131話 消え逝く命達
よろしくお願い致します。
─────
頭が完全に出現し、続けて骨となる身体が押し上がってくる。
「──骸骨戦士……不死者か! 何でこんな所に!?」
はっと気付き、周囲を見回す──そこには目の前と同じく地面に現れた数多い黒い水溜まりから、姿を現せようとしている複数のスケルトンの姿が無数に目に入ってきた。
(……ちっ、く、くそっ──)
ゲイツは他のふたりに声を上げる。
「ダニエルっ、お前、王都前に展開している我が軍にこの事態を報告してこいっ! ケイン、お前は王宮に戻り、近衛兵に告げて指示を仰げっ! 早く、とにかく急げっ!!」
「……わ、分かった。ゲイツ、お前はどうするんだ?」
「俺は周囲に散らばっている警備兵を集めて、市民を避難させる! ふたり共早く行けっ!!」
「おう、了解だ……死ぬなよ、ゲイツ──」
「俺も行く──また会おう、ゲイツ!!」
ゲイツと呼ばれた兵士は、腰に帯びていた王国兵士常備の剣ではなく、背中に背負っている自前の馴染んだ愛剣へと手を伸ばした。
自身の背丈程もある大剣クレイモア。
それを手にした彼は、まだ身体の出しきっていないスケルトンに向かって、大剣の一撃を放つ!
──ガゴォッ!─
バラバラに砕け散る骸骨の身体──
「ダニエル! ケイン! 生きてまた再会しよう!!」
お互い言葉を残し、別々の方向へと走り出した。
─────
周囲に仲間の兵の姿を探し、ゲイツは走る。途中、次々に黒い水溜まりから姿を現そうとするアンデットを、手に持つクレイモアで砕いて行く──
見事な手際だった。それもその筈、彼は数ヶ月前、この王国兵に雇用される前までは、そこそこ名の知れた手練れの冒険者だったのだ。
だから、通常の兵士ならば怖れ戸惑うであろう魔物であるアンデットに対して、比較的冷静に対処できた。だが──
「……何だ? こいつら、何か妙だな……」
そしてゲイツの目の前の水溜まりから、再び骸骨の頭が姿を現す──ゲイツは今度は直ぐに攻撃を加えず、疑問に感じた事を確認する為に、それを凝視する。
やがてその骸骨は完全に地上へと姿を現した。
(──!?)
それを見て、ゲイツは思わず息を呑む。
──感じていた違和感。先程まで遭遇していた時、必死でその事に深く考えている余裕など、全くなかったのだが、決定的な相違点。それは──
「このスケルトン、身体が黒い……何でだ? 普通のアンデットじゃないのか……?」
ゲイツはクレイモアを黒いスケルトンに向かい、再び構える。
ノラリと棒立ちの漆黒の骸骨──その身体からは何か、黒い瘴気のようなものが漂っている。何より特徴的だったのが、顎に生え揃っていた歯だった。
人間のソレとは違い、全て鋭く尖った牙となって顎から剥き出しとなっていた。
──本来白骨である白に近い色とは異なる、黒い身体の牙の顎を持つスケルトン──
その眼球のない眼窩に赤い光が宿る。
突然、それはゲイツに向かい、襲い掛かってきた!
黒いスケルトンから繰り出された腕の一撃を、ゲイツのクレイモアが受け止める──ガチッガチッと音を立て軋め合う。
驚く事にその手から伸びる爪も恐ろしく鋭かった。
「──ぐっ! 速いっ、それに何だ、この異常な力の強さはっ!!」
驚愕の声を上げながらも、ゲイツはスケルトンの身体に蹴りを入れ、引き離し様クレイモアの斬撃をそれに浴びせる!
その攻撃を受け、斜めに打ち砕かれ、上半身と下半身に分断されるスケルトン──だが、それらふたつとなった物体は未だ尚、攻撃するという行為を止める事はなかった。
(──!?)
ゲイツに向かい、這うように寄ってくるそれらに、ゲイツは容赦なくクレイモアを何度も打ち付ける!
そして粉々となったそれに目を向けながら呟いた。
「な、何なんだ……こいつらは……」
そうしている間にも新たに黒い水溜まりが出現し、そこから頭を覗かせる黒いアンデット達──
(──ちっ!!)
ゲイツは駆け出し、それらにクレイモアを打ち下ろす!
