132話 宣戦布告
よろしくお願い致します。
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──同刻、王都付近、山岳地帯の山間に敷かれたノースデイ王国、その数五千余の軍勢陣地。
それを遠く眺める距離に位置を取り、対応する為に足を止めているひとつの集団。
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「さすがにこの数となると、最早壮観ですなぁ……さて、どうなさりますかな? フォステリア様」
「………」
ヤオから発せられた問い掛けに、私は馬上で腕を組み、無言で遠方の敵陣を睨み付けている。
「フォステリア様。今までの道中、我々はなるべくその命までも奪わぬよう敵勢力を退けて参りましたが……」
……分かっている。
「……ですが、今となってはこの数では、最早不可能かと存じます……“奪う”─その覚悟も必要かと……」
私の直ぐ後ろでヤオの左右に馬を並べる、ダート、ローラン。若い戦士がそれぞれ意見を述べてくる。
分かっている……分かってはいるのだ……。
「………」
──そなた達に言われるまでもない。私とて、分かってはいるのだ──
この数の敵兵相手に、命を奪わず撃退する事など、到底不可能だという事は……。
仮に力任せで突発する事ができたとて、先に兵を配備させているのは間違いない。抜けた後で挟み討ちにされ、窮地に陥るのは明白だ。
………。
──だが、私はその決断が躊躇され、できなかったのだ。
デュオと近く、そして長く関わりを持ってしまった。我が心の中にも……そう、私は変わってしまったのだ。
『感情』を持つ存在、人間。そんな者達の命を奪う行為を拒絶する自身へと、私は変わってしまった……。
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「それで、どうなさるんですの? フォステリアお姉様。さすがのあたしも、この数の兵士相手にビンタだけではとてもじゃないけど、捌ききれないわ。腱鞘炎を起こしちゃう……ねぇ、セバスチャ──」
「お前は──“だ・ま・れ”……」
私の殺気を帯びた低い声が、カマールの発しようとした言葉を遮る。
「ひっ、酷い! お姉様……だけど、うふふふ──その冷淡なるお声……いいわぁ~、自虐の念に苛まれちゃう!!」
カマールはおもむろに馬上で身体を妖しくくねらした。
「あはん。エクスタスぅぅぃんんーーっ……」
………ブチッ。
──ゴゴゴゴゴゴゴッ──
「貴様……命が惜しくないようだな? このグロリアスを喉元から足元までぶっ刺してやろうか! オサカナの串刺しならぬ、“オカマ”の串刺しってなぁ──」
「──ひっ、ひいぃーっ!! お、お姉様っ……あっ、セバスチャン。あそこに咲いているお花、とても綺麗だわ──ささっ、早速、速急に観賞しに参りましょっ!!」
「はっ、是非お供させて頂きますっ、カマ様!!」
やがて私から逃れるように、ふたりの姿は勢いよく消えて行ったのであった。
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「……はあ……」
思わずため息を漏らし、目元を指で押さえる。そんな私に向かい、ヤオが問い掛けてきた。
「もしかして待っておられるのですかな?」
「………」
……そうだ。確かに、私は待っているのかも知れない──
聞けば、第二王子、コリィ・ジ・ノースデイを名乗る者を筆頭とした四、五人の集団が、反乱軍と称し、我々と同じく王都、バールに向かって駒を進めているのだという。
そうだ……私は確信している。そして待っているのだ。
──その人物を──
………。
目を閉じ、その人物を思い浮かべた──そんな時。
──デュオ──
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──ドガラッドガラッ──
やがて、我々が待機している、左斜め後方の山岳から駆け降りてくる複数の馬蹄が鳴り響いてきた。その方向へと、私は振り向いた。
──私の目に確認できる四体の人馬。
その中にいた!──私が窮地に立たされている時、あの人物はいつだって私を救ってくれた。
集団は女騎士を先頭に、我々の目前を斜め前方へと横切って行く──ひとり、ふたり、三人。
おや──あれはクリスかっ!?
