127話 目覚め
よろしくお願い致します。
──ハッと意識が戻る。深い眠りから目が覚めたのだと自覚する。
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昨夜あの後、気持ちのわだかまりも消え去り、互いに微睡みに恵まれる事になった俺達は、寝床へと帰った。
寝床となる壁の大穴の前で炊かれた焚き火──レオンはまだその傍らに座り込んでいた。そして前と同じく、自らの剣を研ぐ作業を黙々と続けている。
──シャッシャッシャッ─
……もしかして、ずっとやり続けていたのだろうか……?
よく見ると、彼の足元に磨り減った白い砥石が三個程転がっていた。
……レオンって──い、いや、取りあえず今夜はもう眠ろう。すっごく眠い……。
そして俺はレオンに一言帰った事を告げ、再びコリィと同じ毛布に入って、そのままひたすらに眠ったのだった。
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長く眠ったような気がする。そして今は寝転んだ状態で、まだ目を閉じたままその余韻に浸っている……。
そんな時、直ぐ近くで聞いた事のない声が聞こえてきた。
「キリア姉、聞いて欲しい事があるんやけど……」
「はい。何でしょうか? クリスさん」
「──僕のタマゴを産んでくれへんやろか……?」
へっ……?? 何だコレ……夢? 俺はまだ眠っているのだろうか……?
そう考えている俺の頭の中で、ノエルの声が聞こえてくる。
『あ~あ、またやってる……クリス君も懲りないな……』
ノエル、起きてたのか……。
『ノエル、おはよう』
『おはよっ、アル』
彼女と朝の挨拶を済ませた俺は、目を開きムクリと上半身を起こした。そして先程の声がしていた方へと目を向ける。
そこには美しい顔をした女の子……もとい、男の子クリスティーナが、キリアに対して真剣な眼差しを向けていた。
ふたり共に座り込み、その互いの距離は近い……見つめ合っているようにも見える。
……このふたり、一体何やってんだ?──そう考える俺にキリアの声が届いてくる。
「ありがとうございます。クリスさんのその気持ち。とっても嬉しく思います……だけど、私は既に夫がある身──それを受け取る事はできません。ごめんなさい」
「そうなんや、残念。でも気にせんとって、これって僕の口癖みたいなもんやさかい」
そう言いながら、クリスティーナはニコッとキリアに対して笑ってみせていた。
『えっ……嘘っ、クリス君のあの口説き文句が、まともに通用してるなんて……そんな……信じられない……』
ふたりの様子を俺と同じく目にしていたノエルがそう呟く。
俺はただ──???──だった。
やがてクリスティーナが俺に気付き、目を輝かせながら駆け寄ってきた。
「──デュオ姉っ!!」
クリスティーナの大きな声に応じ、俺は何も言わず、微笑みながら手を上げて答える。
「デュオ姉もどないもなかったんやなっ! 僕がこうやって生きとれてんのもホンマ、デュオ姉のおかげや!!──って……あ、あれ……?」
傍にきていたクリスティーナの俺に対して向けられる視線が、疑惑のものと変わっていく。そして怪訝そうな表情で呟くように言った。
「……あんた誰やねん……?」
俺は浮かべていた笑みをひきつらせてしまう。
「……なんや今までの僕が知っとるデュオ姉と雰囲気……いや、メッチャ凄い気配や! まるでちゃう……別人みたいや……」
何か癖のある変な言葉使いだが、彼も『守護する者』──その洞察力はやっぱりさすがだ。思わずクリスティーナの事を賞賛した。
「デュオ姉はそんな凛々しくて、精悍な顔付きなんてしてへん! 頭のアホ毛もいつもは前に垂れ下がってんのに、今はなんやっ、後ろに反り返るようにおっ立ってるやん!……ちゃう……こんなんちゃう……デュオ姉はもっとこう、のほほんとしとって、お気楽ちゅうか……とにかく天然キャラやった筈や!!──デュオ姉は何処っ? 僕のカワイイデュオ姉は、何処にいってしもたんやーーっ!!」
……前言撤回だ……。
「お前それって、最早気配とか関係ないじゃん! 見た目だけで言ってるだろっ!!」
『うぐぐっ、確かに……クリス君、私に対して、かなり失礼な事を言っているよねっ!!』
俺とノエルが反論の声を上げる。
「へ?……な、なんや、急にどないしたん?」
……ああっ、もう面倒だ!
