11話 開始 トカゲの竜退治
よろしくお願い致します。
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無数の木々が生い茂る樹海の中。俺は音を立てないように、一歩、また一歩と、息を殺しながら、竜へと近付いて行く。
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しかし、改めて見ると本当にデカいな、こいつ──
竜は同じ姿勢のまま眠っている。起きてくるような気配は今のところはなさそうだ。
竜一体で島の全てが破壊されるだなんて、何て大袈裟なって思ってはいたけど……。
「……こいつは、相当ヤバいな……」
さて、どうしたもんかな?
卑怯だけど、眠ってる間にこの魔剣で頭に一撃。
相手は下位種といえど、あの竜だ。まあ、要は倒せばいいんだし。
そう思案しながらも、徐々に竜との距離は着実に縮まって行く。
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後、一歩踏み込めば、こちらの攻撃範囲に入る──その時。
突然、何かに反応したかのように地鳴りを起こしながら、竜の巨大な身体がゆっくりと動き出した。
「ちっ、やっぱり、そんなに上手い具合にはいかないか──」
ゴゴゴゴゴゴッと、地面が叫び声を上げる。
そして竜は起き上がり、首を持ち上げ、目を見開いた。
金色に鈍く輝く、不気味な瞳。
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『──誰だ! 儂の領域に踏み込み、眠りを妨げるのは!』
「えっ?」
言葉を発した! なんで? 厳竜は自我を持たないって、そう言ってたんじゃ……。
そして竜が俺の存在に気付き、目の前にいる俺と竜との目が合う。
『貴様か? 虫けら如きが、何をしにここにやって来た! まさか、この儂を倒そうなどと、戯けた事をほざくんじゃなかろうな!』
竜が威嚇する視線で、俺の事を睨み付ける。
「いや、そのつもりだけど。あんたを倒しに─っていうか、“殺しに”やって来た」
すると竜はキョトンといったように、頭の動きを一瞬止めた。そしてわざと愉快そうに笑い声を上げる。
『がはははははははっ! 貴様のような虫けらが、全ての生物の頂きに在る、竜であるこの儂を殺すだと! 不愉快にも程がある! この痴れ者めが!!』
不意に叩き付けてきた、前足による尖った爪の一撃!
それを紙一重で後方に跳んでかわす──空振りに終わったその攻撃で、激しい衝撃音と共に地面が大きく抉れた。
げげっ、すっごい威力!!
──だけど、当たらなければ問題なしっと。
竜が右爪、左爪と次々に前足による攻撃を交互に繰り出してきた。
俺はそれを左右に跳んでかわす。
『ぐぬっ、この虫けらめが! ちょこまかと、身の程をわきまえろ!!』
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──グルゥオオオオォゥ!
竜が耳を裂くような雄叫びを上げた。
その声を耳にした瞬間、俺の心の中にある感情が流れ込んでくる。
それは恐怖という感情──
それにより、俺の心は恐怖によって染め上げられ、身体がすくみ、動かせる事ができなくなった。
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ぐぐっ!……何だこれは! 竜の咆哮ってやつ?……く、くそっ、身体が動かせないっ!!
それでも心の中で必死にそれに足掻き、なんとか自制心を取り戻した。
だが、まだ身体はいう事を聞かず、俺の意思で動かす事ができない。
もしかすればこのリザードマンの身体自身が、本能的に恐怖を感じ続けているのかも知れない。
──ちくしょう! このままじゃ……。
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そして感じられる身体に叩き付けられるような、強烈な衝撃。
それに耐えきれず、真横に吹っ飛ばされ、巨木の壁に打ち付けられる。
「──が、がはっ!」
喉の奥から、鮮血が溢れ出す。
ぐっ、ぐぐう……い、今のは……き、効いた……。
どうやら尻尾による薙ぎ払いの攻撃を食らったようだ。
身体に駆け巡るような、激痛が迸ってくる。
「くそっ、動けてさえいれば、あんなのかわせていたのに……そ、それにしても──い、痛ってええええぇぇ!」
あまりの痛みに軽く目眩がする。
だが、致命傷を受けた訳ではない。この身体はかなり丈夫に作られているようだ。さすがは選ばれたリザードマン。
それに──
……!?
何だか、さっきまで感じていた激痛が、かなり弱まったように感じられる──まるで急速に治癒されているかのように。
ふと気になり、右手にある魔剣に目をやった。
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いつも通り、紅い光を鈍く発生させているそれと交じり、何となく耳に届く、静かなキィィーンという低音。
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そんな、まさかな。さすがに俺の考え過ぎだろ……でもこれなら、もう充分にいける!
『がははははははっ! 絶望しながら死んでゆけ!』
今度は再び、爪による攻撃。
それを跳んでかわしながら距離を取る。そして一度、少し深めの深呼吸。
……すううぅぅーーーっ、はああぁぁーーーっ
さて、ここからが仕切り直し。
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「うん、あんたは間違いなく強いよ。でも、こっちも負ける訳にはいかないんだ。頼まれたから──あんたを“殺して”くれって──」
『ぐぬぬぬっ、なめるなっ! この虫けら風情が!』
へへん、やつは怒り狂ってるようだな。よし、いい流れだ。今度はこっちの番、まずは──
俺は竜に向かって走り出した。
怒りながら繰り出してくる、でたらめな攻撃を全てかわし、竜の身体をその腕から駆け登る。
そしてその首に向かって、左手に持つハルバードを力いっぱい振り下ろした。
ガァイイィィーン! と金属音が打ち響く。
「あいだだだだだだっ!」
跳ね返される刃先と共に、手に痺れるような痛覚が走る。
予想通り、普通の武器では竜鱗には全く歯が立たない。傷すら付いていないようだ。
「なら、こっちの方はどうだ!」
透かさず体勢を立て直し、今度は右手の、例の魔剣の方で切り付けた。
切り裂く音と同時に、俺の右手に感じる竜の血肉の感触。
竜鱗など物ともしない。さすがは安定の我が魔剣。
そして『吸収』──
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「!?──おおっ、何だ! す、凄い! これが竜の持つ力……」
今までに感じた事のない強力な力が、俺の、リザードマンの身体に注ぎ込まれる。
奴を見てみると、どうやらその様子に驚愕しているようだった。
──自らの首を切り裂かれ、血を流している事に──
ただ、身体が巨大過ぎる為、その傷口はそんなに深くはない。
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『──ぐうおおおおおおおっ! 儂の身体に傷を付けるだと! その剣は一体……その剣は一体……何なんだああああああぁぁっ!!』
竜は叫び声を上げて、再びその爪を振り下ろしてくる。
俺はそれをかわしながら奴の身体を切り裂く──連続で繰り出される竜の狂ったような様々な攻撃に対し、反撃を繰り返す。
何度も何度も──
それを受け、確実に浅いながらも竜は身体に無数の傷を増やしていく。
その度に魔剣を通して竜の強力な力が、俺の身体に注ぎ込まていくのを感じ取れる。だが、どの傷も致命傷までには至らない。
このまま続けていても、奴の倒れる気配は全く感じ取れなかった。
しかし──
俺が狙っているのはそれじゃない──俺自身の身体の強化だ!
魔剣を構え、次の攻撃に備える。
だが、奴は突然。その動きを止めた。
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『──もう止めだ……馬鹿馬鹿しくなってきた……待てと言われて滅びの時を眠りながら待った……その代償として自我を得たが、もう我慢ならん! 滅びの時など儂の知った事か! 今直ぐに全てを焼き尽くし、討ち滅ぼしてくれる!!』
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竜の怒りの咆哮が辺りに轟いた。