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「──おおっ、皆きてくれたんやなっ!! フォス姉もおるやん! 心配掛けさせてもたなっ、せやけど見ての通り、僕はメッチャ元気やでっ!!」
馬上で振り向き、にこやかな笑顔で大声を張り上げながら、手をブンブンと振るクリス──そして列の殿に──
「フォリー、お待たせ──ぶいっ!」
ニカッと微笑み、私と視線を合わせながら、二本指を自らの額に立て敬礼のポーズを得意気にとって見せてる漆黒の剣を背負った少女──デュオ・エタニティ。
やがて、その四人組は、そのまま前方に展開されたノースデイ王国軍、陣営に向かって行った。
「……デュオ」
私の渇いていた心が嘘のように満たされ、溢れんばかりの充実感がみなぎってくる。
──ドガラッ
「フォステリア様?」
耳に届くヤオの声。だが……。
──気付けばひとり、彼女の元へと私は馬を走らせていた──
◇◇◇
響く馬の蹄の中、俺達はキリアを先頭に王国軍、陣営へと向かっている。
『だけど、本当に良かったね。フォリーさんが無事で……火の寺院の人達を率いていたのって、やっぱりフォリーさんだったんだ』
『ああ、全くその通り、ホント良かったよ。安心した。これで俺達は元通り──でも再会を喜ぶのは後回し。今は……』
『あっ、ごめん、アル。そうだったね』
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やがて敵陣営を目前に近付き、先頭を駆っていたキリアの馬が大きく前足を上げ、嘶く。
──ヒヒィィン─
次に彼女は右手に持つ異形な得物を突き出すように天に向かい掲げた。巨大な白銀のメイス。
──その名も“刃のない断頭台”
「──私は小さな反乱軍、特攻隊長のキリア──キリア・ジ・アストレイア! これより貴軍に向けて我等が勇敢なる君主より、そなた達に直々、布告なるお言葉を発せられる。心して聞け!!」
轟くキリアの励声。
それが終わるのと同時に、俺達三人はその後ろに控えるように馬の足を止め、横に並ぶ。
目の前には俺達を囲むようにして広がる王国軍陣営。その中からひとりの男が前に進み出てきた。
「貴様らは一体、何者だ?……小さな反乱軍。その名を聞いてはいたが……我が国のコリィ王子がそこにいらっしゃるとは真の事か!?」
そんな男の言葉が終わるのを待ち受けるかのように、キリアは前を隠すかのようにしていたマントをバサッと翻した。
顕になる、キリアの身体の前にある小さなその姿──
この国、ノースデイ王国の第二王子であるコリィ・ジ・ノースデイ。
「……おおっ、本当だ……コリィ王子……」
「王子……何故にそのような……ま、まさか人質──き、貴様ら……!」
その姿を確認した周囲の兵士達が、ザワザワと動揺の声をざわめかせる。
「いけっ! コリィ、一発どかーんとかましたれっ!!」
俺の横に並ぶクリスが馬上でそう声を上げた。そして──
「──僕はコリィ。この国の王子、コリィ・ジ・ノースデイだ! 僕は……ぼ、僕は…………」
──ん? 何故か言葉が止まったぞ、どうしたんだ?
「……コリィ、メモや、メモっ!」
クリスがコリィに届く程の小さな声で呟き掛ける。
……ああ、成る程。そういう事ね……。
しばらくキリアの身体の前で顔をうつ向かせながら、何かを探し出すコリィ。やがて見つけ出した彼は、再び声を発する為に正面に向き直った。
「僕──いや、私はノースデイ王国、現国王。ラウリィ・ジ・ノースデイに於ける此度の我が兄、アレン・ジ・ノースデイに対する所業に、大いに憤慨するものである! それに応じ、私は父、ラウリィ王の所業に異を唱え、ここに反意の軍を結成した!」
時おりメモを目で追いながらも、正面を見据え、力強く言葉を発するコリィ。
「私が結成した小さな反乱軍! 我らが目的は王都、バールに囚われた我が兄、アレンの解放! その後、父ラウリィ王には隠遁して頂き、第一王子、アレンに冠を呈して我が国、ノースデイ王国の王に据えるのが我らが目指すものである!」
「な、何と馬鹿げた妄想を……」
「そんな事、許される筈が……」
「私は同じ国民である貴軍達に、誰ひとりとて、傷付いて欲しくはない。願わくば私の願いを聞き届け、軍を退けるか、もしくは暗黙して通過する事の許可を願いたい──だが、もし叶うのならば、我々、反乱軍に投降し、新たな新生王国、ノースデイの為に、今一度力を貸して欲しいと願うものである。以上──返答は如何に!」