地上から姿を現す前に彼の手によって、次々に打ち砕かれる黒いアンデット。それを繰り返しながら、ゲイツは大声で叫んだ。
「誰か味方はいないかっ! 俺は警備兵のゲイツ!──誰かいないのかっ!?」
やがてその声に応じるように、複数の兵士が現れ、彼の元に続々と集まってきた。
「おおっ、ゲイツだっ、ゲイツがいるぞ!!」
「あぁ……助かった、ゲイツに会えるなんて……頼む! その力貸してくれっ!!」
そう口々に言葉を発しながら集まってくる味方となる兵士達に、ゲイツは再び声を上げる。
「皆、聞いてくれ──この先、王都内兵舎に市民を避難させる事になってるのは知っているな? 今から俺達は逃げ遅れた者達の確認と、救護の活動に移る──俺に付いてきてくれ!」
「分かった、任せてくれ!」
「頼りにしてるぜ、ゲイツ!」
そして兵士達はゲイツを先頭とし、行動を開始してその後を追った。
途中、目に付く姿を現せようとする黒いアンデットに、ゲイツはクレイモアを振るう!
「──皆、アンデットは姿を出しきる前に叩けっ! 敵わない時は無理に相手をするな! やむを得ない場合は一体にふたり以上で掛かれっ!!」
そう号令を上げながら、彼自身も周囲に確認できるアンデットに向かい、次々とクレイモアの攻撃を繰り出す!
──皆、ゲイツの指示通り動き、奮闘していた。だが、黒いアンデット──その姿は数を一向に減らす事はない。
無数の黒い水溜まりから、途切れる事なく姿を出現させていく。やがて──
「──がはっ!!」
自身の直ぐ後ろで苦悶となる声を耳にする。クレイモアを構えたまま、ゲイツはその声の元に目をやった。
その彼の目に、黒いアンデットの鋭い爪に首を刺し貫かれている味方の兵士の姿が飛び込んできた。だが、それ以上に彼を驚かせたのは、その黒いアンデットの容姿だった。
黒い骨の身体──それ自体に変わりはないのだが、その形状が弱冠異なり、しなやかな形を醸し出していた。何よりその頭部──黒い獣のような形の骸骨だったのだ。
「……何だと……獣人のアンデットとでもいうのか……?」
─────
「──ぎゃあぁぁーーっ!!」
「──ぐっ、ぐがぁっ!!」
(………)
味方の悲鳴が飛び交う中、呆然とゲイツは、ただその光景に目を奪われていた……そんな彼の目に入ってくる新たな黒いアンデットの群れ──
(……黒い人外のスケルトン……あれは黒い死霊……あれは黒い死肉喰いか……全て黒い、何もかもが黒い……な、なんて事だ……味方が皆、黒に呑み込まれていく──)
それは最早、絶望的な光景だった。だが、ゲイツは今一度、手に持つクレイモアに一層の力を込め、構え直した。
「……俺は……俺には待ってる者がいる。こんな所でくたばる訳にはいかねぇんだよ……」
そう、ポツリと呟く彼の前方、遠く離れた場所で、ひとつの白い小さな姿がゲイツの目に入ってきた──良く目を凝らして見ると、白い服を着た人がその場でうずくまっているようにも見える。
「逃げ遅れた市民か……」
ゲイツは群がる黒いアンデットの中を掻い潜り、その元へと向かい、駆け出した。
視界に入ってくるアンデット達を、クレイモアで強引に蹴散らす!
やがてその姿が鮮明になってきた。
それは、ボロボロの白い服を着た素足の銀髪の少女だった。そんな痛ましい姿の小さな人物が、地面にうずくまり肩を小刻みに震わせていた。
「──シャリー……」
ゲイツの口から小さく声が漏れる。
──この場にいる筈のない故郷で自分の事を待っている、たったひとりとなってしまった家族である自身の妹──
その姿が、このうずくまっている少女と重なり、思わず目頭を熱くする。
「……そうだ。俺はまだ死ぬ訳にはいかねぇんだ……」
ゲイツは、うずくまっている少女の肩へと手を伸ばした。
「……心配するな。お前の事は俺が守ってやる──」
そしてその肩に、そっと手が触れる──
──その瞬間。
ゲイツの首元に激痛が走った。
「──がはっ!!」
口内に鮮血が溢れてくる──ギリギリと首元に食い込む牙の感触と、目が眩むような激しい痛み──
──徐々に意識が遠退いていく──
「……ぐっ……」
彼の意識が最後に見た光景。それは、うずくまっていた少女が顔を上げてゲイツの胸に飛び込んできた姿。
彼女は安堵ともとれた笑みをその顔に浮かべていた……だが、その目には眼球がなく、黒い空洞から血の涙を滴らせていた──
『──うふっ、うふふふふふっ──』
少女の姿を象ったアンデットが小さく嗤う。
「……す……まん……シャ……リ……」
そしてゲイツ。その名のついたひとつの命がなくなったのだった。