俺は地面に置いてあった自身と繋がっている魔剣を手に取り、クリスティーナの前へと突き出す。
「見ろ、この黒い剣。それと私の右目を!」
その声にクリスティーナは剣、そして俺の紅い瞳の右目を順に、確認するように視線を送っていく。
「そうなんや……デュオ姉、やっと剣とごっつい力。取り戻しよったんやな……」
そう呟くクリスティーナに、俺は手を差し出した。
「ほんじゃ改めて──私の名前は、デュオ・エタニティ。君の事はもうひとりの私から色々と聞いている。君が知ってるデュオが世話になった。礼を言うよ、ありがとう。これからもよろしくなっ、クリス!」
そして歯を見せて、ニカッと笑ってみせた。
「……な、なんやねん。その爽やかなイケメンスマイルは……なんや色々とようさん納得でけへん事だらけやけど……取りあえずはええわ」
俺とクリスはガシッと握手を交わし合った。
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『アル、あのね……ゴニョゴニョ──』
『ああ、了解』
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「クリス。もうひとりの私が、“お互い無事で良かったね。これからもよろしくね、クリス君。”──だってさ、心配すんなよ。私達は好きな時にいつだって入れ替わる事ができる。その内、また会わせてやるよ」
手を握り合ったまま、クリスが答える。
「うん、よう分かった……前のデュオ姉にも聞こえてんのやな……僕の方こそ改めてよろしくや!」
そして握り合う力を強くする。
『ねえ、アル。もう一回いい? あのね……ゴニョゴニョゴニョ──』
『……へ?』
『だから……ゴニョゴニョゴニョ──』
『……何だソレ。そう言えばいいのか?』
『うん、そうだよ』
……何か全く意味が分かんないんだけど……
そう考えながらも、俺はノエルに言われた通りの事を実行する。手を握り締めたまま、クリスの顔を真剣な眼差しで見つめた。そして──
「クリス。私に例の口説き文句を言ってくれ……」
「へっ、な、なんでなん?」
急に狼狽え、目を泳がすクリス。
「いいから言ってくれっ」
すると、クリスも真剣な面持ちと変え、俺の目を見返すように見つめてくる。やがて発せられるその言葉──
「……デュオ姉。僕の……僕のタマゴを産んでくれへんやろか?……いや、産んでくれ──!」
……???……。
……俺が……こいつの……タマゴ?……産む……?
……タマゴ……?