……良くがんばったな、コリィ──そう思った矢先。
「──待て待て待てーーいっ!! そのような身勝手な理不尽、天が許しても、我が許さぬっ!! 解放を目的と称する反乱の所業も、所詮は人と人が殺し合う戦争と何ら変わらぬ! なれば見事、我を倒してみせよ!!」
大音声を上げたひとりの馬上の男──立てば二メートルを超えるかとも思える巨漢だ。全身を覆うような茶褐色の重鎧を身に纏い、手には巨大な大剣、バスタードソードがあるのが確認できた。
「“戦争”─それは奪って、奪われ、奪うもの。そしてそれこそが、我が生きている“証”!!──我こそは、この大陸にこの者在りと言わしめた、戦血を好む者にて、ノースデイ国、随一の猛将、グラント・マキシマ也!!」
大地を揺るがすような、グラントと称した将軍が、前に進み出て馬上で吠える。
「さあ、反乱軍と称する者共よ! 王子、コリィよ! 己が目的を成就する事を欲するのならば、我と戦え! 我、グラントは貴様達に一騎討ちを申し込む! 殺し合いが我が全て──さあ応じよ! 我と命の駆け引きを充分に堪能するとしようぞ!──がは、がははははっ!!」
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「……何故、どうして分かってくれないの? 僕は誰も傷付いて欲しくはないのに……」
キリアの身体の前で、コリィがうつ向きながら、力なく呟いた。
『……コリィ君』
頭の中で聞こえてくる、ノエルの悲し気な声。
……狂ってるな。こんな奴がいるから、負の感情に天秤が大きく傾く……そしてそのせいで“滅びの時”が──
「──俺が行こう」
レオンがグラントという男を見据えながら馬の足を前へと進めた。
「そ、そのような……レオンハルト様の手を煩わさずとも、私めが相手をします!」
「キリア、お前の腕の中には、我ら反乱軍の主の姿があるではないか、それに俺は近時、あまり剣を振るう機会がなかったものでな。悪いが、俺が行かせて貰う──」
──ええっ、それはつまり、あの男を殺すって事かよっ!
「レオン! それじゃあんたは、あのグラントって奴の事を……」
俺が上げた言葉に、レオンは僅かに振り向いた。
「……デュオ、言った筈だ。戦争を行う定義の存在、“兵士”─そんな者達にも正の感情は存在する。だが、こうも言った。ただ負の感情を満たす為だけに殺戮という行為を、ひたすらに繰り返すだけの人間。奴はそういった類いに属する者だ」
「……だけど」
「もういい、お前が望まなくとも、俺はお前が達成するべき目的の為の、穢れた剣となる──同じ事を何度も言わすな」
「レオン……」
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そしてレオンはグラントという男と対峙した。
「ほう……怖じ気付いて逃げ出さず、応じた事。まずは誉めてやろう……ふむ、中々良い面構えをしているではないか……貴様、我と何処かで会った事はなかったか?……気のせいではないと思うのだが……」
「さあ、どうだったかな。だが、俺は貴殿の事を良く知ってるぞ──この世界の人間の中では十本の指に入る猛者だという事はな……そして殺す行為だけを楽しむ狂人──」
グラントという男がバスタードソードを胸の前に掲げる。
「がははっ、良く知ってるではないか! 貴様、名は?」
レオンも腰に帯びている愛剣の柄に手を添えた。
「俺に名乗る程の名は、今は持ち合わせてはいない。ましてやこれから死に逝く者に、知って貰っても意味のない事だ」
「がははははっ、言いよるわっ! ならば──死ね!!」
柄に手を添えたままのレオンに、バスタードソードを振り上げたグラントが馬を駆らせ突進する──
やがてレオンとグラントが重なり、その瞬間だけ、白銀に輝く閃光が弧を描いた。
レオンは何事もなく馬上で動かぬまま、グラントを乗せた馬がレオンを通り越して駆け抜ける。
「……ぐう……思い出したぞ……その白銀の輝きは、名刀“ハバキリ”……そ、そうであったか、まさか貴様が……あのレオンハ──がはっ!!」
グラントの口から鮮血が吹き出し、そして馬上から転落する。
その様子を、僅かに目を向けながら、レオンは呟いた。
「言っただろう。死に逝く者に名を語っても意味がないという事を──」