコリィ。
「僅かではあるが、貴軍の抵抗に対応した事、ここに謝罪する。されば、今一度問う。貴軍に我が軍の要求に応じる意思はあるや?──答えよ!」
コリィの言葉に、ざわめいた周囲の多数の声が一瞬、止まった。すると、不意に前方、敵陣営から一体の騎馬が進み出てきた。
見事な装飾が施された重鎧を纏い、真紅のマントを羽織った、いかにもこの軍勢の指揮官のように見受けられた。
「我が名はダウリス──ダウリス・アーロン。この軍勢の指揮官である者だ! 残念だが、コリィ王子。その要求に、我らは応じる事、敵わず!!」
「な、何故……」
「鑑みて下されよ! かつて第一王子とされたアレン殿は、我が国の王であるラウリィ様に反逆を企てた。処刑される処遇である処置は、全うな事と存じ上げるものである!」
「そんな事……」
「故に、本筋の血縁者である第二王子、コリィ様が、いずれ次期王位に就かれ、我が国を治める王となる事が、理にかなった真の貴方が取るべき道かと、私は申し上げる!」
「そ、そんな、そんな事って……」
「コリィ王子、貴方はその者共に利用されているだけなのだ……私め、ダウリスは、我が王、ラウリィ様に若き頃より仕えておりました──確かに、冷酷な感情を持ち合わせている御方でもありますが……今回の第一王子、アレン反逆騒動の件も多くは語りませんが、それは全てこの王国、ノースデイの為に於ける所業なのでございます」
「………」
「例え先に次期王位の権を与えられようとも、のちに実の血縁者である後継者が誕生すれば、致し方ぬ事……あのままアレン殿が王位に就けば、いずれ分家であるロベルト公勢力によって、コリィ王子共々、ノースデイの正当な本筋王家が粛正されるのは、必然であったのです。我が王、ラウリィ様の判断は間違いではない。この国の為の永続を望む英断だと、私は考えるものである──」
そして、ダウリスと称した指揮官が、キリアの馬上にいるコリィに向けて、そっと手を差し伸べる。
「このままアレン殿……いや、反逆者アレンが処刑され、コリィ王子、貴方が次の王になる。この事こそが、王国ノースデイにとって最善の正当な行為なのでございます。今からでも遅くはない。さあ、我が手の元に参られよ──」
その言葉を目を剥きながら聞き入っていたコリィが、ガバッと顔をうつむかせる。そしてワナワナと身体を震わせていた──
「……やだ」
「……は? 今、なんと……」
コリィは顔を上げ、絶叫を思わせる大声を上げる。
「──嫌だああぁぁーーっ!! 兄ちゃんが処刑されるなんて、兄ちゃんが死んでしまうなんて、お兄ちゃんがいなくなってしまうなんて……そんなのは絶対に嫌だああぁぁーーっ!!」
「コ、コリィ王子、なんと……それはただの……まるで駄々っ子のようではないか?」
コリィは最早、なりふり構わず泣きながら叫んでいた。
「もういい! 王国なんてどうだっていい! このノースデイ王国の後継者がどうとか、繁栄を望むとか、もうどうだっていいよ!! この国が欲しい人達が勝手にすればいいよ!!」
……コリィ。
『コリィ君……』
「僕はもう王家を捨てる! 王子なんてやめてやる! そしてアレン兄ちゃんを助け出して、もうノースデイ王国なんて関係のない遠い所でふたりで暮らすんだ……王国の事はあなた達の好きにすればいいよ。だからお願い──僕の邪魔をしないで! 僕の大切なものをこれ以上……もう、これ以上奪わないでよっ──!!」
「……何と大人気ない……だが、その要求。叶えてやる事は不可能ですな。我は現国王、ラウリィ様に恩義がある身、なればこそ尚更の事だ──貴方様と戦ってでも、力ずくでも連れ帰りますぞ……」
そしてダウリスは、馬上にいるレオンの方にチラッと目をやった。
「……例えそれが到底敵わぬ事だとしても、我らはラウリィ王の為に、逃げ出す訳にはいかぬのだ──」
───
……この野郎、さっきから黙って聞いてたら、好き勝手言いやがって──
──だあああぁぁーーっ!! もう我慢なんねえぇぇーーっ!!