全く訳が分からなかった……ただひとつ、俺はその言葉に変な想像をしてしまっていた……。
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黒い剣である俺が、夜の砂浜で一生懸命に力を込めている……下品な例えだが、それこそ大きい方の用を足す時のように──やがて剣の柄の方からコロンと音を立て、黒い色の可愛らしい小さなタマゴが産み落とされた。
そして勿論、出る訳がないのだが、黒い剣の目にあたる紅い宝石部分から、流れる一筋の涙──剣である俺は、触手で砂浜を掘り起こし、その中に産み落としたタマゴを隠して、再び触手で上から砂をかけ、我が分身となるタマゴが完全に隠れるまで、そんな作業をずっと続けていた──今生の別れを悲しむ涙を流しながら……。
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そうなのだ。海亀の感動的なあの産卵の情景を、黒い剣の姿をした俺と置き換えてしまったのだった……その結果──
「──ぶっ! あはっ、あはははははっ!!」
『──くすっ……あはっ、あはははははっ!!』
俺は堪らず、大爆笑の声を上げてしまった。何故かノエルも俺の中で笑い声を上げているようだった。
そんな様子に、クリスが両頬を膨らませ、ジットリとした目で拗ねたように言う。
「あ"ーーっ、やっぱ笑いおった……通用せえへん。はぁ~、ホンマ自信なくすわ。もう嫌やこの人……でも、そやな……今ので分かったわ。あんたもやっぱりデュオ姉やわ」
「あはははははっ!」
『あはははっ! あ~あ、ホントいつ聞いても可笑しい!』
俺達、ふたりはまだ笑い続けていた。そんな笑い声の大きさに、ビックリしたように飛び起きたコリィが、隣で唖然とした表情を向けている。
一方のキリアは、笑顔で微笑ましそうに俺達三人の姿を眺めていた。
そしてレオンはというと──
──シャッシャッシャッ─
燻る焚き火の傍に座り込み、未だ彼はその作業を続けていた──足元に転がる磨り減った白い砥石。その数もかなりの量だ。
……この人って……もしかして……。
不意にレオンは手を止め、長剣を天に掲げる。
キラリと輝く白銀の刀身──“真刀ハバキリ”、確か、キリアがそう言ってたな。
レオンは手にした長剣の刀身に、下から上へと真剣な眼差しを向けていた。
「ふむ、いいだろう。こんなものか……」
彼の呟く声が聞こえてくる。
「得心した。実に充実した時だった……」
……げげっ、レオンって、やっぱり……間違いない極度の愛剣武器嗜好家だ……そ、そんなっ、このメンバーで、唯一まともな人物だと思っていたのに!
──あっ、勿論、俺も変わり者ね? だって剣だもん。
俺に気付き、声を掛けてくるレオン。
「デュオか。どうだ、昨夜は良く眠れたか?」
「私は良く眠ったけど、レオンは?……もしかして、あれからもずっとやってたの?」
「眠ってはいないが、今の俺は心身共に充実感で満たされている……すこぶる好調だ」
「……そ、そうなんスか……」
俺は呆れるように呟いた。
そんな中、壁穴から外へ、クリス。キリア。コリィの三人が揃って出てきていた。
俺はそんなメンバー達を見回しながら考える──
ミッドガ・ダル戦国、元国王であるレオンハルト。その配下で、自称妻の“粉砕皇女”の異名を持つキリア。
火の一族の長であり、『守護する者』クリス。
そして小さい子供ながらも勇敢なこのノースデイ王国の王子であるコリィ。
……確かにそうそうたるメンバーだな。だが……俺は知っている。
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レオンハルト──その実、一晩中さも当たり前の如く、平然と自身の剣を研ぎ続ける程の『愛剣フェチ』──
キリア──言葉使いも丁寧で、やさしく美しい淑女なのだが、レオンをして『人間族最強』と言わしめる程の力を有している女騎士の一面も持っている──
クリスティーナ──こいつに至っては先程の事で良く理解した。凄く女好きな、それでいて美しい少女の容姿を持っている言葉の訛りが酷い『無自覚男の娘』──
そして少し食い意地の張っている、元気で明るい『天然系女の子』、ノエル──そんな彼女と身体を一体化している最早、人間ですらない無機物の『漆黒の剣』である、俺──
……まともなのって、コリィだけじゃないか──
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「……変わり者ばっかだな……」
『えっ、何か言った? さっき何となく少しバカにされたような気がするんですけどっ!!』
おっと、いけない声に出してしまっていたか……でも、そうだな……。
『ふふっ、いや、この小さな反乱軍だっけ? 凄いっていうか、個性的なメンバーだなっ! ヤバい、俺、何かワクワクしてきた!──いざ行かん! 新しい未知なる冒険へ!!』
『はぁ~、別にいいけど、アルってホント好きだね。その台詞──』
……しまった! 流れで今回は普通に言ってしまった……。
だが、ノエルは突っ込んではこない──ので、良しとしよう……うん。
『で……言った事に、後悔はしてないんだね?』
……ぐふっ……。