◇◇◇
──同刻、ノースデイ王国王都前、王国陣営──
一体の早馬が兵士長宿舎に向かっていた。
それを止める宿舎前に立つ二名の衛兵。馬に騎乗していた兵士は下馬し、ふたりの内、ひとりの衛兵に何やら耳打ちをする。
そして兵士は宿舎に入る事を許され、中へと入った。
「ランドー兵士長! 緊急事態です!」
「──何事か?」
ランドー兵士長と呼ばれた隊長風の男が、宿舎奥部中央に立ち、それに答える。
「はっ、先程王都警備に当たっている兵士がひとり現れ、急報を持って参りました。それによると、王都にて無数のアンデットの群れが出現し、王都が危機に陥っているとの由! 急遽、援護の兵を求むとの事です!」
その報告を受け、ランドー兵士長が驚きの表情を浮かべる。
「な、何だと!──何故王都内にそのような魔物が……?」
あごに手を当て、うつ向くランドー。
「──!!」
(……警備兵……確か警備兵と申したな──)
そしてその表情は驚きから、物憂げな面持ちへと変わっていった。
「……警備兵は……この事を告げに参ったその者は無事なのか?」
ランドー兵士長が低く呟くような問いに、その兵士は一瞬、言葉を口篭らせる。
「……はっ、そ、それは……」
その時、不意に宿舎に訪れる新たな伝達兵。
「兵士長、報告致しますっ! 我らが陣営の前方にて、多数の魔物の姿を確認しました! おそらくはアンデットの類いかと思われますが……少し様子が……」
「様子が如何した? 何か異常があるとでも……」
「──黒いのです。現れたアンデットの大群。その全ての身体が黒い……あれは尋常ではない存在なのかも知れません──どうか、ご指示の程を」
そんな伝達兵の言葉を聞き、周囲を囲う兵士達は皆、一様に息を呑んだ。
「………」
ランドー兵士長は、一度天井を見上げる。そして先に報告をしてきた兵士の方へと目を向けた。
「……その事を告げにきた警備兵は……死んだのだな?」
その問い掛けに、兵士は力なく項垂れながら答えた。
「……はっ、全身に無数の傷を負っており、介護の手も虚しく……命を救う事は敵いませんでした。非常に申し訳なく……残念です、兵士長。貴方様のご子息を失わせる事になってしまうとは……名はダニエル殿です」
消え行くような兵士の声に、ランドー兵士長は、今一度天井を睨み付けながら、一言呟いた。
「……虫の知らせのようなものを感じておったのだが……そうか……倅の方が先に逝きおったか──」
そしてランドーは腰に帯びている剣の柄に手を当てながら、毅然とした声を上げる。
「ハロルド、ヘンリー。お前達は我が軍勢のおよそ三分の二を引き連れ、王都へと戻れ。王都と市民、そして陛下をお守り致すのだ!」
ランドー兵士長の両脇に起立していたふたりの兵士が、それに応じて同時に声を上げた。
「「──はっ!」」
ふたりの内、ヘンリーと呼ばれた兵士が、ランドーに問い掛ける。
「……兵士長はどうなさるおつもりですか?」
ランドーは言葉を放ったヘンリーに顔を向け、答えた。
「知れた事。私はこの場に留まり、残った兵でアンデット達を迎え討つ!」
「……なれど、相手となる者は得体の知れない黒いアンデット……そして大群ともなれば、最早残されたこの兵力では……」
その言葉に、ランドーは少し表情を緩める。
「余計な心遣いは無用だ。心配するな──自暴自棄に陥っている訳ではないぞ。息子の事は残念に思うが、私は私だ。今の己にも兵士の長を任された自身の責となるものがある」
そして声を大にして言葉を放った。
「さあ、行動開始だ! 私も行く。皆、自らがすべき事に対して、悔いの残らぬよう全力で当たれ!!」
──“応”──
それに応え、兵士達から大きく返答となる声が宿舎の中に轟いた。
─────
次々に宿舎から外へ飛び出す兵士達。
ランドー自身も外へと歩を進める。そして歩きながら小さく言葉を漏らした。
「……戦線からわざと遠ざける為、警備兵として配属したのだが……ダニエル。若い命を散らしおって……さぞかし無念だっただろう……」
そして外に出、部下から自身の槍を受け取り、愛馬が待つ場所へと向かう。
「部下にはああ言ってはみたが……子を先に亡くす親の痛み──まさに断腸の思いだ……!」
愛馬に騎乗し、槍を一度大きく振り上げた。
「──待っていろ。仇をとって、お前の無念は晴らしてやる! 直ぐにお前の元へと逝く──この命が続く限り、足掻くだけ足掻いた後でな!!」
─────
ランドー兵士長を先頭とした一個の王国兵士達が、列を成して黒い群れに突撃するのだった。