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俺は咄嗟にキリアの前へと馬を進ませていた。
『──え? アル……うん。そうだね』
ああ、ノエル。そうさ──
バッとマントを翻し、右手を前に突き出す!
「てめえ──さっきから黙って聞いてりゃ言いたい放題、そっちの都合のいいように言ってんじゃねぇよっ!!」
「なんだ? お前は……なんと粗暴な言葉使いか!」
「黙れ! てめえは、ラウリィっていう今の王さんの為に戦うって言う──そのラウリィって人があんた達にしてくれた事はなんだ? 与えて貰ったのは、てめえの欲求してる物だったか? 欲しいのは恩賞か? 名誉か? 称賛の言葉か? 例えそうだとしてもな、それは全て自身の為、家族の為、己の大切な者の為だろうーがよっ!」
「……ぐぬっ、貴様の方こそ黙れ! この小娘めが!!」
「うるせぇ! てめえの方こそ黙って聞けよ!! 言わなくたって、もう分かってる筈だろ! 大切な者の為──それを守っていきたいから、失いたくないから、ずっと一緒にいたいから……ラウリィって王の為なんかじゃねぇ。その為に戦ってるんだろーが!」
「ぐっ! うぬぬ……こ、この痴れ者め……!」
「ああっ、そうだよ! どうせ阿呆さ、大阿呆だよ!! だけどな、そんな阿呆な俺にだって分かる!! 感情を持つ存在、“人間”──俺達は、大切な者の為に、自身を大切に思ってくれている者の為に、がんばれるんだ! 生きていけるんだ! そしてそれは皆同じ──」
「ぐ、ぐぬぬ……」
俺は直ぐ後ろの馬上のキリアの腕の中にいる、コリィにチラッと視線を送る。
「このコリィはな、この小ちゃな身体で自分の大切な者の為に、必死になって抗ってきたんだ! “兄ちゃんを助けたい”──その為だけに今までがんばってきたんだ! それが分かんねぇーのかよ! そんな事も叶わない世界なのかよ!!」
「……デュオさん」
聞こえてくるコリィの涙混じりの呟き。
「……うぬ、うぬぬっ……だ、黙れ! 戯れ言をほざくな! この、こ汚いアバズレめが!!」
──ビキッ。
このっ!─って……何だ? 今の音……。
『……アル、ちょっと替わって』
『─って、やっぱノエルかよ……って、お前、何だって?』
『ちょっと私と替わって』
『え? 一体、どうするつもりなんだ……?』
『いいから、早く替わってよっ!!』
『──は、はいっ!!』
そして俺達は入れ替わる。
───
俺の意識が中に入り、デュオとなったノエルが、ダウリスと名乗った者を馬上で背筋を伸ばしながら、ビシッと指差した。
「──ちょっとちょっとちょっと! 小娘? アバズレ? 阿呆? 言いたい放題言ってんじゃないわよっ! アルに口で負けたからって、悪口ばっか言わないでよっ!!」
「……な……に?」
急に口調が変わった俺達デュオに、訝しげな視線を向ける、敵のダウリス。
「大体、戯れ言を言ってたのは、あんたの方じゃないのよ! そんなでアルの事をバカゆーな!!」
……おいおいおい……ノエルさんや……。
「今の私になら、アルが言ってた事、良く分かる──そう、人は大切に思える存在。大切に思ってくれている存在……そんな人達がいるから、思いがあるから……生きていけるんだ、生きようと思えるんだ! 死んじゃったら、そんな人達とも会えなくなるんだよ? 大切にしたくても、できなくなるんだよ? そんな簡単、だけど大事な事──それが分からないのっ!?」
「……き、貴様は一体……」
「──わああぁぁぁーーっ!」
何か後ろで聞こえてくる感嘆の声。それに気付いたノエルが振り返ると、俺の視界にも頬を紅潮させ、目をパァーッと輝かせたクリスの姿が映った。
「うっわああ~っ、メッチャ久しぶりやん、僕のデュオ姉!」
その声に応じ、ノエルはクリスに向かい、パチッとウインクをする。
「はーーっい、お久しぶりでーす! “クリス君”!!」
「……僕、メッチャ会いたかったんやで、デュオ姉……」
「ふふっ、大丈夫。私はいつだって君達と一緒にいるよ──」
「……デュオ姉……うん、そうやな。そうやったわ。おおきにデュオ姉……」
クリス……。
『……ふぅ~、あーっスッキリ、満足した。ありがと、アル。もう替わって』
『─ったく、お前って奴は……ああ、分かった』
そして再びデュオに戻る俺。
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俺は今一度、ダウリスの事を険しい視線で睨み付ける。
「まあ、そういう事。この国の王子、コリィが結成した小さな王子の小さな反乱軍──俺達が行おうとしている行為、“反乱”も、混乱を招く行為に他ならない。だけど、王子コリィの願いは単純明快、自身の大切な存在、アレン王子を助けたいだけなんだ。分かるだろう? 理解してくれ──」
声を上げた後で、透かさずコリィに向け、呼び掛ける。
「コリィ!!」
その声に、コリィは戸惑う事なく声を張り上げた。
「今一度問う! 我が要望に応じよ!!」
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──ざわざわと周囲にざわめきの声が広がる──
「……おのれ、よくも戯れ言を繰り返す……構わぬ! 即急にこ奴を討ち取り、コリィ王子を我らが手の元に取り戻すのだ!!」
後方に轟くダウリスの号令──だが、誰も応じず、前に進み出る者の姿はなかった。
「な、何をしておるのだ! 貴様ら、我が命に背くか! 何と愚かな……我が命は、我らが王、ラウリィ様の命と心得よ!!」
再度、発せられる号令、しかし周囲の王国軍勢は、ただざわめきの声を上げるだけで動く者は誰ひとりいなかった。やがてざわめきの声も止まり、辺りは静寂に包まれた。
「……そんな馬鹿な……愚か、あまりに愚か……」
俺とひとり対峙していたダウリスが、馬上でうつ向きながら苦悶の声を漏らす──そんな時。顔を馬の鞍に向けていたダウリスの元に、後ろから忍び寄る複数の騎馬の姿が確認できた。
やがてその騎馬兵達は、ダウリスを背後から掴み、動きを封じる。
──────────
「──!! き、貴様ら、気でも触れたか……貴様達はラウリィ王を裏切るとでも言うのかっ!!」
後方からダウリスを羽交い締めにした騎馬兵のひとりが声を上げる。
「ダウリス部隊長──いや、ダウリス将軍。諦められよ……我らはコリィ王子の要求に応じる。“大切な者の為に”──コリィ王子の願いは、我々の中にあるものと同じもの……否はこちら側にある」
「なんと……ば、馬鹿な──ええいっ、離せ! 我は認めぬ! 我、ダウリスの命はラウリィ王に捧げておるのだ!!」
馬上で喚き散らしながら、足掻くダウリス。それを必死に取り押さえようとする周囲の騎馬兵達。そんな場所へと一体の騎馬が近付いていった。
それは一騎討ちを終え、デュオの後方に待機していた筈のレオンハルトだった。
レオンハルトは羽交い締めにされたダウリスの首元に、自身の剣である“ハバキリ”を抜刀し、あてがった。
「貴殿も一軍を率いる将ならば、潔く認めぬか? もしくは、ラウリィ王に命を捧げている身であるというのであれば、俺が引導を渡してやってもいいぞ? それで事態の収束が望めるのならばな」
レオンハルトによって、首元に剣を押し付けられたダウリスの額に、一筋の汗が伝う。
「……貴様は……確か、レオン─と申したな? 貴様は、本当にあの“レオンハルト公”なのか……?」
「俺の名など、今はどうでもいい。だが、貴殿……いや、お前も、目にせずとも、耳に届いた事はあるだろう?」
そう言いながら、レオンハルトは僅かに顔を傾け、ダウリスに“見る事”を促した──その方へと目を向けるダウリス。
視界に、巨大な異形のメイスを手にした女騎士の姿が飛び込んでくる。その腕の中にはコリィ王子の姿も見受けられた。
やがて、ダウリスの視線に気付いた女騎士が、まるで嘲笑うかのように、巨大なメイスを一度、天に掲げてからダウリスの方へと、差すように突き付けてきた。
「……巨大な白銀のメイス……」
呆然と声を漏らすダリウス。
それに応じ、レオンハルトが呟くように言葉を発する。
「“粉砕皇女”──真に脅威なのは、俺などではないぞ。さあ、もう断念するのだな、フフッ、お前も運がなかったな。戦う前から既に勝敗は決していた。お前はデュオの存在を疎ましく罵っていたが、感謝するのだな。その彼女のお情けで、今のこの地にあるノースデイ王国軍勢の全ての命が助かったのだからな──」
そのレオンハルトの言葉に、ガクンと身体を項垂れるダウリス。
「……無念」
「フッ、まあ、ダウリス。そなたのような輩は、兵士としては稀少な優秀者ではあるよ、それは尊敬に値する──さあ、選べ。我らに帰順するか、そなたの王の命に殉ずるか……」
レオンハルトの最後の問いに、ダウリスは、嘯くように声を上げた。
「──ははっ、ははははっ!! 彼のレオンハルト公に称賛されるとは……実に良き最後であったわ! 知れた事。ならば、後者でお願い致す!!」
「了承した──」
──ザンッ─
煌めくひと振りの剣の輝きと同時に、ダウリスの首が胴を離れ、宙を舞った──
──────────
「レオン……」
ダウリスと名乗った将軍の最後の成り行きに、俺の口から思わずため息のような声が漏れた。
『アル……あの人、どうして最後まで分かってくれなかったのかな……いなくなっちゃうなんて、そんなの悲しいよ……』
──ノエル。
『いや、多分、あのダウリスって人も分かってたさ。だけど、あの人にとって“大切なもの”が、自らの王様の命令だったんだろう……良く分からないけど、兵士ってそんな者だって、レオンならきっと言うと思う……』
『そっか……でも、それでも悲しいね、それって……』
『ああ、そうだな……悲しいな……』
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沈黙し、互いに思いにふける俺達。そして、皆はどうしているのかと振り返る──そんな時。
「──デュオ!!」
懐かしい声が耳に届いた瞬間には、俺は、既に誰かの腕の中に抱かれていた。
「……フォリー??」
そう、俺は今、馬上でフォリーに抱かれ、頭は彼女の両腕に包まれ、胸にギューっと押し付けられている形になっていたのだ。
「──わわっ! ちょ、ちょっと……フォリー?」
俺は自分のおかれている状況に、思わず赤面し、身体を離そうと試みた。だが、フォリーはそれを拒否するように、抱き締める力を強くする。
「ちょ─って、フォリー。一体どう──」
「頼む! しばらくこのままでいさせてくれ……」
「フォリー?」
「……頼む、しばらくお前を感じさせてくれ……」
『フォリーさん……』
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そしてしばらくの間、俺はずっとフォリーの胸に顔を埋めているのだった……。
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『……っていうか、いつまでそれ続けてんのよっ! アル、全くやらしいわね! どうせフォリーさんの胸の感触を味わってんでしょっ! あーーっ、ホント、やらしい!!』
『……いや、最初からフォリーが装備している胸鎧の金属の固い感触しか、俺には一切感じられませんが……それが、なにか?』
『……ぷっ─くすっ』
『あ″ーーっ! ノエル。お前、さっき、笑ったなあぁぁーーっ!!』
『だってだってだって……ブレスト・アーマー……ぷっ、固い……って、くすっ──』
『あ″ーーっ! だ・か・ら、笑うんじゃねえぇぇーーっ!!』
『ぷっ、くくくっ──』
──ぐふっ